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第二十五話 エロシンからの使者

「ヒデオー、いい眺めだねー」

「ああ」 


 外に出てみて分かった事がある。

 思っていたよりも守り易いかもしれない。


 昨晩は辺りが暗かった為何も分からなかったが、館は山を背に建てられており、前方に村を見下ろす形になっている。

 そして、村の入口でしか確認できなかった浅掘りも、館の前から見下ろすと、堀が入口まで三重に作られている。

 さながらここは本丸で、続いて二の丸、三の丸に、さらにいくつかの出丸と言った感じだな。


 さらに村の両側面も、脇から攻められないように、急斜面になるよう律儀に削られている。

 恐らく魔法で日数を掛けて、ちまちまと削ったのだろう。

 斜面は館に近づく程高くなっており、今居る所からは地面を見下ろす程の高さがある。

 

 これは典型的な山城だな。

 しかも背後の山から、湧き水が流れてくる。

 これならば、水の手を切られて干からびる心配も無い。

 しかもアイテムボックスの中に食糧は大量にある。


 まるで籠城してくれと言っているようなものじゃないか。

 これは戦術の幅が相当広がりそうだ。


「マルティナ、ここは素晴らしいな。食糧が続く限り、バレスとナターリャさんの二人だけでも、二百そこいらの兵力では落とす事は不可能だろうな」 


 冗談ではなく本気でそう思う。


「ああ、この村はいざと言うときは領民も一緒に戦ってくれるから、そうそうは落ちんぞ」

「ははは、秀雄殿も分かるか、この村の凄さが。ここは先代の我が友レナートとナターリャ様、そしてわしの三人で長年掛けて作り上げた、半ば要塞だからの」


 マルティナとバレスも生まれ育った村を褒められて気分が良さそうだ。


「では下まで降りて、食糧を配るついでに村の中を回ってみるとするか」

「ああ、みんなが首を長くして待っているだろうから、早く行こう!」


 するとマルティナが、待ちきれんとばかりに駆け出した。

 

「こらこら、お嬢様。そんなに焦りなさるな。まるで童のようですぞ」


 バレスが急かす子供をなだめるように声を掛ける。

 するとマルティナが振り返り、頬を赤らめながら、


「お嬢様っていつの話よ! バレス爺はいつも私を子供扱いして! もう私が当主なのだからな」


 と反論してきた。

 いつもの冷静な彼女とは間逆だ。

 脳内フォルダに新規保存しておくか。


「これは失礼、ですがわしはマルティナ様のオムツも変えた事があるのですから、何時まで経ってもお嬢様なのです」


 すると、彼女はとうとう怒り顔になり、


「バーレースー、秀雄殿の前で何て事いってるんだ! いい加減にしてっ!」


 とへそを曲げてしまった。

 このままだとナターリャ譲りの、氷の微笑みが訪れそうなので、ここらで俺がフォローしないと不味そうだな。

 

「マルティナそう怒るなって、バレスも悪気があったわ訳じゃないのだからさ」

「だが秀雄殿、バレス爺は何時もこうなのだ。何かにつけてはお嬢様呼ばわりで……」

「まあそれも心配してるって事だよ。それよりも、早く領民の所に行くんだろ」

「ああそうだったな、爺! 今回は秀雄殿に免じて許すが、次はただじゃおかないからな」


 そう言うと、マルティナはバレスを一睨みしてから、坂を駆け下りて行った。

 するとバレスは俺を見て一言、


「マルティナ様は気を張っておるんだ。いきなり後継者にされて、この状況だからな。全部自分が悪いと思い、責任感を感じているんだろう。だから時折わしらが気を抜かせてやらんといけない、と思ってつい怒らせるような事を口走ってしまうんだわい」 


 と、愛おしそうに彼女の遠ざかる背を見つめながら答えた。


「確かに頑張りすぎている感はするな。でなければ、魔獣を狩りに遠方まで出張る、なんて事はしないよな……」


 俺は半ば独り言のように呟いた。


「ああ、本当ならわしが行くべきだったのだが、エロシンの動向から目が離せんのでな。仕方なしにマルティナ様が行く事になったのだ」

「やはりそうでしたか。でも無事帰って来たのだからそれで良しとしましょうや。それに俺達と食糧も付いて来たのだからね」

 

 爺の愚痴など聞いても何の得も無いので、とっとと話を切り上げる事にした。

 最後に自己アピールも忘れない。


「まさに災い転じて福となすだの。秀雄殿のお陰で民が飢える心配が無くなったのは大きい。これで村にも少しは活気が戻るわい。それに、そなたなら将来のマルティナ様の伴侶として、腕力も性格も相応しい者かもしれんな。ヴィクトルなんぞに遣るのは勿体無いわい」


 おっさん、ちょっとうざいとか思って御免よ。

 今度一杯やろうや。

 酒ならまだまだあるんだからな。

 もちろんナターリャに隠れてだがな。


「いえいえ、まだそこまで評価をするのは早いですよ。とりあえずエロシンとの顛末を見てからでも、遅くは無いんじゃないですかね」

「そうかそうか。ではしっかりこの目で見届けさせてもらうぞ。ははは、楽しみじゃわい」


「ねえー、マルちゃんが遠くに行っちゃうよー」


 と二人で話していると、そろそろマルティナの背中が小さくなって来た。

 また怒られると面倒なので、俺達は急いで彼女の後を追いかける事にした。



---



 マルティナを追いかけて坂を下し、家屋が多く立ち並んでいる三の丸まで行くと、既に人だかりが出来ていた。

 無事に帰ってきた彼女の姿を一目見ようと、領民達が集まって来ているようだ。


「みんなー、今から食糧を配るから、袋を持って私の前から一列に並んでくれー」


 マルティナは大きな声を上げて、領民に食糧を配給する事を伝える。

 そして手近にいた兵士に、村中にその事を伝える事と、配給用の道具と人員を用意するようにとの事を指示していた。


「はぁはぁ、ようやく追いついたぞ。それにしても凄い人気だな」


 俺は人混みを掻き分けて彼女の下へと進み寄る。


「ふふ、そうでもないさ。そんな事より、早く穀物を出して欲しいんだ。皆が待っているからな」


 彼女は俺達が下りてくるのを、首を長くして待っていたようだ。

 

「悪い悪い、今出すよ。リリ、カラで買った穀物を出してくれないか」

「うん、今出すねー」


 例の如く、リリのアイテムボックスからぼろぼろと穀物袋が飛び出して来る。

 するとマルティナは駆けつけてきた兵士達に運ぶよう指示し、さらに自らも加わって運ぶと、穀物袋を開け、中身を領民達に配り始めた。


「こら! 秀雄殿もバレス爺もぼさっとしてないで手伝ってよ!」


 彼女の言う通り、ぼーっと突っ立っていた俺は一喝食らってしまい、ついついビクンと体を捻らせてから、おっさんと共に配給係に加わった。


 一時間後……。

 もう疲れたよー。

 やってらんねえ。

 盆地中の村々から人が集まってるんじゃないか?

 既に結構な人数に配ったが、まだまだ行列が止む気配は無い。

 

「もう交代していいんじゃないかな」

「あっ、そうだった。ついカァーとなってしまい、秀雄殿に手伝わせてしまった。申し訳ない。雑事は我々でやるから、あなたはゆっくり休んでて下さい」 

「手伝ったのは俺の意思だから、気を病む必要は無いよ。だがさすがに疲れたから、少し休ませてもらうよ」


 俺はリリを頭の上に乗せて、近くの手頃な大きさの石に腰掛ける。

 そしてリリに水を出してもらい、喉を潤す事にした。


「みんなうれしそうだねー」

「ああ、食糧が手に入ったのもあるだろうが、一番はマルティナが無事に帰って来たからじゃないのかな」

「マルちゃんも嬉しそうだもんねー」

「ああ。ところで、そのマルちゃんって呼び方はどうしたんだ」


 少し気になったので聞いてみる。


「ナターリャの真似してるのー。昨日色々お話して仲良くなったんだー。今度魔法の練習一緒にするんだよー」


 リリも練習に参加するんだな。

 なんかとんでもないレベルの高い練習風景になりそうだ。


「マッ、マルティナ様ー! 一大事ですー!」


 まったりしていると、いきなり入口の方から、血相を変えて兵士が走って来た。

 

「ヤコブか、一体どうしたんだ。こんなに慌てて」

「そっそれが、先程エロシンの使者が訪れたのです」


 なんだと、これは急展開だな。


「で、向こうは何と言っているんだ」


 マルティナは努めて冷静に問いかける。


「それが、マルティナ様に直接お目通り願いたいと」

「そうか、ならばこちらから出向いてやろう」


 俺も付いて行かないとな。

 使者とやらがどんな面だか拝んでやるとしよう。


「俺も付いていくぞ、あと食糧の事がばれたらいけない。配給は中止だ。リリは穀物袋を回収してから、館に報告してくれ。バレスは民を焦らせる事無く帰宅させてくれ」


 俺は矢継ぎ早い指示を飛ばす。


「うん! わかった!」

「承知しましたぞ!」


 二人が動くのを確認してから、俺はマルティナに付き従い、使者の待つ村の入口である大手門へと下って行った。


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