第二十三話 クレンコフ家と顔合わせ
「――と言う訳で、私はここに居る秀雄殿一行と、共に来る事になったのです」
今、俺達の前にはクレンコフ家の重臣が座っている。
席次上位から順に、ナターリャ、バレス、レフ、セルゲイだ。
クレンコフ家には騎士が三名しか居ない。
だがその騎士も名ばかりのもので、その生活は平民に毛が生えた程度である。
マルティナは先程緊急招集を駆けた三名の騎士が集まり次第、俺達の紹介を済ませてから、これまでに至る経緯を今しがた話し終えた所だ。
「と言うことはー、秀雄さんはマルちゃんと私達の命の恩人で、これからはお仲間って事でいいのかしらー」
「ああ、母様の言う通りだ。秀雄殿は、危機に瀕している当家に手を差し伸べてくれた奇特なお方だ。これからは客将では無く、我々に協力して頂ける対等以上の存在だと思って欲しい」
「わかったわー」
『承知しました』
マルティナの言葉に、ナターリャと三騎士が了承の意を示す。
彼女は俺が大枚をはたいて領民の食糧を買った事と、地竜に楽勝する程の実力の持ち主だと言う事を、恩着せがましく皆に説明した為か、四人は特に反発する事もなく俺達を受け入れてくれたようだ。
「では、秀雄殿、皆に一言挨拶をしてもらってもよいだろうか?」
おっ、来たか。
最初だから、無難に行こう、無難に。
「始めまして、私は先程マルティナさんに紹介してもらった、松永秀雄と言う者です。東方からのしがない旅人です。姓については深くお聞きしないで頂けると助かる。私はこの南方諸国で一旗揚げる目的があり、その機会を伺っていた所、彼女と知り合いました。そして彼女の事情を聞き、恥ずかしながら義憤に駆られ、改めて協力を申し出た次第です。もちろんエロシンを征伐すれば、その地は切り取り次第と言う条件付ですがね」
まあこんなもんだろ。
今言った事は、さっきマルティナが説明してくれた内容だからな。
「秀雄さん、改めて言わせて。マルちゃんと領民を救ってくれて、ありがとうございます。そして、当たり前ですが、私達はあなたの事を歓迎します。条件に関しては、マルちゃんと話が着いてるみたいんなんで、私からは何も言う事は無いわ」
「秀雄殿、我々からも礼を言わせてくれ。このままでは持って二ヵ月足らずで、我々は飢える所だったのだ。本当に感謝する」
ナターリャ、バレスに続いて、レフ、セルゲイも礼を言ってくれた。
安心した、四人とも受け入れてくれるみたいだ。
恐らく大丈夫だろうとは思っていたが、返事を貰うまではやはり不安なものだな。
「こちらこそ宜しく頼みます。まだこの辺りの地理には疎いから、みなさんには色々頼る機会があると思いますしね」
『ああ任せてくれ』
との言葉は三騎士全員から。
彼等はたった三人で騎士団を形成しており、いざと言う時は、それぞれが隊長として民を率いるらしい。
「お互いの顔合わせも済んだ事ですし、親睦を深める意味も込めまして一杯いかがですか。カラの町で、色々仕入れて来たんですよ。リリ、お酒セットと晩飯用に適当な食材を出してくれないか。あとお菓子も出していいぞ」
「わーい! りょーかーい!」
俺はリリに予め纏めておいた、宴会用の袋と、摘み用に食材を出してもらう。
もちろん酒が飲めない人用に、お菓子も用意する。
「マルティナ、遅くに悪いが、これで何か作ってもらえないかな。みんな腹がペコペコなんだよ」
俺は旅程が延びた時の為に分けておいた食材を、三食分、つまり三十人前分を彼女に渡す。
「済まないな。みんな腹一杯食べれてないから助かるよ。バレス爺、これを奥さん方に調理して貰えるよう頼んでくれ。もちろん彼女達にも振舞ってやってくれ」
「おう! 今すぐ、カカアの尻を叩いて作らせますわ! では失礼しますね」
バレスは持ちきれない分の食材を兵士に持たせて、待ちきれないのか駆け足で部屋から出て行った。
「では、料理が出来るまで軽く一杯やりますか。乾物とかの摘みはあるので、よろしかったらどうぞ」
俺はワインの入ったボトルを開け、持参してきたグラスに注ぎ、ナターリャへと渡す。
するとマルティナが、
「母様、お酒は止めて下さい。お願いします! 母様は覚えては無いでしょけど、私達はいつも大変な目に遭ってるんですよ」
とナターリャに懇願してきた。
おいおいどうしたんだよ。
ってまさか……。
「たまにはいいじゃないのー、マルちゃんは真面目さんなんだからー」
そう言うと、ナターリャは反対を押し切り、グビグビとワインを呷り付けた。
一気飲みである。
既にグラスの中のワインは空っぽだ。
「あら、このワイン美味しいわねー。秀雄ちゃん、もう一杯くれないかしらー」
ナターリャは間髪入れずに、色っぽい口調でおかわりを要求して来る。
「母様、もうお止め下さい。これ以上飲んだら取り返しがつかなくなります。この場で当家の醜態を晒す訳にはいかないのです」
なんだか雲行きが怪しくなって来たぞ。
「いいじゃなーい、固い事言わないの。ほらほら、秀雄ちゃんも黙っていないで注いでよー」
これはヤバイ感じがする。
とりあえずやんわり断って置こう。
「い、いや、まだ食事が来るまで時間があるし、少しペースが速いんじゃないかなーって思うんですけどねー」
「もう! 秀雄ちゃんまで反対するのー。いいわよいいわよ、私はお菓子を一杯食べるんだから」
ふぅ、なんとか諦めてくれたようだ。
流石に俺を制してまで、酒を飲むほど酔っ払ってはいなかったみたいだな。
ぎりぎりセーフって所だな。
「おい、ナターリャさんは相当酒癖が悪いみたいだな」
俺は小声でマルティナに耳打ちする。
「ええ、母様は酔うと手が付けられなくなるほど酒癖が悪いんだ。酔っ払った状態で下手に刺激すると、怒り狂って魔法を撃って来るからな。母様は、酒と戦闘で人が変わるんだよ」
なるほど、そういうタイプのお人なのね。
恐らく戦闘中に、今と百八十度性格が変わるのだろう。
「そうだったのか……。マルティナ、ありがとな。すんでの所で被害ゼロで済んだようだ。引き続き監視の方を頼む」
「ああ、任せてくれ」
俺はマルティナに監視を任せ、ちびちびと酒を舐め出した。
だが気になるもので、ちらちらとナターリャの様子を伺う。
すると、女性陣四人と仲良さげに菓子を摘みながら談笑をしているようだ。
これで一安心……、ヤバイ! ウイスキーボンボンの事忘れてた!
直ちに回収しなければならない。
俺はすぐに立ち上がり、彼女達の輪に入り込む。
「ごめんよー、ちょっといいかなー」
俺はパパッとウイスキーボンボンの袋を掴み取り、マルティナの袋の中に入れる。
ふう、これで本当に安心だな。
その後は、食事が届くまで、わいわいと歓談をしながら時を過ごした。
そして、一時間後にようやく遅い夕食を取った。
今日は疲れている為、込み入った話は明日以降に回す事にして、本日はお開きとなった。
ナターリャの手前酒が飲めなくなったので、彼女には黙ってバレスら騎士連中に何本かワインを配ってやった所、大変喜んでくれたみたいだ。
そして翌日、昨日と同じ面子が部屋に集まり、改めて今後の方針について話合う事にした。