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第二十二話 クレンコフの村に到着

 アキモフ領内をしばらく東に進むと、目の前にそびえ立つ大山脈の峰々の輪郭が、くっきりと映ってくる。

 

「ここから、南に進めば我がクレンクフ領に入るぞ。長い道のりだったがあと少しだ」


 もう既に辺りは暗くなり、周囲に灯りと言えるような物も無い。

 その為、俺が火魔法で真っ暗な道を照らして、進路を確保しながら歩いている。

 

「後どれ位で着くんだ」

「恐らく、もう一時間も歩けば我が領内に入る。村へはそこからさらに二時間と言った所だな」

「そうか、あと少しだな。アキモフ領で一泊しても良かったのだが、エロシンとも繋がっている奴の所に世話になるのは気持ち悪かったからな」

「もう……、叔父上はそんな人ではないと言っているだろうに……」


 マルティナは人が良すぎるようだな。

 ハーフエルフと言う事でこれまで差別される事が多かったから、少しでも他人に優しくされると、勘違いしてしまうのかもしれないな。

 

「その話は解ったよ。それにしても、遅くとも夜中までには到着したい所だ。こっちにはクラリスもいる事だしな」


 クラリスはカラを出立してから最初の内は気丈に歩いていたものの、さすがに疲れが出た為、旅路の殆どは俺がおぶってやっている。


「ああその通りだ」


 マルティナも薄暗闇の中、頷いている。


「よしみんな! もう少し頑張ろう!」


 俺は全員を鼓舞すると、再び火の灯りを頼りに田舎の山道を南進する。

  

 それからマルティナの言葉通り、一時間程で領境の小川に到着した。

 川幅の五メートル程の川をマルティナの誘導の下、水深が浅い所を選んでもらい、どうにか川を渡り切り、ようやくクレンコフ領へと入る事ができた。


 さすがにボリスも俺達を襲撃して、エロシンに差し出すなどと言う、ド外道な真似はして来なかったな。

 とにかくこれで少しは気を緩めても大丈夫だろう。


 そして領主の村、名はそのままでクレンコフの村へと、歩みを進める。

 領内は暗くてしっかりとは見えないものの、岩肌や傾斜の急な山道が多いようだ。

 クレンコフの村は、山々の間に出来た小さな盆地に形成されている、との事である。

 そこ以外で暮らすには不自由するので、殆どの領民がその盆地で生活しているらしい。


 小石、時には大石が転がった荒れた道を、暗がりもあり足元に気をつけながら進む事二時間強、ようやくクレンクフ村で灯されているであろう、僅かな明かりが目に入って来た。


「ふう、ようやくか。長い旅路だったが、無事に着いて本当によかったわ」

「これも、秀雄殿のおかげだ。さあ村へ急ごう」


 マルティナは早く待ちわびている者達に、食糧の調達の成功を報告したいのだろう、焦る気持ちを抑えるように俺達に言葉を飛ばす。


「ああ、早くみんなに顔を見せてやりな」


 すると彼女は破顔して、村へと足早に歩きだした。

 俺はマルティナの視界が悪くならないように、火魔法の出力を強めながら後を追いかける。

  

 気持ちばかりの浅堀に掛けられた橋を渡ると、少し大きめの木柵と言った程度の門がある。

 やはり貧相な造りだ。

 だが堀があるだけましだな。

 これなら大軍でなければ、防衛側の腕次第でなんとかなるのだろう。

 

「おーい、私だー! マルティナだ! 今帰って来たぞー、門を開けてくれ!」

  

 薄明かりの為、遠くから姿形を認識する事が難しいので、マルティナが門の奥で警戒している兵に声を上げ帰還を告げる。

 すると一人二人と兵が門の内側へと集まって来た。


「おおその声は、マルティナ様ですか!? 今から門を開きますから、お顔を確認させて下さい」


 門の内側から兵士と思われる男の声が聞こえてきた。


「ああ今行くから待っててくれ」


 マルティナは門前まで顔を近づけ、兵士に確認させる。


「おお! 確かにマルティナ様だ。よくぞご無事でお戻りになられました。このバレス来る日も来る日も、あなた様の御身を心配しておりました。ささ、ただ今門を開けますので、お入りください」

「ははは、バレス爺は何かと心配性だな。私はこの通り怪我一つないぞ。それは秀雄殿のお陰でもあるのだがな。早速だが、これから首尾を報告しなければならない。遅くに悪いが、皆を館に集めてくれないか」

「ははっ、申し付かりまった。ではマルティナ様は館でお待ちを。あと、ナターリャ様が心配しておりましたぞ。早くご無事をお知らせ下さい」

「ああ、わかったよ。ではまた後でな」


 マルティナの指示を受けて、バレスと言う騎士は一礼して村の中へと駆けて行った。

 

「ではみなさん、館まで案内するから付いて来てくれ」


 バレスを見送った後、彼女はこちらも向き直り、手招きをして俺達を村へと迎え入れる。


「ああ、ではみんな村へと入るぞ」


 彼女に応じて、俺達は門番に会釈をしてから、村の中へと足を踏み入れる。

 

 館への道中、俺はついでに村の様子を観察してみた。

 うん、既に辺りは真っ暗で全然わからんな。

 恐らく、緩い勾配を登っていると言う程度しか分からない。

 仕方ないから、また明日にでも見てみるか、などど考えていると、いきなり家々の扉が開かれ、領民達が次々とマルティナの周りに集まって来た。

 

「おかえりなさーい、マルティナ様」

「ご無事で何よりですー」

「もう危険な真似はしないで下さいよー」


 次々と、労いや心配の言葉を掛けられ、彼女の周囲にはたちまち数十人の人の輪が出来たのである。


 さすがに領民に慕われているんだな。

 自分の身を削ってまで民の食い扶持を稼ぎに行くような、民思いの性格をしていれば当然と言えば当然だな。


「皆も辛い状況の中、耐え忍んでくれてありがとう。とりあえず当面の食糧の確保には成功したよ。しばらくはみんなを、飢えさせずに済みそうだ」


 マルティナも嬉しかったのか、安心させたかったのか、先走って領民に食糧の件を伝えた。

 すると、領民達も先程の倍以上の声量で、

 

「ありがとう御座いますー」

「マルティナ様に死んでも付いて行きます!」

「この借りは体で返します!」


 などの感謝感激の大合唱となった。

 

「おいおい、私は領主として当然の事をしたまでだよ。だがまだまだ危機は去った訳ではないから、気は抜かないでおくれよ」

『はい』


 マルティナは領民に兜の緒を締めさせると、これ以上ここに居ても、どんどん人が集まってきて埒が明かない為、強引に人混みを掻き分けて館へと向った。

 俺達も領民に怪訝な目で見られながらも、笑顔で会釈を交わし、彼女の後を付いていった。


「ここが私の住まいだ。見ての通り、領主の館と言っても、少し大きい程度の家だ。何も無いが、出来る限りのもてなしはするので、遠慮なく上がって欲しい」


 それ程期待してはいなかったが、本当に少し大きな家程度だな。

 広さも百坪程かな。

 維持費が勿体ないのか、庭なども無い。

 領民の為に私財は投げ打って、最低限も物しか残していないと言った感じか。

 だが、返ってその方が好感を持てるな。


「ああ、お言葉に甘えて遠慮なく上がらせてもらうよ」


 するとマルティナは門を開き、敷地内を抜け館の扉を開く。


「さあ入ってくれ……。母様ー! ただ今帰りましたよー」


 何もないが、館の中は綺麗に掃除されていた。

 これを見ればクレンコフ家の家風がなんとなく分かる気がした。

 軽く中の様子を見て、奥に進もうとした時、パタパタと言う音を立てながら、廊下を小走りで駆けてくるエルフの美女が俺の目に飛び込んできた。

 

 恐らく彼女がマルティナの母のナターリャか……。

 やはりと言うか、エルフだけあって、見た目はマルティナと遜色がない程に若々しい。

 耳はマルティナより長いな。

 

「マルちゃんー、おかえりなさーい! 本当無事で良かったわー、お母さん心配したんだからね」


 ナターリャと思われるエルフはそう言うと、いきなりマルティナの体に飛び付いてきた。


 あれ、聞いていた話だとこの人は『氷の微笑み』とか言う怖い感じの人だったはずだ。

 今、俺の目の前に居る人は、ちょっと天然っぽいエルフなんですけど。

 人違いかな……。


「ただいま母様。もう私は大人なのだから、人前で抱きつくのは止めて下さい! ほら、秀雄殿も見ているじゃないですか」

 

 マルティナの言葉に反応し、ナターリャと思われるエルフは徐にこちらを向いた。


「秀雄殿?」


 俺を指差してから、再びマルティナに向き直る。


「はい。彼は地竜から我々を救ってくれた恩人です。それに、信じられない事に、当家に協力してくれるんです」

 

 するとナターリャと思われるエルフは少し考えた後、ハッと言う顔つきになり口を開く。


「あらあらー、お客様の前ではしたない事しちゃって恥ずかしいわ。さあさあ、これからお茶でも用意するから、お部屋でまってて下さいねー。マルちゃん、皆さんをお部屋に案内しておいてねー」


 うん、人違いではないみたいだな。

 ならなぜあんな二つ名が付いたのだか不思議に思うが、今は考えても意味が無いと思い後に回す事にした。

 そして俺達は居間に通され、お茶と他の家臣が来るのを待つ事にした。

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