第二十一話 同盟勢力アキモフ家と会談
カラの町を後にした一行は、東門を出るとそのまま街道を東進する。
ウラールは、ステップ地帯を左手に見ながらそのまま東に進み、山岳地帯に入った所にある。
そして目的地のクレンコフ領は、ウラール地域の最東端の大山脈の麓に位置する。
マルティナ曰く順調に進めば四日程で到着するそうだが、エロシン家領などの敵対勢力内を避けて移動する為、余裕を持って六日の旅路を予定しているとの事だ。
帰路を行くマルティナの足取りは、出会った時と比べて随分軽くなったように見える。
恐らく、食糧の調達が上手く行ったからであろう。
備蓄分と合わせれば、一年近くは持つ食糧を得る事ができた。
これで一先ずは安心と言った所だろう。
また、もしその食糧が無くなりかけたとしても、俺達がまた魔獣を討伐し大金を稼ぎ、再び食糧を買ってくればいい事だ。
だがそうなる前に、現在のマルティナの状況を打破してやりたいものだがな。
まあどうなるかは、実際現地に行ってみないと分からないけどね。
俺はそんな事を考えながら街道をひたすら歩く。
小気味よく揺れるマルティナの尻を見つめながら。
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特筆する事も無く、大中小様々な勢力の領土を抜けながら歩くこと四日間が経過した。
道も平野部から徐々に勾配がきつくなり、ついには俺達の目の前にそびえ立つ山々の輪郭が映り出した。
ウラール地域へと入ったのである。
ここから先は直線には進まず、僅かに残っている同盟勢力のアキモフ領を迂回する予定になっている。
アキモフ家は亜人領域と接している。
その為、亜人との混血の領民も多くいる事から、亜人差別は全くと言っていい程無く、マルティナが唯一信頼を置ける相手なのだ。
「皆さん、この道を真っ直ぐに行くとエロシン領に入る。ここから予定通り北東へと進み、我が盟友のアキモフ領を迂回してクレンコフ領へと入るルートを取ります」
と、丁寧に確認の為の説明をしてくれるのは、マルティナだ。
彼女は几帳面な性格なのか、常に地図を片手に移動していた。
その姿が面白かったので、少し茶化してみたら、顔を真っ赤にしてかんかんに怒られてしまった。
だがなマルティナさん、それは俺にとっちゃあご馳走なんだよ。
「予定通りに進んでいるようで何よりだ。ところでアキモフ家ってのは、本当に信用できる所なのか?」
昨日まで盟友でも、今日は裏切りなんてザラにあるからな。
マルティナが遠征している間にも、情勢は変わっている可能性を、十分に考慮に入れておかないといけないからな。
「ああ勿論だ。アキモフ家は代々当家と繋がりがあるからな。当代のボリス殿も、出来る限りの助力はするとの約束をしてもらっている」
「ならば安心と言いたい所だが、一応気を付けた方がいいぞ」
マルティナには不快かもしれないが、外部からの忠告を伝えておく。
「秀雄殿は疑り深いな。だがボリス殿に限っては、そんな事はありえないと断言できる。疑問に思うなら秀雄殿も一言挨拶をしていけばいい、彼の人となりが分かるよ」
そこまで言うなら、今後の為に一目会ってみるかな。
「ならば挨拶だけでもしてみるか。これから嫌でも顔を合わせるだろうから、早い内に知り合った方がいいだろしな」
「そうか、ならば話は私が通すから、楽しみにしていてくれ」
「ああ」
変な奴じゃなければいいがな。
まあマルティナが保障しているのだから、多分良い人なんだろうな。
俺達は迂回ついでにボリスと面会する事を予定に入れてから、北東へと前進を開始する。
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進む事半日、整備が不十分な道を進んだ為、予定より時間が掛かってしまった。
ただ今ようやく、アキモフ領へと足を踏み入れた所だ。
ここは国力的には、人口約四千人、主要産業は農業と少々の鉱業。
余剰作物や僅かばかり採れる銅を、亜人と直接貿易をしている為、クレンコフ家より遥に裕福だ。
ただし比べる所が間違っているだけで、他の土豪との比較だと小勢力に区分けされるだろう。
俺達は少し遠回りして、アキモフ家の館がある村まで足を伸ばす予定だ。
アキモフ領に入ってからは、三時間程で領主の館がある村へと無事到着した。
それからすぐに、マルティナが話し通してくれたようで、殆ど待つ事なく領主のボリスと面会できる運びとなった。
「失礼します」
俺はマルティナに案内されて、応接室へと通された。
そこには既にボリスと思われる、壮年の人族の男性が座っていた。
「あなたが秀雄殿かな? 私はこの村を治めているボリスと言う。今回は我が娘も同じマルティナの危機を救ってくれたそうじゃないか。私からも礼を言わせてもらうよ」
まともそうな人で良かった。
とりあえず普通に話してみよう。
「はい、私はしがない旅人の秀雄と申します。礼は既に彼女から頂いてますので、ご心配なく。私はマルティナさんと縁ありまして、これからクレンコフ家の建て直しの手助けをするつもりなのです。ですので今後は顔を合わせる機会も増えるでしょう。その時は宜しくお願いします」
すると、ボリスは申し訳なさそうな表情になり、
「本来ならば私があなたの役割をしなければならぬのだが、こちらもまだ覚悟を決めきれておらぬのだ。情けない話だが、我が身が可愛くてな」
とバツの悪そうな顔つきで、俺に言葉を掛けて来た。
するとマルティナが、
「叔父上は悪くはありません。全部私が頼りないからいけないんです……」
とボリスを擁護する。
「その辺りを詳しく聞きたいのですが、やはりエロシン家が絡んでいるのですか?」
恐らくボリスの口ぶりからして、裏で何か絡んでいるのだろう。
教えてもらえるか分からんが、聞いてみるに越した事はないな。
「ああ、言い辛いがその通りだ。表立ってマルティナを手助けすると、エロシンから利敵行為と捉えられる恐れがあるからな。エロシン家は単独でも人口三万を超えるからな、それに従属する者もいるから、目を付けられたらお終いなんだよ」
まあ思った通りだな。
エロシンと従属勢力を合わせると、多くて人口五万位なのかな。
そこら辺は追々調べるとしても、だとすると厄介だな。
国力の差が絶望的だ。
何か策を弄さないといけないかもな。
「そうですか。出来れば協力して欲しかったのですが……、ですが、もし俺がエロシンに一矢報いる事が出来た場合はご協力してもらえると約束してもらえませんか。恐らく、その時はあちら陣営にも動揺が走っているでしょうから、そのタイミングでアキモフ家が参戦となれば、さらに付け入る隙が生まれて来ると思いますので」
エロシンに勝つ未来は自分でも保障できないが、これくらいは俺の価値をふっかけておいてもいいだろう。
俺は半ば演技も入れて、自信に満ちた表情でボレスに願い出た。
「うーむ、秀雄殿には恩もあるし、私としても助けてやりたい気持ちはある。もし私があなたに、協力するだけの価値を見出せたら、その時は喜んで協力させてもらうと言った形でいいだろうか。曖昧で悪いのだが、まだあなたの事を信用し切れていないんだ」
要は結果を出せば、状況次第で助けますよって事か……。
何か煮え切らないな。
裏ではエロシンとも繋がりがあるみたいだし、しばらくは風見鶏って感じかもな。
まあそんなもんだよな。
だが、後で勝ち馬に乗る気なら、絶対乗らせてやらないからな。
まあボリスは敵にならないだけ良しとするか。
でも上手く人参ぶら下げたら、意外にいい働きするかもしれないから、一つの選択肢としては考えておいておこう。
「分かりました。もしその時が来たらぜひお知らせください」
「ああ、力になれなくて済まんな」
もうこれ以上ここにいても仕様がないから、とっとと出るとするか。
「いえいえそちらの立場もあるので、無理強いは出来ません。では我々も急がねばなりませんので、そろそろ失礼したいと思います」
「あいわかった。マルティナも道中気をつけてな」
「はい、叔父上」
俺達は軽く挨拶を済ますと、さっさと館から出てクレンコフ領へと出立した。