第二十話 リリとお買い物②
宝石店を後にして、俺とリリは穀物を買い付けに指定された倉庫へと向う。
地図によると町の外れにあるらしい。
俺はリリの為に、道すがらリリが好きそうなお菓子や食べ物を買い与えてやった。
リリはプレゼントを貰って、テンションが上がっていた為か、さらにそれらを買ってやったら何時もより大きな弧を描き、かつ猛スピードで、ギュンギュンと俺の周りを飛び回っていた。
「ヒデオー、あたし森も外がこんなに楽しいなんて知らなかったよー。ヒデオと一緒にきてよかったなー」
リリは満面の笑みで、俺に語りかけてくる。
俺もリリが嬉しそうで何よりだ。
今まで森で一人で何年も過ごして来たのだから、余程寂しかったのだろうな。
日本のようにネットも無いので、誰とも話す事なく一人でいたリリの事を案じれば、今楽しそうに目の前を飛んでいる姿を見ると、一緒に連れてきて良かったと心から思っている。
「リリがそう思っていてくれて何よりだよ。少し強引に連れて来ちゃって、後ろめたい気もしていたんだ」
「そんなことないよー、あたし森の中では何にもする事なくてつまらなかったもん。いつも魔法で遊んでから、蜂蜜作っておしまいだったんだー。でもヒデオと一緒になってから、まいにちが楽しくて嬉しいの」
「そうかそうか、ならこれからもっと楽しくしないとな!」
「うん!」
そう言うと、リリは俺の頭の上に腕を掛け抱きついてきた。
俺は彼女がずり落ちないように頭を前かがみにして、リリの頭を撫でてやる。
「うにゅー」
気持ち良さそうに悶えてるな。
しばらく撫でていてやるか。
少し体勢的にはきついが、リリも気持ち良さそうにしているので、そのまま目的地まで歩く事にした。
そのままの格好でしばらく歩く。
いいかげん首、肩が痛くなって来た頃に、丁度良く目的地の倉庫へ到着した。
「おお、ここだな。さすがにでかいな」
大量の穀物を保管しているだけあり、かなりの大きさの倉庫が、数軒立ち並んでいる。
俺は倉庫の脇の事務所と扉を開き、職員にその旨を伝えた。
すると一分程で、先程対応してくれた店員が迎えに来てくれた。
彼は店長だったらしく、あれから急いで準備してくれたみたいだ。
物は倉庫の入口付近に集めてくれたらしい。
早速取りに行くとしよう。
「さすがに凄い数だな……」
倉庫の前に案内されて、山積みの穀物の袋の山を眺めると、そんな言葉しか出てこなかった。
一袋五十キログラムらしいから、全部で四千袋だな。
「どうやって入れるんだよこれ……」
翌日には確実の腰痛になる自信が出てきたぞ。
するとリリが、
「あたしがやってあげるよー」
と言って、風魔法を使い袋が破けないように、下の方から風を起こし数十袋を浮き上げると、そのままアイテムボックスの入口へと投入した。
おお、リリさんさすがだぜ。
これなら早く終わりそうだ。
その後、リリにおんぶに抱っこでは悪いので、俺も慣れない風魔法を使って、穀物袋を運ぶのを手伝う事にした。
その結果、リリが華麗に風魔法で運んでくれたお陰で、一時間程で二百トンもの大量の穀物を収納する事が出来たのだ。
今は二人共魔力を大量に使った為、事務所のソファーに座りながら蜂蜜を舐め、魔力を補給している所だ。
何か部活の後のような爽快感を感じるな。
「ふー、疲れたな。でもリリのお陰で助かったぜ」
「エヘヘー、そうでもあるかな。でもあんなに一杯運んだらあたしも疲れちゃったよ」
「流石にリリでも、あれだけの魔法を使うのは大変みたいだな」
「むー、もっとヒデオの役に立ちたいから毎日頑張ってるんだもん。あーあー、お母さんみたいにもっと魔法が上手だったらなー」
うん、そう言えばリリのお母さんについては何も聞いていなかったな。
何か聞きづらい雰囲気があったのでこれまで黙っていたが、このタイミングでちょいと尋ねてみるか。
「それはごめんよ、話ついでだが、リリのお母さんってどんな人なんだい」
「んー、お母さんはとっても強いんだよ。あと何人もの妖精のリーダーなんだってー。でも……、怖い人と戦わなくちゃいけないからって……、あたしを森に置いて出ていっちゃったの…………」
ふむ、リリより強い妖精のリーダーか……、それに怖い人と戦わないといけない……か。
恐らくリリをあの森に避難させたんだろうな。
と言う事は、リリはもしかして……。
いや、邪推はやめておこう。
それにしても、リリより強いお母さんが、戦わなくちゃいけない相手って一体誰だよ。
俺には想像もつかないな。
だが、そのような個体がこの世界には存在している、と言う事を知ったのは大きい。
最近俺は結構強いんじゃないかって、慢心気味だったからな。
その内チャレスクラスにも勝てるんじゃないかって、密かに思ってたりもしたしな。
それが、恐らくチャレスと同等程度の実力を持つリリより、遥に強い存在があると知ったら、気を引き締めて鍛錬に掛からなければならないな。
「そうなのか……、辛い事を思い出させてごめんな。もう聞かないから許しておくれ」
「だいじょーぶだよ。いつかはヒデオにはお母さんの事、話さなくちゃと思ってたし…………」
「じゃあ、もうその話はしたから、これはお終いだ! これから二人でご飯を食べてから帰ろう。みんなは宿で先に食べてるみたいだからな」
これ以上リリを悲しませるのも胸が痛いので、ここらで話を打ち切り、飯に行く事にした。
「ほんとー! ヒデオと二人でごはん! ごはん! 後でクラリスに自慢しちゃおーっと」
何っ、それはやめてくれ。
また喧嘩の原因になるじゃないか。
「頼む、それは止めてくれ。これは俺達の思い出だから、リリの胸の中に留めていて欲しいんだ」
「二人の思い出かー! フフフ、なら仕方ないよねー!」
「そう、仕方ないんだよ」
「わかったー、クラリスには自慢しないよ」
「そうしてくれると嬉しいよ」
ふぅ、なんとかなったようだな。
安心したら、いい加減八時も回っているせいか、腹の虫が鳴り止まん。
さっさと飯に行くとするか。
俺はご機嫌なリリを肩に乗せて、歓楽街へと繰り出して行った。
しばらく歩き歓楽街に入ると、そこはまるで昼のように灯りが煌煌と輝いている別世界だった。
そして道行く店には、冒険者と思われる一団が、今日の疲れを癒し明日の英気を養う為かは知らんが、どんちゃん騒ぎを開いている。
俺はそんな数ある店の中から、割かし高級そうな肉料理の店へと入り、コース料理を注文した。
一人当たり小金貨一枚だから、なかなかの値段だ。
「ふー、食った食った。美味かったな」
「そーだねー、もうお腹一杯だよー」
俺はリリの食べ切れなかった分まで食べたので、本当に腹がパンパンだ。
決して変な意味ではない。
リリも体の割りには沢山食べた。
よほど美味かったのだろうな。
「いい加減、夜も更けそうだし、宿に帰るとしよう。これ以上遅くなると、みんなが心配するからな」
「りょーかーい! 今日は楽しかったなー。ヒデオ、ありがとう! チュッ」
するとリリは俺の肩に座り、徐に頬っぺたに唇をあててきた。
「えへへ、やっちゃったー」
彼女は頬を赤らめながら、照れ隠しか再び俺の周りを飛び回り出した。
俺も何だか暖かい気持ちになって来たな。
これは、娘を持つ男親の感情に近いのだろうか、俺はもちろん子供はいないから想像でしかないがな。
そんな他愛もない事を考えながら、俺達は宿への帰路に就いた。
リリと仲良く歩いてようやく宿に着いたのは、十時を回った時刻だった。
『ただいまー』
俺は恐る恐る扉を開ける。
リリは相変わらずご機嫌に指定席に着席中だ。
「遅いのじゃー! 何やってたのじゃー」
「遅いのにゃー! なにかお土産あるのかにゃ?」
クラリスとチカはお冠のようだ。
ビアンカは何があったかリリの表情で察してくれているようだ。
さあプレゼントを渡して機嫌を取らないとな。
「ごめんごめん。ちょっと買い物して晩飯食ってたら遅くなってな。ちゃんと土産も買ってきてるんだぞ」
そう言って俺は土産袋を広げると、ルビーのネックレスを取り出しクラリスの首に巻いてやる。
「おおー、綺麗なのじゃー。これ本当に妾がもらっていいの?」
クラリスはきらきらと目を輝かせながら、希望に満ちた表情で俺に問いかけてくる。
「もちろんだとも、普段世話になっている俺からの礼だよ。みんなの分も買ってるから、試着してみてくれ」
俺はクラリスと同じように、チカ、ビアンカ、そしてマルティナにネックレスを掛けてやった。
「秀雄ー、ありがとうにゃー。にゃははー」
「秀雄様、手紙まで送って頂いた上に、このような物まで……、もうお礼の言葉も出ないですよぉ……」
チカとビアンカはそれぞれ予想の反応だが、喜んでくれているようだ。
だがマルティナは戸惑っているようだな。
無理もない、俺も彼女の分を買うかどうかは迷ったが、女性陣で一人だけ買わない訳にもいかないだろうと思い、彼女の分も買う事にしたのだ。
「秀雄殿、私はあなたに恩は受けてはいるが、礼をもらうような事は何もしていないぞ。悪いがこれを受け取る事はできない」
マルティナは、さすがにこれ以上の施しは受けられないと思ったのか、断りを入れてきた。
「いや、もう買って来てしまったのだから受け取ってくれ。それに、ルビーは魔力効率を高める効果もあるんだ。これは戦力増強にも繋がる、大切な事なんだ」
俺は少し違う方面から彼女を説得した。
こう言われては、断る事は難しいと思っての事だ。
「うう、秀雄殿は卑怯だ。……そう言われては断る訳にはいかないではないか。後で覚えておれよー」
「それは解ったから、まあ付けてみなよ」
怖い怖い、だが、なんとか受け取ってもらえて何よりだ。
そして改めてネックレスを付けてもらった四人を見回している。
うん、みんな似合ってるな。
それにお揃いというのは、男心がくすぐられて悪くない気分だ。
「うんマルティナも似合っているぞ。もちろんお前たちもな」
マルティナも実際付けてみたら満更でもないようで、俺の目を盗んではしきりに宝石に目をやっている。
なんだかんだで喜んでもらえているみたいだな。
「その他にも、お菓子とか買ってきたんで、みんなで分けて食べなさい」
俺は大量の菓子やら飲み物やらが入った袋をビアンカに渡し、後の事をお願いしてから、湯浴みで汗を流す事にした。
翌日、俺達は朝一番で、昨日に買う事の出来なかった肉、魚、野菜などの食糧を金貨百五十枚分買い込み、それをマルティナのアイテムボックスの中に収納してもらった。
「もうこの町でやるべき事は無いな。ではクレンコフ領に向うとしよう。マルティナ案内を頼む」
「ああ、任せてくれ」
そしてマルティナの先導の元、カラの町を後にしたのだった。