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第二話 転移先で花妖精のリリと出会う

 素数を三桁に到達するまで数えて、なんとかある程度は思考能力が回復した。


 とりあえず状況を整理しよう。俺は電車に乗っていて、トンネルを抜ける最中に突然頭痛に襲われた。そして目を開けるとここは森だったと……

 

 あの違和感は何か意味があったのだろう。

 それ以外にこの摩訶不思議な状況の原因が考えられない。

 とりあえずスマホで位置確認してみよう。

 俺はポケットからスマホを取り出し液晶を見る。

 

「……やっぱりな」


 悪い予感が当たり、見事圏外だった。

 これは本格的な遭難ではなかろうか。

 もしくは神隠しかもしれない。

 ひょっとしたら異世界転移もありうるぞ。

 俺は色々な可能性を考える。


 だがとりあえず今は何か解決策を考えなければならない。

 とりあえずリュックの中身を確認しよう。

 何か役に立つものが入っているかもしれない。


 リュックの中身は、

------------------

 弁当一人前

 菓子少々

 五百ミリリットルのお茶二本

 着替え二着分

 スマホ

 ノートPC

 携帯ゲーム機

 筆記用具

 メモ帳

------------------

 だった。

 食料以外は役に立ちそうな物が入っていないな。

 ちなみに今の俺の服装は、長袖のポロシャツにジーパンにスニーカーだ。

 面接の際、農業体験もするとの事だったので幸いにもスーツでくる必要がなかったのだ。


 とりあえず服装も含め、一通り荷物の確認は済んだ。

 よし、これからの方針を考えるとしよう。

 第一目標として、なんとしても明るいうちにこの森を抜けたい。

 夜の森は下手したら野犬や熊なんかが出るかもしれないからな。

 もしここが外国なら狼なんかも出る可能性もある。

 そうなったらアウトだろう。

 

 だがどちらに進めばいいか皆目見当つかない。

 もしここが富士の樹海のような広大な森だったら、出口と反対方向に進むことはすなわち死を意味する。

 

 どうする。

 ここらで一番高そうな木に登るにも、ぱっと見で三十メートル以上はある。

 命綱でもない限り絶対無理だ。

 落ちたら確実に死んでしまう。


 だがこのまま夜を待って星の動きを見ても、地図がなけりゃなんにもならん。

 はっきり言ってお手上げだ。


「ん、待てよ」


 俺は僅かだが地面に角度がついていることに気がついた。


 上に登るよりかは、下に進んだほうがいいよな、もしかしたら川にぶつかるかもしれないし。


 もし川にぶつかったとすれば、そのまま川沿いに下ればなんとかなるかもしれない。

 希望的な観測だが、これは今自分の頭で考えうる最良の手段だと思う。

 運よく食料も、菓子を入れれば多少はあるので、二日はなんとかなる。

 このままここにいて食料が尽きたら飢え死にするだけだ。

 賭けになるかもしれないがやってみる価値はあるな。

  

 俺は動くことに決めた。

 一度決めたら行動は早い方だ。

 すぐにリュックを背負うと、なるべく距離のロスをしないように、直線に歩くのを心がけながら、角度が下がっている方へと歩を進めていった。



--- 



 そろそろ六時間は歩いたな。

 それにしても全く代わり映えのない景色が続く。

 ただ単に木々が生い茂っているだけだ。

 だが思ったよりはなぜか疲れていない、空気が綺麗だからかな。


 就活で鍛えてるものの、流石に五時間もぶっ通しで歩いたら疲労困憊になるはずだ。

 空気が綺麗だけでは済まされない。

 この森になにか要因があるのだろうか。

 どっちにしても疲れが少ないのは悪いことではない。

 いちいち気にしても仕様がないので前向きにとらえることにしよう。


 今俺の腕時計は十九時過ぎを指している。

 俺が歩き始めたときは十三時だった。

 それにしても時計通りなら、今は十月なので季節的にもそろそろ日が暮れてもおかしくないだろう。

 だが森の中は一向に光の量が少なくなる気配はない。

 

 考えたくはないが、もしかしたらここは日本じゃないかもしれない。

 じゃあ考えられる可能性は、外国か異世界しかないじゃないか。

 もし異世界だとしたら疲れが少ないという点にも合点がいく。


 だとしたら、現地人に接触する時は細心の注意を払わなければならないな。

 地球の常識は通用しないと思っていたほうが無難だ。


 その点は心に留めておくことにして、まずは森を脱出することに専念しよう。 

 幸い疲れはさほど溜まっていないようなので、穴や崖にきをつけて少しスピードを速めてみるとするか。


 俺は早歩きで道なき道を進む。

 すると流石に疲れてきたのか幻聴らしき声が聞こえてきた。


「おいしそーなニオイー」


 一応断りを入れておくが、俺は美味しくないぞ。

 不気味に感じ自然に小走りになる。


「魔力もいいニオイー」


 俺は体臭はそんなきつくないって、死んだ母ちゃんにいわれたぞ!

 ん、魔力だって。

 なんか変な言葉を聞いたが、きっと疲れているんだろう。

 こんな不気味な所はさっさと出るに限る、間違いない。

 俺はかなり本気に走り出した。

 あれ、結構スピードが出るな、もしかして魔力が関係してたりして……、なんてな。


「ちょっとまってよー」


 やばいやばい、絶対やばい奴が後ろにいる。

 何せ俺のことを美味しそうなんていうくらいだ。

 きっとヒグマよりやばい化け物に違いない。

 ここは全力疾走で逃げ切るしかない。

 

「もう! いい加減まつのー!」


 俺は突然『なにか』が膨れ上がるのを感じた。

 恐る恐る後ろをちら見すると、オーラのようなものを覆った二十センチ程の球体が、まるで百六十キロメートルの豪速球のようなスピードで俺を追いかけてきた。

 終わったな、きっと化け物の類だろうよ。

 ただ俺も簡単に死ぬ気は無い。

 迫り来る球を受け止めるべく腕を十字にしてブロックを作る。

 

「来るならきやがれ!」


 俺は自分を奮い立たせるため大声を張り上げる。

 そして来るべき衝撃に備えて身構える。

 

 数秒が経過しただろうか。


「あれ?」


 何も起きないぞ。

 もしかして苦しまないように殺ってくれて、気づいたら黄泉の国なんて落ちはないよな。 

 いやいやそんなはずはない、鬼が出るが蛇が出るか、意を決して頭を上げる。

 するとそこには羽を生やした二十センチメートル程の少女が、宙に浮きながら俺の目の前にいた。 


「やっと追いついたよー、もう、なんで逃げたのよ」


 少女はぷくーっと頬を膨らませながら俺に向けて人差し指を突き出している。

 なんだこの生き物は……、虫でもないし鳥でもなく人型だ。

 でも羽が生えて飛んでいる。

 ……俺多分この子知ってるわ、最近読んだ小説に出てきた気がするんだ。

 その少女の姿に確信に近いものを得たが、一応確認のために本人に聞いてみることにしよう。


「君って、もしかして妖精さんだったりする?」

「うんそーだよ、あたしは花妖精のリリ、ここからおいしそーなニオイがするよ」


 リリは無邪気な笑顔を浮かべながらくるくると宙返りをしながら俺の後ろに回りこむと、ピタッとリュックにしがみついた。

 

「やっぱりここからいいニオイがするの」


 ああ、リュックには弁当と菓子が入っているからか。

 あんな遠くからでも匂いが分かるなんで妖精は相当嗅覚が鋭いんだな。

 それにしても、ここに飛ばされてまだなんら情報を得られていない中、リリに会ったは思わぬ幸運かもしれない。

 ここは菓子でも与えて情報を引き出しておくか。


「俺は秀雄って言うんだ。これから飯にすんだがよかったら一緒に食べるか?」


 俺は自然にリリを食事に誘う。


「ほんと、ヒデオ! あたしも食べていいの?」


 案の定食いついてきたな。

 よしよしここはケチらずに豪勢に振舞うとするか。


「ああ、一人で食うより二人で食べた方が美味いだろうしな」

「やったー!」

「じゃあ早速食うとするか、ついてきな」

「うん!」


 俺は近くの木の近くに移動した。

 早速リュックを開けようとするが、


「ここは危ないから別のところにいこー。あたしが案内するから、しっかりついてきてねー」


 そう言うとリリは飛び立ち木々の密度が特に高い場所へと飛んでいく。

 俺はおいおい大丈夫かよと思ったが、ここは森のことを勝手知ったる彼女に素直に付いていくことにした。

 リリについて歩いていくと彼女が突然ある所で止まった。


「ここからあたしのお家だがらヒデオ一人じゃ通れないのー。あたしはヒデオの頭に乗ってるからそのまま前に進んでねー」


 リリはわざわざ自分の家に招待してくれたらしい。

 これは彼女には感謝しないといけないな、なにせ安全地帯に連れて行ってくれるのだから。

 

「このまま真っ直ぐでいいんだな?」

「そーだよー」


 既に俺の頭の上に座っているリリが、足をぶらぶらさせながらそう告げた。

 微妙に彼女のかかとが額に当って痛いのは黙っていよう。

 よし、では前に進むか。

 一歩一歩踏みしめながら進むがまだ何も変化は無い。

 五歩目あたりからトンネルの時のような違和感を覚える。

 ただ頭痛も吐き気もしない。

 七歩目には既に違和感がなくなっていた。

 

「なんだここは」


 違和感がなくなると同時にあたりの景色は一変し、そこはあたり一面に七色の花畑が広がっていた。


「なんてきれいな所なんだ」


 俺があまりの美しさに呆然としていると、リリが俺の顔をのぞき込んできた。


「ここがあたしのお家だよ。どう?」

 

 リリはその花畑の上を飛び回りながら腕を広げて、


「ここが全部あたしのおうちなのー」


 と無邪気に笑いながら飛び回っている。


 なるほど、リリはここを寝床にしているんだな。

 ただし腑に落ちないのは、なぜわざわざこんな居心地の良さそうな場所を出て危険な森にいたかだ。

 後で聞いてみることにしよう。


「それは凄いな。リリは一人でここに住んでいるのか?」

「うんそーだよ、ここは全部あたしのおうち。お母さんからもらったの」


 なるほど、恐らく先に違和感はこの空間に転移するための副作用のようなものだったのだな。

 今思えば、トンネルの時の頭痛と吐き気は今の比ではなかった。

 推測だか恐らくかなりの空間転移があったのだろう。

 だとすれば、今俺の目の前で起きている現象についても合点がいく。

 長距離空間移転により、地球人の知らない異世界に漂流したということに。


「そうかよかったなー、じゃあリリを待たせるのも悪いから早速飯にしよう」


 俺はどかっと腰を下ろしリュックを開け、弁当と菓子を取り出す。

 菓子はチョコレートとポテチにグミだ。


「よーし、リリが好きなやつをたべていいぞ」

「わーい! じゃあこれとこれとこれ」


 リリは即答で三つの菓子全部をパパパッと指差した。

 さすがは妖精、無邪気な事だ。


「分かった今開けるから待ってておくれよ」


 俺も二つ返事で了承し、今か今かと待ち構えているリリの為に急いで封を開け、リリの前に差し出す。


「さあ好きなだけ食べなさい」

「わーい、いたたきまーす!」


 そう言うとリリは一目散に菓子にかぶりつき、もぐもぐと小さな口を動かしている。


「おいふぃー、もぐもぐ、こんふぁおいふぃーのはじめてだよ」


 さすがに日本の菓子は異世界でも通用するようだ。


「そうかそうか、まだたくさんあるんだからゆっくり食べな、喉につっかえちゃうよ」

「うんわかっふぁー」


 うん、全然分かってないな。

 俺もさすがに歩き詰めで腹が減ってきた。

 これで食い物がなくなるが、リリが何とかしてくれるのを期待して弁当を食っちまうか。

 俺は空腹に絶えられずに、幕の内弁当の封を開けかきこむ。

 弁当はすべて数分で俺の腹の中におさまった。

 今日は嫌いなきんぴらごぼうもしっかり食べておいた。


「ふー、食った食った。リリもお腹一杯か?」


 リリもチョコレートとポテチを三分の一、グミを三個ほど食べたところで腹いっぱいになったようだ。

 もう彼女のお腹は見るからにパンパンに膨れ上がっていて、動けなくなっている。

 

「もー食べられないよー」


 これはしばらく休ませてやったほうがいいな。

 その間に俺はお茶でも飲んでるとするか。


  

---



 一時間程経過し俺の腕時計は今二十時半を指している。

 今俺は花畑の布団につつまれながらリリと歓談をしている最中だ。


「ふーん、ヒデオはいきなり森の中にきちゃったんだー」

「そうなんだよ、で困ってる所なんだ、森からどう出たらいいかも分からないしな。それでリリはなんで森の中にいたんだ? あそこは危ないんだろ」


 先ほどから疑問に思っていた点を質問する。


「それはねー、なんかピンときたの。それで森に行ったら、なんかあったかい感じがしたから近づいたらヒデオがいたの。ヒデオはお菓子もくれるし、魔力もいいにおいだから大好きなの。ヒデオはずっとここにいてもいいんだよ?」

 

 俺にはよくわからんが、妖精のカンというやつなのか。

 あと魔力も存在しているみたいだ。

 リリの言う通りだと俺にも魔力があるらしい。

 恐らく疲れを感じなかったり、以前よりも早く走れたりなどは恐らく魔力による恩恵だろう。

 その点はまた詳しく聞いてみよう

 

 ただリリが最後に寂しそうな表情で、俺にここに居てくれとせがんだときは、さすがに心がえぐられた。

 リリの母は彼女が子供の頃に出かけて以来、帰ってきていないらしい。

 それから話し相手もいなく一人で過ごしてきたらしく、今日俺と出会えてとても嬉しかったそうだ。


 俺はリリには申し訳ないがずっとここに居るわけにはいかないのでリリにある提案をすることにした。


「なあリリ、よかったらこれから俺と一緒に行動しないか。俺はずっとここにいる訳にはいられない、この世界の事をもっと知りたいんだ。リリが一緒にいてくれると俺はとても嬉しいし助かる。どうだい、来てくれるか?」


 リリはうーんと考え込むような仕草を見せる。


「ヒデオはあたしのこと……、一人にしないって約束してくれるならいいよ。仲良くなってからまた一人はヤダよ……」


 リリは母親が突然帰ってこなくなったのがトラウマになっているようで、目に涙を浮かべながら俺に訴えてきた。


「ああこれからは絶対にリリを一人にしないって約束する」

「ほんと、じゃあこれからはずっと一緒だよね?」

「そうだ」

「やったー! ヒデオ……、アリガト」


 リリは目を腫らしながら俺に突撃し、シャツの中へと入っていった。

 そこからひょこっと顔を出して、嬉しそうな顔を俺に向けてくる。


「えへへ、ヒデオの中あったかいねー」


 リリは安心したのかしばらくしたら俺のシャツの中で寝てしまった。

 そのまま放り出すのもかわいそうなので、俺はこのまま仰向けになってそのまま眠ることにした。

 

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