第十九話 リリとお買い物
「お前達がこの地竜を倒したのかな?」
「はい、さらに詳しく言えば、俺とこの娘の二人でですね」
するとギルドマスターらしきガチムチおっさんは、僅かに目尻を吊り上げると、再び言葉を返してきた。
「ほう、なかなか珍しい妖精を連れているじゃないか。種族を特定までは出来んが、その娘は普通の妖精ではないな。そんな娘が人に懐くとはな、久々に驚かされたわ」
あんまり驚いてない感じがするんだけどな。
ギルドマスターと言う位なのだから、海千山千の猛者なのだろうな。
なんかチャレスと同じ匂いがする。
ほら、リリなんかびびって、俺の服の中に入っちゃったじゃないか。
「はは、たまたま気に入られただけですよ。それより早く、これ査定して下さいよ」
「そうだな、地竜が丸々一体で金貨五百枚が相場だな。だがこれは少し部位が欠けているから、四百枚といった所か。あと卵は百枚だな、需要が限られているし、育てるのに費用が掛かるからこんなもんだ。その他は全部で色を付けても、金貨三十枚って所だな」
おおう、全部で金貨五百三十枚か。
これだけあればかなりの食糧が買えるな。
ごねるのも面倒だし、言い値で買ってもらうか。
「その値で構いませんよ。それで買取お願いします」
「そうかい。少しはごねるかと思ったが、いい心掛けだな」
ごねたら、「わしと戦ったら考えてやる」とか言ってくるのは目に見えてるんだよ。
はっきり言って、今はこんな所で油売っている場合じゃないからな。
「俺達にはこれでも十分なんですよ。過分な欲は身を滅ぼしそうで怖いんでね。申し訳ないんですが、支払いに行ってもらえませんか」
「ああ解った。大金なので応接室で支払う事になる。部屋で待っててくれ」
ギルドマスターは控えていた受付嬢に、顎で俺達を応接室に連れて行くようにと指示を出した。
「分かりました」
一言返して、受付嬢に従い俺達は応接室へと移動する。
「これが料金だ」
しばらく応接室で待つとギルドマスターが、金貨の入った袋を持ってきた。
「ありがとうございます。マルティナ、改めてくれ」
「ああ、わかった」
俺はマルティナが金貨を数えている最中に、ビアンカの手紙の件について聞いてみる事にした。
「一つ聞きたい事があるんですが、ギルドでは手紙は扱っているんでしょうか?」
「ああもちろんだ。ただ規定の料金で済むのは、ギルドがある都市間での場合だな。それ以外は依頼と言う形になるので、少々値が張るぞ」
よかった、とりあえず手紙を出せるみたいだ。
「それは良かった。いえね、私の連れのビアンカと言う犬狼族の娘の故郷に、手紙を出したいんですよ」
俺は徐に地図を開き、ビアンカから聞いた凡その地点を指し示す。
「ふむ、犬狼族の里か、確か東の森に何箇所があるな。場所によっては人里から深い所にある。なので値が張るが金さえ出せば運んでもらえるはずだ」
「そうですか、確かこの娘の話だと里の名はワオンと言うようです。分かりますか」
なんか笑ってしまうような名前だが、事実なのだから仕様が無い。
「ああ、ここなら護衛やらなにやらで金貨十枚と言う所だな」
結構値が張るがビアンカの為なら、この程度は痛くもかゆく無いな。
「そうですか。ではそれでお願いします。今からこの娘に手紙をしたためてもらいますので」
ビアンカは意外にも読み書きが出来る。
母親に王族の血を引く者としての、最低限の教養は教えてもらったらしい。
「あいわかった。後は受付で手続きをしてくれ」
「解りました」
ギルドマスターは、再び受付嬢に顎で指示を出し、部屋から出て行った。
「秀雄様。高いお金を出してまで、私の為に手紙を出して下さってありがとうございました」
「気にするな、これで俺も安心したんだよ。もうこの話は終わりにしよう」
「はい…」
俺は律儀に礼を言ってくるビアンカを制する。
それから金貨の枚数を数え終えてから応接室を退出し、その足でビアンカの手紙を送り、足早に建物から退いた。
ふう、無事に地竜が売れて一安心だ。
ビアンカの手紙も出し終えて、金も入った事だし、さあ食糧を買い込むか。
行くならば、大きめの商店だな。
大量に購入すれば、安くしてくれるだろうしな。
俺はとりあえず、旨そうなハンバーガーのような食べ物を売っている屋台で、おやつ代わりに人数分の商品を買うついでに、大量に仕入れが可能な商店を聞き出した。
十個も買ってくれたので、店主は快くその商店を何軒か教えてくれた。
それぞれの商店に得意分野があるようなので、俺達は教えられた商店をすべて回る事にした。
まず一軒目は穀物類を専門に扱っている問屋らしい。
「恐らくここだな。早速入ってみよう」
店の事情などお構い無しに、ぞろぞろと全員で入店する。
「いらっしゃい」
「失礼、ここなら纏まった量の食糧を買えると聞いて来たのだが」
「はい、うちは卸もやってますんで在庫はありますよ」
「そうか……、では売れる分でいいので金貨三百枚分程頂けますか?」
「さっ三百枚分だって! そんな量、倉庫から持ってこないと無いですよ」
「では倉庫まで取りに行くよ。それと一括現金で買うんで、少し安くしてもらえると有り難いのだけどな……」
「本気なんですね、でしたら麦中心で一トン当たり金貨一枚半でどうですかい。もちろんかなり勉強させていただきましたよ」
たしか一石が百五十キログラムだから、二千人が一年食べるのに必要な量は三百トンだな。
で今回二百トンもの穀物が買えると。
これなら当面の食糧危機は解決できそうだな。
「ああこれで構わないよ。何時取りも行けばいいんだい」
「そうですね、今晩までには何とか準備しておきますよ」
今が四時だからあと三時間程かな。
随分短い気はするが、業者なので何か方法でもあるのだろう。
「了解した、では場所を教えてくれ」
「はい、ではこの地図をお持ちください。倉庫はこの丸く囲んでいる所です」
店員はカラの町の地図を渡してくれた。
気が利くじゃないか。
「ありがとう。ではまた後で」
「お待ちしております」
今日は時間的にこの店で終わりだな。
後は宿を取って、夜に穀物を取りに行くとするか。
俺達は手附の金貨を支払ってから商店を出ると、今晩の宿を探しに地図を片手に町を散策する。
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時刻は六時過ぎ。
無事に宿も取り終えた事だし、そろそろ穀物を取りに向うとするか。
俺はリリを引き連れて倉庫へと向う。
他の面子は長旅で疲れがある上に、時間的にも遅いので、先に夕食を済ませてもらう事にした。
それ以外にも、リリと来た理由は、彼女にここまでお世話になった感謝の気持ちを込めて、お礼をする為でもある。
よくよく考えてみると、リリに出会わなければここまで、これ程までに順調には行かなかっただろう。
先の地竜との一戦も、彼女の手助けがあったからこその楽勝だ。
少し当たり前のように、リリを頼りすぎていたな。
せっかく金も入った事だし、ここいらでなんか買ってやるとしよう。
だがリリだけを優先的に扱う事は出来ない。
まだ結婚もしていないが、一夫多妻制の夫は、全員の妻を平等に扱わなければならなのだ。
なので何か買うにも、みんなの分も買って帰らなければならないだろう。
だがしれっと、リリにはいい物を買ってやろう。
これ位の贔屓はしてもバチはあたらないだろう。
それに彼女の貢献度を考えれば、その事を理由に皆に説明すれば、納得もするはずだ。
俺はそんな事を考えながら、リリを伴って宿を後にする。
約束の七時まで時間がある事だし、買い物を先にするとしよう。
「流石は冒険者の町だけあって、日が暮れても明るいな」
「そーだねー!」
リリは何時もより機嫌が良さげな感じだ。
俺の周りをブンブン飛び回っている。
「どーした、やけに楽しそうだな」
「だって久しぶりにヒデオと二人きりなんだもーん」
なるほど、そう言う事か。
なんだかんだで、リリも俺に構って欲しかったんだな。
「そうかそうか、俺もリリと出会えて感謝してるぞ。雰囲気も明るくなるし、おかげで旅路も随分楽になってるしな」
「ホントー! わーいヒデオに褒められたー」
「ああ本当だとも。だからお礼に、これから好きなものでも買ってやろうかと思っているんだ」
「そーなんだ、でもあたしは別に欲しいものはないかなー。お菓子くらいだよ」
妖精だからなのか、特に物欲は無いのだろうな。
とりあえずお菓子は大量に買ってやるとして、皆のプレゼントも買わなければならないな。
「ははは、リリは可愛いな。普通ならもっと高い物を欲しがるもんだぞ」
俺はそう言って、リリの頭を撫でてやる。
「エヘヘ、そうでもあるかな」
「とりあえず菓子は買うとして、それ以外に買わないのは可哀相だから、何かアクセサリーでも買うとしよう」
ついでに人数分の同じ奴を買えば、上手く収まるな。
「ヒデオー、アクセサリーって美味しいの?」
「違うぞ、アクセサリーは食べ物じゃないんだ。キラキラしてたりして綺麗な物なんだよ」
「ヘー、あたし、アクセサリー見てみたいなー」
女の子だけあって食いついて来たようだ。
「ならこれから見に行くとしよう」
「うん!」
目的地を決めた俺達は地図を見ながら繁華街へと足を運ぶ。
この町の繁華街は冒険者が帰って来る夜の方が、昼より盛り上がっているため、店じまいしている心配はないだろう。
繁華街に入りしばらく歩くと、なかなか高級そうな宝石屋を見つけ、その店に入る事にした。
「いらっしゃいませ」
俺達が入ると店員がうやうやしく出迎えてくれた。
「失礼、アクセサリーを五点程買いたいのだが、とりあえず品を見せてもらえないかな」
「かしこまりました。失礼ですがご予算はお幾ら程になりましょうか」
「うーん、大体総額で金貨五十枚って所だな」
明日も食糧を買わなければならないので、このあたりが限界だろう。
「ではお勧めの品を持って参りますので、こちらにお掛けになって少々お待ちください」
店員が品を持ってくるまでの間、リリは陳列されている商品を物珍しそうに眺めている。
「ヒデオー、アクセサリーって綺麗だねー」
「そうだな、欲しいのがあったら言ってごらん。あんまり高くなければ買ってやるぞ」
「いいのー! わーい」
するとリリはガラス窓に顔を貼り付けるようにして、真剣に品を選び出した。
しばらくして店員が戻って来ると同時に、リリも欲しいものが見つかったようだ。
「ねえねえ、あたしこれが一番好きかなー」
リリが選んだのは、小さなダイヤに似た宝石が埋め込まれた指輪だ。
「これならー、あたしの腕とか首に付けられると思うんだー」
ふむこれならリリに似合いそうだな。
値も金貨二十枚とそこまで高くない。
リリにはこれでいいだろう。
後は他の四人だな。
「待たせて済まないな。一つはあれに決めたよ、他にお勧めを見せてくれ」
「かしこまりました。こちらの品々などはいかがでしょうか」
俺の前に置かれたのは、ネックレスやブレスレットに指輪など数十点の品だ。
うーむ、何を買っていいのか全然解らん。
「この中で魔力を高めるような効果を持つ、宝石類はあるのかな?」
どうせなら役に立つプレゼントを買った方がいいかなと思った。
「でしたらこちらのルビーの商品はいかがでしょか。ルビーには僅かですが魔力を高める効果があります」
おお、それはいい。
ではルビーで決めるとするか。
「それはいいな。ではルビーのネックレスを四つ貰おうか、料金はいくらになるんだ」
指輪と腕輪は個々人のサイズが分からんから、無難にネックレスにしておこう。
「はい、ルビーのネックレスが一つ当り金貨十枚、そちらのダイヤの指輪が金貨二十枚ですので、計金貨六十枚となります。お客様はたくさん買って下さいましたので、切りのいい金貨五十枚に勉強させて頂きます」
店員が気を利かせて、丁度予算内で収めてくれたようだ。
「気を使ってもらって済まないね。喜んで金貨五十枚で買わせてもらうよ」
購入の意思を告げて、リュックから金貨五十枚を出し店員に支払う。
「ご購入有難うございました。またなにか御座いましたらいらっしゃって下さい」
「ああ、また機会があったら利用させてもらうよ」
それから、購入品をプレゼント用に包装をしてもらい、俺達は店を退いた。