第十八話 交易路踏破 地竜を売ろう 地図
マルティナ達が合流した事で、俺達一行は十を越す大所帯となった。
俺達は昨晩は当初の予定通り、休憩所で一夜を過ごした。
そして今日にも交易路を踏破し、南方諸国に入る予定になっている。
昨日の夕食で、マルティナ達は久方ぶりに十分な栄養を補給できたせいか、顔色も幾分良くなった感じがする。
気のせいかもしれないが、端から見ても足取りが軽そうだ。
今の状態で地竜と戦ったのなら、もう少し勝負になっていたかもしれない。
昨晩、マルティナと魔法談義をしたのだが、彼女の得意属性は水・氷だそうだ。
魔法の素養としては、現在の所、中の上と言った所か。
それでも魔法が使えるという時点で希少な存在であり、Bランク程度の魔獣なら、なんとか討伐することができると言っていた。
ついでに俺の魔法を幾つか披露したら、このレベルの火魔法は見た事は無いと大変驚いていた。
それならばと、リリに花魔法を披露させたら、あまりの驚きに卒倒しそうになってしまった。
妖精種については、彼女の母のエルフからそれなりの知識を教えてもらっていたらしく、リリの魔法を見て花妖精だと分かったようだ。
なんと目の前の妖精が、絶対数が少ない上位妖精だと分かれば、卒倒しそうになるのもやむを得ないな。
そして交易路を南下する道中、マルティナにクレンコフ家についての詳細を尋ねる事にした。
そして、マルティナの話を簡潔に述べると、備蓄している食糧はあと一ヶ月程度。
保有資産は流動性が高い物に絞ると、金貨三百枚弱。
領民の貯蓄を合わせても、それほど多くはないだろう。
常駐の兵士は約三十名。
しかし他家に攻め込まれた場合は、領民全員で戦う程、民忠が高い。
ついでにマルティナはこの遠征で、食料の買い付けも行って帰るらしい。
俺は大量の食料をどのように持ち運ぶのか疑問に思ったが、なんと彼女もアイテムボックス持ちとの事だ。
彼女の母が持参した一品らしく、クレンコフ家唯一の家宝と呼べる代物らしい。
ただしその質はリリの持っている物の方が遥に高いようで、俺達が地竜の素材を丸々リリの袋に入れた時はびっくりしていた。
彼女の袋の容量は、地竜一体分に欠ける程度が何とか入る位らしい。
それでも十分使えると思うがな。
最後に、一番気になる事をこれから聞くつもりだ。
それは彼女の母である。
もちろん人妻(未亡人)と言うフレーズに興味があると言う訳ではなくて、村の防衛の為に母を残してきたと言う件が気になったのだ。
「なあ、マルティナのお母さんってエルフなんだろ。村の守りをしているだけあって相当強そうだよな」
俺はエルフと言ったら魔法というイメージしかなかった。
子供のマルティナですら、十八歳にしてなかなかの魔法の素養があるのだから、彼女の教師でもある母親に興味を持つのは当然だろう。
するとマルティナが、
「私の母様は元Aランクの冒険者だったらしく、昔は『氷の微笑み』なんて二つ名もあったんだ。その由縁はその名の通り、氷のように冷たい微笑みを浮かべながら、敵を虐殺していたところからきたらしい。母様は一人でも、雑兵の一団程度なら退ける力を持っているだよ。だから私も安心して、ここまで遠征出来ているんだ」
マルティナは微かに身震いしながら、母の事を語った。
過去のトラウマを思い出してしまったらしい。
うん、お母さん絶対ドSだよね。
俺はマルティナの雰囲気は、絶対母親譲りなのだと確信した。
「それは凄そうなお母さんなんだね……。クレンコフ領についたら絶対挨拶するから、ちゃんと紹介してね」
「ああ無論そのつもりだ。安心しろ、だが母様はあなたが思ってるような方ではないぞ。身内には思いやりを持って接してくれるから、大丈夫だと思う」
「そうですよね……」
俺は百パーセントの不安の中に、悲しいかな一パーセントの期待も抱いてしまった事に、自分に対して何とも言えないやるせなさを感じた。
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とりあえずクレンクフ家に関する話は切り上げて、その後は他愛も無い話をしながら、交易路を南下する。
リリ、クラリス、ビアンカ、チカ達も既にマルティナ達と打ち解けているようだ。
昨日俺が、クレンコフ家の事情を四人に話し、今後協力する旨を伝えた所、マルティナの境遇に同情したのだろう、皆が二つ返事で賛成してくれた、
今は歩きながら、リリ、クラリス、マルティナの三人でなにやら魔法に関して話しているらしい。
恐らくクラリスに指導しているのだろう。
ビアンカは相変わらず俺に付いてもらっている。
チカはヨハンとか言う子供の相手をしてもらっている。
これから同じ釜の飯を食う相手同士だから、今の内から親交を深めるのはいい事だ。
それから何事も無く歩き、適当な場所で昼飯食い、さらに南下する事三時間程、ようやく交易路の終点が見えてきた。
「やっと終点かー、思えば随分と長い旅路だったな」
無味乾燥な景色の連続に飽き飽きとしていた為、俺にとっては感慨ひとしおだ。
「妾も疲れたのじゃー、でもマルティナが魔法を教えてくれたり、冷たいお水も作ってくれたから、楽しかったのじゃ」
「むー、あたしもクラリスに色々教えてあげたでしょー」
「だってリリの言ってる事、難しいんじゃもん。『もぎゅっとしてぽん』って言われても良く解らんのじゃ」
「そんな事言うんなら、もう教えてあげないからー!」
「いいのじゃよーだ。これからはマルティナに教えてもらうもーんなのじゃ」
「子供のくせに可愛く無いのー! もう蜂蜜あげないんだからー!」
「そっそれは困るのじゃ……」
「まあまあ二人とも、これくらいにしなさい。これ以上続けると……」
「むー」
「解ったのじゃ……」
おっとリリとクラリスの間で、喧嘩が始まったようだ。
基本二人は仲がいいのだが、精神的に幼い部分があるから、偶にこう言う事がある。
まあ仕様が無いな。
今回はマルティナが気を利かせて収めてくれて助かった。
二人も彼女を怒らせるとやばそうな雰囲気を、本能的に感じ取っているんだろうな。
これまでは、俺かビアンカが止めに入らないといけない事もあったから、マルティナさまさまだ。
ちなみにチカを絡ませると、騒ぎがより大きくなるから論外だ。
「お前ら、そんな事より関所が見えてきたぞ。一応何かに備えて準備しておけよ!」
『はーい』
俺達を迎えてくれたのはラスパーナ地方の玄関口となる、カラと言う町だ。
カラは人口一万人程度の独立都市で、ステップ地帯を目の前にしている事もあり、冒険者が多く集まっている。
俺達はここで素材を売り、買えるだけの食料を調達するつもりだ。
その前に関所を通り過ぎなければならない。
関銭は一人当たり銀貨一枚らしい。
身分は冒険者手帳があれば大丈夫との事だ。
それにこちらにはマルティナがいるから、彼女に身分は保証してもらえるだろう。
関所に到着し、俺は冒険者証明書を提示し銀貨五枚を衛士に渡す。
リリ達は俺の連れだと言うと、少し驚いたような顔をしたが、特に何事もなく通してくれた。
カラは様々な人が通っているから、俺のような手合いには慣れているのだろうな。
マルティナ達は身元がはっきりしている為か、既に関所を通過していた。
「待たせて悪いな。これからギルドに言って素材を売るとしようや。何せ地竜だ、幾らで売れるか楽しみだな」
「そうだな。出来るだけ高値がついてくれると嬉しいが……」
「どうだろうな、リリが大穴空けちまったけど、それなりでは売れるだろうよ」
「ヒデオはあたしのせいだって言うのー」
リリは先程の喧嘩から少し不貞腐れてしまったらしい。
「そんな事ないぞ。リリのお陰で怪我もなく倒せたんだからな。逆にみんな感謝しているはずだよ。なあ、みんな?」
俺はリリのご機嫌取りに彼女を持ち上げるべく、皆を見回す。
すると皆リリを褒め称える言葉を次々と飛ばしてくれたので、すぐに彼女の機嫌は直ったようだ。
最後はクラリスもリリに感謝の言葉を表してくれたので、二人共無事に仲直りしたようである。
そしてマルティナに案内され、俺達は冒険者ギルドへと到着した。
ギルドに入り早速受付へと向う。
カラのギルドの雰囲気は、ミラ公国のようにギスギスした感じはないみたいだ。
「失礼、素材を買い取って貰いたいのだけど、大量にあるんで場所を取って貰ってもいいかな」
「買取ですか。よろしければ素材の種類を教えて頂けないでしょうか」
俺は受付嬢の耳元で。周囲に聞こえないように囁いた。
「驚かないでくれよ。地竜一体にその卵だ。ブツは魔法袋に入っている」
受付嬢は一瞬ピクッと体を揺らしたが、さすがは冒険者の町だけあって、このような経験はあるのだろう、すぐに対応してくれた。
「では素材の査定を致しますので、裏手にあります訓練所までご同行お願いします」
「了解した」
受付嬢は奥へ行き、誰かに何か話しかけてから、俺達を裏手へと案内してくれた。
「ではこちらに素材をお出しになって下さい。あと一、二分もすればギルドマスターが査定にやって参りますので、少々お待ちになって頂けますでしょうか」
裏口を通り、そこは訓練所と言う名のサッカーコート程の広場があった。
受付嬢の言う通りさっさと素材を出して、上司の到着を待つとしよう。
「リリ、ここに地竜の素材を出してくれ。あとこれまでに集めてきた分も頼む」
「うん、りょーかーい」
リリはアイテムボックスの入れ口を地面に向け袋を振ると、何やらもやもやとした空間の歪みと共に、地竜の素材に卵、その他の魔獣の素材がぽろぽろと出てきた。
地竜は頭や、腕ごとに持ち運べる大きさに切り分けてある。
アイテムボックス内は、時魔法の付与が解かれない限り、永久的に鮮度が保たれるため、血抜きはしなくても大丈夫みたいだ。
もちろん俺は血抜きのやり方など、解らなかったから丁度良かった。
いきなり地竜のパーツが所狭しと並べられて、周りがざわつき出したが、俺はそんな事はなんのそので、皆とお喋りしながら暇を潰す。
しばらくすると、白髪交じりのガチムチおっさんがやって来た。
ようやくギルドマスターのお出ましだな。