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第百五十九話 ゴルトベルガー家攻略戦⑥

 時刻は午後十時を回ったところ。

 街灯などないので辺りは完全に真っ暗だ。

 

 これから松永軍は夜襲をかける。

 

 忍によれば、アホライネン軍では油断しきって酒盛りをしているらしい。

 もちろん神聖組など一度痛い目を見た連中は警戒を持っているようだが、初めて我々と対峙した多くが

「松永などこの程度」

 と甘く見ているのだろう。

 もし俺がアホライネン家の将だとして、初めて田舎領主と戦い、この状況なら油断するなとの方が難しいかもしれん。


 松永軍は三方向から奇襲をかける。

 本体は街道を進み正面から、左右からは夜目の利く亜人と妖精部隊が林の中を先導をする。

  

 深夜零時


 日が変わったところで敵陣近くに到達した。

 さてはじめよう。


 まずは俺が大魔法を撃つ。

 夜襲と言えば火だ。

 敵陣の天幕を目掛けて大火球を放つ。


「弾けろ」


 大火球は敵陣上空で弾け、さならが絨毯爆撃ように広範囲に落下した。

 

 ドドドーン!


 大音と共に敵陣中央がパッとなり、すぐに火柱が上がる。

 その様を確認すると、間髪入れず続けざまに炎の矢を連発する。 

  

 俺の大魔法を切欠に総攻撃の始まりだ。


 正面からバレス隊を先頭に躊躇無く敵陣に雪崩れ込む。

 左右から獣人、そして妖精も加わる。

 そして上空からは有翼族二十が指揮官がいるであろう天幕へ向けて魔法を放つ。


 ちなみに夜目が利く亜人は同士討ちの心配はない。

 また人族にも鎧に目立つ印や羽をつけているので問題ない。

 

「こんなもんでいいかな。あとは皆に任せよう」

 

 相変わらず前線の指揮はエミーリアに任せ、戦況を見つめるのだった。



 翌朝午前五時


 陽がチラチラと顔を見せ、夜闇も薄まってきた。

 既に一時間前に敵は退却をした。

 敵陣には千を超える死体が転がっている。

 大勝である。

 

 アホライネン連合軍にまともな抵抗が出来る者は神聖組とわずかの精鋭程度しかいなかった。

 その程度の数では、いくら神聖組が強力といっても焼け石に水だ。 

 しかも天幕目掛けて魔法が放たれたため、指揮官に被害が出たのは必至だろう。

 指揮系統は混乱を極め、抵抗どころではなかったはずだ。

 想像だが、なんとか神聖組らが混乱を鎮めながら殿を引き受ける。そこまでしてかろうじて軍を瓦解させずに撤退をしたとみる。


「朝飯を食ってから追撃開始だ。一時間後には進軍するぞ」

『ははっ』


 俺は重臣連中を集めそう告げる。


 奴らにはこれから地獄を見てもらおう。


 

---



「ちくしょー、よくも俺のツーヤを! 松永の野郎許さねえ! くそっ、アホライネンの連中はまんまと騙されやがって! あれだけ言っても酒盛りやがる! もうやってらんねえぜ! しかもなんだあの妖精共は! 前はあんなのいなかったじゃねえか! あんなんシャレにならんぜ!」


 と文句をぶちまけているのは神聖組第八中隊長チョーリキである。

 彼のバディであり愛妾でもあるツーヤは夜襲で命を落とした。

  

「チョーさん、あなたの気持ちは分かるわ。アホライネンのボンボンが油断しなければ何とかなったかもしれない。でもそれを後悔しても仕方ないわ。それに良いか悪いか分からないけど、彼は死んだ。これで私達も融通がきくわ。ここはこれ以上の被害を出さずに退却しましょう」


 憤るチョーリキを諭すのは、神聖組第二中隊長パーチ=ナーマである。

 アホライネン家の指揮官である一門の男は秀雄の初撃であっけなく終わった。

 そして現在、アホライネン軍はナーマに指示によりヴァンダイク領へ向け退却を始めている。

 アホライネン兵の戦意は先の大魔法の連発により木っ端微塵に砕かれたのだ。  


「そうですよ。ここは殿に集中することです。それにしても松永家は危険ですね。あの妖精の群れはまずいです。おそらくAランク以上が三匹はいました。その上全ての個体がBランク以上。神聖組三中隊分の魔法力と同等かそれ以上です」


 と述べたのはナーマの愛妾アキーナだ。

 彼は先程リリ、ローラのタッグと接触し戦い終始圧倒された。

 なんとか複数の隊員で相手をしその場を逃れたのだった。


 松永軍からの追撃を受け殿を務める神聖組はその数を三百人まで減らしていた。



---


 大和元年十一月三日


 アホライネン連合軍は神聖組が殿を引き受けたことで、なんとか一息つくことができていた。

 そのお陰で松永軍の追撃も一段落したのか、初めに松永軍と退治した地点まで退却していた。

 しかし六千あった兵は既に四千を切っていた。

 死傷者に加え、落伍者も多かった。


「はぁ、はぁ、なんなんだ一体。俺は夢でも見てるのか……。一昨日まで連戦連勝だったのに。おかしいだろ!」


 自分の身に起こったことに対し全く消化できてないアホライネン騎士。

 悪態はつくくせに逃げ足だけは速い。


 しかしその悪運も尽きようとしていた。


「だが、なんとか逃げ切れそうだ。さっさとヴァンダイク領に入れば……」


 その先の言葉が彼の口から紡がれることはなかった。

 

『ダイヤモンドダスト』


 ナターリャの大魔法である。

 数分の溜め時間を必要とするが、その威力は絶大の広範囲魔法だ。


 絶対零度の氷吹雪の直撃を喰らったアホライネン騎士は一瞬で絶命したのだった。


「突撃よ!! 全員生きて返すな!!」


 ナターリャの口から物騒な言葉がほとばしり、松永兵が突撃を開始する。


「なんでこんな所に松永軍が!?」

「ひひい、もう駄目だー」

  

 ナターリャ率いる精鋭五百に魔法兵百は、ゴルトベルガー領に残っていた。

 一つはありえないだろうが、ゴルトベルガー連合の反撃に備えるため。

 二つはアホライネン連合に地獄を見せるためである。


 アホライネン連合は四千の兵がいるといっても、皆疲弊しており士気は低い。

 そんな状態で腰を休めている最中に、元気一杯の精鋭が奇襲。

 アホライネン兵に抵抗するだけの力はなかった。


 歩兵五人に魔法兵一人がつく。

 魔法の援護を受けながら、精鋭の槍撃。

 五人一組の槍衾はグサグサとアホライネン兵を地獄に落とす。


「てめー、いい加減にしやがれ! チョーリキラリアット!!」


 そんなアホライネン軍の中で抵抗を見せるのは神聖組のみだった。

 チョーリキが丸薬をのみ槍衾を吹っ飛ばす。


「いいようにはさせないわ!」


 ナーマも丸薬を飲み槍衾を受け止める。


 しかし、彼らも疲れから戦況を覆すほどの力は発揮できなかった。


「魔法兵! 指揮官を狙い打て!」


 ナターリャが的確な指示を飛ばす。

 彼女自身と百の魔法兵はナーマに集中砲火をかける。


「ナーマ!」


 チョーリキが助けに入ろうとするが槍兵が邪魔で近づけない。

 神聖組の魔法隊も自分の身が一杯でレジストに回るだけの余力はない、


「ナーマさん、逃げて!!」


 チョーリキより危ないのはナターリャのターゲットにされたナーマである。

 アキーナがナーマの前に立ち壁となり必死にレジストをする。

  

「アキーナ! これ以上は駄目! 私のことは置いてお逃げなさい!」

「ナーマさん。組長と教皇様に伝えて。松永のこと……」

「アキーナおやめなさい!」


 アキーナはナーマの制止を振り切り魔力丸薬を十粒一気飲みした。


「はぁぁぁぁ」


 命を糧に魔力を得たアキーナは最期の灯火をレジストに捧げる。


「アキーナ……、チョーさん退くわよ」

「了解……」


 ナーマとチョーリキはアキーナの覚悟を無駄にすまいと断腸の思いで退却をした。


 結果ナターリャの奇襲によりアホライネン兵は三千まで兵を減らした。

 殿の神聖組は二百まで数を減らし、副隊長のアキーナが戦死した。

 

 

 

---


 

 大和元年十一月四日


 指揮官不在のアホライネン軍は既に軍の様相をていしていなかった。

 追撃の恐怖から逃亡兵が後を立たず、兵力は二千五百を切らんとなってた。

 そして、ようやくヴァンダイク家の領境に近付くと、敗残兵たちは陣形など組まずに我先にと安全地域へと向ったのだ。

 最後に神聖組がヴァンダイク領に入ろうする。


 ドッドッドッドッドッ


 しかし、彼らの後方から足音が響く。


「なにかしら……」

「なんでぇ?」


 満身創痍のナーマとチョーリキが後ろを振り返る。


『!!!』


 すると、そこには二体の猛獣が先頭になりレフ率いる松永軍が突撃してきたのだ。

 二体の猛獣とは獣化したアルバロとアニータである。


 アルバロが十メートル以上から跳躍しナーマの首元に噛み付く。

 ナーマは体をよじり回避を試みるが、疲れからかアルバロのスピードに付いていけず肩口にその牙を受ける。


「ギャアア!」


 ナーマの悲鳴が響くが、アルバロは気にもと止めずそのまま首を振りブンブンと振りまわす。


 それを見てチョーリキ、他の隊員が助太刀に入ろうとするがアニータと追いついてきた猫族が邪魔をし思うようにいかない。


「おい、筋肉達磨。お前の相手は俺だ」


 さらに遅れて登場したのが、カラのガチムチギルマスことグレゴリーだ。


「ちぃぃぃ、ここにきてとんでもない奴!」


 チョーリキはガチムチギルマスの力を見抜いたのか、冷や汗が噴出している。


「さて死んでもらおうか!」


 ガチムチギルマスは大斧を振り上げチョーリキに振り下ろす。


「グァ」


 チョーリキはなんとか受け止めるがそれで精一杯。


「クソッ! 俺もここまでか……」


 そういうとチョーリキもアキーナと同様に飲みすぎ危険の丸薬を十粒あるだけ一気飲みをした。


「ガァァァァァ!」


 チョーリキは命を燃やしナーマを振り回すアルバロに突撃をする。

 アルバロは本能的に危険を察知しナーマを離し距離を取る。

 その隙にチョーリキはナーマを掴み分投げ、隊員に顎で行けと合図をした。


「みなさん距離を取って!」


 レフが指示を出す。

 すでにナターリャからアキーナの最期の情報は入っていた。

 十粒も丸薬を一気飲みをすれば、数分は爆発的な力を発揮できる。

 その命を代償にして。


 チョーリキはそれから約五分間暴れまわった。

 その間アルバロとアニータの獣化も解けたので、協力してチョーリキを止めることに尽力せざるを得なかった。

 そして、薬の効果に体が耐え切れなくなった時、彼は全身から血を噴き出して絶命したのだった。


 神聖組は松永兵の追撃を一手に受けた。

 その結果、ヴァンダイク領に逃げ帰った隊員は百、残った隊長格は重傷を負ったナーマのみと壊滅的な打撃を被った。

 ただナーマが生き残ったことで、松永軍の脅威が正確に本部に伝わることが唯一の救いかもしれない。

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