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第百五十五話 ゴルトベルガー家攻略戦②

気分が乗っているときに書くのは大事ですよね。

「入れ」


 コンチンとエミーリアを左右に立たせパトリックを呼び込む。


「失礼いたします」


 俺の言葉に応じて神妙な面持ちのパトリックが姿を現す。


「うむ、夜分遅くにこられるとは。何か変わりでもありましたか?」


 笑顔を作りパトリックを迎える。


「実は……、あれからすぐにカミル殿は正気を取り戻したのですが……」

「怒り狂っていると」

「その通りです。なので、ここで松永殿に逆らっては明日にはルール城には松永家の旗が立っていると、私は彼を説得しました」

「ほほう、それで」

「無論カミル殿とて状況を理解しております。ですので、ひとまずは出兵に同意していただけました。しかし、すぐに頭が痛いと申し寝室へと籠もり出したのです」

「なんと……。もしや、少し強く叩きすぎたかな」

「その後、私はなんとか明日に間に合わせるよう説得を試みたのですが、追って参戦するとの言葉を残し話しを打ち切られました」

「それで俺のところに相談に来たと」

「はい、松永殿にご意見を仰ぐべきと思いまして」


 成程、そういうことか。


 カミルは格下の俺に叩かれて自尊心を傷つけられたようだ。

 だが現状はルール城前には松永家の大軍が張り付いている。

 ここで不審なそぶりを少しでも見せれば、それを理由にあべこべに攻め込まれてもおかしくはない。

 ならば俺に叩かれた頭が痛むとして、療養を理由に出兵を拒むといった具合であろう。

 

「ふむ、彼は痛く落ち込んでいるようだな。もしかしたら療養中に中原から名医を呼び込むやもしれんな……」


 俺はニヤリと笑う。

 その笑みには、カミル松永家がゴルトベルガー家と争っている間にアホライネンと接触し、結果的にゴルトベルガー家と挟み撃ちにしようという思惑が含まれている。


「……残念ながら、その可能性は否定できませぬ」


 パトリックは観念したようにそう告げた。


「そうか。俺はカミル殿は信用に値しない。しかしパトリック殿あなたは違う。言い難いことを正直に話すことは容易ではない。そんな者には松永家は味方であり続けたいと思う。パトリック殿、今後も協力していただけるな」


 要は、パトリックにシュミット家と手を切って俺に従えと促したのだ。


「……松永殿、この際だから全て申し上げます。当初よりカミル殿は、遅かれ早かれアホライネン家に臣従する心算であったようです。それに対し、我がメッツェルダー家とハイデル家は松永殿に従う腹積もりでした。ですので、ハイデル家当主のドロシーと二人でなんとかカミル殿を説得したのです。その結果、表面上は松永殿に援軍を要請する形になりました。しかしながら、結局このような事態となりまして、誠に申し訳なく存じておる次第です。無論今後私メッツェルダー家とハイデル家は松永家に従うとお約束いたします」


 パトリックはそう言うと、腰の小刀を抜き髪を切り出した。

 チョキチョキチョキと切り続け、見る見るうちに髪量が減っていく。

 

「待て待て待てい! もういい。これ以上切るな。無くなってしまうぞ!」


 俺は某顎の出たプロレスラーが弟子の髪切り行為を止めるシーンを頭に思い浮かべながらパトリックの腕を握る。


「しかし……」

「いや、パトリック殿のお気持ちは重々承知した。ひとまず落ち着け。ハイデル家も悪いように扱わん。それでよろしいか」


 俺はパトリックの髪切りが、自身の誠意を示すと同時に、前線で奮闘している盟友ハイデル家の立場を守るためにしているとも思えた。

 

「松永殿……、あなた様の深慮遠謀……、わたくし敬服いたしました。……誠にありがとうございます」


 パトリックは図星だったのか感激した様子で、顔を赤らめながら頭を下げてきた。

 そして、俺はパトリックの義理堅い態度に敬意を覚える。

 今後彼は重用しよう。

 恩を与えれば倍にして報いてくれるだろう。


「気にするな。カミルの態度を見れば遅かれこうなったのだ。それよりも先のことを考えよう。これから策を練る。パトリック殿にも役目を与えねばならん。とりあえず座って茶でも飲め」


 俺は横目でジュンケーに視線を送り茶を用意させる。


「お心遣い感謝いたす……」


 パトリックは恐縮した様子で俺が指し示した椅子に腰を下ろした。



---



「さて、落ち着いたところで始めるか」


 とりあえずの一服をしたところで、作戦会議を始めよう。


「コンチン、エミーリアは現状を踏まえどのような行動を取るのが最善と考える?」


 まずは軍師二人に聞いてみよう。


「まず、一つ目はこれから夜襲を仕掛けルール城を落とす。二つ目はパトリック殿に演技をしてもらい、カミルを泳がせる。三つ目はゴルトベルガー家との戦いを避け退却する案があります」


 とコンチンが申す。


「三つ目の下策は論外だ。強引な手法は後に禍根になってはまずい。取るならば二つ目だろうな。エミーリアはどう思う?」

「私も二つ目の案に賛成します。ただ単に泳がせるだけではなく、彼には大魚の餌となってもらうのがよろしいかと」

「ほう、具体的には?」

「カミルが援軍を求めるならば、まずは隣接しているヴァンダイク家でしょう。そしてアホライネン家へと向い、先日のホフマン家戦同様、神聖組とアホライネン兵を呼び込むのではないでしょうか?」

「カミルが援軍の使者を飛ばしても、領境で捕縛しそれを根拠にしてシュミット家を攻め落とすことはできるが、それ以上の戦果を求めると」

「はい、まずはゴルトベルガー家を援軍が到着する前に蹴散らします。そして、援軍とぶつかった折に、こちらはゴルトベルガー家との戦いで疲弊している見せかけて偽装退却をいたします。ハイデル領、またはメッツェルダー領まで敵を引き込むのです。あとは遊軍のレフ殿と挟み撃ちすればよろしいかと」


 エミーリアたん素敵! っていいたくなるな。

 

「そして、返す刀でヴァンダイク家も切り取ると」


 コンチンが補足してくれたよ。


「はい、そのような事態になればおそらくファイアージンガー家も動くでしょう。それにアホライネン家がどこまでヴァンダイク家を守るか分かりませんが、地理的にヴァンダイク家当主を亡命させて領地は切り捨てる可能性の方が大きいかと思われます」


 なるほどな、ここで先にヴァンダイク家を取りに行くのも手だな。

 

「さらに余裕があれば連戦でゴルトベルガー領も切り取れれば最上か」

「秀雄様おっしゃる通りですわ」


 エミーリアの案はリスクを取る。

 だが、正面を切ってヴァンダイク家と取るとなれば、アホライネン家と正面衝突になりこちらに被害が出るのは必死。

 あえて敵を引き込みカウンターで最小被害で最大利益を得る。

 これぞ戦の醍醐味と言えよう。


「コンチンはどう思う」

「ゴルトベルガー家を落とすにしても、最後はアホライネン家や教会が出てくると思われます。ですので、エミーリアさんの案は一見リスクがあるようですが、実現性の高い案かと。それにエミーリアさんは外から客観的に松永軍の力量を感じているのですから自信がおありなのでしょう」


 だよなあ、疎遠とはいってもゴルトベルガーと教会は繋がっている。

 最終局面では大規模衝突が起きてもおかしくは無い。

 ならば敢えて策を弄するのも一興か。


「ということだ。まあどちらにせよパトリック殿の協力が不可欠なのだがな。お願いできるか?」


 俺は食い入るように三人の話を聞き入っていたパトリックに話を振る。


「はっはい。勿論ですとも。私はカミルに松永殿から療養の承諾を得たとお伝えすればよろしいですね?」

「うむ、加えて不機嫌だった伝えておけ」

「なるほど、さすればカミルは身の危険を感じ援軍を求めるしかなくなるということですか!?」

「そういうことだ」


 俺は察しのいいパトリックに対し笑みを投げかける。


「……素晴らしい。松永家の知略をこの眼で拝見し、わたくし感激いたしました……」


 パトリックは少年のように目を輝かせている。


「それに加え松永殿は武勇にも長けておられる。まるで御伽噺の英雄のようですな」

「ははは、それは言いすぎだ。まだまだこれからよ」

「私もぜひ秀雄様の覇業に微力ですがお力添えをさせて下され」

「覇業とは大層な。だが悪い気もせんな。パトリック殿もお気持ち嬉しく受け取らせて貰おう」

「ありがたき幸せ」

「うむ。では早速城に帰りカミルに上手く報告し明日に備えよ」

「承知いたしました」


 そして、パトリックは深く礼をし天幕から退出した。


 ふー、疲れた。

 

「砂糖入りの紅茶でおじゃる」


 ジーモンが気を利かせて紅茶を差し出してくれた。


「おう、ありがとよ」


 カップに指を掛けズズズと啜る。

 

「それにしてもエミーリアはアグレッシブだな。俺はここまで思い至らなんだ」


 俺は茶化すようにエミーリアに視線を向けた。


「えっ、そんな。コンチン殿にアドバイスをもらい、それを参考にしたのです。私一人の案ではないですよ」

「エミーリアさん謙遜しないで下さい。私は証拠を捕まえてシュミット家を盗るところまでで満足していました。冷静に戦力を分析し最善の策を提案するのも軍師の資質です。今回は勉強させていただきました」

「なんだが持ち上げられてむず痒いです。秀雄様、また私を調子に乗せてお酒を飲まそうとしているのですね!」

「いやいやそれは思い過ぎだぞ。まあ夜の方もアグレッシブになって欲しいのは事実だがな」


 と軽くセクハラ紛いの言葉を言っておく。


「もう、またお酒を飲ませて私のグラスに口を付けるのでしょ! 酔っ払って、気付いていないと思っていたら大間違いですよ!」


 とエミーリアは頬を赤く染めながら小言を申してきた。


「そっ、そうだったのか。すまんすまん、ついな……、嫌だったら今後は慎むが……」

「べっ別に秀雄様のご自由ですから。私は意見する立場にありませんもの。もう! その話しはおしまいです! 明日からゴルトベルガー家との戦に備えねばならないのですからね!」


 エミーリアはある意味肯定とも取れることをさらっと言うと、恥ずかしげに話しを変えた。

 ふふふ、可愛いのう。


「わかったわかった。よし、とりあえず明朝バレスにナターリャさんら重臣を集め情報を共有しよう。今日はもう休み明日に備えよ」

「承知しました」

「はっ」


 軽く礼をしてコンチンとエミーリアも天幕から出て行った。


 上杉謙信が北条家成敗のために小田原城を包囲し、その後関東管領に就任した際、甲斐姫の祖父である成田長泰が謙信を出迎えるにあたり、祖先は源義家にも下馬をせず挨拶をしたという理由で謙信に対し下馬をしなかった。

 それに謙信は怒り、扇で烏帽子を打ち落としたそうな。

 そのことが頭にこびりついていたのか、ついカミルに対して同じような行動に出てしまったが、かえってそれが僥倖を呼びこむやもしれん。

 

 ただし、まずはゴルトベルガー家に完勝することが前提であるがな。


 よし、明日からは気合を入れて望まねば。

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