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第百五十一話 使者再び 迷宮視察

不定期ですがよろしくお願いします。

 大和元年八月十六日


 コンチン、エミーリアと懇親会も兼ねた会議から二日が経ったとき動きがあった。

 昨夜ウルフが早馬ならぬ早翼で、ファイアージンガー家からの使者が訪れたとの報告が領都マツナガグラードへ届いたのだ。

 そして、本日その使者がこちらへ到着するとのこと。

 人質奪還とピアジンスキー家の動向を知ったファイアージンガー家の連中をどう出るだろうかね。


「さて、奴らはどう出てくるかね?」


 俺はコンチンとエミーリアーへ目を向ける。


「私は田舎者なのであちらの気持ちは分かりませんが、懐柔策を取るならそれでよし、あくまでも従属を望むなら明確な答えは避け、のらりくらりとやり過ごし時を稼げばよいのではないですかね」


 とコンチンが口を開く。


「私もコンチン殿の意見に賛成です。ファイアージンガー家に曖昧な態度を取っている隙に、勢力を拡大させるのがよろしいと思います」


 とエミーリア。


「うむ。それは一昨日話したとおりだな。まあどちらにせよあちらの出方を見てから、細かな対応は決めるとしよう」

「そうですね」

「はっ!」


 と俺が締めくくり、使者の到着を待つ運びとなる。



---



 昼食を食べ終え、クラリスやジーモンたちの鍛錬に付き合い、時刻は午後二時を回ったところで使者が到着したとの知らせが入った。

 ということで、俺は大広間へと移り使者を呼び込む。


 待つこと十分程、大広間の戸が開かれ使者が姿を見せる。

 

 既に報告で知ってはいたが使者は妙齢の婦人である。

 前回お亡くなりになったステファンと違い、内に秘めた武人としての強さはないが、敵地にきても全く臆すことなく歩みをすすめるその様は一目置くところだ。


 婦人はカツカツを歩き、俺の目の前へ到達し一礼をする。


「ようこそ使者殿。俺が松永秀雄だ。遠路をご苦労でした」

「労いのお言葉感謝いたしますわ。私はファイアージンガー家一門のイザベラ=ファイアージンガーと申します。松永殿の名声は当家でも鳴り響いておりますわ」


 とイザベラがいい笑顔でそういった。

 人質奪還にステファンを殺害したこともその笑顔の内に秘めているのだろうがな。

 

 それにしても一門の重鎮がきたか。

 やはりあちらの家中でもなにか動きがあったのだろう。


「そうですか。ファイアージンガー家に褒められるとはむず痒いですな。そちらにとっては我々など路傍の石も同然でしょうに」


 まずは探りを入れるとしよう。


「そんなことはありませんわよ。こちらとしても重々、松永家のお力は理解しているつもりですわ」


 とイザベラが口調柔らかに、眼光鋭く言葉を返す。


「はて、なんのことやら。当家はあなた方と刃を交えたことはないと思いますがね」

「あら、私は松永家が当家の宿敵アホライネンと教会勢を退けたことを指したのですが、秀雄様は何か他に心当たりでもおありかしら?」


 ぬぬぬ、ぬかった。

 少し喋りすぎた。

 このおばさんはなかなかやり手のようだ。

 

「いえいえ何も何も。当家は領内統治で手一杯ですからね。つい最近も強風が吹き荒れて、それが止むまでいるいろ大変だったんですよ」

「あら、そうなの。それは大変でしたわねー」

「えー、まあなんとか無事収まったので安心していますがねー」


「オホホホホ」

「ハッハッハ」


 と、俺とイザベラはいい笑顔で、いい笑い声を上げた。

 これは、暗にステファン殺しのことは彼女は飲み込んでもいいと示しているのかもしれん。


 その後。暫く沈黙が続いた。


「さて、それで今回イザベラ殿が使者として訪れた理由は、前回の返答を受け取るためでよろしいのかな?」


 と俺が先に口を開く。


「ええ、もちろんそのつもりですわ。ただ、私は個人的に松永家を買っているの。それで今回実際会ってみたくて使者として訪れたのですのよ」

「ほう、あなたのような美女に好いてもらえるとは有難い。ならば少し我がままを言わせてもらいましょうか?」


 一応格上のファイアージンガー家から具体的に、従属要求を取り下げるような弱みを見せることはしないだろう。

 ただイザベラの態度は、それとなくこちらの要求を飲み込むとういった様子が窺えた。

 なので、ここは格も国力も低いこちらからお伺いを立てるのが筋だろう。


「お世辞でも褒めてもらえて悪い気はしないわね。まあ話を聞くくらいでしたらよろしいですわよ」

「そうですか。ではお願いしましょうか……、ファイアージンガー家には当家が南方諸国の北東部における領土を承認してもらいたい」


 ここはあえて具体的な地名を出さない。

 

 イザベラの眉尻がピクリと動く。

 そして沈黙が走り、イザベラは熟考の上、口を開く。


「……北東部とは具体的にどのあたりまでを指すのかしらね? ラスパーナ地方全域ならば、ドン家はもちろんのこと、見方によってはウチも入ってるといわれても不思議ではないわ」

「あくまでも北東部ですよ。穿った見方はしないでください。我々は先程も言ったように自領を統治するだけで手一杯なのですからね」

「ほほほ、随分謙遜なさるのね。まあいいわ、あなたに言質を取らせても無意味なことは重々承知している。その上で、私はあなたを買っています。そして、私は現在の松永領ならば承認してもよいと思っています。ただ、それは私個人として……」


 イザベラは言いよどむ。

 つまりは、これからイザベラは尽力するのだから誠意を見せて欲しいということだろう。 


「無論土産は用意してますよ」


 俺はコンチンに目配せをし、例のものを持ってこさせる。

  

 その間、俺は腰に指していたミスリル剣をイザベラに差し出す。

 すぐにイザベラは鞘から剣を抜き、あらわになった刀身を凝視した。

 

「こっ、これはミスリル。しかもこの質は……」


 流石ドワーフ製の剣である。

 これにはイザベラも驚いたようだ。


「これは個人的な土産として差し上げます。安心してください、量産できますよ」

「地精族ですわね……?」


 松永家が亜人と繋がっているのは周知の事実。

 しかしミスリル剣を量産できるほど密な関係だったとはイザベラは思っていなかったようだ。

 その表情からは先程の笑みはなくなっている。


「ええ、これはあまり言いたくなかったのですがね」


 ここで敢えて聡明なイザベラに見せ付ければ、松永家の評価もあがるだろう。

 なんせ後ろの亜人領域も加えれば、その実態はアホライネン家にも劣らない勢力なのかもしれないからな。


 と話していると、ノブユキらが亜人領からの交易品を持ってきた。


「イザベラ殿、こちらも見てみてはいかがです」


 ミスリル剣に夢中なイザベラに他の交易品も見るよう促す。


「これは、見たことも無い品ばかりだわ! それにこの鉄の剣の質も!」


 イザベラは目を輝かせて品々を鑑定している。


「安心してください。鉄装備は量産して販売いたしますよ。もちろん他の品々も」


 とここで、交易の話を持ち出す俺。

 今回の会談の目的は、一つは松永家を大勢力であるファイアージンガー家に認めさせること。

 もちろんイザベラの態度が強硬だったのならば決裂も辞さなかったが。

 二つは関係が築けそうな場合は餌をちらつかせて交易路を拡張することだ。


 現在松永家の交易は、西のカラの冒険者ギルド以外では公式な販路を持っていない。

 つまり商人任せの非公式ルートのみである。

 そのため扱える品数も量も、自領の拡大で増えてはいるものの、限られてはいる。

 特に奢侈品を購入する経済力をもつ中原の金持ちへのルートは無いに等しい。

 なので、何枚もの中抜きをされているのが現状だ。


 だがここで、周囲に顔が効く手あろうファイアージンガー家と正式に交易網を築けば、より高値で、より他種多量の交易が可能になるだろう。

 無論ファイアージンガー家が納得すればだが。

 

「秀雄殿、この話は他家には?」


 杞憂のようだ。

 イザベラは乗り気も乗り気だ。

 

 まあそうだろうな。

 普通の感覚の持ち主なら、いかにプライドが邪魔しようとも喉から手が出るほど欲しい案件だと思う。


「もちろん御家が初めてです」 

「それを聞いて安心しましたわ。これらの品、そちらが扱えるだけ当家が買い取ります。もちろん相応の物は支払いましょう」

「そうですかそうですか。イザベラ殿が話が分かる方でよかった。もちろんお売りいたしますよ。ただし量の方は限りがあります。例えば鉄の剣にしても一本一本が手作りです、千単位になると流石に……」


 俺は自分でもわかるいい笑顔でそう告げた。

 

 うそうそ。

 だってこの剣鋳造だもん。

 ドワーフの固有魔法をほほいと掛けて品質がアップしている訳。

 ただ、ここで言いなりにならずに上手く条件を引き出した方が無難でしょう。


「分かりましたわ。なんとか松永家が南方諸国北東部における権益を認めさせるよう尽力しましょう。ただし当家とそれに連なる勢力とは不可侵が条件です」


 まあ、ここが落としどころだな。

 つまりドン家以南は攻めるなということか。

 裏を返せば、それ以外は切り取り次第とも考えられる。

 悪くない。


「分かりました。その条件飲みましょう」

「賢明ですわ。では私も主君にこの話をしまして必ず纏め上げましょう」

「よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」


 俺は、イザベラに右手を差し出した。

 それに応えて彼女も右手を差し出し握手を交わす。


 一先ずファイアージンガーとの衝突はなくなった。

 イザベラがまともな人物でよかった。

 


---



 大和元年八月十七日


 

 イザベラはあれからすぐに帰路についた。

 別れ際に、近い内に使者をよこして交易についての話をまとめたいと言い残して。

 俺は泊まってもらい懇親会でも行い情報を引き出したかったのだが、その点は彼女も留意していたのか、それとも早く国へ帰りたかったのかは分からない。


 さて交易の詳細については俺と、コンチン、エミーリアでどのレベルの商品まで取り扱うかを吟味した後、ノブユキに任せるとしよう。

 

 今後の戦略についても恐らくファイアージンガー家との不可侵は成るだろうから、先日三人で話した方向性でよいだろう。


 ふう、ようやく人心地がついたな。

 

 今回の教会と遣り合ってから、ファイアージンガー家のとの交渉までの一連の流れは流石に疲れた。

 しばらく休みたいところだ。

 しかし来月は収穫だし、そろそろ子供も生まれるやもしれん。

 

 となると空いた時間も限られてくる。

 

 よし、ここは頑張って身重のウラディの見舞いも兼ねてチェルニー領の迷宮の視察にでも行くか。

 ついでに迷宮運営の意見を求めるという名目でエミーリアも連れ立って出よう。

 

 うむそうしよう。



---



 大和元年八月十九日



 ということで、俺はエミーリアを伴いチェルニー領が迷宮へと足を運んだ。

 無論護衛として、周囲に数名の忍びは潜ませてはいるが。

 

 道中は慣れてきたせいかエミーリアとの会話もそれなりに弾んだ。

 彼女には早く当家になじんでその実力を遺憾なく発揮してもらいたい。


「秀雄様ー! お待ちしておりましたわー!」  


 と、迷宮都市もとい迷宮村でウラディミーラが出迎えてくれた。

 来月に出産を控えている身だが、チェルニー家にとって虎の子となった迷宮開発を指揮しないわけにはいかないらしく、ギリギリまで頑張っている。

 ただ、なるべく身を休めるため陣頭指揮は爺に任せているが。


「おおウラディ! 久しぶりだな。体調はどうだ?」


 俺は子供の身を案じてか、いつものようにがばっと抱きついてこないウラディの肩に手を回しながら声を掛ける。


「おかげさまで何の問題もございませんわ! これも秀雄様の精がお強いお陰ですわ」


 とウラディは真顔で述べた。


「そうかそうか、それはよかった」


 俺はそういいながらウラディを抱きしめてやる。

 そして、チラリとエミーリアの方に目を向ける。

 すると、彼女はやはり赤面していた。


 最近分かってきたのだが、エミーリアは初心で軽い下ネタでもすぐに恥ずかしがってしまうようなのだ。

 戦場の凛々しい姿からは想像もできないがな。


「どうしたエミーリア。熱でもあるのか」


 ウラディの肩越しにエミーリアの顔を覗きこむ。


「いっ、いえ、わっわたしは大丈夫です。そっ、それよりも迷宮視察に来たのではありませんか」


 必死に話題を変えようとする様子が可愛らしい。

 

「ふむ。そうだったな。ウラディ、今回は我が子のことはもちろんだが、迷宮の視察にも訪れたのだ。早速で悪いが迷宮の方を案内してもらえるかな?」

「むー、名残惜しいですがわかりましたわ。では付いてきて下さいまし」


 ウラディは言葉通り名残惜しそうに密着した体を離し、迷宮の入口へと歩みを進めた。

 それに俺たちは付いていく。


「秀雄様は迷宮にはお入りになるのですか?」


 迷宮までの道中、エミーリアが聞いてきた。


「うむ、どうしようかと思っていてな。土妖精とのコンタクトは水妖精のローラさんが取ってくれているみたいなので、俺が出張る必要もない。まあ入ってもさわり程度だろうよ」


 前にも触れたが、わざわざ冒険者紛いの泥仕事をする気はさらさらない。

 迷宮がどんなものか見聞を広げるために入る程度で十分だろう。


「そうですか。私も秀雄様の意見に賛成です。物事には適材適所という言葉がありますものね」

「うむ、その通りだ」


 とそんな感じでエミーリアと話しながら歩いていると、迷宮方面の様子が騒がしい。

 なんだなんだと思い意識を向けると、なんと迷宮の入口に多数の魔物がわらわらといるではないか。

 そして入口からのそっと地竜がおでまししている。


「これはトレインですわ! 未開の迷宮のマッピングでモンスター部屋に不用意に入り込んだ冒険者が魔獣達を引き連れて逃げてきたのですわ!」


 とウラディ。


「大丈夫か?」

「ええ、といいたいところですけど、地竜まででてきたら多少の被害は出るかもしれませんわ」


 ここは中級迷宮とのことだったのでそれほど多くの高ランク冒険者がいるわけでもない。


「そうか。ならば様子を見ながら俺も参戦するとしよう」


 ここで俺の実力を見せ付ければ領主としての人気も上がるだろう。

 俺はそんな邪な気持ちももちながら、魔獣の集団へ向けて走り出した。

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