第百四十九話 奪還作戦
会談後、ダミアンにはヴィージンガー家とアラバ家に対し、松永家の傘下に入ったことを承認させるよう頼んだ。
おそらく、近い内に二家から従属を認める使者が訪れるだろう。
またさらに、ピアジンスキー家から本家詰めとしてエミーリアを派遣させるようダミアンに申し入れた。
その際牽制の意味も含めて、ジークフリートも近々本家詰めになることについても触れておいた。
ダミアンは知恵袋である彼女が実質的に引き抜かれることに、難色を示すかもしれないと思っていたが、俺が以前エミーリアを人質として要望したことを覚えていたのか意外とあっさりと要求を飲んでくれた。
もしかしたら、エミーリアが俺の直臣、または妾にでも取り立てられ、少なくない知行地を与えられることを見越したのかもしれない。
エミーリアが知行地を得ることは、実質的にピアジンスキー勢の松永家での発言力が増すことになる。
これはダミアンにとっても悪くない状況であろう。
エミーリアは所用を終えた後、マツナガグラードへ訪れる運びだ。
これで不足気味だった知力面での補強が敵うこととなる。
コンチンも大分楽になるはずだ。
最後に一番大事なことをダミアンに頼んでおいた。
それはファイアージンガー家への従属を認める使者を送ることである。
松永家とピアジンスキー家が結んだ場合、ダミアンの継嗣を何らかの形で奪還を目指すことはドン家も容易に想像できるであろう。
その警戒心を解くためにも、ピアジンスキー家の従属を了承する使者を立てることは作戦を成功させるためにも重要なのである。
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大和元年八月七日
あれからダミアンは早速偽りの従属の承認を伝える使者を出した。
そして四日が経過した。
使者はすでにドン家には到着しているだろう。
おそらくドン家に滞在するファイアージンガー家の者に伝えれば事が済むので、ダミアンの使者も帰路に就いているはず。
さて、事前準備は終えた。
ではこれからダミアン長男奪還に取り組むとしよう。
ダミアンからの忠誠と信頼を勝ち取るためにも早めの行動が肝心だ。
行動開始から数日での人質奪還に成功すれば、松永家は付いていくに値する相手として信任されるであろう。
今回の作戦は忍衆が総出で取り組む。
三太夫 ・段蔵・千代女・お銀・才蔵らの上忍らを筆頭に十三人の忍が参戦する。
領境の監視役などの最低限の者を残し、召集できる忍は全て三太夫は投入するらしい。
ちなみに茜はコンチンの子を身ごもっている可能性があるため、今回は留守を預かる。
またさらに、忍び以外にもリリに加え、水妖精も四人、ウルフら有翼族の精鋭が十人参加することとなった。
「じゃー、いってくるねー」
「秀雄様、吉報をお待ちくだされ」
「うむ、二人とも気をつけろよ」
俺はこれから作戦に向うリリと三太夫に言葉をかけた。
やばくなったら逃げてこいよとも言い含めたかったが、三太夫の覚悟を見て余計な言葉は不要と思い自重した。
そして、大手前で待つ一団の所まで足を運び、その後ろ姿を見送った。
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大和元年八月八日
三太夫率いる二十八人の一団はすでにドン家領内に入り、領都ボンに接近していた。
というのは、ピアジンスキー領経由で侵入することでドン家の警戒網を容易に潜り抜けることができていたからだ。
ドン家は松永家との領境の警戒は強めているが、人質を得ているピアジンスキー家の離反は予期しておらず、ピアジンスキー領境には最低限の兵しか置いていなかったのである。
「ここまでは予定通り。一先ず暗くなるまでここで休む」
領都ボン近くの森に潜んでいた一団は、三太夫の言葉を受けて息を潜めながら各々楽な体制をとり行軍の疲れを癒す。
「はい、ハチミツだよー」
そしてリリが気を利かせて蜂蜜を配ってやった。
忍や有翼族たちはリリに礼を言い、蜂蜜を舐め軽食をとった。
その後は夜が更けるまで沈黙が守られた。
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時刻は午後十一時五十分を回ったところ。
作戦決行は日が変わった午前零時、敵が寝静まった時を見計らって開始する。
松永方は闇夜も問題ない忍と妖精、さらに夜目の利く大鷹族である。
夜襲をかけるのは当然の流れであった。
十分後、三太夫がサッと右手を挙げた。
作戦開始である。
闇夜に紛れ一団は領都ボンへと向う。
三十分後、一団はボンの城下町に到着した。
無論、敵に見つからないよう忍たちは散開してボン城へと向う。
妖精たちは忍たちの胸の中である。
ちなみにリリは今回はお銀の胸の中でくつろぎ中だ。
危なくなったら本気を出す。
ウルフら大鷹族はバリスタ兵に見つからぬよう目的地の上空で待機する。
彼らの任務は、人質の回収、傷ついた忍の回収、敵の追撃の足止めである。
さらに三十分後、時刻は午前一時。
ドン城は丘の上に建てられており、西と南は角度六十度を超える急斜面で警備が薄い。
しかし忍たちからすれば、この程度の斜面はお茶の子さいさいだ。
三太夫らは、警備が薄いことを逆手に取って各自がボン城の西側と南側の城壁に貼り付き、闇夜に同化しながら蜥蜴のように体をくねらせ壁を登り切り、城内二の丸へと侵入する。
急斜面を一気に駆け上がることで三の丸や他の出丸をショートカットすることが可能となった。
人質が軟禁されている場所は二の丸の一角。
そこは百石取りの重臣たちの家屋敷が並ぶ内の一つである。
なかでも人質が軟禁されている館は、屋敷群のど真ん中にある大きな館のため常に監視の目が光っており、何かあればすぐにでもドン家の実力者が駆けつけられるようになっている。
本番はここからである。
寝ているとはいえ実力者が滞在する場所。
忍の実力ならば、気付かれずにドロンと目的地に到着することは可能であるが、そこで騒ぎが起きれば帰り道は簡単にはいかない。
三太夫らは多少の被害は覚悟の上で、寝静まりかえった屋敷の横をサササと走り抜け人質が軟禁されている館にたどり着いた。
表口には警備兵が六人。
内二人は騎士。
裏口にも騎士一人に兵士二名が警戒にあたっている。
忍は総勢十三人もいるので、時が経てばその存在に感づかれる。
表口にいる三太夫は八人の中忍に合図を送る。
すると八人の中忍たちは一斉に警備兵に襲い掛かる。
騎士には二人にあたり、雑兵には一人で対応する。
中忍と言ってもその実力は少なくともBマイナスの実力はある。
そんな彼らの俊敏性に雑兵たちは、気付く間も喉元を掻き切られ無く命を散らした。
一方騎士は一人の忍に対応はしたものの、それが精一杯であった。
後方からのもう一人の忍の攻撃に対応することができず、延髄を深々と抉られ意識をなくした。
人質の救出は裏口の段蔵ら上忍たちの役目。
確実に人質を回収するために裏口に実力者を配置した。
三太夫らは段蔵らが仕事を終えるまで屋敷の周囲の安全を確保することだ。
三太夫は物音立てずに警備兵を始末できたことにほくそ笑む。
そして闇に紛れていつでも不意の一撃を加えられるよう身を隠した。
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三太夫が表口の兵を蹴散らしていた頃、段蔵ら上忍四人は瞬く間に裏口の警備三名を一瞬の一撃で絶命させ、館内へと忍び込む。
中は狭く曲がりくねった細い通路が造られており、人質を逃がさないよう工夫がこらされていた。
「何者だ!」
高速で向ってくる段蔵らに気付いた、地下室へと続く階段を見張っているの騎士が言葉を発する。
しかし、忍は言葉を発しない。
無言で騎士の喉元目掛け短刀で切り付ける。
プシャー!
血しぶきが上がる。
騎士はドサリと仰向けに倒れ、ピクピクろと痙攣し続けた。
これで敵も気付くだろう。
段蔵たちは覚悟した。
今の物音に加え、騎士の倒れている姿を見れば当然である。
段蔵とお銀は、千代女と才蔵に目配せをしてからタタタと駆け階段を下り地下へと向う。
千代女と才蔵はこの場に残り確保するつもりだ。
地下に降りた段蔵たちは地下室に到着した。
部屋の鍵はお銀がサクっと開けた。
段蔵は部屋に入り、目的の人を探す。
すると、ベットから飛び上がり枕元の剣を取り寝巻き姿で構えてきた少年が目に入った。
「あなたがドミニク殿か?」
段蔵が問いかける。
と同時にドミニクの後ろに回り口を塞ぐ。
「んー、んー」
ドミニクはあっという間の出来事に一瞬あっけに取られたが、すぐに抵抗を始めた。
「静かに。私は松永家の者。ダミアン殿に頼まれあなたをピアジンスキー家に帰すためにきた。大人しく従ってくれ」
すると少年は頭の回転が早いのか、抵抗しても無駄だと諦めたのか、コクリと頷き一言発した。
「二人の供を助けてはくれぬか……。一階にいる」
段蔵はその言葉に一瞬ためらうが、将来の遺恨を残さぬようドミニクの望みを受けることにした。
「わかった、しかし時は少ない。ついてこい」
「恩に着る」
段蔵らはドミニクを寝巻き姿のまま引き連れて階段を登る。
するとそこには騒ぎを聞きつけた十名程の敵兵を、才蔵と千代女が相手をしていた。
「予定が変わった。小姓も助ける。母上、才蔵、もう少し踏ん張ってくれ」
「こっちは余裕だよ。さっさと済ませなさい」
敵は細い通路のせいで一斉にかかれない。
二人にとっては余裕なのだ。
「悪い、行ってくる!」
「すいませんリリ様、人質の護衛お願いします」
お銀は胸に入っているリリにお願いした。
段蔵一人で二人を回収するのは時間的に不利とみてのことだ。
「うん、任せて!」
リリはポンと飛び出し、ブーンとドミニクの周囲を旋回する。
それを見て、段蔵とお銀はドミニクから聞いた部屋へ向けてそれぞれ駆けていった。
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その頃館の外では三太夫たちは、きたる敵襲に備えていた。
数分前に館から敵襲を告げる声が上がったからだ。
三太夫の周りには忍の胸から飛び出してきた水妖精たちもいる。
水妖精たちは三太夫の加齢臭がただよう胸の中に入ることを拒否し、四人のくのいちの中で待機していた。
至極当然である。
三太夫は数十のこちらに向ってくる気配を感じた。
中でも一人は風魔法の使い手と踏んだ。
ドン家の実力者はクラマーという重臣の弓使いが筆頭だ。
ついでヤコブというバリスタ使い。
二人ともAマイナス程度の実力とみている。
つまりこのレベル動きをする者はドン家には存在しないのだ。
『烈風のステファン』
先日、松永家に使者として訪れたファイアージンガー家の重臣でありAランク冒険者。
「こっちか」
館内に配置されていると考えていたが、それは三太夫の思い違いであった。
「奴はわしが相手する」
中忍と水妖精たちは間髪入れず頷いた。
彼らには後からくるドン家の精鋭の相手が待っている。
「……」
三太夫は息を殺す。
気配が近づく。
シュ! シュ!
三太夫は全力でくないを二本、気配が数秒後に訪れる場所に向けて投げる。
そしてダッと地を蹴る。
カン、カン!
くないはステファンの直前で風魔法により勢いが弱まり、ステファンの剣に弾かれた。
隙ができた。
三太夫はその一瞬を逃さぬようステファンの喉元に短刀を向ける。
取った。
しかし三太夫の思いとは裏腹に、ステファンは風魔法を使い自身の体躯を咄嗟に吹き飛ばそうとした。
「グッ」
ステファンがくぐもった声を発した。
三太夫の短剣はステファンの肩を掠めた。
短剣には毒が塗ってある。
対処はされるとしても、これで主導権は三太夫が握った。
プシャー!
三太夫は動きが鈍ったステファンの顔面に向け毒霧を吐いた。
しかしこれは不発。
ステファンは風魔法で毒霧を雲散させた。
あとは時間を稼ぐだけ。
三太夫はステファンに回復させる暇を与えぬよう切りかかる。
また周囲では中忍たちがドン家の精鋭たちと戦闘を開始していた。
あとは段蔵たちが出てくるのを待つだけである。
三分が経過した。
まだ段蔵は出てこない。
三太夫とステファンは膠着状態が続いている。
というのも、後方からクラマーが放ったと思われる弓による効率的な援護によりなかなか致命傷があたえられないのだ。
また中忍と水妖精たちも倍以上の実力者を相手にしており、食い止めるので精一杯だ。
水妖精がクラマーの弓撃を受けてポトリと地に落ちた。
胴を貫かれた。致命傷である。
すでに中忍二人が死に、一人が重傷を負った。
段蔵はまだか。
三太夫に焦りが見えた。
するとそのとき上空からウルフら大鷹族五名が急降下し、敵の前衛に不意打ちを食らわせた。
ウルフは弓という特効を持つ敵がいながらもいてもたっていられず、一撃だけ援護を入れることにしたのだ。
そして再びウルフは上空に上がり、弓兵を挑発するような動きをとる。
バリスタがくまでは時間を稼げると考えたのだ。
ウルフたちの一撃のお陰で、三太夫たちは持ち直した。
ここが勝負どころとみて、三太夫は秀雄からもらった丸薬を飲み込む。
「ふぬううううー」
三太夫の体に力が湧いてきた。
筋肉が盛り上がる。
剣戟でステファンを吹き飛ばした。
それをみて他の敵兵がステファンの助太刀に入る。
しかし関係ないとばかりに、三太夫は敵兵を吹き飛ばす。
そして毒が回りよわったステファンの喉元に短刀をグサリと突き刺した。
ファイアージンガー家の重臣は思わぬ形でその生涯を終えたのだった。
三太夫はステファンを殺すか迷ったが、これ以上の被害拡大をさせないために殺すことにした。
それにこの暗がりでは松永家がやったという証拠もない。
大鷹族の点を指摘されても、顔が割れなければ何も問題ないのだ。
秀雄ならば上手くごまかすだろうと信頼していたことも大きい。
ステファンが死に敵に動揺が走る。
丁度そのとき館から段蔵が姿を現した。
「父上、人質は回収した!」
三太夫らが死闘を繰り広げている間に、段蔵は裏口上空に控えさせていた大鷹族に三人の人質を引き取らせた。
リリも護衛につけ人質の安全を最優先にした。
「よし! 退却だ!」
三太夫は東方から持参した火の粉を散らした玉を敵に投げつける。
一瞬ブワット火が上がる。
火遁の術だ。
火遁の術は敵を攻撃するためではなく、敵から逃げるために使用する。
攻撃するのは火魔法である。
三太夫たちは証拠が残らぬよう味方の遺体を回収し、シュシュシュと退却する。
そして再度城壁をよじ登り、急斜面もザザザと下っていった。
ドン家も悔しさ紛れにバリスタ矢を放つが時既に遅し。
まんまと重要な人質を奪還された上、宗家の重臣ステファンを守リ切れなかった。
ドン家の宿老クラマーはさらに悩みの種が増えることとなった。
一方三太夫たちは、負傷者をウルフら大鷹族に優先的に運ばせ、自身らは無事に任務を終えマツナガグラードに帰還したのだった。