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第百四十八話 ピアジンスキー家との会談

 皆がプリンを食し休憩している間、俺はバレス、ニコライ、ヒョードルの三名を自室に呼びよせた。

 そして、三人と同行したコンチンにプリンと茶を運ばせ、しばし休息に時間を使う。


「さて、落ち着いたところで話をしたい」


 俺は三人を見渡す。


「殿、わざわざ我ら父子を呼ぶとは……?」

「秀雄様、何か不手際でもありましたか?」

「大将、俺も兄貴ほどではないが罰せられることはしてないですぜ」


 バレスは先日の自領での富農関連でのいざこざの件もあってか、何か罰でも受けるのではないかと不安げな表情だ。

 そして、バレスに続きニコライとヒョードルは自身が呼ばれた理由が分からぬようだ。

 二人は特に領地運営においてお手つきはないからな。

 

「それはな、悪い話ではないと思う。三人とも、松永家がピアジンスキー家を懐柔しようとしているのは知っているな?」


 三人は一様に頷く。


「しかしドン家とピアジンスキー家は同盟を結んでいる。さらにピアジンスキー家の継嗣は人質扱いだ。そこで、俺は現在当家で預かっているフローラを利用することにした。まず、俺が娶ることも考えたがそれは諸事情により却下する。そこでだ、ヒョードルにはひとまず俺の養子になってもらう。そしてフローラと婚姻をする。これならばロマノフ家やシュトッカー家などとの折り合いも付けながらも、ピアジンスキー家の面目を保たせることができるだろう。どうだ、受けてくれるか?」


 言い終え、ヒョードルに目を向ける。


「ええっ、俺が大将の養子になって結婚ですか!?」

「うむ」


 ヒョードルは流石に面食らった様子だ。


「バレスにニコライはどう思う」


 そんなヒョードルに考慮の時間を与えるために、バレスとニコライの意見も聞くか。


「ふむ、わしは殿が言うのならば特に反対はないですぞ。もともと家はニコライが継ぐ予定でしたからな。ヒョードルの考えを尊重しますわい」

「俺も特に反対はありませんよ。それに弟が秀雄様の養子になれば、我らと松永家との結束は強まります」

「そうか……、二人とも受け入れてくれて感謝する」

「もったいない。わしらは秀雄様に命を捨てても返しきれん程の恩をうけたのじゃ。頭を下げんでくだされ」

「バレス、ありがとな」


 バレス、ニコライとの話がついたところで再度ヒョードルを見てみよう。


「どうだ。考えはまとまったか?」


 声をかけると、ヒョードルは意を決したようで、勢いよく口を開いた。


「大将! 俺はその話受けます。家は兄貴が継ぐから心配ありません。それに、フローラ嬢も性格はあれですが、見た目はなかなかいけるし、武勇もあります。そこらで花を摘んでいる女より、嫁として遥にマシでしょうよ」


 ヒョードルは躊躇いを押し殺すように、大声、早口でまくし立てた。

 フローラを娶るには勇気がいるもんな。

 ありがとう、ヒョードル。

 

「そうか! では会議が終わり次第、直接ダミアンと交渉するために出向くぞ。ファイアージンガー家への返答期限の前にカタを付けたい」


 すでに三太夫に命じて、ピアジンスキー家へと出向いてもらっている。

 今頃三太夫は、ダミアン=ピアジンスキーと話をしているのではなかろうか。

 

「わかりました」

「うむ」


 よし、これでヒョードルの同意は得たな。

 

  

---



「……ということで、これからピアジンスキー家との交渉を行う。申し付けたとおり決裂した場合のことを考慮に入れて、各自領地に帰ってからは、できる限りで構わんので兵を招集しピアジンスキー領境へと兵を集結させるように。詳しくはコンチンから聞いてくれ」


『ははっ!』


 といった具合でその後の会議は終了した。

 議題は無論ヒョードルとフローラの婚姻についてだ。


 そして、さらにもう一つ、交渉が不調に終わった場合の対応である。

 結論からいえば、交渉決裂を合図にピアジンスキー領を四方から一気に攻め込むことにした。

 東はマツナガグラードから俺が、西は旧ホフマン領からバレスが、南はコトブス三国同盟のカールが、北はナターリャさんとコンチンがである。

 恐らく兵も四千近くは集まるはず、ピアジンスキー家の強兵といえどもひとたまりもないだろう。

 たとえドン家から援軍がきても、電光石火で進軍すれば何も問題はない。

 

 えっ、停戦中だったって?

 そんなの関係ねえ!

 停戦なんて破るためにあるのだ。

 

 まあ、とは言うものの、俺としてもできることなら約定は守りたい。

 しかし、ドン家とファイアージンガー家が結んだことで情勢は一気に変わった。

 後ろ盾を考えるとドン家に攻め入ることは下策。

 となるとピアジンスキー家の権益はなんとしても確保したい。

 だが、もしピアジンスキー家がファイアージンガー家の傘下に入り、彼の地に千程でも兵力が増強され、それが常駐することにでもなったら面倒極まりない。

 むしろ逆に松永家の危機にすらなりかねない。

 つまりは、現時点でピアジンスキー領を松永家の参加に入れることは、最優先課題となったのである。

 武力を用いても、ファイアージンガー家に介入される前に決着を付けるべきなのだ。


 なのでピアジンスキー連合に攻め入る用意は予めしておく。

 無論交渉が成功裏に終われば、その必要は全くないが。 

 


---



 会議が終わり、俺、リリ、チカ、ヒョードルの四人は急ぎピアジンスキー領境へと急ぐ。

 予定では、ルルラン砦で三太夫と落ち合うことになっている。

 

 数時間後。


「秀雄! 着いたニャ! チカもうおなかペコペコにゃ」

「あたしもー。早くご飯にしようよー」

「はぁ、はぁ、大将、俺も腹ペコですわ」


 時刻は夜の九時を回ったところである。

 火魔法の灯りを頼りに夜道の街道を進み、なんとか日が変わる前に到着した。


「そうだな。俺も腹ペコだ。さっさと砦に入り飯にしよう」


 そして一行は急ぎ砦の門をくぐった。


 砦の中へ入り、早速遅い夕食をとる。

 食事は常駐の兵のため多目に作ってあるので十分量はある。

 遠慮せずいただくとするか。


 パクパク、もぐもぐ。


 しばらく無言で腹を満たしていると、三太夫が帰還した。

 相変わらず神出鬼没で、いきなりドロンと姿を現した。


「おう、ご苦労。お前も腹が空いてるだろう。一緒にメシでも食いながら話をしよう」

「いえ、私は大丈夫です。まず任務の報告をいたします」

「ふふふ、相変わらず真面目なことだ。聞こう」

「ははっ、ダミアン=ピアジンスキーは当家との交渉を行うことを同意しました。交渉は明日ピアジンスキー領の村落を希望しました。場所は、ここと領都ホルシャの中間地点になります」


 三太夫は息を整えながら地図を開き会場の位置を指し示す。

 

「ふむ、敵地での交渉だが急な要請なので仕方がないな。では早速明朝に向うとしよう。護衛は任せたぞ」

「はっ、お任せくだされ」

「うむ。ではお前もメシを食って体を休めろ」

「ははっ」


 俺はそういうと、みずから大鍋から汁を注ぎ、黒パンを取り三太夫に渡し労う。


「さあ食え」

「これはかたじけのうございます」


 三太夫は深く一礼し、椀とバンを受け取った。

 そして、いただきますと一言告げてから汁をすすった。



---



 大和元年八月三日


 早朝五時、予定通り一行はルルラン砦を出立しピアジンスキー領へと足を向ける。

 その道中、昨夜、前情報を仕入れるために三太夫にピアジンスキー家の反応について聞いたことを思い出す。

 三太夫曰く、ダミアン=ピアジンスキーは交渉を行うことについては前向きだったとのこと。

 フローラは元気でやっているかとも聞いたらしい。

 それ以外、これといった情報はない。

 とりあえずは、正直にこちらの思いをぶつけてみて駄目ならば諦めよう。


 午前九時、速度控えめに移動し目的地の村へと到着した。

 会談は昼過ぎの予定だが、前もって早めに行動を心がける。

 日本人気質はまだ抜けない。


 さて、早めに着いたので会場となる村の集会所で待つことにしよう。


「失礼するぞ」


 俺は門番に一言告げ、村の中に入ると、遠方からドドドドッと馬蹄が響いてきた。

 何事と思い振り返ると、数騎が一団となりこちらに向かってきた。


「秀雄様、ダミアン=ピアジンスキーです」


 ドロンと三太夫が現れ、交渉相手の到着を告げる。


「ご苦労」


 三太夫は護衛のため再びドロンと消える。


 早かったな。

 しかし俺の方が先だ。

 ドヤ顔ではないが、出迎えてやるとするか。

 

 ということで、俺たちは近づく馬群の主を出迎えるため、村の門前で待機する。


 そして数分後、馬群は俺たちの前へと到着した。

 

「……ダミアン殿久しぶりだな」

 

 俺はダミアンが下馬するのを待ってから笑顔で声を掛ける。

 前回は敬語だったが、今回は普通に話す。

 今では中堅レベルの家にへりくだる必要はない。

 

「おう松永殿、セイニ砦での戦以来だな」

「ああ、今回は急な要請を聞き入れてくれて感謝する。それにしても随分早いお着きだな」

「ははは、我らは常に迅速を心がけておるからな。松永殿に負けたのは少し悔しいがな、やはり流石であるな」

「なあにお互い様だ。まあ結果的に早く顔合わせができだ。早速話しを始めようじゃないか?」

「うむ、こちらとしては構わん。喉を潤し、汗が乾き次第始めるとしよう」

「承知した」


 門前で簡単に再開の挨拶を交わし、俺とダミアン=ピアジンスキーは互いの護衛を引きつれ村内へと入った。 

 

 三十分後、お互いが会談へ望む用意ができた。

 さあ始めよう。


「そろそろいいかな」

「うむ、構わんぞ」

「そうか、では早速本題から入ろう。松永家はここにいるバレスが次男ヒョードルを我が養子とし、こちらで預かっているフローラ嬢との婚姻を望む。と同時に当家の盟友として今後の行動に協力してくれると嬉しい」


 俺は先に言いたいことを言い切ってから、ヒョードルを紹介し、挨拶をさせる。

 

「ほう、彼がバレスの。なかなかの若武者だ。フローラの相手としても申し分ない、いやぜひ貰って欲しいな。ただし、それは我らがドン家との繋がりがなければだが……」


 すでに、ピアジンスキー家はドン家に半ば従属しているようなもの。

 ここを崩すにはどうするべきか。


「しかし、失礼だが御家は四方を我らに囲まれているのだぞ。国力も歴然だ。さらにはドン家からの援軍ですら、兵力を割いてでも足止めすることもできる。その間にホルシャを落とすことなどな……」


 俺は笑顔でそう告げる。

 まずは脅しから。


「ふん、しかし我らも強兵。そう易々と敗れはせぬ」


 ダミアンは俺が言わんとすることなど十分知っているはず。

 ピアジンスキー家が長年の仇敵であったホフマン家を、松永家があっさりと滅ぼしたこと。

 実際に矛を交え完敗を喫したこと。

 さらには教会の虎の子ですら退けたことも。


「いや敗れる。手の内を明かすのも何だが、松永家は四方から精鋭を送り込むことができる。良将に強兵でだ。聡明なあなたならわかるはずだ」

「ムムム……」


 ダミアンはズバリ言われて苦虫を噛み締める。


「何がムムムだ!! ダミアン殿、我らと組み果実を得る、ドン家つまりファイアージンガー家の傘下に入り教会勢との戦に駈り出され続ける、どちらがマシだと思うのだ!? 簡単だろ」


 ファイアージンガー家に従属することは、戦に兵を供給し続け国力は疲弊し、今以上のピアジンスキー家の伸張が難しくなることが分かるはず。

 また松永家との決裂が決定的となり、常に滅亡の脅威にさらされることも意味する。

 

「……お主と戦い、その力は認めるところよ。お主は、私が半生を費やして実現した以上のことをわずか二年足らずで成し遂げたのだからな。その若さからしても大事を成すやもしれん……。しかし、こちらにも引けぬ訳がある。ドン家には我が倅を預けているのだ……。少し考えさせてくれ……」


 案外ダミアンは甘いところがあるのだな。

 まさか子一人のために、迷いが生じているとは。

 子などいくらでも作れるだろうに。

 確かに子は愛おしいと思うが、それだけのためにお家を滅ぼすとなっては元も子もない。

 だが、松永家に敵わぬという気持ちは持っているようだ。

 何かよい説得方法がないものか。


「息子か……。俺も来月に子が生まれる。気持ちは分からんでもないが……」

「……」


 ダミアンはいまだ考え込んでいる。

 随分とわが子に情が厚いようである。

 俺ならは子よりも臣を優先するがな。

 

「秀雄様お耳をば」


 静寂の中、突然三太夫がドロンと現れる。

 俺は耳を傾ける。

  

「私たち忍衆がピアジンスキー家の継嗣を奪還いたしましょう。自信はございます」


 と小声で告げてきた。

 

「被害は出るのか」


 俺は、普通にダミアンにも聞こえるように言葉を返す。

 無論ダミアンも俺たちが話している内容を察してか、無言でこちらに視線を送る。


「……多少は出るやもしれません、厳重な監視が付いておりますので」

「リリたちを付けてもか?」

「はい、もちろん楽にはなりますが。どちらにせよ脱出の際は血路を切り開くことになりますので、被害がでる可能性は拭えません。ですか、今こそ我らが出番であります。ぜひお申し付けを」


 ふむ、実際に現地で諜報活動をしてる忍衆の頭領が言うのだから間違いないか。

 それにしてもドン家も慎重なこった。

 まあそれだけ人質の価値があるのだから当たり前だな。

 自由に動き回っているフローラとはえらい違いである。

 

「そうか……、そこまでいうのならやってみろ。いざというときのためにこれを持っていけ。リリも付いてやってくれ、いいかい?」

「うん! アタシに任せて!」


 俺は三太夫の申し出に同意し、ホフマン家から接収した教会特性の丸薬を三粒差し出す。

 ホフマン家には十粒しがなかったが、これでも窮地のしのぐには十分なはずだ。


「ははっ、ありがとうございます」


 三太夫を一瞥し再度ダミアンに向き直る。


「ダミアン殿、ご察しと思うが、俺たちがあなたの御子を奪還したら先の話を飲んでくれるか?」


 本当なら実力行使で従わせてもいいのだが、ここで恩を売っておけばピアジンスキー家は松永家に尽くしてくれるはず。

 打算的だが悪くない。


「……我らのためにそこまでしてくれるのか。ありがたい、ぜひその話乗らせてくれ。そして誓おう、たとえ奪還に失敗したとしても我らは松永殿に協力すると」


 ダミアンは感激し、吹っ切れた様子で立ち上がり、眼前にきて再び腰を折り俺の手をとりそう言った。

 よほどドン家やファイアージンガー家に軽んじられたのだろうか。

 まあ、俺がファイアージンガー家から受けた扱いを鑑みれば、見当が付きそうだが。 


「そうか、ダミアン殿の英断に感謝する。本日から両家は盟友だな。今後とも共に発展しようぞ」

「おう!」


 俺とダミアンはがっちりと手を握った。

 ここに南方諸国北東部における、強者同士の同盟が成立したのである。

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