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第百四十七話 ファイアージンガー家からの使者

 大和元年八月二日

 

 バレス領でのいざこざも力業であるが終結した。

 俺たちはすでにマツナガグラードへと帰還している。


 さて、再軍備を整えるまであと一月半ほどかかる。

 ドン家に攻め入るのはそのときだ。

 九月は春小麦の収穫時期になる。

 専業兵の多い松永軍としては、攻め入るタイミングとして最高であろう。

 兵農分離の進んでいない旧ホフマン領からの動員数は減るだろうが、そこは仕方がないと割り切る。 

 

「兵の招集はお前に任せるとすると、あと二十日は自由にできるな」


 コンチンと茶をしながら今後の方針について話しているところだ。

 がんばれば四十日ほど時間を作ることは可能だが、九月にはマルティナ、ビアンカ、ウラディの出産が控えている。

 できることならば出産に立会い、さらに生まれてくる我が子を抱いてから戦に向かいたいのだ。


「ええ、秀雄様は予定があるのでしたね」

「ああ、いろいろあって困ってるんだ」


 ミラ方面への散歩に思っていた以上に時間を取られてしまった。

 当初の予定である迷宮探索、ピアジンスキー家との交渉、エルフの集落への来訪、温泉地の開発計画などなどを戦までにすべて遂行することは物理的に不可能となった。

 

「ですね、私も大忙しです。そこでお願いなのですが、ジークフリート殿を本拠詰にできませんか?」

「ふむ」

「当家で内政面と軍事面の両方で一定上の能力を有す者はそれほど多くありません」

「だな、俺にコンチン、バレス、ナターリャさん、マルティナあたりか……」

「あとは、ピピン家とポポフ家の当主ですが彼らを信用するには早すぎます」


 コンチンの言うとおりだな。

 バレスとナターリャさんは領地経営で手一杯。

 マルティナは身重か。

 

「ジーモンに与えた領地は松永領に長く所属し比較的安定している。ジークフリートを呼んでも問題ないか」

「おそらくは。収穫が終わった頃に話を持ちかけてみましょう」

「ああ、それで構わんよ」

「ありがとうございます」


 ジークフリートについてはこんなところか。

 

「話を戻そう。あと二十日、俺は迷宮探索をするか、ピアジンスキー家への調略を試みたい。どう思う?」


 迷宮探索を二十日で済ますのはきつい。

 それに迷宮探索はしたくない。

 まあ最終的には俺自ら足を運ぶことになりそうだが、それまでの過程を楽にしてから腰を上げたい。

 

「私としては、迷宮探索は同族のローラさんらにお任せすべきかと。逆にピアジンスキー家の取り込みは秀雄様自らが乗り出さなければ難しいかと」


 流石はコンチン、俺の気持ちを分かってるじゃないか。

 ピアジンスキー家を取り込んで、エミーリアら四天王を手元に置けば人材面で大分楽になる。

 

「ドン家を攻めれば、ピアジンスキー家にも援軍の要請がいくだろうしな」


 当家とは停戦中だが、ドン家はそんなの関係ないだろう。

 ダミアン=ピアジンスキーに援軍を求めるはず。


「ピアジンスキー家には当家に協力するようにと、すでに使者を送りましたが、前向きではありますが明確な返答は未だありません。おそらくあと一押しが足りないのでしょう。なので、彼らには松永家の傘下に入る方がより利がある提案をすべきですね」

「うむ。具体的な案はあるかい?」


 ダミアンほどの人物なら、松永家がホフマン家をあっさりと落としたところを考慮に入れるはず。

 今は好条件を引き出そうと渋っているのかもしれない。

 

「あります。人質として預かっているフローラ嬢を秀雄様が娶ることです」

「おいおい、勘弁してくれよ。たしかに一門待遇なら十分だろうが……、それは……」


 フローラは多少は大人しくなったが、ピーピー煩いのは変わりない。

 そんな女は俺の好みではない。

 さらに言えば、わざわざフローラの調教に暇を割くほどの時間はない。

 それに古参のロマノフ家、シュトッカー家はよく思わないはず。

 なぜならエゴールは俺の直臣のツツーイ家の女を娶っているからだ。

 カールもレフの息子に娘を嫁がせているからだ。

 二家からしたら、あとからきたものにでかい顔をされては気分が悪いだろう。   


「そう言うと思いましたよ。なので、ここは配下の若者との縁組が妥当かと」

「だがそれでは家格からしてダミアンが納得しないのではないかな」


 うーむ、やはり一門衆が少ないことは問題があるな。

 こういうところで不利になる。

 これはガンガン子供を作るべきなのだろうか。

 

「ですね。そこで秀雄様がバレスの息子のヒョードルを養子にし、フローラ嬢と一緒になってもらえばいかがでしょうか。彼は次男なので特に問題はないかと」


 そうきたか、真田信幸の逆パターンだな。

 ヒョードルを養子にすれば、バレスを一門として迎え入れることになるか。

 ニコライの息子に将来俺の娘をやるつもりだったが、早い内にバレス一族を一門にすることは悪くない。

 ダミアンにも俺に親族がいないことを説明すれば納得してもらえるはず。

 

「ふむ、ヒョードルは将来有望な若武者だ。少々年が近いが俺の養子としても問題ないだろう。ナイスだコンチン、それでいこう」

「承知しました。早速ピアジンスキー家に使者を送りしょう」

「うむ、頼んだぞ」

 

 こうして、俺はミラ方面の遠征ののち、ピアジンスキー家との交渉に本格的に臨むことにした。



---

 

 

 大和元年八月五日


 この三日間俺はサーラを手伝い街道整備に汗を流した。

 マツナガグラードからゼーヴェステンまでの街道はピアジンスキー領が間に挟まる。

 そのため、旧クリコフ領経由の街道を急ぎ整備する必要が生じたのだ。


「秀雄様ー、やっぱりプリンはおいしいですねぇー」

「そうだな。みんなもプリンの差し入れを喜んでくれているみたいだ」


 ただ今サーラと共におやつタイム中である。


 リリはローラら水妖精と共に迷宮へと赴いているため、チカも交えた三人で休憩していると、ドロンと忍びが姿を現した。

 三太夫である。

 

「おう三太夫、何かあったか?」

「ははっ、先程マツナガグラードにファイアージンガー家の使者が再訪されました」


 そうか、きたか。

 思ったよりも早かったな。


「わかった、急ぎ戻ろう。サーラはこのまま作業を頑張ってくれよ」

「はいぃ!」


 サーラはプリンを食べ燃料を補給したらしくやる気を見せる。


「うむ。では行くか」

「はいニャ」


 俺はサーラと一先ず分かれ、チカと三太夫と共にマツナガグラードへ向けて急いだ。


 数時間後、使者を待たせるのは悪いので急ぎ整備されたばかりの街道を走り本拠へと帰還した。

 すると待ち構えてコンチンに、少しのあいだ息を整える時間をもらったのち、待つ使者のもとへと案内される。


「こちらで待たせています」


 応接室への扉を開く。

 すると、そこにいたのは痩せ型の普通の文官がいた。

 しかしそう思うのは並みの者。

 使者からはその風貌とは裏腹に、実力者としての風格が感じられた。


「これは使者殿、長らく待たせて済まんな。俺が松永秀雄だ。先日はお会いできなくて残念だった。進物は喜んで頂戴した、礼を言う」


 格上の家からの使者だからといって、へりくだった態度を取ることはしない。

 普段どおりの口調と態度で応対する。


「そなたが松永殿か、……ふむ、私はファイアージンガー家家老ステファン=ハイティンハという。巷では『烈風のステファン』などと呼ばれているがな」


 ステファン=ハイティンハはしばし俺を見定めてから、軽く頷き口を開いた。

 ただその口調はあくまでも松永家を下として見ているかのごとくである。 


 それにしても、いきなり家老クラス自ら使者としてくるとはあちらも気合が入っていることだ。

 ただ、その目的は松永家に礼を尽くすというよりも、実力者を連れてきてファイアージンガー家の力を誇示するといった意味合いもありそうだが。

『烈風のステファン』か、確かギルド長の話によると、Aランク冒険者だったかな。

  

「高名はかねがね。それにしても家老自らとは驚いた」


 おそらくコイツはアホライネン家との戦いで主力の一翼を努めるレベルの人物のはず。

 そのような者をよこすことは、収穫期ということを割り引いても戦線も落ち着いたのかな。

 松永家の活躍のお陰であるか。 


「いや、当家には私以上の実力者が両手では数え切れないほどいるのでな。心配無用だ」


 ステファンは俺の意図を見透かしたように自信に満ちた表情でそう述べた。

 ふむ、かなり盛っているだろうが、ファイアージンガー家の懐は深そうである。


「なるほど……。まあいい、それで今回の訪問の目的は? まさかこの遠路をご挨拶にきたわけではあるまい」

「ああ、実は松永殿を勧誘しようと思ってな」

「勧誘?」

「うむ、実はこのたび当家はかねてから友好関係にあったドン家からの要請により、姻戚関係を結ぶ運びとなった。そこで松永家もそれに加わってもらおうと思ってな」


 はっ?

 落ち着け落ち着け、整理しよう。

 つまりドン家が松永家に食われる前に先手を打って、ファイアージンガー家にも尻尾を振ったわけか。

 ドン家は戦況が好転し余裕ができたファイアージンガー家に媚を売り生き残りを考えたと……。

 それに対し、松永家のこれ以上の伸張は快く思わないファイアージンガー家もこれに乗り、今回の提案をしたのだろうか。


 それにしても、端から見たらドン家は節操がないと思えるが、逆にホフマン家の滅亡を見てすぐ行動に移すのだから厄介である。

 

「それはどういうことだ。詳しく説明してくれ」

「なに、簡単なことだ。ドン家の嫡子が我が愛娘と婚約したのだよ。そして、松永殿には息子が出来次第、御当主の娘と婚約し、我ら自ら教育を施して差し上げようと思ったのだ」


 なんだよそれ、ドン家よりはましな条件だが、要は従属して人質を差し出せってことじゃないか。

 松永家の漁夫の利で息を吹き返したくせに調子に乗ってるな。

 それとも、己の実力に相当の自信があるのだろうか。

 しかしここで切れても仕方ない。

 穏便にいこう。 


「ふむ、申し出は嬉しい。しかしドン家には以前因縁があってな。それに家格も合わんだろう」


 ドン家には停戦切れ奇襲を卑怯と罵られた過去がある。

 それに今では松永家の国力はドン家を完全に上回った、従属勢力同士の同盟などまっぴらだ。


「いや、ドン家は古くからの名家、決して家格が劣ることは決してない。むしろ釣りがくるのでは」


 本心かは知らんが、こいつも松永家のことを新興と軽んじている。

 

「それは心外だ。確かに当家の歴史は浅いが、人材と国力は十分ある。現に神聖組と戦り合って勝利したのだからな」


 少し語気を強める。

 するとステファンは微笑を浮かべながらこういった。


「当家は長年に渡り教会勢と戦ってきた。たかが田舎の局地戦での勝利などこちらでは何の役にも立たぬよ」


 全くどれだけ自信がるんだよ。

 確かに万をゆうに越す大軍と長年戦っているのだから、納得いく面もあるがな。


「つまり、強大な教会勢から生き残りたいのならば、傘下に入り協力しろと?」

「平たく言えばそうなる」


 なんという傲慢。

 ドン家が傘下に入り、他の従属勢力加えれば、ファイアージンガー家の国力は五十万石はいくかもしれんが、松永家も従属勢力を加えれば二十万石程はある。

 簡単に、はい従いますとは言えない。

 だが、ファイアージンガー家もここ一帯の盟主として君臨し、勢力をさらに拡張するためには当然の行動なのかもしれない。


「……使者殿の申し出は受け取った。しかし事は重大故、すぐに回答は不可能である。しばし時をもらいたい」

「承知した。だが、長くは待てん。十日後に使いをやる。期限はそれまでだ」

「分かった」

「うむ、では私は帰るとしよう。さらばだ」


 ステファンはそういうと、形ばかりの軽い礼をしマツナガグラードを去った。

 そして俺は、ステファンが去ってからすぐにコンチンに命じて、重臣連中を召集した。

 

 ったく、これで周囲の情勢が変わってきやがった。

 また一から考え直さなければならない。 



---


   

 大和元年八月七日


 マツナガグラード城の大広間で、重臣を集め会議をしている。

 議題はファイアージンガー家への回答、さらにピアジンスキー家との関係構築についてだ。


「……とまあ奴らは俺の息子を人質にし、傘下に入れと要求してきた。これについて皆の意見を聞きたい」


 俺は先日ステファンから言われたことを全員に伝えた。


「なんと! 生まれてもおらぬ殿の嫡子を人質に差し出せとは、ファイアージンガー家といえどもやりすぎじゃ!」

「そうよー、確かにファイアージンガー家といっても舐めすぎよね。いきなり傘下に入れはひどいわー。それに私の可愛い初孫を人質になんて! ぶっ潰してやろうかしら!」

「私は、秀雄君がこの子が人質にするというなら仕方がないと思う。でも生まれて間もないところをすぐに差し出すのはあんまりだ!」


 バレス、ナターリャさん、マルティナはファイアージンガー家の強さを認めながらもご立腹の様子。


「コンチンはどう思う?」


 コンチンの意見をここで聞いてみよう。

 事前に打ち合わせしたから知ってるけど。


「私は提案を受け入れるべきかと。しかし、従属ではなく対等での同盟ならばの条件です。もちろん人質は論外。将来の婚約を交わす程度で十分でしょう。この条件が受け入れられなければ、わざわざ盟約を交わす必要はないかと」

「ふむ、俺も同じだ。せっかくの我が子をいきなり手放すほど当家は追い込まれていない。もしファイアージンガー家が攻めてきたとしても、守戦ならば十分撃退できるだけの戦力はあるはずだ」


 いざとなれば亜人領域から援軍を呼べばどうにかなる。


「私もそう思います」


 さて次はシュトッカー家の長カールに聞こう。

 もしファイアージンガー家との戦になったら、真っ先に攻められるのがコトブス三国同盟のシュトッカー家である。

 彼の意見は第一に尊重しなければいけない。


「ではカール殿はどう思う?」


 カールにはきたるのドン家との戦で大活躍してもらう予定だったが、大事なので急遽顔を出してもらった。


「秀雄殿、わいははっきりいってドン家と轡を並べて歩く気にはなれまへん。お家のことを考えればファイアージンガー家の傘下に入ることも一考ですか、秀雄殿と一緒に戦って、わいは松永家はこんなもんじゃ終わらんと確信してますんや。なんでわいら三家は従属には反対ですわ。ファイアージンガー家と対等の同盟を結んで、それを腰掛けにすればよろしい」


 ほう、カールは随分と俺たちのことを随分と高く評価してくれている。

 まあ、事実レフの息子であるヨハン君に自身の娘を嫁がせているのだから、それもそうか。


「なるほど、カール殿はそこまでか。コトブス三国は俺たちにとってなくてはならぬ存在。すでに身内よ。その長がそこまでいうなら、尊重せねばな」


 カールたちには、ドン家を滅ぼした暁には多くの加増をしてやりたいと思っていた。

 すでには俺の周りには信じて従ってくれている者がいる。

 簡単に折れてなるものか。


「よろしゅうお願いしやんす」

「ああ、使者には対等の同盟以外は受け付けないと言おう。さらにカール殿にはファイアージンカー家への対策費として軍資金は惜しみなく与えたい。とりあえず金貨三万枚を与える、これで軍備を整えてくれ」

「こんなにいいですかい?」

「ああ、遠慮しないでくれ。これまで加増できなかった分も含めてだ」

「……ありがとうございやす!」

「うむ」


 カールは感激したのか、土下座で謝意を示した。


「さて、これで意見は決まったな。これに反対の者はいるか!?」


 俺は大声を集まった重臣たちに飛ばした。

 

 返事は返ってこなかった。

 あたりまえだ、この空気で反対できる奴などいるはずない。

 家老クラスの意見は、従属反対で一枚岩なのだからな。

 

「よし、続いてはピアジンスキー家への対応だ。一時間の休憩を挟んでから再開する。皆はしばし休むがいい」


 俺はクラリス、ジュンケー、ジーモンに視線を送る。

 すると三人は休憩用の茶にプリンを運んでくる。

 甘いものを食べて脳を休めてくれ。

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