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第百四十六話 旅の報告 プロ市民

 会議室にマルティナ、ビアンカ、クラリス、コンチンを呼び、机の上にプリンを広げる。

 ウラディミーラは来月出産予定にもかかわらず、チェルニー領での迷宮統治のため所領に向ったとのことだ。 


「秀雄様、粗茶でおじゃる」


 俺はズズズとすする。

 うむ、上手い。


 ジュンケーが紅茶を入れ、ジーモンが配る。

 ジーモンは不在のあいだ、マルティナに徹底的にしごかれたらしく大分ものになってきた。

 ただし、マルティナの視線にはビクビクと怯えているが……。

 がんばれ、ジーモン。

 

「とりあえずプリンを食べながら話をするか。コンチン、俺が留守のあいだは特に変わりはなかったか?」

「そうですね……、当家の周辺では動きはありませんがファイアージンガー家から使者の来訪がありました」

「ほう、それでなんと言っていた」


 ファイアージンガー家は現在アホライネン家とその後ろ盾の教会勢力と交戦中のはず。

 松永家が先日神聖組を打ち破ったことで、これまで取るに足らない存在であったはずの俺たちに彼らの関心が向いたのだな。


「使者は教会勢に勝利したことへの祝辞を述べ、ささやかな進物を献上したのみです。秀雄様が不在だったため、また日を改めてくると言っていました」

「それだけか」

「ええ。しかしあちらから使者を送ってきたことに意義があるかと」


 うむ、現在では格上のファイアジンガー家から話を持ちかけてきた点は大きい。

 これが周囲に知られれば当家の名声はさらに高まるだろう。


「だな。彼らは俺たちのお陰で戦局が楽になっただろう」

「おそらく神聖組に打撃を与えたことが大きいのでしょう」

「ああ、奴らは百人で千人分の働きをするからな」

「はい」


 近い将来ファイアージンガー家と結び、アホライネン家と教会勢に対抗するつもりでいたので、今回の来訪は歓迎だ。

 ただファイアージンガー家もわざわざ使者をよこして当家と結びたいと思うのは、よほど追い込まれているのかもしれない。

 まあいい、そのあたりはまた使者が来訪したときに考えるとしよう。


「ファイアージンガー家のことは分かった。他に変わりはなかったか?」

「外交面では特に大事はないかと。それ以外で農業面で一つ報告が、またそれに関してバレス殿の領地で揉め事があるようです」

「ふむ、なんだ言ってくれ」

「まず一つ、春小麦の収穫です。今年は雨天が多く昨年ほどの豊作とはいかなかったのですが、農業改革の成果により昨年と同程度の収穫が見込まれています」

「そうか! 今年は凶作を覚悟していたがそれは嬉しい。ノブユキら内政官にはボーナスを出してやらんとな」

「そうですね」


 着々と農業改革の成果は出ているらしい。

 俺は農業の現代知識には専門的な知識は有していない。

 成果が上がっているだけ御の字だ。

 さらに今年からは四圃制の導入も始まるのでそちらも楽しみである。

 ただし、無駄に農家を富ませると、農民の権力が拡大し統治がやりにくくなる可能性があるのでやりすぎには注意である。

 収穫高が上がれば、四割税だと農民の取り分が多くなるだろうし。

 目標は松永家の領民が一生懸命働いて、腹一杯の食事と程々の余暇を楽しめる程度の収入を得られることだ。

 まあ、当面は俺の直轄地で作業を行うとしよう。


「で、バレス領での問題とは?」


 バレスの預かる知行地は旧ホフマン領である。

 ここはこれまで松永家の体制とは異なっていたので、富農の力が強い。

 

「実は旧ホフマン領であるバレス様の知行地は例年と比べて収穫高が芳しくありません」

「だろうな」


 雨天に加え、農業方式も工夫がなければ仕方がない。

 だが、バレス領は肥沃な土地だ。

 それでもかなりの収穫高はありそうだが。


「それでかバレス領の一富農が今年の収穫減は戦による結果であると主張しています。そこでバレス殿または秀雄様に、昨年の豊作時と同程度の収入になるように金銭での補填を求めているのです」

「ふむ……」

「事実、その富農の息子が戦で命を落としております。それも彼の要求に拍車をかけているのでしょう」


 コンチンの話だけでは判断しがたいな。

 旧ホフマン領の統治で手間取っては、敵につけ込まれる隙を作るだけだ。

 時間を作ってバレスの所に顔を出すとしよう。


「うーむ、旧ホフマン領で揉め事は避けたい。だが、彼の要求を飲むといたずらに領民を増長させることにもなりかねん。ここは俺が調停役をするとしよう」

「私もそれがよろしいかと。バレス殿はお優しい方です」


 コンチンは、バレスの知力不足を傷つけないように思いやりのある言い方をしてくれた。


「では時間ができ次第足を運ぼう。バレスには前もって伝えておいてくれ」

「はっ」 


 コンチンは一礼し了承した。


「さて、お次はこちらの話だな。一ヶ月空けていただけあり結構収穫があったぞ」

「亜人奴隷の加入、その所属についてはこちらで振り分けました。エルフについてはナターリャ様に下に付け、それ以外の各部族に割り当てました。それで収穫とは具体的に何があったのですか」

「うむ、それはな……」


 俺は皆に、ミラ公国の盗賊団に情報の提供を頼んだことを伝えてから、カルドンヌに足を運んだことを告げた。

 するとプリンに夢中だったクラリスは食すことを止め、複雑な表情を作り、その顔をこちらに向けてきた。


「お兄ちゃん……、カルドンヌはどうだったのじゃ?」


 俺は不安気なクラリスに近づき抱きかかえ頭を撫でてやる。


「カルドンヌはボーンドゥー伯が領都を支配しており、現在侵攻してきたミラ公国と交戦中だ。だがそれに抵抗している騎士にも会えたぞ。モーリスという男だ。それ以外にも数十人の騎士がいた」

「知っているのじゃ!! モーリスはカルドンヌ家の宿老なのじゃ!!」


 クラリスの表情にパッと光が差し瞳が輝く。


「そうかそうか、そのモーリスにお前の無事を伝えたところ、カルドンヌ家の再興を目指すといって意気込んでいたぞ」

「ほんと? 嬉しいけど無理は駄目なのじゃ」

「本当だ。モーリスには無理をせんよう言ったから大丈夫だよ。それにモーリスも近い内にお前に会いたいと言っていた。どうだ会いたいか?」

「うんなのじゃ! でもお兄ちゃんの迷惑にならない?」

「ははは、子供はそんなこと気にするな」

「むー、妾は子供じゃないのじゃ。魔法も中級までできるようになったのじゃからね」

「ごめんごめん。まあクラリスは気を揉むことはない。モーリスに無事を確認させることは意味があるんだ。これは松永家にとっても重要なのさ」

「そうなの? お兄ちゃんがそう言うなら了解なのじゃ。楽しみにするのじゃ」

「おうおう、楽しみにしててくれよ」


 俺は、機嫌がよくなったクラリスを椅子に下ろしてやり、お代わりのプリンを与えてやる。

 クラリスは嬉しそうにプリンを頬張るのだった。

 それを横目に俺はマルティナ、ビアンカ、コンチンにモーリスと共闘しミラ軍にちょっかいを出したことを説明した。


「秀雄君、将来松永家はローザンヌ王国まで勢力を伸ばすつもりなのか?」


 マルティナが聞いてくる。


「うむ、いつになるか分からんがクラリスの故郷を取り戻してやりたいのは正直な気持ちだ。皆には今後も苦労をかけそうだが済まんな……」


 俺は本心を告げる。


「いいえ、私は秀雄君に助けてもらい今がある。秀雄君が家族であるクラリスに同じことをしようとして、反対することなどできないわ」

「私もマルティナと同じです。秀雄様のお陰で両親と再会でき近くで暮らせています。私もクラリスの故郷を取り返すことに協力いたします」


 マルティナとビアンカは快く賛成してくれた。


「マルちゃん、ビアンカありがとうなのじゃ……」


 クラリスはプリンをもぐもぐしながら礼をいう。

 目には涙を溜めているが、プリンの誘惑も相当なものなのだろう。


「私は秀雄様の方針に従うまでです。事実松永家に加わって、これまで考えられなかった夢を経験しています。反対する理由がありませんよ」


 コンチンも賛成してくれた。

 

「あたしは秀雄と一緒ならなんでもいいよー」

「チカも賛成ニャ」

「私もいいと思いますぅ」


 リリとチカとサーラも同じ。

 

「コンチンに、リリとチカとサーラもありがとうなのじゃ。妾のプリンを一個あげるのじゃ」


 クラリスはおおいに感激したのか、懸命に確保しておいたプリンをリリとチカとサーラに差し出した。

 

「気にしないでー」

「クラリスが食べるのじゃ」

「私の分はあるからいいですよぉ」


 しかし、三人はこれを固辞した。

 美しき情である。


「ははは、みんなありがとな。今後も迷惑かけるがよろしく頼む」


 俺は全員を見回して謝意を示した。

 この場にいる全員の暖かさにふれ、柄になく胸が熱くなってしまった。 

 


---


 

 大和元年七月三十一日


 本拠に帰り、つかの間の休息を取った俺はバレス領での問題の解決に向けてマツナガグラードを発った。

 お供はリリ、チカ、クラリスである。

 サーラについてはノブユキから普請での助力を請われたのでそちらに力を貸している。

 旧クリコフ領、現コンチン領を経由しする、マツナガグラードと旧ホフマン領との街道を繋ぐことに尽力しているためだ。

 またサーラにはダークエルフの奴隷の少女ミネアを付けている。

 彼女もサーラと同じく地魔法が得意なので、土木工事において大きな助けとなるだろう。


 途中、工事中のサーラと言葉を交わし、一行は翌日にはバレス領へと到着した。


「おお殿、待っておりましたぞ」

「久しぶりだな。旧ホフマン領の統治はどうだい。なんだか面倒があると聞いたがな」

「実は、わしの力不足ゆえ上手くいっているとは言い難いですわ……。ここは、昔からの家が多いせいか、わしの名声が届いていないせいか、これまでの所領のように素直に従ってはくれませぬ」

「まあお前は細かい交渉事には向いていないからな。俺が話しを聞いてやるから安心しろ」

「ああ、感謝しますぞ。では早速案内しましょう」

「おう、頼む」


 ゼーヴェステンでバレスと合流し、富農を呼び寄せる。

 富農は城下で宿をとり、俺が到着するのを待っているとのこと

 時間ができたので、事の詳細をバレスから聞いた。 

 その内容はコンチンからあらかじめ聞いたことに追加があった。


 バレスは、富農の要求があまりにも無茶なものであると認識していた。

 しかし何の補償もないのは流石に忍びないと思い、金貨五十枚を見舞金として支払うとした。

 にもかかわらず富農の態度は頑なだった。

 金貨千枚を支払ってくれと、それが不可能ならば戦で松永軍に殺された跡取り息子を生き返られてくれとまでいってきた。

 バレスは流石に頭にきた。

 しかし、ここで富農の要求を跳ね除け、場合によっては罰を与えたとしたら今後の領地運営に支障をきたすと思い自重した。

 己の知力で解決不可能と悟ったバレスは、俺に助けを乞うた。


 富農の気持ちは分かるが、過分な要求はな……。

 とりあえず本人から話を聞くとするか。


「秀雄様、例の者をつれて参りました」

「通せ」


 俺は、バレスの従士である旧ガチンスキー騎士ルカスに告げる。


「はっ」


 ルカスは、小太りの中年おっさんを伴って入場した。

 こいつが例の富農か、体つきは農作業をやっているようには思えんな。

 おそらく、人を雇い使用しているのだろう。


 富農は膝を付き顔を伏せた。


「面をあげろ」


 富農は面を見せる。

 脂ぎったおっさんだ。


「俺が松永秀雄だ。話を聞くに、お前は金貨千枚の補償か息子を生き返らせろとの要求をしていると聞くが、これは事実か」

「はい、私は唯一の息子をホフマン家の強引な徴集により失いました。それに加え戦により領内は荒らされ、収穫も振るいません。その責は我らにありません」

「ふむ、ではその責は俺にあると言うのかな?」

「言いにくいのですが……」


 ふざけたおやじだ。

 俺をバレスの延長として舐めているのだろうか。

 やはり農民に権力を与えるとろくなことにならない。

 もちろんその人となりにもよるが。 


「いいやがる。だから先の無茶な要求も正当だというのか」

「恐れながら」

「ふむ、確かに俺もお前のことが不憫とは思う。ここは特別に俺の裁量でお前には金貨二百枚をやろう。これで納得してくれ」


 俺は、笑顔でそう告げた。


「しかし……」

「お前の気持ちも分かる。だが、ここはこれで収めてくれんか」


 俺は内心むかつきながらも、バレス領で問題を起こさせないよう穏便に事を収めようとする。


「当主様がそうおっしゃるなら……」


 富農は納得のいかない表情まま一応俺の提案を受け入れ、一礼して退出した。

 後味はよくないがこれで一件落着だ。


 しかし翌日、俺がマツナガグラードへ帰還しようとしたところで、再び例の富農が訴え出てきた。

 しかも家族と下人を引き連れて。


 俺はうんざり模様で大手門へと向う。

 

「おう、今日は大勢でのお出ましだな。一体なんの用だ?」

「実は私は昨日あれから考えましたが、金貨二百枚では息子の命と釣り合うとは思えませぬ。金貨は結構ですので息子を生き返らせてもらえないでしょうか。ご当主様は凄腕の魔法使いと聞きますので、可能と存じ上げます」


 富農は嫌らしい笑顔を浮かべしゃあしゃあとそう告げてきた。

 

 こいつ、昨日俺が気を使ったことで調子に乗って、補償金を引き上げようと思っているな。

 死人を生き返らせる魔法などありえんだろうに。

 もしかしたらあるかもしれないけど。 


「なあみんな、死人を生き返らせる術をしっているかい?」


 俺はわざとらしくリリたちに問う。

 しかし、無論全員首を横に振る。

 

「悪いが、俺には死人を戻す業を知らぬ。金貨二百枚を納めてくれ」


 少し語気を強める。

 空気を読んで引き下がって欲しいが。


「なっなんと、名君として知られるご当主様がそんなことを申すとは。私は納得しませんぞ! 息子を生き返らせてくだされ! さもなくば相応の補償を! さあお前たちもお願いしろ」


 富農は俺が強気に出ないと踏んで、音頭をとり家族や下人と共に大声で要求する。


『息子を生き返らせてくだされー』

 

 ったく、旧ホフマン領の民はまだまだ俺のことを新参と思い舐めているな。

 ここは一つ黙らせんと今後に支障きたす。

 愚民には制裁を。


「あいわかった。ならばお前たちが直接死神と交渉し息子を生き返らせてみろ。幸い俺は死神と面識がある。あとで一筆書いてやろう」


 俺は真剣な表情で富農に言い渡した。


「……はい?」


 富農は予想外の返答に言葉が出ないようだ。

 

「だからお前らが死神と話をつけてこいっていうんだよ。おい、こいつらを縛りナヴァール湖の畔へと連れて行け!!」


 俺は門番の兵に命じ、富農とその家族に下人の十数名を縛りあげナヴァール湖へと連れて行く。


「ごっ、ご当主様ぁ! きっ金貨二百枚で構いませぬ! 息子のことはもういいです!」

「わっ私は夫のいうとおりにしただけなんですー!」

「私もお父さんに命令されただけなんですー!」


 途中、富農とその妻に娘らは青ざめ必死になるがもう遅い。

 程なくして目的地に到着した。


「では行ってこい。見送りは俺がしてやる」


 俺は剣を抜き魔力を体に漲らせ振りぬく。

 

 ザシュ、ザシュ。


 その横薙ぎは、富農らの首を次々と斬り飛ばした。

 今回は女だろうが二十に満たぬ少女だろうが容赦はしない。

 権力者に立て付いた者の末路を旧ホフマン領の民に示さねばなるまい。

 一定の謝意は示すが、分をわきまえぬ要求には応じないと。 


「紙と筆を」


 俺は一筆したためる。


『拝啓死神様。こやつらは、先日の戦でそちらを訪れた息子を返して欲しいとのことで、そちらへ向かいました。何卒話を聞いてくださるとありがたく存じます。交渉が済み次第、可能ならばこちらへ返してくだされば幸いです。礼としましては、今後も戦により多くの御霊を捧げる予定であります。では失礼します。 松永秀雄』


「この手紙と共に死体を湖に捨てておけ」

「ははっ」


 俺はそう告げて場を離れた。


 帰りにバレスから謝られた。

 悪役をやらせてすまんと。

 いいんだ、俺はなんとも思ってないから。 


 後日湖の畔に、先の手紙と同じ内容の高札を掲示した。

 

 この話は一斉に広がり、旧ホフマン領での諍いは収まっていった。

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