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第百四十五話 戦のあいだの雑事⑦

 大和元年七月二十二日


 あれから旧カルドンヌ臣たちと作戦会議を済ませた。

 ついでに酒や料理を提供してやった。

 モーリスたちは、田舎に隠れ賊を行っているので贅沢はできなかったようで、久々の上等の酒と料理に舌鼓を打つ。

 彼らは、おてなしをおおいに喜んでくれた。

 よかったよかった。 

 

 作戦会議受けて、早速リリを全速力で飛ばし援軍を呼び寄せる。

 結果三日後には、松永領からローラ率いる水妖精が二十、亜人領域から大山脈の標高の低い所を経由してきた犬狼族が二十到着した。

 翌日には猫族も二十到着する予定だ。

 予定より十人ほど多くなったが増えるに越したことはない。


 そして翌日、戦力が揃ったところで一行は早速行動を開始する。

 むかうは先日地図で示したとおり、サンヴァルテン門から領都ドゥミニオンへと続く街道の隘路だ。

 そろそろミラ公国軍とポーンドゥー伯軍との戦いは始まっているだろう。

 ならば次々と食糧が運ばれているはず。


「少し急ごう。モーリス殿構わないかな?」


 できることなら早めに補給部隊を叩いておきたいと思うのは当然だ。

 大山脈の標高が低い所をとおりショートカットするため、俺や亜人たちの足についていけるのかと、モーリスを気遣う。

 

「いらぬ気遣いは無用です。自ら言うのもなんだが、我らはカルドンヌ家が精鋭です。多少の強行軍はなれっこですぞ」


 モーリスは首を横に振り心配無用と言う。 

 

「そうか、ならばよし。では行くぞ!」

『おう』


 モーリスの意思を尊重しよう。

 俺はモーリスら旧カルドンヌ家騎士たちに笑いかけながら号令を発し行軍速度を早める。

 

「チカ、先頭を頼むぞ」

「はいにゃ!」


 一行はチカを先頭、中央に俺とモーリス、殿にアントニオを配置して山肌を進む。

 木々のあいだを抜け、岩肌を飛び越える。

 こんな難路を日が暮れるまで駆け抜けた。

 


---


 大和元年七月二十六日


「ふぅ、ようやく到着か。モーリスたちもとりあえずお疲れ。騎士たちに蜂蜜でも舐めさせなさい」

「これはかたじけない」


 モーリスたちは最後まで脱落せずに難路を踏破した。

 特にモーリス自身は軽々とだ。

 流石は旧カルドンヌ家の精鋭だけあり、皆かなりの実力者であった。

 特にモーリスはカルドンヌ家で三指に入るというだけあり、俺の見立てだとAランク程度の実力ではないかを推測する。

 ちなみに三指のうち残り二人は、クラリスの父と共に戦死した。

 およそ五十万石もの辺境伯でAランクが三名か……。

 それを鑑みると松永家の人材は素晴らしいと胸を張っていえよう。


「さて、まずは飯を食おう。サーラ用意してくれ」

「はいぃ」


 炊き出しをしていて料理が得意なサーラに夕食は任せよう。

 

「よし、皆はゆっくり休んでくれ。敵も夜に輸送はすまい。作戦開始は明日からだ。リリ、チカ、そしてモーリスはすまんがもう一働きだ」

「はーい」

「わかったにゃ」

「承知しました」


 俺は全員にそう告げると、リリとチカにモーリスを伴い周辺の地形を調べる。

 モーリスを連れたのは、俺たちはいつまでもこの地に留まっていられないので、不在のあいだの指揮官である彼に地形を見てもらうためである。


 三時間ほど、最後は完全に日が暮れたので火魔法の灯りを頼りにし周辺の地形を調べあげ、それを地図に記した。

 詳しい地図は追々完成させるとして、明日にでも戦が始まるのだから地図は必要だ。


 それから四人は遅い夕食をとる。

 食事を終え、俺は全員を集め作戦を伝えた。 


 伝えたことは簡潔なので、まとめるとしよう。

 隘路を挟んで南に山地、北に森がある。

 南の山地にはモーリス率いる旧カルドンヌ騎士二十に猫族が二十、そして水妖精が八潜む。

 北の森にはアントニオ率いる犬狼族二十と水妖精八が潜む。

 俺やリリはスポット参戦なので、遊撃として扱う。

 あとは偵察役のローラ率いる水妖精四が、敵荷駄部隊がくることを知らせ、タイミングよく奇襲するという算段だ。

 

 これならばよほど強力な護衛がいない限り上手くいくと思う。

 さあ寝よう。



---



 明けて翌日。

 一行は朝飯を食い、ミラ公国軍の荷駄隊が出現するのを待つ。

 

 動いたのは午前九時を回った頃。

 斥候役のローラら水妖精たちがこちらへ向い飛んできた。


「おうローラ、何かあったか?」

「はい秀雄様、約三キロ先に敵荷駄隊を確認しましたわ。一時間後には姿を現すかと思います」

「そうかナイスだ。では森のアントニオたちにそのことを伝えてくれ」

「かしこまりました」


 ローラはアントニオらが潜む森へと飛んで行った。


 おそらくこの先でミラ公国軍はボーンドゥー伯軍と膠着状態に陥っているのだろう。

 ミラ軍は強行軍ということもあり、手持ちの食糧ではこころもとないので本国から早速糧秣が運ばれているのだな。

 あとは待つのみである。

 

 一時間後、予定どおり敵が姿をみせる。

 荷駄隊の兵力は五百程。

 このあたりはミラ公国の勢力圏になっているので道中の不安はないと考えているのだろう、運ばれている物資の量に比して護衛の数が少ない。

 好機である。


「モーリス、敵が油断している初回はボーナスステージだな」

「そうですな、遠慮なく物資をいただきましょう」

「おう。では作戦どおり隊列の頭を叩くぞ」

「はっ」


 モーリスと作戦の確認をしてからしばし息を潜める。


 ゴトッ、ゴトン。


 数分後、細道に散らばった小石を荷車の車輪が踏み潰す音が響く。

 お出ましのようだ。


「よし、行くぞ」


 俺は敵に声が聞こえぬよう小声で号令をかけ手を挙げる。

 すると、モーリスを先頭として旧カルドンヌ騎士二十に猫族二十、そしてローラ率いる水妖精十が敵荷駄隊へと突っ込む。

 そして俺、チカ、リリ、サーラも遊撃として続く。

 

「みんな行くわよ!」

『おー!』


 まずはローラの掛け声と共に水妖精たちが水弾を一斉に発射する。 

 ドン、ドン、ドンと次々と空中から発射された水弾が無警戒もミラ兵の側面に命中する。

 不意を受けたミラ兵らは断末魔を発することもなく、頭をピンポイントで打ちぬかれ絶命した。

 水妖精たちの魔法の精度は素晴らしいな。

 ちなみに並の水妖精は、魔獣図鑑によるとBランクである。

 ローラは水妖精の上位種と考えるとAランクが適当とみる。


「我々も負けてはおれんぞー!」


 水妖精たちの華麗な先制攻撃を受け、なにがおきたか分からないといった様子で混乱しているミラ軍に対し、この機を逃すまいとモーリスが一喝入れて山の斜面を駆け下りる。

 モーリスは一気に加速し敵兵との距離を一瞬で詰める。

 そして大剣を一振り。


 グチャリ


 一撃は雑兵の頭蓋を粉砕した。


「ひえー、あのおじさんバレスみたいだねー」

「ああ、やるな」


 流石はカルドンヌ家で三指に入るだけの実力者だ。

 ぶんぶんと大剣を振り回し、周囲の雑兵共をぶっ潰している。


 さらにモーリスに続き、騎士と猫族の四十名も攻撃を開始する。

 彼らは素早く散開しミラ兵を各個撃破する。

 実力は並の兵をはるかに凌ぐ、雑兵共は面白いように命を落とす。


「きっ奇襲だー!」  

「ひぇぇー化け物ー!!」

「あっ亜人!? 敵うわけねえ!」

 

 あっという間に隊列の先頭が全滅したことで、敵兵はたちまち戦意を喪失した。

 雑兵共は我先にと逃げ出す、物資のことなど考えずにだ。

 命が大事、人間そういうものである。

   

「こらー、勝手に逃げるでないー。ぶぎゃ」


 指揮官とみられる男が戦線崩壊を必死で食い止めようとするが、抵抗むなしくモーリスの大剣の餌食となった。


「たっ隊長がやられたー、もう駄目だー」


 指揮官が戦死したことで、残っていた兵も次々とサンヴァルテン門へと踵を返す。

 後方の兵たちも荷車を反転させ、退却を始めようとする。


 しかし、簡単に逃がすつもりはない。

 後方の敵兵は方向転換に手間取っている。

 この隙をついて、森に潜んでいたアントニオ率いる犬狼族二十と水妖精八が攻撃を開始した。


 水妖精たちが先制攻撃で水弾をお見舞いし、アントニオたちが飛び掛る。

 アントニオなどは調子に乗って獣化をしている。

 ただでさえ恐怖に支配されていた敵兵にとって、獣化した亜人の登場は彼らの思考能力をいとも簡単に奪った。

 ある者は身一つで走り、ある者は剣を捨て投降し、ある者は失禁し白目を剥いた。


 前からモーリス、後ろからアントニオが襲い掛かり、敵軍は混乱の渦である。

 そろそろいいだろう。


「これ以上の抵抗は無用。降伏するならば命までは取らぬ! 剣を捨てよ!」


 俺が潮時と思ったタイミングで、モーリスが投降を促した。

 すると、ミラ兵たちは次々と剣を捨て戦闘の意思な無いことを示す。


「縛れ」


 モーリスが配下の騎士たちに命を伝え、捕虜の両手を合わせ自由を奪う。

 

 終わったな。

 初回は無警戒に等しかったので、この大勝は想定内だ。

 次からは敵も警戒を強めるだろう。

 これから継続して結果を残すことが重要である。



---


 

 大和元年七月二十四日


 捕虜の数は二百に及んだ。

 残りの三百人のうち百五十は戦死、もう百五十は逃亡した。

 二百人もの捕虜は養うことはできない

 物資だけ頂戴し、捕虜たちには帰宅してもらった。

 

 俺たちは物資をアイテムボックスに詰め込み拠点の村へと一度帰還した。 

 また水妖精を偵察として残してあるので、動きがあれば掴めるようにしている。


「さて、俺たちはそろそろ本国に帰る。アントニオたちは今後も協力してくれるとのことなので、戦力的には問題ないと思う。モーリスはこれから命を優先して頑張ってくれ」

 

 すでに本国を二十日程空けている。

 他にもやることがあるし、周囲の諸侯の動きも気になる。

 今のところ急変が起きたという連絡は入っていないが、これ以上の当主不在はよろしくない。

 モーリスに顔見せをし、共闘し、戦力を提供することで彼の信頼を勝ち取ることはできたと思う。 

 今回ローザンヌ王国に足を運んだのは、第一に将来のカルドンヌを奪還するための土台を作るためだ。

 モーリスと友好関係を結べたことと、敵の補給を絶つことで、その目的はほぼ達成したといってよい。

 

「承知しました。松永殿には感謝してもしきれません。先に奪取した物資だけでも二、三年は活動ができるでしょう。松永殿がカルドンヌを奪還する頃にはこちらも呼応して兵を出せるよう、力を蓄えたいと思います」

「おう、頼んだぞ。連絡は定期的にとれるようこちらから人員を派遣する。その際不便があったら言ってくれ、できる限り協力をしよう」

「ありがとうございます。あと、この周辺もそれなりの安全が確保できましたら、ぜひクラリス様を一目みとうございます。お願いできませぬか?」

「そうだな。クラリスもモーリスたちに会えば嬉しいだろう。クラリスの安全が確保され次第か、もしくは亜人領域あたりで落ち合うのもありだな。後者ならば近い内に実現できるぞ」

「おお、ならばそれでお願いいたします。こちらの状況が落ち着けば連絡します。そのときによろしいですか」

「おう、構わんよ」

「かたじけない」


 モーリスもクラリスの無事を確認しただろうな。

 機会ができ次第再会させてやりたい。


 さてモーリスとの話も済んだことだし、そろそろ行くとするか。


「ではそろそろ行くとしよう。アントニオ、モーリスにしばらく協力してやってくれ」

「おう、任せてくれ! ミラの奴らに痛い目みさせてやるぜ!」

「うむ頼んだぞ」


 この場に残すアントニオを一瞥して、リリたちと共に村を発った。

  


---



 大和元年七月三十日


 一行は大山脈を越えサンヴァルテン門を迂回し亜人領域を通り抜け、マツナガグラードへと帰還した。

 ただ今、マツナガグラードの大手前にいる。


「おう、帰ったぞ。門を開けてくれ」

「秀雄様! お帰りなさいませ」

「うむ、お勤めご苦労」


 門番を労い、大手をくぐり城下町を歩く。

 あれっ、一ヶ月ぶりに戻ったが以前よりも人が多い。

 特に亜人領域や南方からの商人の数が増えた感じがする。

 どうやら領内は順調に発展しているようだ。


「ヒデオー、あそこに新しいお菓子屋さんがあるよー」

「おおー、プリンって書いてあるニャ」

「秀雄様ー、プリンですよぉー! 私のお小遣いで買いますので待っててくださいぃー!」

「おっ、おう」


 プリンに目のないサーラがピュンと走り買いに行った。

 あの店は料亭『マツナガ』に続く松永家の直営店である。

 俺の知る限りのレシピを利用し、領内に出店し松永家の名物にするつもりだ。

 すでに温泉街にも店を出している。

 

「かっ買ってきましたぁー。みなさんでおやつにしましょう!」


 サーラが両手にプリンが大量に入った袋を下げて戻ってきた。

 満面の笑みである。


「随分たくさんだな。いくら使ったんだ?」

「一個銀貨一枚だったんで、百個で金貨一枚ですぅ」

「おっおう、みんなで食べような」

「はいぃ!」


 ということで、俺たちは大量のプリンと共に城へと帰り、おやつという名目で留守のあいだの出来事を確認することにした。

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