第百四十一話 戦のあいだの雑事③
カラの町で宿を取り、翌日交易路に入る。
昨晩は亜人奴隷たちを引き連れ夕食を振る舞った。
奴隷たちは松永家の噂を知っているらしく、松永家に仕えることに大変乗り気であった。
ただし俺もそこまで甘くは無い。
亜人と言っても奴隷落ちしたのは何かしら落ち度がある。
事実チカも猫じゃらしに釣られるという己の不注意が原因で奴隷落ちした。
そのため、無条件で解放しては他の亜人たちから贔屓との不満も出るやもしれん。
俺としても、禊は済ませた方がよいと考えている。
よって、亜人奴隷たちには適正な賃金で雇用をし自身を買い戻してもらうことにした。
年間金貨二十枚ほどで雇う予定なので、半年もすれば奴隷から解放されるだろう。
その後は一個人として松永家で仕事をすれば、奴隷自身もスッキリするはずだ。
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大和元年七月十一日
俺たちは速度を上げて交易路を抜けミラ公国へ入り、さらに北上をし公都ミラリオンへと到着した。
検問でも偽の高ランクの冒険者証明書と商業ギルドの証明書を示したことに加え、かつてのように少々握らせたことでさくっと内部へと入ることに成功した。
「すっ、すごすぎですー。人が多すぎてクラクラしますぅ」
ミラリオンの風景にサーラが想定済みの反応をしている。
リリにチカも久方ぶりの大都市に興奮しているようだ。
以前きたときは、確か都市内の観光名所を回ったのだったな。
だが今回は観光をする暇はない。
さて、立場が変わり思うことは、この都市を落とす方法だ。
俺は冒険者ギルドへ向う道中そんなことを考える。
ミラリオンは周囲を数十メートルの城壁に囲まれている。
なので力攻めは大兵力でなければ難しいだろう。
となるとやはり川からだな。
ミラリオンは川に面していて、そこから水路を引っ張り都市内に供給している。
その水路から兵を送り内から崩すのが一つか。
しかしこれは悪手かもしれん。
小城ならともかく、数万の兵が籠もるであろうミラリオンでは、バレス隊でも数に押しつぶされそうだ。
敵もこの攻められ方はこれまでの戦で経験し対策をしているだろうしな。
二つは、城の北側だ。
ミラリオンは、ジェル川がU字型に曲がる場所の窪みの部分にすっぽりとはまるように作られている。
そのため北以外には天然の水掘りが数多く張り巡らされている。
逆に北側のみが、水掘りが少なく空堀中心だ。
具体例を挙げれば大阪城の南側といえば分かるだろうか。
大阪城の南は岸和田城、そして紀伊に大和。
そこは大和大納言こと弟秀長の領地。
たとえ南から攻められても、秀長と挟み撃ちにすれば問題ないと秀吉は考えたのだろうか。
これはミラリオンにも当てはまる。
ミラリオンを南方諸国から攻める場合、普通は南からになる。
つまり正攻法では水掘りと城壁に遮られる。
それを回避するため川を迂回し北側に陣取っても、ミラリオンのさらに北側の諸侯からの後詰により挟撃を食らえば敗色濃厚だ。
「ううむ」
難しい。
将来的に交易路経由でミラ公国を落とせるのだろうか。
囲んで兵糧攻めをするのも難しいだろう。
なぜならレナ公国とローズ公国から援軍がきて横槍をほぼ入れられるからだ。
「やはり亜人領域から……」
「ヒデオーどうしたの? もうついたよー」
うんうんと唸っているとリリが気を遣い、ギルドへと到着を知らせてくれた。
まあ、今真剣に考えることでもない。
今日の目的は奴隷買い付けである。
「おう、そうかそうか。悪いな、入るとしよう」
俺たちは冒険者ギルドに入り、グレゴリーの紹介状を見せる。
そして、そこそこ偉そうな職員に奴隷商館へと案内され口利きをしてもらった。
ここでは、松永秀雄という名は伏せる。
別にミラ公国は松永家の事など歯牙にもかけていないと思うが念のためだ。
そして奴隷商館に入り亜人奴隷を購入する意思を告げた。
三時間後。
途中の詳細は省くが、結果として五十人の亜人奴隷を金貨三万枚で購入した。
中にはエルフが三名、ミネアというダークエルフの子供が一名いた。
その三人で価格は跳ね上がったが仕方ないだろう。
三人はやはり魔法が得意である。
ランク的にはエルフはB程度、ダークエルフはC程度とのこと。
エルフ三人は学もありそうなので、一先ずナターリャさんに預けようか。
ダークエルフの子供はサーラのお付にしよう。
すでにサーラに懐いているので話すのは可哀相だ。
それに属性も地魔法なので、サーラのよきサポート役となるだろう。
奴隷購入は以上だ。
なかなかの収穫だったな。
特にエルフとダークエルフは運が良かった。
さらに、文官向きの亜人を半分ほど購入できたので、ノブユキに預ければ政務も楽になるだろう。
そして商業ギルドに行き、奴隷の雑貨と宿を手配してもらい、ミラリオンでの一泊を過ごすことにした。
その夜。
俺は以前のようにバーへと向い、かつて情報を提供してもらったバーテンダーに顔を見せる。
「今晩は。久しぶりだな。覚えているかな?」
「もちろんですとも」
「なら話は早い。酒の摘みに世間話でもしよう」
そういい金貨を握らせる。
「ありがとうございます。今夜はどのようなお酒をご希望ですが」
「まずはローザンヌ産のワインがいい。あとはオススメでいいよ」
「かしこまりました。ではローザンヌはカルドンヌ産のワインをお出ししましょう」
「うむ」
俺はカルドンヌ産の当たり年のビンテージワインを舐めながら、バーテンダーと歓談をした。
二時間後。
話を終え部屋へと戻る。
さて、酔いで寝る前に今の話をまとめよう。
ローザンヌ王国では相変わらず群雄割拠の戦国時代が続いているらしい。
しかし、西の雄であったカルドンヌを治めていたカルドンヌ辺境伯家が断絶した。
クラリスのところだ。
でもクラリスは生きているので実際断絶はしていないがな。
現在カルドンヌはハイエナたちに食い荒らされ、カオスな状況とのこと。
そこに目を付けたのがミラ公国。
以前からローザンヌへの野心はあったが、カルドンヌ辺境伯家が国境にドッシリと居座っていたため、攻め入ることは容易でなかった。
しかしここにきてのカオス化である。
ミラは指を加えて見る積もりはないらしい。
すでにカルドンヌに向けて兵を出しており、国境には万を越す兵が常駐し小競り合いをしているようだ。
これが知りうる限りのローザンヌの状況はこんな感じだ。
それ以外の、ノースライト帝国やポルタンテ王国と魔領域との戦況は膠着しており現状維持とのこと。
ミラの遠征が成功でもしたら、さらに厄介になりそうだ。
亜人領域に行くか。
亜人領域にとっては対岸の火事だが、一応伝えておこう。
ついでにリリの棲家に向い蜂蜜も採取してこよう。
よし決まり。
明日からはミラリオンを出て東に向おう。
あのおっさんたちにも久々に顔を見せてやりたいしな。
ついでに戦争の様子をチラ見してもいいかもしれん。
酒のいい感じに周り瞼も重い。
もう寝よう。
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翌朝、商業ギルドから前日に調達しておいた五台の馬車に奴隷たちを乗せて、ミラリオンを出る。
東門出た一行は、ジェル川沿いにある街道を進む。
この道は以前ミラリオンにきたときに通った道だ。
今回は逆に行くわけだ。
しばらく街道を走るが、やはり遅々として進まん。
三頭引きの馬車を仕入れたのだが、やはり四人で行動するときと比べて速度は落ちる。
五十人もの奴隷をつれて行列を作って歩くわけにはいかないから仕方がない。
先頭の馬車に乗り込み警戒しているチカも、尻尾を毛繕いしながら御者をしている。
またリリは上空を、サーラは後方に配置させている。
俺は真ん中で全体に注意を払っている状況だ。
仕方ない、ゆっくり進むとしよう。
そして、馬の休憩を挟みながら道なりに走り予定通り夕刻にティオンの町に到着した。
ここはかつて冒険者登録をした町だった。
町並みは立派だったが、町民はそうでもなかったな。
ギルドで絡まれて成敗した思い出が蘇る。
入口で賄賂を払い、町中へと入る。
そして冒険者ギルドへリリをリュックに入れ二人で中へ。
チカたちと奴隷たちはギルドの前で待たせている。
「失礼、ちょっといいか」
「はい。ってあなたは!」
受付嬢が俺を見ていい反応をした。
「おう、久しぶりだな。よく覚えていたな」
「当たり前です。いきなりグリーンウルフの毛皮を持ってきて、絡んできた冒険者を一瞬で伸しちゃったんですから、覚えていないほうがおかしいですよ!」
この娘には俺の本名を告げている。
だが今の反応からするに俺が松永家当主と気付いていないようだ。
ミラ公国の一町村の一般市民が、ステップ地域を跨いだ南方諸国の情勢を知るわけもないか。
「そうかそうか。本題に入ろう。今日は五十人以上が泊まれる宿を紹介してくれ。無理ならいくつかに分けてくれてもいい」
「ゴッ、五十人ですかぁ」
「ああ、今俺は奴隷を扱っていてな。ローザンヌまで運ぶ途中なんだよ」
「なる程。あなた程の方なら納得です。わかりました、今から宿に問い合わせてみますね」
「うむ頼んだぞ」
十分後、Aランク冒険者の手帳を見せたお陰かすぐに宿の手配をしてもらえた。
町で一番の宿に話を付けてくれたらしい。
強権発動で、他の宿泊客を移動させたみたいだ。
俺は受付嬢に礼を言い、宿へ向うべくギルドを出る。
すると、早速チカとサーラが無法者に絡まれていた。
奴隷たちは馬車の中に入れ、外から見えないようにしている。
気の弱いサーラがおどおどしているところを、チカがフシャーと毛を逆立てて威嚇している。
「あっ、秀雄ー。こいつらうざいのニャ。やっちゃっていいかにゃ?」
チカがやる気マンマンで俺に許可を求める。
「待て待て、ここで目立ってはまずいだろ。分かるな」
「それもそうにゃね」
「そういうことだ」
俺は、馬車の前にたむろしている十人程の不良冒険者へと足を運ぶ。
「おうおうおう。お前があの亜人らのご主人様かぁ!? さっきから聞いてリャ調子に乗りやがって。俺様を誰だと思っているんだ。ティオンのBマイナスランク冒険者バカティスタ様だぞ」
Bマイナスか、ティオン一番ではないと思うがそこそこランクは高い。
それなりの力があればここまで増長するか。
しかし、ここで満足しては所詮は小物だ。
「それはご丁寧に。俺はこういうものだ。連れが粗相をしたかな?」
俺は笑顔でそう告げると、偽名のAランクの冒険者手帳を見せる。
すると、バカティスタ様はカッと目を見開いた。
「え、Aランク……」
「ああ、主に南方諸国で活動しててな。今回は奴隷交易でここまできたのだよ」
「そっ、そうだったのかい……」
「ああ、それでうちの連れになんのようだ。ちなみに二人ともAマイナスの実力はあるぞ」
俺は少し目力を入れ威圧をする。
「え、Aマイナスぅぅ」
「うむ」
「いっいやー、見ない顔だからちょっと挨拶をしようと思ってな。なあお前ら」
『うっ、うっす』
Aランクの手帳を見せたらこの変わりよう、弱者には厳しいが、己には甘い典型か。
まあ、人間こんなもんだろう。
俺も守るものが出来る前は、こいつらと同じだったかもな。
「そうかい。挨拶はもう終わっただろ。じゃあ俺たちは宿に行くぞ。あばよ」
「はっ、はい」
俺たちはホットした表情の不良冒険者たちに身を送られ宿へと向い、ほぼ貸切となった宿で一夜を過ごした。
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翌朝、長居すればまた面倒ごとが振ってきそうな予感がするので、さっさとティオンの町を出る。
再び街道を進むこと数時間。
思い出深い林が見えた。
「秀雄、懐かしいニャ。あそこの林でチカたちを盗賊から助けてくれたんにゃよね」
「ああ、今思うと随分昔の出来事のようだな」
「そうにゃね。あれから色々ありすぎたのニャ」
「うむ」
時間的には二年程度だか、濃密過ぎる二年だ。
体感では十年ほど前に感じる。
「じゃ、偵察にいってくるねー」
「行ってくるにゃ」
この林は盗賊の根城なので、リリとチカに偵察に行かせる。
そのあいだ俺たちはおやつタイムだ。
二人の分はもちろん取っておく。
「サーラ、奴隷たちに配ってきなさい」
俺はアイテムボックスから、ドーナツが大量に入った袋と水が入った袋を渡す。
「わかりましたぁ」
サーラはてくてくと、馬車へと向い御者の奴隷たちに渡す。
すると、奴隷たちは馬車から出て次々と俺に礼を言ってきた。
彼らからしたら、ここでの待遇はこれまでとは天と地の差なのだ。
奴隷たちは松永家に仕えるのだから福利厚生はしっかりしないといけない。
忠誠心を養うためにも。
俺は、礼を言う奴隷に手を振り返しサーラを待つ。
しばらくしてサーラが帰ってきた。
「配ってきましたぁ。ミネアもとっても喜んでましたよー。さあ、早く私にもくださいぃ」
「わかったわかった。俺たちも休憩しよう」
と言って、あつあつのドーナツが入った袋を取り出す。
するとサーラは、早速てを突っ込みドーナツを手に取るとパクパクと口に運ぶ。
相変わらずいい食べっぷりである。
「はぐはぐ。おいしいですぅ」
「たくさんあるからゆっくり食えよ」
「ふぁぁい」
とサーラいいながら口一杯にドーナツを放り込んでいる。
さて、俺も食うか。
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しばらくしてリリとチカも帰ってきた。
二人も加わっておやつタイムをとってから、一行は林に入る。
林の中にはやはりか盗賊が住み着いてるようだ。
馬車が五台もあれば必ず狙われるだろう。
ましてや護衛は四人、リリを抜かせば三人。
やってくれといっているようなものである。
「そろそろか」
しばらく林内を進んだところで、リリとチカに話しかける。
「うん、このあたりかなー」
「あそこにいるにゃ!」
チカが指差したところに弓を構える人が見えた。
俺はそこへ向い躊躇わずに火球を撃つ。
放たれた火球は目標のすぐ側へと命中し、大木をへし折った。
「おい! いるのは分かっているんだぞ! 出てきやがれ」
俺は二十発の火球を周りに浮かべて、投降を促す。
同時にサーラも岩弾を、リリの風球を出す。
その上、馬車から出来てたエルフたちとミネアも魔力を練り上げ威嚇をする。
すると、木々のあいだから一人のガチムチが手を挙げながら姿を現した。
「こっ、降参だ」
「うむ、いい心がけだ。さて、俺たち狙った落とし前をどう付ける」
「……金は出すから命だけは勘弁してくれ」
「殊勝なこころがけだな」
「そりゃあ、命あっての物種ですから……」
「金はいい。お前らにはこれから情報を定期的に提供してもらおう」
「情報ですか?」
「なあに簡単だ。適当に盗賊をしながら毎月訪れる使者にここ一帯の情報を提供すればいいだけだ」
「それだけでいいんですかい」
「ああ、しかもタダとは言わん。毎月金貨百枚に加えて、精度が高く、重要度の高いネタを仕入れれば追加で金を出そう」
「毎月百枚ですかい!? そんな大金なかなか稼げませんぜ」
「だろうな。この額を稼ぐにゃ、護衛のついた商人でも狙わんと無理だろ。しかしこれは命を失うリスクも高いしな」
「へっへい。こっ、こちらこそお願いいたしやす。最近ローザンヌと戦争しているせいか、人通りが減って困っていたんですわ。このままじゃ十五人の手下らに臭い飯を食わすとこでした」
こいつは盗賊の癖になかなか部下思いで、責任感もありそうだ。
使えそうだな。
「そうかそうか。ならばよし。だが俺たちのことは知らないでいいからな。お前たちは情報を提供するだけだ」
「はい、もちろんです。あっしらわ使者様に情報を渡すだけです」
「では毎月一回ここに使者を寄越す。頑張って情報収集に励んでくれ。これは契約金だ。当面の軍資金にしてくれ」
俺はアイテムボックスから金貨が百枚入った袋を三つ投げ渡す。
「こっこんな大金を!?」
「ああ、頑張り次第ではこんな感じでボーナスをやろう」
「だっ旦那! このアグー、元騎士の誇りに賭けてこの大恩に報いてみせます!」
「ふふふ、まあ頑張っておくれや」
「ははっ」
「では、俺たちは行くからな」
「はい、お気をつけて」
ミラ公国周辺における情報収集はしておくべきだ。
こいつらがどれほど使えるか分からんが、全く情報が入らないよりマシだろう。
金も大してかかりはしない。
こちらの身元も明かしていない。
毎月忍びを送り、しれっとここらへんの情勢をもらうとしよう。
こいつらが不振な行動をしたら関係を切ればいいだけだ。
こちらにリスクは少ないはず。
俺は、盗賊の有効利用できたことにシメシメとほくそ笑みながら林を抜けた。
そして一行は、俺とリリが初めて訪れた村へと向う。
奴隷たちは悪いが村の外にテントを張らせ、そこで一夜を過ごしてもらう。
チカとサーラを護衛に残し、俺とリリは村の門へと近づく。
「こんな村へくるとは、何の用だ? ってお前秀雄じゃねえか!」
「久しぶりですね、アンドレさん」
「ひさしぶりー!」
「それにリリちゃんも! 懐かしいな。あれから変わりねえか?」
「ああ、色々あったがお陰様でな」
「そりゃよかった。以前よりふてぶてしさが加わっていい顔になってやがる。さあ今日は家に泊まっていけや。母ちゃんにご馳走作らせるからよ」
「悪いな、甘えさせてもらうよ」
俺とリリは、アンドレに連れられかつて歓迎を受けた家へと案内された。