第百三六話 西の梟雄 イツクシマの戦い
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忘れた方に南方諸国全体の簡易地図です
時は秀雄がこの世界に降り立つ十年前になる。
南方諸国西部にマラーガという地域がある。
マラーガ地域は西に教皇領があることにより、教会がマラーガ・ベネス・エンリケ地域にまで影響力を及ぼしていた。
一方、マラーガの東にはサルスオーノ地域を本拠とし、ユグノーブル・ヴァレリアの大半を手中に収めてるクルル家があった。
クルル家は所領イツクシマを経由した交易による収入と、イツクシマから産出されるレアメタルによって多大な富を稼ぎ出し順調にその勢力を拡大していた。
そのため当時の石高は五十万石をゆうに超えていた。
しかしクルル家の伸張にも陰りがみえ始める。
その要因は、クルル家がマラーガへと触手を伸ばしたことによる教会との対立だ。
元来教会とクルル家の関係は悪いものではなかった。
クルル家は多額の寄付もしていたし、教会の教えも表面上は信仰していた、
何より石高二百万石ともいわれている教会とことを構えるのはありえないと、クルル家当主は考えていた。
だが教会はマラーガをクルル家が手中に収めたとすると、将来隣接教皇領がクルル家に攻め入られる懸念に加え、クルル家自身の国力も飛躍することになる。
それは教会にとって危険であった。
そのため、教会はマラーガ地域の諸侯からの停戦要求という形で、クルル家に対し強引に兵を引かせ、今後五年間の戦を禁止させることにしたのだ。
それを受け当時のクルル家当主は、元から教会に逆らう意思はなかったので、教会の要望どおり素直に兵を引くことにした。
だがクルル家の屋台骨を長年支え、これまでの領土拡張の立役者であった家老の猛将ホアキンは、それに納得しなかった。
ホアキンはクルル家当主に兵を引くべきではないと具申するが、その意見は当然受け入れてもらえなかった。
次第に両者の関係は悪化していった。
それから紆余曲折あり二人の関係は修復不可能になった。
しばらくしてホアキンはクルル家当主の従兄弟を立ててクーデターを起し、それを成功させる。
クーデターの直後、ホアキンはその従兄弟を当主にし傀儡にする。
そして自身はクルル家の実権を握り、己の野心を満たすためにマラーガへの侵攻を企てる。
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マラーガ地域に根を張る土豪の一つにアキーノ家という弱小勢力があった。
アキーノ家の当主はアレクシスといった。
アレクシスは戦と病で父と兄を亡くしたことで、意図せずに二十歳で家督を継いだ。
彼は余り者との周囲の予想を裏切り、非凡な才能を見せた。まずは自身の妹を周囲の土豪へと嫁がせ婚姻関係を築き後顧の憂いを断った。
そして、長年を宿敵であったサンチェス家を十年かけて滅ぼすことに成功した。
こうしてマラーガでも有力な勢力となったアキーノ家は、その後十年かけて内政に力を注ぎ国力を増加させる一方、自身の二人の息子を周囲の土豪に養子に出した。
そして、謀略を駆使し二人の息子を跡取りへと就けることに成功した。
その結果齢四十にしてマラーガの約二割とモンテカルロスの一割を手中に収めたアレクシスは、一転、当時飛ぶ鳥を落とす勢いであったクルル家へと従属を図る。
またその反面、教会にも寄付を行い良好な関係を築いた。
当時まだまだ小勢力であったアキーノ家は、しばし大勢力の下につき牙を研ぐことを選んだのだ。
大きな後ろ立てを得たアレクシスは、両勢力の機嫌を損ねないよう慎重にさらに十年かけてマラーガの半分とモンテカルロスの二割手に入れた。
石高にして約十万石である。
アレクシスは齢五十にしてようやく大領を手にしたのである。
だが、アレクシスの野心はこの程度では納まらなかった。
秀雄程ではないが人並み外れた魔力をもつアレクシスの寿命は長い。
外見は老いぼれたがまだまだ身体は盛んだ。
その気力は毎晩妾の相手をしても十分なお釣りがくるほどだった。
アレクシスは、教会又はクルル家のどちらでもよいのだが、時がくれば従属から脱し彼らの勢力を奪ってやろうと思いそのタイミングを窺っていた。
そして、その時はアレクシスが五十一の誕生日を迎えてからすぐに訪れる。
クルル家がアキーノ家へ対し、マラーガ統一、さらには教皇領侵攻のために出兵を命じたのだ。
無論アレクシスはこの好機を逃さず手を打った。
「のうリーザよ、クルル家は一万五千の大軍を率いて本拠をたったようだ。おそらくイツクシマで補給をしてから我が領内へと入り、進軍を開始するつもりであろう。そろそろ頃合いだな」
アレクシスは長女のリーザにそう告げる。
「はい、ようやく教会とも条件面で折り合いが付いたところでこちらとしては最高のタイミングですわね」
「おう。すでにレオナルドとゴンザレスに三千を預けてイツクシマへ出迎えに行かせておる。そろそろワシも行こうかと思っての。リーザよお主は留守を頼む。何かあれば教会から援軍を求めるがいい」
「はいっ、分かりましたわ。でも、そのようなことがないようにと祈っております」
「うむ。敵は油断しきっているだろうから問題ないと思うがの。それにここでホアキンを叩けば、クルル家は割れるだろう。ここは多少のリスクは目を瞑らんとな」
「流石はお父様。頼もしい限りです。ここは当家にとって正念場ですものね」
「ふふふ……、では発つとするかの」
「御武運を……」
アレクシスはリーザに本拠を預け、不適な笑みを浮かべながら長男のレオナルドと次男ゴンザレスが率いる三千の主力へと合流すべく一人魔力を纏わせ走り始めた。
そしてアレクシスは二人の息子と合流を果たす。
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「親父! やっとクルルの奴らに痛い目見せられるな。敵はイツクシマに着いたんだろ。さっさとやっちまおうぜ」
と勢いよく言葉を飛ばすのは次男のゴンザレスで齢は二十五。
彼は家中一の猛将として知られ、その武勇は西方にくまなく轟いている。
「駄目だよゴンザレス。ここで正面から突っ込んでは奇襲の効果も半減する。ここは夜まで待とうじゃないか。ですよね父上」
血気はやるゴンザレスをたしなめるのは長男のレオナルド。
彼は知勇兼備の名将であり、アキーノ家の跡取りである。
「うむ、レオも分かるようになったじゃないか。安全と信じきっておるクルル家にとって一番効果的なのは夜討だ。暗がりで急襲されたら奴らは混乱すること間違いないだろう。ゴンザレスはもう少し思慮深くなければならない、と何度いったら分かるのだ」
アレクシスはレオナルドの成長に目を細めつつも、相変わらず脳筋のゴンザレスを叱責する。
「すまねぇ……親父」
「まあ今度から気をつけろ。それよりもまずは目の前の戦だ。そういうことで日付が変わる頃に攻撃を仕掛ける。皆に今の内に休んでおくよう伝えてくれ」
「はい、わかりました」
レオナルドはアレクシスの言葉受け伝令を飛ばし。全軍にアレクシスの意向を伝えた。
そしてアキーノ軍は、夜襲の時刻にイツクシマへと到着するよう速度を落とし船団を進めるのであった。
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深夜零時。
アキーノ軍は予定通り行動を起こす。
闇夜に紛れイツクシマへの上陸を果たしたアギーレ軍は、ほとんどの兵をククル軍に気付かれない位置に残し、アレクシスはゴンザレスら精鋭三十を引きつれクルル軍の本陣へと向った。
無論クルル家にとり味方であるアギーレ家は、引き連れている兵も少ないことからすんなりと通される。
「入れ」
「失礼する」
アレクシスはゴンザレスを伴い天幕へと入る。
「アレクシス殿遅かったではないか。明日の朝には出立するのだぞ。俺はもう眠い。顔見せは済んだので、あんたも明日に備えてくれ」
天幕の中には赤ら顔のホアキンが数名の護衛と共に面倒臭そうにアレクシスに言葉を放つ。
「夜分遅くに失礼つかまった。では失礼します」
アレクシスはそう言い片膝を着いた状態から立ち上がると、敵に悟られる間も無く魔力を練り上げホアキンに向けてウインドカッターを打ち込んだ。
ザシュッ!
アレクシスから放たれた風の刃は、まばたきする間にホアキンの首を胴体から切り落とした。
そしてアレクシスは護衛に向けても魔法を放つ。
アレクシスが魔法を放つと同時に、ゴンザレスも剣を抜き護衛へと切りかかる。
ザン! ザシュッ! ドカン! ザシュッ!
その間十秒程。
あっという間に天幕にいた護衛の命は無くなった。
アレクシスは天幕内に生き残りがいないを確認すると、外に出て空中に火球を打ち上げた。
これは作戦成功かつ攻撃開始の合図である。
合図を終えたアレクシスら三十の精鋭は、ホアキンを討ち取ったことを大声で叫びながら敵本陣内で暴れ回る。
一方、合図に呼応して控えていたアキーノ軍三千は突撃を開始した。
突然の奇襲に武装も中途半端だったクルル軍は混乱し、まともな反撃をすることはできないでいた。
しばらくして、総大将のホアキンが討ち取られていたことが伝播し始めるとさらに混乱ほ深まり、クルル軍は恐慌状態となり同士討ちが始まった。
夜明け前には大将を失ったクルル軍は僅かに差し込んだ光を頼りに港へ向い、命あっての物種と散り散りとなってイツクシマを後にした。
他方逃げ切れなかったクルル兵はアキーノ軍に虐殺されるか、夜明けと共に降伏し捕虜になるかであった。
この戦いでアキーノ軍はクルル軍の三千を討ち取り、五千の兵を捕虜にすること成功し、クルル家の戦力を割くと共に多額の身代金を得た。
また交易の要衝であり、豊富の資源を産出するイツクシマを手に入れることに成功しその国力は十五万石へと膨れ上がったのであった。
これがアレクシス=アキーノの勇名を轟かせる切欠となったイツクシマの戦いである。
その後アレクシスは教会の後ろ盾を利用し順調に勢力を拡大し、秀雄がこの世界に降り立ったときにはクルル家の多くを切り取り、石高約四十万石の群雄へと飛躍したのだ。
アレクシス六十のときである。
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そして時は松永家がホフマン家を落としたところへ戻る。
「レオよ。おもしろい情報が入ったぞよ」
アレクシスは昨年家督を譲ったレオナルドを呼び話を始める。
彼は昨年形式上隠居している。
その目的は彼が調略や戦働きに専念するためて、家の仕事は成長を遂げたレオナルドに任せるためである。
ただ、もちろんアキーノ家の実権はアレクシスが握っている。
「なにがあったのですか? 父上が喜ぶとはよほどのことなのでしょうな」
「うむ、驚くでないぞ。実は教会の神聖組が完敗したのだ。倒したのは松永家、その結果松永はナヴァールもほとんど手中に収めたらしい」
アレクシスは精強な教会が田舎の土豪に敗れたことに驚きを隠せない。
無論、レオナルドも同様だ。
「まさか! 神聖組が完敗するなんて……。彼らは一中隊で二千の兵を相手にできる場合もあるのですよ」
「だが事実だ。松永のことは注視すべきだな。まあ幸いナヴァールはここから遠い。すぐにこちらに悪い影響があるわけではないだろうよ」
「そうですね。逆に良いこともあるかと」
「うむ、これで教会の影響力も低下するだろう。奴らはさらに兵を分散させる必要があるからな」
「ええ、では我々にも好機が訪れるやもしてませんね」
「うむ、当家の第一目標はクルル家だが、場合によっては教会領を攻めることも視野に入れておかねばな」
「流石は父上。物事には見極めが大事ですものね」
「おうよ。教会だろうが何だろうが力を失った者は食われる運命にある。それは我らも同じこと。レオよゆめゆめ忘れるでないぞ」
「ははっ」
アレクシスは松永家に教会の精鋭部隊が敗れたことを見逃さなかった。
教会の主力である神聖騎士団や僧兵の総数五万は、各地に出張っているためそこまで余裕があるわけではない。
そこをカバーするのが神聖組である。
その神聖組が敗れたならば、教会は兵の配置を再考せねばならない。
ということは比較的余裕がある、西方の教会領に配置している七千と神聖組第五中隊が対象になる。
現在アキーノ家が動かせる兵は一万を超える。
アレクシスは勝機は十分あると踏んでいた。
これまで群雄割拠で統一の気配が全くなかった南方諸国北東部において、松永秀雄という存在が出現し北東部に一大勢力を築き上げたことにより、南方諸国各地のパワーバランスに変化が訪れようとしていた。