第百三十五話 ホフマン家攻略戦⑨ 地図
俺は今ゼーヴェステン城内にいる。
結果から言うと開城は成功した。
ジーモンの後ろに俺がピッタリと付きながら開城を要求したら、ジークフリートと思われる将が城壁から身を乗り出してきてあっさりと要求を承諾したのだった。
ジークフリートはよほどジーモンのことが大事なようだ。
流石は忠臣である。
そして今、俺は玉座に座り隣にナターリャさんを控えさせ、ジークフリートを用意させた椅子に腰掛けさせこれから話を始めようかといったところだ。
ちなみにジーモンはいても仕様がないので、別室で軟禁している。
「楽にしてくれ。ジークフリート殿は体調が優れぬと聞く。無理ない体勢で構わない」
「……ご配慮感謝する」
俺がそう話しかけると、ジークフリートも無碍な扱いはされないと悟ったのか幾分面持ちが緩んだように感じる。
ただし警戒はもちろん解いてはいないようだが。
「うむ、では本題に入るとしよう。開城のときに念を押したとおりジーモン殿の身は保障しよう。ただしそれ以上はそちらの誠意次第だな……」
俺はジークフリートへ向けて言葉を掛ける。
『誠意』という単語に含みを持たせて。
「誠意と言っても、既にホフマン家は裸同然じゃがな……。どこぞやの蛮族にずべて剥ぎ取られてしもうての。もし示せる『誠意』というものがあれば教えてくだされ。松永殿」
ジークフリートは俺の神経を逆撫でるような暴言を吐きつつも、具体的にどのような行動を取ればよいのか逆に質問した。
敗戦のあてつけに嫌味は言ったが、今後のことも考えているのだろう。交渉に応じるつもりはあるようだ。
「蛮族とは失敬な。……まあいい、その暴言は不問としよう。ただし、あなたが旧ホフマン勢を纏め上げ松永家に誠心誠意仕えるという『誠意』を見せればの話だが」
ホフマン家は名家故、譜代臣らは成り上がりの松永家には簡単に臣従しないだろう。
ここはジークフリートにホフマン家中をまとめてもらうのが上策だ。
そのあとは使える者は登用し、逆は見放せばいいのだ。
「……大義も無く攻め込んできた松永家に忠義を尽くせとは、少々虫が良すぎませぬか」
「もちろんあなたの言い分も分かる。だが今のラスパーナ、いや南方諸国全域は弱肉強食。事実ホフマン家はピアジンスキー家に領土を侵食されていたではないか。そこには大義もへったくれもない、生きるか死ぬかだよ。例えば松永家もといクレンコフ家は、エロシン家から不条理な理由で攻め込まれ断絶寸前に追い込まれた。俺はその状況を打破するために、エロシンを打ち破りウラールを統一した。ナヴァールに手を伸ばしたのもその延長だ。何が言いたいかというと、結局ホフマン家の力が足りなかったのだよ……」
この群雄割拠の時代に力なきものは敗れる。
亜人融和を図る松永家は他地域に勢力を伸ばし力を蓄えねば、早晩滅びる運命にあるのは確実だ。
ただし、保身のためだけではなく俺自身の野心もおおいに含まれているが。
「ムムム、確かに松永殿の言い分も分からぬではない。だがワシ個人としては松永家に仕えるつもりはなかったじゃろう。しかし若の処遇がかかっているのであればやむを得ぬか……」
「おお、では!」
「うむ、ただし以下の条件を飲んでくれることが前提じゃ。まず、若の身は保障すること。次にホフマン家は存続しある程度の知行地を安堵すること。最後にわしは今後とも若に仕えるということ。以上の三点じゃ」
ふむ、結構な条件だな。
しかし教会と完全に敵対した今、領内の掌握に手間取ることはできない。
ホフマン家の武将らを心服させられなければ、他家から調略されることは間違いない。
ここからは、領内を纏め上げる手腕も必要になるだろう。
ある程度はジークフリートの言い分を飲むべきか。
「むむ、これは敗軍の首領にとってはいささか高望みではないかな」
「いいえ。お言葉だが、ホフマン家中には松永家を見下している者も多いのじゃ。そんな奴らを黙らせるのならば十分安いと思いますがな」
「ぬぬ、言うな。ならばあなたの言い分の飲めば、先の条件を受け入れると誓えるか? 是ならば特別に配慮を加えんこともない」
「うむ。わしは若が無事でいてくれることが第一じゃ。さすれば松永家に忠義を誓おう」
「よし。忠臣であるジークフリートがここまで言うのならば、信じぬわけにはいくまい。あなたの条件を飲もう。細かな条件は軍師のコンチンも交えて追々決めていこう。それでいいな」
「承知しました」
「では話はこれで終わりだ。ジーク殿はゆるりと休んでくれ。体調が優れぬところを呼び出して悪かったな」
「いいえ、この老骨の身一つで若のいやホフマン家の将来が残されたのですから、多少の無理などなんとも思いませぬぞ」
「これは今後とも頼りになりそうだ。では俺はまだなすべきことがあるので失礼する。ではまたな」
「はは」
俺はジークフリートを一瞥し部屋を出た。
結果的に、今後のことを考えてジークフリートを懐柔することになった。
何度も言うが、ホフマン領を統治するには家中一の実力者であるジークフリートの力が必要と思ったからだ。
具体的な配置についてはコンチンも交えて決めるとしよう。
さてこの話をジーモンに伝えておくか。
俺はジークフリートとの交渉が一先ず成功したことに喜びながら、ジーモンが軟禁されている部屋へと足を運んだ。
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翌日、ゼーヴェステンへと本軍を率いてきたコンチンやバレスらを迎え入れる。
俺は早速コンチンを呼び、ホフマン家の処遇も含めて戦後処理について話をする。
またバレスやナターリャさんらの武官には、ホフマン領内を掌握するために再び出兵してもらった。
その際ジークフリートに、ホフマン家は松永家に降り今後仕えるという旨を文章にしたためてもらった。
なので、さしてる抵抗はなく領内をまとめることができると踏んでいる。
「粗茶ですが」
会議室の椅子に座る俺とコンチンにジュンケーが茶を運ぶ。
俺たちは一先ず口を湿らせ、一息いれる。
強行軍のコンチンを労うとしよう。
「お疲れ。あれから問題はなかったか?」
「ええ、バレス様らのお陰で滞りなく後処理をすることができました。秀雄様こそ、開城の件お疲れ様です」
「ありがとな。まあ、とは言っても案外あっけなかったがな。それよりも、ホフマン家の処遇についてだ。どうしようか」
「ジークフリートを使い、旧ホフマン領内を反乱なく治めるのは賛成です。問題はジーモンの処遇ですね」
「ああ、俺としては奴と譜代臣は距離的に離すべきだと思う。また譜代臣同士もだ」
再びジーモンを担いだり、譜代臣同時で結託されたら厄介だからな。
「ええ、当然ですね。謀叛の芽が出ないようにしなければなりません。ただし、戦前から我らに協力してくれたアイグナー家に対しては約束通り五千石に加増しましょう。また彼が声を掛けた者にも所領安堵か多少の恩賞は必要かと……」
ああ、そういえばアイグナー家や、彼の家に同調した者もいたな。
「そうだったな。我らに協力的だった者たちには報いねばならんな。まあそれはいいとして一番はジーモンの処遇だ。ジークフリートは奴に付く。つまりは陪臣だ。となるとジークフリートに十分活躍してもらうには、ジーモンが我らに協力的であることが前提になる。そこで俺はジーモンを側仕えさせ鍛えようと思う」
「側仕え……ですか?」
コンチンは無能なジーモンを置いても役に立たないと思っているのだろう。
腑に落ちないという表情をしている。
「ああ、お前はあんな阿呆は役立たんと思っているだろう。俺もその点は同意する。だが、あえて奴をそれなり使えるように鍛えれば、ジークフリートは感謝こそすれ嫌には思わんだろう。また温泉コンパニオンで飴を与えてやれば、結構単純なジーモンのことだ、案外懐かれるかもしれんしな」
「なるほど、ジーモンを一人前にすることでジークフリートに恩義を与えると」
「ああ、ジーモンはジークフリートがいる環境では甘えて向上心が見られないだろうよ。そこを俺が調教してやるっていう寸法だ」
「ははあ、それならば納得です。それにジーモンを預かれば人質としての効果も期待できますし、その間領地経営はジークフリートに任せれば問題ありませんしね」
「ああ、大事な若が手元になければジークフリートも一生懸命働くだろうさ」
「秀雄様の考えよく分かりました。私もその案に賛成です」
「よし、一先ずホフマン家についての処遇はこれで決まりだ。あとは領地配分だな」
「ですね。また頑張りますか」
「うむ」
俺たちはホフマン家一番の大事であったホフマン家の処遇に目処をつけてから、きたる論功行賞に備え領地分配や恩賞について話を始めた。
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五日後。
大和元年六月二十九日。
バレス・ナターリャさんらのお陰で旧ホフマン領を掌握することも一通り完了した。
さてこれから論功行賞を始めよう。
「では始めよう。まずは戦功第一はバレス。ナヴァール川での戦いぶり、教会勢との一騎打ちでの活躍は見事だった。その槍働きがなければ前線は突破され逆にこちらの陣形が分断されていただろう。それに報い、ゼーヴェステン周辺の二万石を預けよう」
「ははっ。謹んでお受けいたします」
二万石との言葉を聞き、大広間に集まった武将たちが騒がしくなる。
そりゃそうだ、筆頭騎士とはいえ一武将に二万石は太っ腹だろう。
旧ホフマン領の実高は約六万五千石。
バレスには領内の統治と他家への睨みを利かせてもらわねばならない。
二万石程度の領地がないと運営に支障をきたすだろう。
また、旧ホフマン勢に残す土地は二万石程。
内五千石はハインツ=アイグナーに加増しホフマン領北東部を、ジーモンには五千石を与え旧バレス領周辺を、他の譜代臣も数百石から二千石ほどの知行地を与え、直轄領の各地へと鞍替えをしてもらう。
変わりにスッポリ空いた旧ホフマン領四万石には直轄地に加え、レフやセルゲイにバレス隊の面々といった松永家譜代臣をはめ込むつもりでいる。
旧ホフマン領は肥沃でありかつ最前線である。
今後の松永家にとって最重要地域になるやもしれん。
万全の体制を整えたい。
「ああ、この地は任せたぞ」
その言葉にバレスは頷くと、颯爽と翻り最前列の席へと戻っていった。
「静まれい! 続いて戦功第二だ。ナターリャさん前へ。あなたは別働隊を率いてこの城をよく攻めてくれました。お陰で攻城戦が随分と楽になりました。その働きに報い、ホフマン領に一万石をと言いたいところなのですが、先日ナターリャさんは国替えをしたばかりです。この加増は将来ピアジンスキー連合を切り崩したときに取っておいて貰えませんか。その際はさらに五千石を加増し、ナヴァール湖東岸に一万五千石をお預けします」
二万石発言で騒がしかったが、ナターリャさんへの一万五千石でも再び歓声があがる。
ナターリャさんにもさらに加増をしたかったが、先日国替えしたばかりなので連続では負担になると思い自重することにした。
有能なホフマン家の文官らはバレスや俺自身の下に置くつもりでいるので、人材不足な面も考慮にいれてである。
「ふふふ、別に私は領地なんかいいんだけどねー。でも秀雄ちゃんが言うのならそのとおりにするわー」
「ではお願いします」
「了解よー」
ナターリャさんは色っぽくウインクをしてからバレスの隣の席へと戻った。
「静まれえ! では戦功第三だ。ヤタロウとベアホフはこちらへ」
「おう!」
「ぶも!」
俺の言葉に応じて、二人が巨体を揺らしながら眼前へと迫ってきた。
「二人の教会勢との戦いぶりは見事であった。ヤタロウは敵将との一騎打ちで敵を食い止めたのは大きい。ベアホフは敵魔法をその体見事に食いとめた。二人には千石ずつを与える。他に恩賞として金貨五千枚を与えよう。もちろんベアホフにはたんまりと蜂蜜をやるから期待してくれ」
「別に俺は領地なんていらんが、くれるもんなら貰っておくぜ」
「ぶもー、秀雄ありがとー!!」
鬼族や熊族だけでは不平が出るので、鰐族や兎族などのたの亜人たちにも五百石ほど与えることにしている。
「さて、俺からは以上だ。あとはコンチンが言うことになっている。では頼む」
「秀雄様。その前にジーモン殿のことをお忘れですよ」
「ああ! そうだったな。ついうっかりしていた。ジーモン殿! 前にこられよ」
この場でジーモンに挨拶をさせるつもりだったのをすっかり忘れていた。
けじめは大事だからな。
「はっ、はいでおじゃる……」
すでにジーモン本人とジークフリートには話しを通し、ジーモンを俺の側仕えにして鍛えることは了承してもらっている。
そりゃあ、五千石もの知行地を安堵してもらえるのならば喜んで側仕えもするというものだ。
無論それはジークフリートの意見であり、ジーモンは政務は爺に任せ自分はお気楽に暮らしたかったみったいだったが。
「皆も知っているように、今後旧ホフマン勢は松永家と共に歩む道を選んだ。今回はその旧ホフマン勢を代表してジーモンに挨拶をしてもらうことにした。さあジーモン出番だぞ」
俺は緊張の面持ちのジーモンにマイクを渡す。
「各々方ごきげんようなのでおじゃる。まっ、麿はホフマン家当主ジーモンでおじゃる。これからは松永家の一員として頑張るので、よっよろしくなのでおじゃる」
ジーモンは多少どもりながらもなんとか無事に挨拶を終えた。
後ろでジークフリートが心配そうに見つめているのが印象的だ。
「パチ……パチ……パチ……」
そして、まばらながら拍手が出る。
バレス・ナターリャさん・エゴールなど譜代臣からだ。
『パチパチパチパチパチ』
無論彼らが受け入れたのならば、他の者たちも追随しないわけにはいかない。
他の者も思う所はあるにせよ、一応ジーモンを受け入れたようだ。
一先ず安心だ。
今後はジークフリートが頑張り家内での信頼を勝ち取ってくれるだろう。
「うむ、では今後ともジーモンを初めとした旧ホフマン勢の者もよろしく頼む。ではコンチン」
「はっ、ではこれから論功行賞を再開いたします――」
さてあとはコンチンに任せるとしよう。
俺は、以降の沙汰はコンチンに読み上げさせ、茶をずずっとすすりながらまったりと時を過ごした。
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主な加増
レフ:三千石に
セルゲイ:三千石に
ロマノフ家:千石加増 計一万二千石
チェルニー家:千五百石加増 計六千五百石
チュルノフ家:千石加増 計六千五百石
鬼族:千石加増
熊族:千石加増
鰐族:五百石加増
兎族:三百石加増
羊族:三百石加増
栗鼠族:三百石加増
鹿族:三百石加増
狸族:三百石加増
地精族:五百石加増
有翼族:三百石加増