第百三十四話 ホフマン家攻略戦⑧
俺たちは教会勢の尻を追いかけ、苛烈な追撃を続けた。
側面をついているコンチンならば上手くやってくれるだろうが、こちらからも圧力をかけたい。
というのも、ジーモンの周囲にはジークフリートが付いている。
だとすると、彼が血路を開いてでもジーモンを逃がす可能性が出てくると考えたためだ。
それにアホライネン軍にヴァンダイク軍は健在である。
ここで一息つくわけにはいかないのだ。
しかし、その懸念は杞憂に終わった。
程なくして、敵本陣での戦闘が止んだのだ。
さらに白旗が揚がった。
それを受け他の敵兵士たちは、逃げれるものは逃げ、逃げ道が無い者は次々と降伏をしていく。
もちろん教会勢はホフマン軍など見捨て一目散に戦場を離脱していた。
それを見たアホライネン軍やヴァンダイク軍も早くに退却を開始している。
白旗が揚がったということは、ジーモンをを捕らえたのだろうか。
しかし、それにしては、いささかあっさり過ぎる。
だが決着がついたのは確かだ。
抵抗が無くなったため、俺たちはあっさりと敵本陣へと到着することができた。
「秀雄様、ジモーンを捕らえることに成功しました」
「むむむ、何があったんだ!?」
俺は先に敵本陣に到着していたコンチンに状況を尋ねる。
それと同時に脇に目を遣ると、そこには虜囚の姿となったジーモンの姿があった。
ジーモンにはよほど騒がしかったのか口枷がはめられている。
ジークフリートはいない。
本城の守りについているのだろうか。
「実は、クリスチャン=ポポフが我々の攻撃に応じ裏切ったようです。ここにいる方がクリスチャン=ポポフ殿です」
コンチンはそう告げると、彼の隣にいる手錠を嵌められた状態の痩せ型の魔法使いらしき風貌の男を指し示した。
こちらに味方したといっても、まだ信用することはできないので手枷をはめているのだろう。
なるほど、ポポフ家が裏切ったのか。
確かポポフ軍は本陣周りに配置されていた。
Aランクの実力者であるポポフ家当主に牙を向かれてはジーモンはひとたまりも無かったのだな。
「ほう。それはそれは……。初めましてポポフ殿。私が松永秀雄だ。おい、彼の手錠を外してやれ」
「ははっ」
俺は、近くの兵に命じポポフの手錠を外させた。
「ふー……、あっ、ありがとうございます。私はポポフ家当主クリスリャンで御座います。此度の戦では松永殿のお声掛けに呼応し、機を見計らいしかるべき行動を取らせていただきました」
クリスチャンは一息いれると、慇懃に発言をした。
ふむ、ポポフ家は他家への抑えということで日和見ということだったが、急に駆り出されたことで事情が変わったのだ。
そして、戦況を見ながら両家を天秤にかけ、結果として松永に恩を売り身の安全の確保に走ったのだろう。
若しくはクリスチャンはすでにホフマン家を見限っていたのかもしれんな。
どちらにしてもこの男、見た目のなよなよしさとは裏腹になかなか判断力に長けていそうな人物だ。
簡単に主君を裏切る人物をすんなり許すのはどうかと思うが、ジーモンを捕らえる手柄も立てたうえ、自身の戦闘能力も高い。
ここは寛大な処分が適当か。
「おお、よくやってくれた。ポポフ殿の決断感謝しますぞ。悪いようにはしないから安心してくれ」
「あっ、ありがとうございます」
その言葉に安心したのか、クリスチャンは安堵の表情を浮かべの額の汗を拭った。
まだ周囲に敵が多い状況でクリスチャンを罰するわけにはいかん。
ここは配下にして甘い汁を吸わせてやるのが得策だろう。
コンチンにも意見を仰いでみるか。
俺はそう思いコンチンに視線を送る。
すると彼も首を縦に振ってくれた。
どっかの軍師みたく、「この男は斬るべきです!」などど言わなくてよかった。
これが後の遺恨になるかもしれんからな。
「うむ、沙汰は追ってする。さて、激戦でクリスチャン殿もお疲れだろう。酒を用意するのでそこでゆるりと休まれよ」
「ははっ」
これで一先ずクリスリャンの扱いはよいだろう。
あとはジーモンだな。
「ジュンケー、頼む」
「はい! クリスチャン様こちらへどうぞ」
できる小姓のジュンケーは、俺の意を汲み取り速やかにクリスチャンを誘導する。
そして残されたのは口枷をはめられたジーモンのみとなる。
「外せ」
近くの兵に命を下し、ジーモンに発言の自由を与える。
すると案の定、
「まっ松永ぁー! この名家の当主たる麿をこんな目に会わせるとはー! いい加減にするでおじゃるー!」
と、いきなり自身が虜囚の身だということを忘れたかのような舐めた発言をしてきた。
やはり愚鈍との情報は寸分違わず間違っていないようだ。
「こっちがいい加減にしろだ! その舐め腐った態度、お前は今すぐ死にたいのか!?」
俺はそう吐き捨てると、脅しに火球を作りそれをジーモンの目の前に浮かべる。
「げぇ!! まっ魔法!? ……ヒッ、ヒィィー。麿が悪かったのじゃー! ごっこめんなのでおじゃるー」
実力行使をされたことで、ようやく自身のおかれた状況に気がついたジーモンは、自身のみの可愛さからか名家のプライドなどかなぐり捨てて土下座をしてきた。
ほほう、こいつは確かにアホだが、強者への態度は分かっているようだ。
ここはエロシンの息子とは違う。
「よし、それでいい。素直に従うのならば無闇に殺しはせん」
「うっ、うんでおじゃるー」
「さて、ジーモン殿に一つ聞きたいことがある」
「なっなんでおじゃるか?」
「ジークフリートは何処にいる」
ジーモンを生かしておく理由は、ジークフリートを捕らえるためのカード、これだけだ。
「爺ならば、援軍を呼び体を壊したので城を守っているでおじゃる……」
素直になったジーモンは、若干ジークフリートに対しての申し訳なさを感じさせる口調で彼の居場所を告げた。
ジークフリートは城にいるか。
体調不良とはいえ、それは少々厄介だな。
ナターリャさんも守将が名将ならば手を焼くかもしれん。
ここはジーモンを使い開城を迫るのが無難か……。
「なるほど、決死の強行軍は宿老の身には堪えたわけか。ならば、ここでジーモン殿に頼みがある。これからゼーヴェステン城へと向い開城を迫って欲しい」
素直に従えばそれでよし、従わなければ首根っこを掴んでジークフリートに見せつけてやろう。
「………………」
ジーモンは黙りこくり、考え込んでいる。
流石に愚鈍と言っても、俺の言葉が意味することはわかるのだろう。
本城と君主が取られれば完全にホフマン家は終わりだ。
逆を言えば本城をジークフリートが守り抜けば、教会のツテを頼った人質返還や、他のホフマン家の直系を当主に立ててお家を存続する可能性も少ないが継続している。
ただし教会軍も退却した今、その可能性は限りなくゼロに近いが。
「ひっひとつ条件があるでおじゃる……」
「何だ? 言ってみろ」
「まっ、麿の命は助けてくれると保障してくれれば、かっ、開城するでおじゃる……」
やはりこうきたか。
だがホフマン家を存続させろと言わないところがジーモンらしい。
「ふむ……、開城が成功したら考えてやらんことも無い」
俺としては、ジークフリートをできることなら配下として登用したい。
松永家は急激に領土を拡張しているので慢性的に人材が不足しているからな。
そのためにジーモンの処遇を交換条件にするつもりでいる。
「ほっ、本当でおじゃるか!?」
「ああ、何なら文にしたためてもよい」
「かっ、感謝するでおじゃる」
「うむ、その判断俺は尊重しよう。では早速ゼーヴェステン城へ向かうとしよう。コンチン、捕虜の処理は任せる。こっちは騎兵を率いて一足先に出るぞ」
ジークフリートが守っているとなると、少々ナターリャさんたちが心配だ。
この場の後処理はコンチンに任せることにして、俺はジーモンを連れゼーヴェステンへ向うとしよう。
「了解しました。捕虜の処理が済み次第、我々も追いかけることにします」
「あい分かった」
コンチンの承諾を確認する。
俺はジーモンを引き連れて、手勢の騎兵と共に出立したのだった。
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所変わって、ゼーヴェステン城を攻めているナターリャ隊の様子を見てみよう。
ナターリャ隊三百は小早船に乗り込み、彼女の水魔法を駆使して再度ゼーヴェステン城の搦め手へと進軍した。
そして、道中これと言ったトラブルもなく目的地に到着し、手垢の付いた搦め手を攻め立てていた。
「ちっ、なかなか敵もやるわね。鼻の聞く獣人に汚物を撒き散らすなんで……。前回とは守将が違うのかしら」
ナターリャは先の攻城戦で落城寸前まで追い込んだ勢いそのままに、アルバロら獣人部隊を先頭にし、後方で彼女自身が魔法で援護しながら攻撃を仕掛けた。
敵兵もそれほど多くない中、当初は簡単に落とせるだろうと考えていたが、敵は地の利を生かし、小策を弄して、的確にナターリャ隊に被害を与えながら戦線を後退させた。
その結果、敵はほとんど被害を受けることなくナターリャ隊に数十名の脱落者を出すことに成功したのだった。
これはジークフリートの指揮の賜物である。
しかし多勢に無勢は否めない。
ナターリャ隊に多少の被害は食らわせたものの、搦め手を駆け上らせ彼女らを本丸手前まで進軍させることを許す。
「ナッ、ナターリャ様。ようやく本丸付近までたどりつきましね」
ナターリャに話しかけるのは、今回力不足のため後方に配置されたボリスである。
彼はこれまでナターリャにいやというほど痛い目に合わされたので、以前のようなふてぶてしさは完全に鳴りを潜めてしまった。
「ええ、ようやくね。でも、敵は降伏に応じないみたい。仕方ないわねー、それじゃっボリスさんに締めをお願いするわねー」
ナターリャは満面の笑みを浮かべながらボリスに本丸への突撃を命じた。
「いいっ! そっそんなー……」
ボリスは鬼の笑みを向けられて、情けない声を上げる。
「おねがいねー」
一方ナターリャはそんなボリスの様子を気に留める素振りも見せずに、変わらぬいい笑顔のままだ。
「ハイ……、分かりました」
ここで反抗したらどんな目に合うか想像もつかないと悟ったボリスは、意気消沈しながらもしぶしぶナターリャの命を受け入れた。
「では……、これよりアキモフ衆、本丸に突撃します……」
これが何度目だろうか、ボリスが達観した表情を作り、意を決して突撃を開始する。
だが、ここで上空から伝令の大鷹族が舞い降りる。
ナターリャはしぶしぶ、ボリスは半ば自主的に突撃を中断した。
「ナターリャ様、秀雄様より伝言です。『我が軍はナヴァール河畔での戦いに勝利し敵大将を捕縛した。そのため、これから城に対し降伏勧告を行う。ナターリャ隊は暫くこの場で待機せよ』とのことです」
それを聞きナターリャは少し残念な表情を作りボリスを見る。
一方ボリスは、思わぬ幸運に心からの安堵を覚えた。
「そう、了解したわ。私たちはしばらくここで待機します。秀雄ちゃんによろしく伝えておいてねー」
「ははっ」
伝令はすぐに踵を返し秀雄の下へ飛び立つ。
「じゃあ、私たちは一旦休みましょ。まだ臨戦態勢は解かないでねー」
伝令を見送ったのち、ナターリャは秀雄の命を聞き入れ兵を休めることにした。
そして、自身も腰を下ろし一息つく。
兵には油断はするなと言っておいたが、秀雄のことだから勝算があり交渉するとナターリャは思った。
つまりは、早晩開城されるだろうと。
これで戦はおしまいだろうと。
「ちぇっ」
ナターリャの口からつい舌打ちが漏れる。
無論ボリスの見せ場が無くなったからだ。
「ナターリャさんお疲れ様でした。お茶でもいかがかしら」
不満げなナターリャの様子を見て、ボリスはもちろん他の兵も声を掛けづらそうにしている中、猫族のアルバロの妻であるアニータが茶を差し出す。
普段から脳筋なアルバロを御しているだけあり、この女性は気がまわる。
「ありがと、アニータさん」
思わぬ気遣いに感謝しながら、ナターリャはズズズを茶をすすり戦闘の興奮を冷ますことに努めようとした。
大事なことなので二回いうがもう戦は終わりだと、彼女は思っているからだ。