第百三十三話 ホフマン家攻略戦⑦ 第二次ナヴァール川の戦い
大和元年六月二十三日
時刻は午後一時を過ぎたところだ。
敵は腹ごしらえを済ませたのち、ついに松永軍の目の前へと姿を現した。
そして、すぐにでも突撃するような構えを見せている。
「敵の先鋒はやはり教会勢のようだな」
松永陣からでも、きらびやかなミスリル装備を身に着けた教会兵の姿を確認することができる。
「ええ、そのようです。しかし、それは想定内です。ただ気になるのが、彼らに付いている少年兵たちですね」
コンチンが気に掛けているのは、ミスリル装備の重装歩兵の側に付き従っている、軽装の小姓と思われる少年兵たちだ。
「きっと有能な若者を集めて鍛えているんだろうよ。どの程度の腕があるかは知らんが、重装歩兵には及ばんだろうさ」
俺は、所詮は少年兵とみて、大きな脅威にはならないだろうと高を括っていた。
「ねえヒデオー、あの子たちきっとみんな魔法使いだよー」
しかし、定位置の頭の上に座っていたリリが、俺の予想とは全く逆の見解を伝えてきた。
「何っ! 魔法使いだと!」
「うん。あたしの見立てだと、それなりに魔法使えそうだよー」
リリの言葉を受けて、少年兵らを遠目からだがじっくりと観察してみる。
そうすると、彼らは杖のようなものを腰に掛けている様子が見て取れた。
「本当だ……。彼らは杖を装備しているようだな」
「ですね。リリさんが言うように、杖はお飾りではないと考えた方がよいでしょう」
「ああ、となると敵には百人の魔法兵がいることになる。骨が折れそうだ……」
「ですがここまできたらやるしかないですね」
「うむ、ここは我が軍の力を信じるとしよう」
百人もの魔法兵を相手にするのはこれが初めてだ。
そのため、無論俺とコンチンはもちろん警戒するが、ここで逃げるわけにはいかない。
やるしかない。
「だいじょーぶ。あたしが頑張るから安心しなさい!」
リリも空気を読んでか、元気付けてくれる。
本当にできる妖精である。
「私もリリさん程ではないですが、頑張りますぅ」
と、サーラも意気込んでいる。
「二人共悪いな。今回は大いに働いて貰うことになりそうだ。他の者たちも尽力してくれ」
俺はリリとサーラの他の魔法隊二十名に向けて言葉をかける。
「秀雄様! 敵が動き出しました」
そのとき、コンチンが前方を指差しながら敵軍の動きを伝えてくれた。
「来たか……。こちらも行くとしよう。突撃する敵の勢いをわざわざ受け止める必要もないだろう」
敵の動きにに合わせて、俺は軍配を振るう。
すると、すぐさまドンドンドンドンと太鼓が打ち鳴らされ、松永軍も前進を開始する。
松永軍の先頭に立つのは、防御力に優れた鬼族・熊族・鰐族の亜人達百名弱。
彼らには、先の戦いと同様にミスリル装備を与えている。
そして、彼らの後方に控えるのがバレス隊の面々である。
バレス隊の隊員は全員が古参の騎士で、松永軍の最精鋭といっても差し支えない。
全員が武力面でも一武将レベルに匹敵するはずだ。
「では、俺たちも後に続くぞ! コンチンあとは任せたぞ」
「承知しました」
「ラジャー!」
「はいぃ」
『ははっ!』
さらにかれらの後方から、俺が率いる魔法隊が援護のために後方から追いかける。
中軍の指揮はコンチンに任せる。
彼ならば、臨機応変に的確な指示を出してくれるだろう。
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両軍が前進すること十分程、いよいよ教会軍と亜人軍団がぶつかった。
教会軍は、いきなり百人の少年兵らが先頭に立ち、一斉に魔法を撃ち込みながら突撃してきた。
もちろん彼らの護衛には屈強な重装歩兵が付いているので、心置きなく先頭に立たせることができるのだろう。
そして、鋒矢の先頭に立つのは将と思われる剣士と小姓が二組。
こいつらはとりわけ戦闘力が高そうである。
おそらく大将格であろう。
その後ろからは、アホライネン軍・ホフマン軍・ヴァンダイク軍が突撃をしてくる。
「やはりそうきたか。こちらもできる限りレジストだ! リリは先頭の二人を! サーラ! お前は十人分! 魔法隊はできる限り頑張れ!」
「うん!」
「はいぃ!」
『ハハッ!!』
敵の戦術は至極単純。
魔法兵による圧倒的な火力で松永軍の先陣を切り崩し、その隙にガチムチ重装歩兵、さらには後続の歩兵たちが雪崩れ込み蹂躙するつもりなのだろう。
戦国時代でいうと、鉄砲を配していたところが魔法兵に置き変わったと考えればよいだろう。
俺の号令で、リリ、サーラ、二十名の魔法隊が前進し、兵の隙間から一斉にレジストを試みる。
「やー!」
リリは、二人の将についている小姓の魔法に対処する。
小姓たちが放ってきた魔法は火球に水球。
俺の見た目だと、魔法の威力からして、小姓の実力はAランク前後と予想する。
身内でいうと、マルティナやサーラとよい勝負だ。
マルティナとサーラも出会った頃より実力はつけているのだ。
バシュン!! バシュン!!
風球がそれらにぶつかり掻き消した。
リリにしてみれば許容範囲だ。
しっかりと二人の魔法をレジストしてくれた。
一方、他の少年兵たちから放たれた魔法もなかなかの威力見える。
下でもCランク程、上ではBランククラスだろうか。
これが百人もいるのだから、相手するのは骨が折れそうだ。
うち二十人は魔法隊、さらに二十人は俺、あと十人はサーラが相手をしても五十人は浮く。
まあ、ミスリル装備の味方ならばなんとかしてくれるだろうが。
さあ俺も前線の負担を減らすために頑張らんとな。
「うむむむむ……、ファイアーサテライト!」
サーラと魔法隊に命令を出し終え、俺もファイアーサテライトを使い周囲に火球を作り出す。
その数二十。
「おうりゃぁぁ!!」
景気づけの掛け声と共に二十個の火球を発射する。
そして、ババババンという音と共に敵の魔法を掻き消すことに成功する。
よし、これで敵魔法兵の半数は無力化できた。
あとは前線に任せるしかない。
「いいぞ! だが油断するな。敵の第二射に備えてレジストの準備をしておけよ! リリは二人のガキの対処を頼む」
「うん!」
「はいぃ!」
『ハッ!』
俺たちはいつ第二撃がきてもいいように、再び魔力を練り始める。
さて前線はどうなっているだろう。
百を越す魔法の乱打戦により巻き起こされた土煙が晴れた頃合いで、俺は前方に視線を送る。
すると土煙の隙間から無傷の亜人勢が姿を見せる。
「よし」
おもわず声を漏らす。
ミスリル装備の亜人勢ならばあの程度の魔法は問題ないはずだ。
ただし、亜人勢のうち五十名は魔法の第二射を受け止めねばならぬため、重装兵をまともに相手にすることはできないだろう。
となると、先頭に立って肉弾戦を行うのは亜人勢の残りの五十名か……。
相手の重装歩兵は百人程度。
さてどうなるだろうか。
俺は再び周囲に火球を浮かばせながら、最前線を注視する。
そして、土煙が消え視界が戻ると、すでに亜人勢と教会軍がぶつかっていた。
すでにすぐ後ろに控える重装歩兵たちが突破にかかってきたのだ。
「おるぁー!!」
「ブモー!!」
無論こちらもやすやすと突破を許すつもりもない。
ヤタロウとベアホフが先頭になって奮闘している。
ここまで彼らの鬨の声が響く。
亜人勢は二人が中心となり、数の上で勝る敵を体を張ってくいとめているのだ。
しかもヤタロウは大将格の一人と一騎打ちへと持ち込んだようだ。
頑張れヤタロウ!
さて一般兵の力関係はどの程度だろう。
現在亜人兵と教会重装歩兵が一対一で戦っているが、見た感じではいい勝負である。
亜人兵の力はランク的にはCからBランクだ。
ならば敵重装歩兵もその程度を見るべきだろう。
敵さんもなかなかの精鋭じゃないか。
しかし、教会軍の様子を見ると想定外のようだ。
松永軍を舐めすぎたかもな。
まさか、先陣から一対一で勢いを削がれるとは思ってもいなかったのだろう。
また魔法が半分無力化されるとも考えていなかったのだろう。
確実に焦りの雰囲気がこちらにも伝わってくる。
しかしこちらも食い止められるのは一人が限界、ベアホフで十人としても余るな……。
するとやはりか、四十人程の敵集団が亜人隊の壁を突き破り後方に控えるバレス隊へと突撃を始めた。
バレス隊のすぐ後ろには俺がいる。
彼らが突破されれば、レジストに支障をきたす。
突破されたとしてもコンチンが適切な援護をくれるだろうが、彼には敵の側面を突く任務があるのでできればそれは避けたい。
ミスリル装備はしていないが頑張れバレス!
そして、バレス隊百人と教会軍がぶつかった。
「騎士と従士の二名で一人にあたれい!」
すかさずバレスが命令をくだす。
ちなみに騎士は、クレンコフ村から苦楽を共にした数十名の面々だ。
そして従士は、彼らに付けた見所のある若者たちである。
ちなみにバレスの従士は、ガチンスキー家で最後まで抵抗したルカスという騎士である。
『おう!』
流石は百選練磨の兵だ。
彼らはバレスの命に即座に反応し、敵一人に対し二人で対応をする。
ミスリル装備がなくとも、実力がそう違わない相手に二人で望めば十分食い止めることは可能である。
キンキンキン!!
剣や槍がぶつかりあう。
そして戦況が膠着したまま三分程が経過した。
予想通り、いまのところ一対二でどうにかなっている。
一名を除いては。
「おらおらおらー! 松永秀雄を出せやぁー! てめぇのケツをスパンキングしてやるよぉ!」
その一名は、敵のガチムチの大将だ。
ロン毛の男が大声を上げながら突進してくる。
相方の魔法使いの小姓は付いてはきているものの、リリの相手が手一杯のようだ。
ただしこいつの突破力は単体でも群を抜いていて、相手にしたバレス隊の面々を吹き飛ばし俺との距離を縮めてきている。
だがロン毛大将の前に颯爽と現れる男がいた。
「待てぇい! 殿の下へ行きたかったらわしを倒してからにせい!!」
流石はバレス、そうは問屋は卸さんとばかりに、敵のロン毛大将の進路を塞ぐ。
それに対してロン毛もバレスを強行突破するのは危険を感じたのか、一旦速度を落とす。
しかしすぐにバレスへと槍を振り下ろす。
名乗りを上げず攻撃するとは、敵も焦っているのだろう。
簡単に突破できると思っていたのが、いきなり足止めを食らっているのだからな。
このままでは、早晩側面を突かれることになると分かっているのだろう。
「ふん!!」
バレスは、ロン毛の渾身の振り下ろしに対し、槍を振り上げて迎え撃つ。
ガキィィン!!
バカ力が込められた槍同士がぶつかり合う。
結果は互角だった。
ただチョーリキは槍を振り下ろした分、バレスの方が僅かに勝っているだろうか。
「チッ、なかなかやるじゃあねえか」
「お主もな」
「特別に名乗ってやるよ。俺は神聖組第八中隊隊長のチョーリキだ」
「うむ。わしは松永家筆頭騎士のバレス」
「わりいがさっさと勝負を付けさせてもらうぜ!」
チョーリキはそう言うと、再び槍撃を放つ。
しかしバレスも負けじと反撃をする。
そして打ち合うことガキンガキンと百合を数えただろうか、バカ力のぶつかり合いに獲物が耐え切れず、チョーリキの槍がポキリと折れた。
その間、俺は魔法を放ち敵魔法兵の第二射をレジストしていた。
「獲物が折れてはしょうかないのう。この勝負おあずけじゃ」
バレスは足止めは十分といった風に、チョーリキに対し言葉を送る。
しかし、チョーリキは作戦上引くことはできないだろう。
なんとしても敵陣を突破しないと勝機が見出せないのだから。
「いいやまだ終わっちゃいねえぜ」
チョーリキはそう告げると、腰巾着から教会軍お馴染みの丸薬を取り出し口に入れる。
すると、奴の体が一周り大きくなった。
「俺のパワーでぶっ潰してやる! くらえ! チョーリキラリアット!!」
どこかの実況できいたような技名を言い放ったチョーリキは、バレスへと身一つで特攻を仕掛け、丸太の様に太々とした腕をバレスへぶつけてきた。
「なぬぅ。グハッ」
流石のバレスもまさか体ごとくるとは思わなかったのか、またまた予想以上のパワーだったのか槍の柄で防御をするも堪えきれず後方でと吹っ飛ばされる。
まずい、ここで追撃を食らってはバレスが危ない。
俺は、魔法兵の第三撃に備えて準備していた、火球を放つ準備をした。
ここでバレスに抜けられては困る。
しかし、俺が魔法を放つ前にバレスの従士であるルカスが二人のあいだに立ち塞がる。
「バレス様はやらせん!」
「ちいぃ! 小癪な。死ねぇ!」
ルカスは、防御体制を作りチョーリキの追撃を受け止めたのだ。
「ガハッ……」
無論バレスが飛ぶほどの威力である。
ルカスも相当なダメージをくらったようだ。
しかし、日頃からバレスの扱きを受けているためか、まだ戦えそうである。
「おおっ、ルカス!」
バレスは、従士が身を挺して作ってくれた時を生かしすぐさま態勢を立て直す。
「バレス様。ここは二人であたりましょうぞ」
「うむ。それがいいな。奴は薬で地力を上げている。ここは一騎打ちなどとは言ってられぬわ。ルカスはわしをフォローしろよ」
「ははっ!」
そしてバレスは再びチョーリキへと攻撃を加える。
さらにルカスもそれに続き、チョーリキの援護に回ったのだった。
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三十分後。
完全に戦況は膠着した。
バレスとルカスはチョーリキを抑えているし、ヤタロウももう一人の大将格と互角に遣り合っている。
そろそろ、敵の魔法兵も魔力が尽きてもおかしくない。
完全に足止めは成功したのだ。
さて……きたな。
すでにコンチンは後方の兵を動かし側面を突いている。
さらにチェルニー・チュルノフ軍を率いる爺ことアクロムも敵本陣へ向けて攻撃を開始している。
「おい! チョーリキ! 俺が松永秀雄だ! 喰らいやがれ!」
俺は、バレスとルカスを相手して疲労困憊になっているチョーリキに向けて火球を放つ。
「何っ! ぐあっ……っ! ……ホフマンの弱兵共が、もう音を上げやがったのか。ちくしょう……あばよ!」
チョーリキは戦況を確認してから、そう言うとすぐさま転進を開始した。
ここは中隊長だけあり判断は的確に下したようだ。
こいつは完全脳筋ではないな。
「よし、敵は完全に崩れたぞ! 追撃開始だ! ここでジーモンを捕らえればホフマンは終わりだぞ!」
教会軍さえいなければ、敵は烏合の衆だ。
ここでホフマンとの決着をつけてやるぞ。
俺はそう心に決めて、先頭に立って追撃を始めた。