第百三十二話 ホフマン家攻略戦⑥ 第二次ナヴァール川の戦いの前
ゼーヴェステン城を離れること三時間、松永軍は無事にナヴァール川まで後退した。
兵を引く際に敵の追撃を受けるおそれがあったのでいつでも俺が殿を引き受けるつもりでいたが、ジーモンにはそこまで気を回す余裕がなかったらしく、追手はこなかった。
奴にしてみれば、絶体絶命の状況から救われたことで気が抜けてしまい、追撃に考えが回らなかったのだろうか。
結果的にこちらとしは助かったので、奴には感謝しよう。
さて、現在ナヴァール川には、居残って架橋をさせていたサーラたち工兵隊が残っている。
彼女たちはしっかりと仕事をしてくれていたようだ。
俺たちが到着したときには、すでに幅三メートル程の土橋が十本かけられていた。
ナヴァール川は狭い所でも川幅が三十メートルはある。
サーラは随分と頑張ってくれたようだ。
あとで可愛がってやろう。
それにしても、いざというときに備え退路を確保しておいて正解だった。
もし橋を架けていなければ、渡河して軍を引くしかなかったからな。
背水の陣で敵を迎え撃つようなリスクは冒したくない。
それに加え、教会兵の実力もわからないのに、あえて不利な状況で戦いたくはない。
しかし、橋が架けられたことで事情が変わった。
川を背にして戦っても、退路があれば一敗地にまみれることもないだろう。
ここで、なんちゃって背水の陣で敵を迎え撃つことにしよう。
「秀雄様ー! なにかあったんですかぁー!」
俺が、ナヴァール川に目をやりながら思案に更けていると、居残っていたサーラが心配そうな顔付きで駆け寄ってきた。
それを見て、俺もサーラの下へと近寄り口を開く。
「ああ、実は、敵の援軍がきた」
「えっ、援軍ですかぁ!」
サーラは口をあんぐりと広げて驚いた表情を見せる。
「うむ。おそらくこの周辺で会戦になるだろう。サーラが橋を架けてくれたお陰で、なんちゃって背水の陣を敷ける」
そういって、俺はサーラの耳を撫でながら謝意を示した。
「ふぁう、あっありがとうございますぅ」
相変わらずいい反応をするぜ。
ただし、ここは戦場、たわむれはこれくらいにしておこう。
続きはまたあとでだ。
俺は、サーラの耳から手を離し、側仕えのジュンケーに視線を移す。
「さて、目的地まで兵を引いたところで、軍議といこう。皆をこの場に集めてくれ」
「はいっ!」
ジュンケーは俺の命を聞くと、すぐにシュタタと駆け出していった。
「ではサーラ、俺たちはここで待つとしよう」
「はっ、はいぃ」
そして、俺とサーラは全員が集まるまで、ちょいとイチャイチャしながら時間を過ごした。
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十分後。
主だった将が、急ぎ俺の下へと集まった。
さて、軍議を始めるとしよう。
「疲れているところ悪いが早速始めよう。コンチン、頼む」
進行をコンチンに任せて、おれはアイテムボックスからとりだした椅子に腰掛ける。
そして、コンチンはすぐに反応し立ち上がり話を始める。
「はい、では始めましょう。皆さんもお分かりのとおり、教会勢力を中心とする援軍が来襲しました。その数は千程度。内訳は教会勢力が二百、ポポフ家から百、アホライネン家から二百、ヴァンダイク家から五百です。これは、先ほど入った情報です」
敵の兵力については、おおよそだがウルフに確認をさせた。
ピアジンスキー家とヴァンダイク家が入っているのは、教会勢力の影響だろう。
ジークフリートが援軍を申し出たところを、教会勢力がまとめたと推測する。
「教会も空気が読めないわよねー。ボリスさんのお陰で、あと少しで落とせたのにねー」
と言ったのはナターリャさんだ。
彼女とボリスは別ルートで退却し先に到着していた。
「……」
そして、彼女の視線の先で怯えているのは、言わずもがなボリスである。
彼は、先の戦いでどのような目にあったのだろうか……。
「ハハハ、そうですね。ただし、秀雄様はここで軍を整備したのちに、来襲した援軍もまとめて相手するつもりです。それにナターリャさんには特別任務を用意していますので、たまった鬱憤はそのときに発散してください」
「特別任務! 流石秀雄ちゃんねー、そうさせてもらうわー」
ナターリャさんはこちらを向いてウインクをしてきた。
俺も会釈で返す。
コンチンは、その様子を見届けてから話を続ける。
「援軍の数を合わせると、敵は千七百程度に膨れ上がります。こちらの兵力は約二千五百、数の上では十分優位です」
先の戦いで捕らえた捕虜を後方へ移すため、二百人程減った。
しかし兵力は十分だ。
「ならば楽勝ですな。我らもミスリル装備は整えておる。それに、兵の質でも負ける気はしませんのう」
とは、バレスだ。
「うむ、もちろん俺たちはこんなところでつまずくわけにはいかない。だが、ここは敵の出方を見ながら行動しよう」
俺は、バレスのへと視線を送り話をする。
「ふむ……。秀雄様は策がおありですかな?」
「まあな、コンチン話してくれ」
「分かりました」
バレスが、あたかも知力が高そうな将の顔つきで聞いてきたので、コンチンに普通に説明させて、理解できるか試してみることにした。
「まず、我々はこの場で敵を迎え撃つ予定です。敵も、教会勢力が出張ってきたことと、背後に川を背に布陣することを鑑みれば、打って出てくると思われます。もし出てこなければ、作物を刈り取ってやり、領内を荒らしてやれば嫌でも顔を出すでしょう」
「うむうむ、わかりますぞ。教会軍もわざわざきて戦闘をせねば、来た甲斐がないからの」
バレスもここまでは、普通に頷いている。
コンチンもその様子を見て、皆に向けても話を続ける。
「問題は敵の兵力です。我々の見立てだと、敵の全兵力は約千七百。そのうち何人がこちらに向うかで、策が変わります」
「どっ、どういうことだ? 兵力に関係なく正面の兵を打ち破って、ゼーヴェステン城に攻め入ればいいではないか?」
バレスは、腑に落ちないといった表情でコンチンに問いかける。
「いいえ。敵がほぼ全力で攻めてきた場合は、ナターリャさんに別働隊を率いてもらい、再びゼーヴェステン城の搦め手を攻めてもらいます。空の城ならば簡単に落とせるでしょう。また、先ほど退却したように、浅瀬をつたって移動すれば、水竜に遭遇する確率はごく僅かです。もし敵が中途半端な数で攻めてきたら、そのときは正々堂々を破って差し上げましょう」
「ふっ、ふむ……、流石は秀雄様にコンチン殿だ」
バレスは、なるほどといった顔付きになった。
経験値を積んで知力が上昇したのだろうか、以前より物分りが良くなっいてきたな。
「そういうことだ。なので、ここではナターリャ隊につれていく面子を選ぶつもりだ。兵力は三百ほどの少数精鋭でいくつもりだ。ただしこちらも教会軍を相手にしなければならないので、人選は慎重にいきたいんだ」
俺は、バレスにそう告げてから、ナターリャさんに目を向ける。
「ナターリャさん、特別任務とはそういうことです。度々面倒かけますがよろしくお願いしますね。希望する人選があれば、言ってください。なるべく応えるつもりです」
「もちろんよー! 私と秀雄ちゃんの仲じゃない。水臭いことはなしよー」
「ハッ、ハハ」
ナターリャさんが爆弾を落とした気がするが、俺は苦笑いでごまかしておいた。
ゲオルグが尊敬の眼差しで見つめてくるが、目を合わせないようにしよう。
「ゴホン、それで希望する人選はありますか?」
俺は、とっとと話を進めようとする。
「メンバーは前回を同じでいいわー。ただアキモフ軍は百人にして、残りは精鋭がいいわねー」
「ええっ! またっ!」
ボリスが、思わず声を上げ俺に助けを求めるような視線を投げかけてきたが、ナターリャさんに睨み付けられると、すぐにシュンとなった。
ボリスは、ナターリャ督戦隊に随分としごかれたようだな。
だが、いい気味だ、もちろん助けてやらんよ。
「わかりました。ナターリャさんの要望通り、アキモフ軍にアルバロら獣人部隊と松永兵の計二百を付けましょう」
「うん、それでいいわー。ありがとねー」
「わかりました。アルバロもそれでいいな?」
「もちろんですわい、殿!」
うむ、ボリス以外はやる気満々のようだな。
「よし、別働隊はこれでよしと……。あとは教会軍への対応だな」
「はい、ここはこちらも主力をぶつけるべきかと存じます」
「ああ、そこは俺が自ら出るかもな。まあどのような配分にするかは敵の出方次第だな」
「ええ、敵の陣形にもよりますからね」
「うむ。詳細については、敵の動きを見てからだ。よし、今日はこれまで。あとは、敵の夜襲に備えて各員に休むように伝えてくれ」
俺は、全員を見渡して解散を告げ、軍議を切り上げた。
そして、そのあとはコンチンやナターリャさんら数名とともに、敵の出方についてのシミュレーションを行い、その時々の対策を立てた。
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翌日。
早速、敵は動きを見せた。
俺とコンチンが、作戦会議をしていたところ、教会軍を先頭に敵のほぼ全軍千六百が、ゼーヴェステン城を発ったとの報告が入った。
「教会さんは、随分と自信がおありのようだな」
「ええ、数の上では千近く劣るというのに、到着後翌日に攻めてくるのですから我々も舐められたものですね」
「ああ、だがその方がこちらは好都合だ。松永軍の精強さをみせつけてやろう」
「ですね。あとナータリャさんには作戦を開始するようにと声を掛けましょう」
「うむ、では行くとしよう」
「私も、お供します」
ここで、待機しているナターリャ隊を出立させるために、俺は天幕を出る。
そして小走りで数分、ナヴァール川で小早を浮かべているナターリャ隊の下で到着した。
「ナターリャさん。敵が動きました。予定通りお願いします」
「そう。よかったわー。敵がちゃんと攻めてきてくれて」
ナターリャさんは嬉しそうな表情を浮かべる。
一方、近くの船に乗り込んでいるボリスの様子を窺うと、あからさまに残念そうな感じである。
「そうですね。この方がこちらとしてもやりやすいですしね。では時間もあれですので、出発してください」
「ええ、わかったわ。じゃあねー、秀雄ちゃん」
ナターリャさんは、そういうとウインクをしてから水魔法で水流を作り出し川を昇り始めた。
俺たちは、彼女たちの姿が小さくなるまで後姿を見送った。
「さて、戻るとしよう」
「はい」
数分後、ナターリャ隊を見送ったのち、俺たちは天幕へと戻り、主だった将を集め、敵の陣形が明らかになるまで待つことにした。
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そして、両軍の距離が十キロメートルほどにまで近づいてたところで、ウルフから報告が入り、敵が鋒矢の陣を敷いたことが判明した。
先頭に教会軍二百とアホライネン軍二百が配置されこちらに向ってくるようだ。
そして、中軍にホフマン軍に五百とヴァンダイク軍の五百が配置されている。
敵の大将になるジーモンは、ポポフ軍の百と手勢の百の予備兵と共に、鋒矢の陣の最後部にいるようだ。
俺は、早速この情報をもとに皆と作戦を詰めることにした。
「まあ少数が多数を破る場合は鋒矢の陣は考えられるが、繰り返しになるが、教会軍はよほど腕に覚えがあるようだな」
「ええ、いきなり先頭に立ってですからね」
「俺たちも舐められたもんだな。所詮田舎の土豪程度とタカを括っているのだろう」
「はい、ですがかえってやりやすくなりましたね」
「そうだな。こちらも精鋭を中軍に集中させて教会軍を相手しながら、回りこむなりして側面を突いてやろう。鋒矢の陣は左右からの攻撃には滅法弱いからな」
教会軍は、自身の力を高く見積もっているのだろう、陣形から察するに、確実に中央突破できると踏んでいるようだ。
「そうですね。では、そのようにこちらも陣立てをしましょう」
「ああ、頼む」
敵が鋒矢の陣を敷いてくることは想定済みだったので、俺とコンチンは予め決めていた配置を伝えることにした。
「では、まずはチェルニー・チュルノフ軍です」
「ははっ」
呼ばれて出てきたのは、ウラディミーラに使えている爺ことアクロムだ。
ウラディミーラは身重なため、留守番なので彼が軍を指揮している。
「同軍は、これから敵に気付かれないように側面へと回りこみ身を隠してください。そして戦線が延びたときを見計らって、敵本陣をついてください」
「ははっ、わかりました。伏兵ならばお任せくだされ」
先ほどの言ったが鋒矢の陣は側面の攻撃に弱い。
また、時間が経つほど本陣との距離が開くため、伏兵にはもってこいだ。
敵も伏兵には気を使っているだろうが、隠密行動に長けた彼らならば上手くやってくれるだろう。
「次は、敵の突撃を食い止める方々ですが、ここはバレス隊に加え、鬼族、熊族、鰐族ら獣人部隊に先陣を任せましょう。そして、彼らの後方から秀雄様自ら率いる魔法隊が援護を加えます。よろしいですか」
『おう!』
バレスやヤタロウはやる気十分だ。
ベアホフも蜂蜜が欲しいのか、いつもより動きが鋭い。
「そして、中軍に控える方々は、戦況に応じて臨機応変に行動しましょう。状況が不利ならば、前線の援護に回り、戦線が膠着、又は優勢ならば手の空いた部隊は敵側面に回り横撃を加えるか、場合によっては本陣を攻撃することも考えます。よろしいですか」
俺とコンチンは皆を見回して、了承したことを確認する。
「よし、話は以上だ。さあ時間もそれほどない。皆も持ち場につき敵を迎え撃つとしよう」
『はっ!』
『おう!』
敵軍が近くまで迫っているので、俺はさっさと軍議を切り上げることにした。
そして、各自己が手勢の下へと足を運んでいった。
さて、準備は完了だ。
では教会軍のお手並み拝見といこうじゃないか。