第百三十一話 ホフマン家攻略戦⑤
大和元年六月二十二日
明けて翌朝、時刻は五時前。
すでに、松永軍は隊列を整え攻撃の構えをみせている。
数分前には、アキモフ軍とナターリャ隊が湖上を小早船で渡り、搦め手門へと向った。
さて、さっさと落とすとしよう。
籠城兵は、千にも満たないはずだ。
倍以上の兵力ならば、松永兵の質を考えれば容易だろう。
「攻撃開始!」
俺は、例の如く神輿上で軍配を振るう。
そして、太鼓がドンドンドンドンと打ち鳴らされる。
すると、先陣を任されたゲオルグ率いる、コトブス勢三百が攻撃を開始する。
そして、彼らを援護するために、バレス率いる三百も追随する。
また、魔法でも援護をいれるため、モブ魔法隊と翼人魔法隊の半数をリリが率い、一団の後方から付いていく。
もう半分の魔法隊は、搦め手門攻めのナターリャ隊へと回した。
リリは、人間社会に溶け込んだことと、松永兵からの信頼も厚くなった影響もあり、人族への統率力も増したようだ。
もちろん、バレスのような采配はできないが、数十の魔法隊の指揮ならそつなくこなせるだろう。
さて、ゼーヴェステン城は背後に湖があるため広大な水堀に囲まれている。
最も大きな、大手門前への外堀の長さは五十メート以上ある。
これは流石に、ナータリャさんでも完全に凍らせることは不可能だ。
かといってここを泳いで渡るのは、大変骨が折れる。
まともに渡れば被害が出るのは自明だ。
だが、松永軍も対策を立てていないわけではない。
おっ、早速リリがアイテムボックスから取り出したようだ。
リリが出したのは船。
それも、そこそこの大きさのものだ。
これは、俺の記憶にある関船を元に設計して作らせたものだ。
この船は、周囲と頭上を鉄壁に守られており、射撃から兵を守ることができる。
一艘あたり五十人の兵員を乗せられるようになっており、五艘建設した。
船が水面に浮かぶと、兵たちが次々と乗り込む。
そして出発進行だ。
リリが後方から風魔法で援護を加え、五艘の船団は水堀を突き進む。
城壁からの射撃は鉄壁が守るので、警戒するのは魔法とバリスタ矢だ。
これは、魔法隊の面々に対処をしてもらうことになっている。
先の戦いで、敵魔法士とバリスタの数は半減させたので、モブ魔法兵たちで間に合うはずだ。
足りなければ、俺が出るまでだ。
しかし、その心配は杞憂に終わりそうだ。
二百五十を乗せた船団は、敵の攻撃を苦にすることなく堀を渡り切った。
そこから水夫係の五十を除いた二百が上陸し、足場を確保する。
ちなみに、そのうちの百人にはミスリル装備を与えている。
ミスリル装備は貴重なので、今のところ使いまわしだ。
そのうち、全員にくまなく渡せるようになればいいのだがな。
バレス、セルゲイ、ゲオルグらの精鋭二百が橋頭堡を築いているあいだに、残りの第二陣の二百、さらに数分後には第三陣の二百の計六百が対岸に渡り切った。
すると、先鋒六百はすぐに隊列を組むと大手門け突撃を開始した。
「まずは、第一関門突破だな。では俺たちも行くとしよう」
「はい!」
お次は、俺たち中軍が関船へと乗り込むぞ。
「ではリリ、お願いする」
船の入口で、船団の後ろで送風係となっているリリに向けて一声かける。
「ラジャー! 任せといてー!」
「おう、悪いな」
俺は、リリに手を振り礼を言うと、船内へと入り込む。
船室が定員の五十人で満たされると、水夫が櫂を漕ぎ、リリが送風をする。
そして、どんぶらこと進むこと二分程、さしたる被害も受けずに対岸へと到着した。
「降りるとしよう」
俺は甲板へと登り、梯子を掛け堀から這い上がる。
すでに足場は確保されているので、攻撃を受けることもない。
前を見ると、ゲオルグらも奮闘している。
このまま進めば、大手門は占拠できそうだな。
さて、搦め手口の状況はどうだろう。
ウルフに合図送り、呼び寄せる。
「お待たせしました」
「ご苦労。搦め手の状況を教えてくれ」
「はっ。現在、アキモフ軍の背後にナターリャ隊が付き、多少の被害はあるものの順調に進んでおります。全行程の四分の一は踏破しました」
「よし、ご苦労。任務に戻ってくれ」
「ははっ」
ウルフは再び、上空へと舞い上がる。
ふふふ、ナターリャ督戦隊が、上手くボリスの尻を叩いているようだ。
もしかしたら、こちらより早く城を落としてしまったりしてな。
だとすると、ボリスが一番手柄になるがな。
それはいいとして、搦め手攻めは順調でなによりだ。
こちらも、先を越されないよう、気合を入れるか。
「お前らー! アキモフ軍は奮闘しているぞー! こっちもさっさと大手門を占領しろー!」
俺は大声をかける。
もちろん全軍には聞こえてないが、有能な伝令たちが俺の発言をすぐさま伝える。
すると、前線の兵たちも、ボリスには負けていられないと意気込んだのか、今まで以上に圧力を強め攻撃を加える。
よしよし、いいぞ、この調子だ。
大手門へと押し寄せる松永軍は、敵守備兵を圧倒している。
このままいけば大手門は間も無く占拠できるだろう。
今回も俺は、後方から高みの見物だな。
「秀雄様! 粗茶ですが」
うむうむ、ジュンケーは小姓が板についてきたようだ。
使える童だこと。
「おう、悪いな」
俺は、ジュンケーから茶を受け取り、ズズズとすすりながら松永兵の活躍を見守っていた。
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三時間が経過した。
すでに大手門は、占拠して、三の丸へと攻め入っている。
搦め手の攻めも、滞りなく進んでいる。
これは今日、明日で落城できるな。
俺は、そう思い神輿の上で寝っころがっていた。
「ヒデオー! なんかきたー!」
んん、まったりと過ごしていると、すでに仕事を終え一緒にくつろいでいるリリが、上空を指差しながら声をあげた。
「なんだなんだ」
俺もリリが指し示す方向に視線を送る。
するとその先には、ポポフ領周辺を偵察させていた大鷹族が、全速力で飛んできた。
これは、たたごとではない。
俺は、手を上げ大鷹族の戦士を出迎える。
「どうした、何があった」
「ごっ、ご報告します。……ハァ、ハァ、敵援軍がこちらへ向って進軍中。その数、約千近く。しかも、その中心にはミスリル装備をした騎士が百を超えます。姿を現すのはおよそ四時間後と思われます」
「な、なんだと……」
これは、想定外の展開だ。
しかもミスリル装備だと。
これはもしや……、教会勢力か。
ピアジンスキーに埋伏している、バロシュ一族から神聖騎士団に関する漠然とした話は入っていたが、これほど早く到着するとは思ってもいなかった。
しかも数が千だと……。
これは、強引に友好勢力の兵も駆り出してきたな。
ジークフリートが裏で動いていたのだろうか。
「そうか……。ご苦労だった。疲れているところ悪いが、搦め手攻め中のナターリャさんに事情を説明し、湖を北上してナヴァール川まで退却するよう伝えてくれ!」
「ははっ!」
大鷹族の戦士も、現在の状況が分かっているので、返事をするやいなや疲れた体にムチをうち、すぐさま飛び立っていった。
さて、完全に事情が変わった。
このままでは挟撃を受ける。
砥石崩れまっしぐらだ。
だが、大鷹族の索敵能力のお陰で、四時間の余裕を作ることができた。
亜人を重用した松永家の強みだな。
このメリットを生かさねばならん。
「全軍退却! 一旦ナヴァール川まで引くぞ!」
「退却ー! 退却ー!」
俺とジュンケーが、大声で退却を命ずる。
そして、ドンドンと太鼓が打ち鳴らされると共に、伝令も動く。
現在の時刻は昼。
援軍が四時間後に到着ならば、これから退却したとしたら、今日中の衝突はないだろう。
ここは、迅速に引こう。
幸いアキモフ軍以外、これといった被害は出ていない。
迎撃態勢を整えれば、十分対応できるはずだ。
すでに、退却の命令を聞き入れた松永軍は、踵を返し退却を開始している。
リリも関船を用意している。
うむ、皆焦らず行動しているようだ。
この程度で焦ってもらっても困るが、このような状況下でも冷静に動けることは確認できたな。
俺は、神輿の上に立ち上がり整然と退却をする松永兵を眺めながらそう思った。