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第十三話 猫族の村② シスコン兄を成敗

 翌日、何故か俺は今、チャレス家の庭で、彼の息子のチッチと対峙している。 

 目の前の虎獣人の青年はやる気マンマンだ。

 俺は昨日のチャレスの敏捷性を目の当たりにしているので、はっきり言って怖い。

 だが皆が応援してくれる手前、へたれな態度を取ることはできない。

 

「秀雄殿、とっとと始めましょうよ。もしかしてビビッてるんですか?」


 チッチが目に見えた挑発をしてくる。

 俺は本心から戦いたくないので、相手にしたくないが仕方なく言葉を返す。


「そういう問題ではないんだよ。わざわざ俺達がやり合う必要があるのか、と言うことだ」

「秀雄殿! あなたはお気づきでは無いかもしれないが、僕には大事な問題なんです! あなたがやる気が無いと言うならば、力ずくでもその気にさせますよ」


 いやいや、誰の目にも原因は明らかだろうが! シスコンさんよ。

 

 今の状況は、昨日宴会で酔っ払ったチカが俺に抱きつき、

「チカはー、秀雄と一緒に旅するのニャー」

 と言った事が発端だった。


 ここからはすべて、息子をよく知るセリナの発言を簡潔にまとめたものだ。

 

 実はチッチは重度のシスコンだったのだ。

 彼はチカがいなくなってから精神を病んでいたらしい。

 姿を消した日に、たまたま村の若い衆の集まりがあり、いつものように後をつけられなかったことを痛く後悔しているのだ。

 昨日の宴会も途中まで夢と現実の狭間にいたのか、挨拶の時から目が虚ろとしていたらしい。

 しかし宴会で、可愛い妹がどこの馬の骨とも知れないに男に抱きつき、さらに告白じみた言葉を発しているのを見て、たとえそれが夢でも許せなかったのだろう。

 チッチは目の前の光景は夢だと本能的に思い、半ば強引に現実へと覚醒されられた。

 しかし、彼の目の前に映る光景は夢となんら変わらなかった。

 既に現実へと引き戻された彼は、その光景が事実なのを理解してはいるものの、それを認めることはできなかった。

 そしてチッチはある結論に至った。

 俺を倒せば妹の貞操を狙う存在も消え、且つ彼女も家から出ていくこともなくなり、全てが丸く収まると……。


 事情はそんな具合だ。

 おっと説明している間に、チッチの目がさらに血走ってきやがった。

 さすがにこれはヤバイと、俺は助けを求めるようにチャレスを一瞥する。

 しかしチャレスは両手の平を合わせて、『御免ね』のポーズを取っている。

 しかもペロッと舌まで出してのおまけ付きでだ。

 ガチムチ筋肉達磨がやっても可愛くねーんだよ! そのポーズ!

 

 すると待ちきれなくなったチッチがいきなり地を蹴り、俺の方へ斬りかかってきた。

 ちっ、仕様がない、俺にも原因がある事だしやるしかないか……。

 チャレスの挑発によって、湧き上がったイラつきの発散も兼ねて、俺は魔力を集中し彼の一撃に備えた。

 

 予め不測の事態に備えて、数十メートルの間を開けていたことが功を奏した。

 俺は距離を詰められるまでに、しっかりとチッチの動きを観察できたのだ。

 

 確かに速い、だが昨日のチャレスのように、目で追うのがやっとと言う程ではない。

 これなら俺の全速力の方が速いかもしれんな。

 すると五メートル程の距離にまで迫って来たチッチが、獣を狩る虎のような跳躍力で俺に飛び掛ってきた。

  

「遅い」

 

 俺はバックステップでチッチの渾身の一撃を難なくかわすと、右手を使い、木刀を振り下ろしたばかりで隙だらけのチッチの腕を掴み、そのまま後ろに回りこんで関節を極める。


「ぐっ……」


 関節を極められたことで、彼が木刀を落としたのを確認してから、残った左腕を首に巻きつける。

 そしてすぐに関節技を解き、右腕を俺の手の甲にくっ付ける。

 柔道で言う裸締め、プロレスやMMAで言う所のチョークスリーパーの完成だ。

 後はおんぶのような格好で背中に飛び乗り、足を彼の胴体に絡みつけ思い切り締め上げる。 

 

 チッチは本格的な絞め技を食らった経験がなかったのだろう、数秒後には落ちてしまった。

 意識を失った息子を見て、チャレスがたまらずに近づいてきたが、彼に手の平を向け制する。

 

 俺はチッチの上半身を起こすと、背中に膝をあてながら、脇下から両手を入れ横隔膜の両脇に手を置き、肺に空気を入れる為に胸を引き上げた。

 絞め技で落ちた時の対処法はこんな感じだったはずだ。

 高校時代の部活で、顧問がこんな風に活を入れていたのを見た気がする。

 

 間違っても恨まないでくれよ、仕掛けてきたお前が悪いんだからな。

 しかしそんな心配は杞憂だったらしく、俺が活入れてからすぐにチッチは意識を取り戻した。


「妹思いもいいが、いきなり仕掛けてくるのは褒められたものではないな。今回は心神喪失ということで大目に見てやる。だがな、俺の故郷には心神喪失者には、後見人って言う制度があるんだよ」


 チッチは意識を刈り取られた事で、ようやく自分のしでかしたことが解ったらしく、顔を青くしている。


「それでだ、被後見人は心神喪失から回復したと判断されない限り、後見人の許可無く行った行動は取消せるんだ。つまり自由が制限されるわけよ。俺は今回の落とし前として、チャレスさんに後見人になってもらって、この状態から回復するまでは、村からの外出を制限してもらうことを要求する。俺はまた襲われるかもしれん奴を野放しにして置きたくないんでね」

 

 チッチはこれは困るといった感じの顔をした。

 もしかしてお前……、俺達に付いて来るつもりだったんじゃないだろうな。

 奴の表情からして、その可能性は大いに考えられる。

 ここはチャレスに強く言って、この村に鎖で縛り付けておくのがベターだろう。

  

 俺は非難めいた眼差しをチャレスに向ける。 

 するとチャレスはその馬鹿でかい図体を縮こまらせながら、おずおずと口を開く。


「秀雄殿……、大恩あるあなたに対する愚息の無礼、誠に申し訳ない。チッチはわしが責任持って監視する……。いい加減こいつも十八になるのだから妹離れをして、村の運営に本格的に参画しなければならんと言うのに……、……すまんすまんつい愚痴ってしまったな」

 

 チャレスも大変みたいだ……。

 とりあえずチッチの後見もしてくれるみたいなので、これ以上責めるのも可哀相だな。

 

「あなたの心中はお察しますよ。俺はチッチさんの監視さえしてくれれば問題ないんです」

「度々すまないな、チッチもチカが生きていると分かっただけでも精神状態が落ち着くと思う。ただチカが側にいるとまた面倒になるのも事実……」


 チッチはさすがに妹から隔離しておかないと、何をしでかすか分からんからな。

 心配するな、チカは俺が責任持って預かってやるからよ。


「あー、そのことなんですが、チカの気持ちはどうなんですかね。一応これからも俺と一緒に行動したいと言ってくれていますが……」

「うむ、チカはもう十五になる。本来ならば他の里へと嫁がせているはずなのだが、何せこの性格ではそれもままならぬ。だが今回の件でそうは言っていられなくなった。近い内に強引にでも嫁がせるか、それとも、秀雄殿には迷惑をかけるが、このまま君に預けるかの二択しか無いだろう。おいチカ! お前はこれからどうしたいんだ」


 俺とチャレスは後ろで戦いを観戦していたチカに視線を送る。


「そんにゃのもちろん秀雄と行くに決まってるニャ! それに嫁ぐってアルフォンスでしょ、あんな気持ち悪い男の所なんか絶対いやだにゃ。兄ちゃんの事は少しは心配にゃけど、最近いつも後ろに付いて来て、ちょっと気持ち悪かったから、かえってよかったにゃ」


 チカはチャレスに一気にまくし立てると、よろしくにゃと一転笑顔を振りまいてきた。

 さすが猫だけに媚びる相手は解っているのだろうな。

 だがかわいいから許す。

 ちなみにチッチは信じられないと言う表情で、チカを見つめている。


 チカの本心はまだ完全には分からないが、同族のアルフォンスとやらよりも、人族の俺のことを気に入ってくれているようだし、ミラリオンから出発する時の発言からも、嫌々俺に付いて行くと言うわけではないのは確かだろう。

 ならばせっかくのネコミミ美少女と一緒に行動しない手は無いな。

 

「そうか、お前の気持ちはよく解った。秀雄殿、今後ともチカのことを託してもよいだろうか?」

「もちろんです。チカは既に俺にとって掛け替えのないの存在です。こちらからお願いしたい位ですよ」

「ならば話は決まりだな! これからはチカをあなたに預ける。幸せにしてやってくれ」


 よっしゃー、これで親父からの公認も得たわけだな。

 後は俺とチカ次第ということだ。

 チッチよ、お前には感謝しないといけないな。 

 お前のお陰で、こうも簡単に話がまとまったのだから。

 今度来た時はお土産でも買ってくるから我慢してね。


 俺は涙目になってうなだれているチッチを一瞥してから、まだ朝飯もまだだったので腹の虫に誘われて家の中へと入って行った。

 

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