第百二十話 亜人軍団到着①
大和元年四月十五日
ハインツとの話がまとまってから、半月余りが過ぎた。
すでにハインツから、ホフマン家に冷遇されている騎士連中を紹介してもらった。
彼らとは三太夫ら忍衆を介して、交渉を行っている最中だ。
まだ、完全合意には至っていないものの、感触は良好である。
おそらく、ハインツが根回しをしてくれているのだろう、あっさりと不戦についての合意は取り付けた。
あとは、細かな条件を詰めるのみだ。
また、宿老ジークフリートにも接触を図っている。
もちろん、門前払いをくらっているが、何度も繰り返せば、ジーモンへの心理的な影響が出てくるだろう。
ホフマン家内での調略は、このような感じで進めていこう。
さて、次はピピン家とポポフ家についてだ。
俺は、ハインツらの調略と並行し、ピピン家とポポフ家に対しても使者を送り、面会を企てた。
しかし、二家にはジークフリート子飼いの騎士が与騎としてつけられ、監視役を担ってた。
そのため、面会を行っても実のある話をすることができなかった。
裏で宿老ジークフリートが、手綱をしっかりと握っているようだ。
そこで、俺は三太夫を送り込み、水面下でピピン家とポポフ家当主の本音を探ることにした。
二家の当主は実力者であるため暗殺は難しいが、三太夫や才蔵クラスならば、警備網を掻い潜り親書を渡すことは可能だ。
昨日二家からの返信がきた。
その内容は、ピピン家とポポフ家の両家ではスタンスが微妙に異なるものの、色気を感じさせる文面だった。
まずピピン家だ。
当主ピエーロ=ピピンは、俺、バレス、ナターリャさんを名指しで称えてきた。
冒険者として、俺はともかくバレスとナターリャさんは、名の通った存在なのだろう。
その後に、『私はピアジンスキー家の防波堤としてホフマン家に仕えたものの、今後はホフマン家への恩に報いることを第一と考えている』、と書かれていた。
ピエーロ=ピピンにとっては、この文言にどのような意味を込めたのだろうか。
俺の推測はこうだ。
彼は、手紙の内容が何らかの形でホフマン側に漏れるのを恐れた。
そのため、叛心を疑わせるような記述は避けたのだろう。
ただし、事実を書くことにはなんら問題はないと思い、私はピアジンスキー家対策で仕官した、と付け加えたのでないか。
松永家に反するつもりならば、後半の部分だけで十分だろう。
おそらく、これは俺に対する前向きなメッセージではなかろうか。
少し楽観的に捉えすぎかもしれないが、今後もピピン家と接触を図る価値はあると思う。
続いてポポフ家だ。
当主クリスチャン=ポポフも、ピエーロ=ピピン同様、俺やナターリャさんを褒め称えたきた。
同じ魔法士として純粋に、俺たちの腕を買っているようだ。
そして、手紙には『私はドン家とピアジンスキー家へ対抗する為に雇われた。これまで、二家への対応に苦心してきた。しかし、松永殿のお陰で幾分楽になったことは事実である』、と書かれていただけだ。
彼も、叛心が見られるようなことを記述してはいなかった。
ポポフ家は松永家と接していなので、ピピン家ほど頑なな態度を取る必要はなかったのだろう。
最後には、松永家に対する謝礼めいたことも書かれているしな。
クリスチャン=ポポフにも悪い印象はもたれていないようだ。
彼にも継続的に連絡と取り合って損はないだろう。
ピピンとポポフの二家については、これくらいにしておこう。
話は変わるが、今月に入りようやく亜人領域との交易路が形を成してきた。
まら道幅は狭いものの、台車を押せる程度の広さは十分にあり、道も舗装されている。
これもサーラの頑張りのお陰だ。
その甲斐あって、旧アキモフ領都に亜人領域からの交易品が集められ、そこで売買が活発に行われるようになった。
まだ松永家お抱えの商人しか参加者はいないが、そのうち商品の旨みに気付き、他からも商人が流れてくるだろう。
なにせ、どれも希少な品ばかりだからな。
代表的なものを挙げると以下のようなものがある。
狸族の竹細工や釜
鹿族の角
栗鼠族の木細工
翼人族の羽や、それを魔力をかけて編みこんだ羽衣
羊・山羊族の、乳製品や羊毛
ドワーフ族の鉄製品(武器・防具の輸出はしない)
亜人領域で豊富に採れる、薬草や木の実。
その他にも、色々な商品があるはずだ。
詳しい点はノブユキに任せているので、全ての品目までは把握してはいない。
交易いついては、このように徐々に盛り上がりをみせてきた。
まだまだ交易路を拡張し、さらなる商品を揃えられるようノブユキには頑張ってもらおう。
また、各氏族が協議を重ねて、人的交流という名目で公式に松永家に人材を派遣してきた。
人的交流といっても、こちらは見返りに金や食糧を供給するわけだ。
これまでも、採用面接や個別採用により非公式に雇ってはきたが、亜人領域全体を公式な交流はこれが初めてだ。
そして、先程その一団が到着したとのことで、早速顔を出す予定だ。
噂によると、結構な大物が入っているらしい。
俺は、誰がくるのかワクワクしながら、広場へと向う。
「おお、なんて数だ……」
俺はまず広場に集まっている、亜人の多さに驚いた。
「おい、ノブユキ。こんなに沢山くるなんて聞いてないぞ」
パッと見で二百人はいる。
現在、松永家に属している亜人は百二十人程度。
これは、流石に多すぎだろう。一気に倍以上になるぞ。
「わっ、私もこんなに大勢くるなんて聞いていませんよ。話によると五十人程度だったんですよ」
あちらも随分とやる気のようだな。
まあいい、二百人程度を雇う金はある。
ダミアンから、かなりの金額をふんだくったからな。
「ただ多いに越したことはない。逆によかったさ。では挨拶に行こう」
俺は、ノブユキを引き連れて亜人集団へと向う。
すると、鬼族と熊族の男たちが出てきた。
あっ、この二人ってもしかして……。
「おう秀雄! 久しぶりだな。元気そうじゃねえか、俺様も暴れさせてくれよ!」
と金棒を振り回しながらでかい声をかけてきたのは、鬼族の長、ヤタロウ=オニコジマだ。
どこかで聞いたことのある名前だが、その名のとおり武力バカである。
なぜ、こんな大物がきたのだろう。
「おーす。おいら、秀雄さんの蜂蜜の味が忘れらんなかったんだよ。一生懸命頑張るから、また食べてぇなあ」
とは熊族の長、ベアホフさんだ。
彼もヤタロウ同様、武力バカだ。
そして、彼らは三十人ずつ、計六十人の配下を引き連れている。
「こんにちわ。久しぶりですね。族長自ら参戦とは……、領地は大丈夫なんですか?」
「問題ねぇよ、俺がいないほうがかえって上手くいくさ」
「んだんだ」
そうですか……。
聞くだけ野暮だったな。
「分かりました。ではお二人とも、よろしくお願いします」
「おう!」
「ところで、秀雄さん、蜂蜜くんねぇかなぁ?」
ベアホフは待ちきれないとばかりに、蜂蜜をせがんできた。
どれだけ好きなんだよ。
「はいはい、わかりましたよ。リリお出しして下げなさい」
「はーい!」
俺は、蜂蜜をせがむベアホフさんに、量産タイプのものを与えた。
ここで蜂蜜の話題になったので、養蜂業について話しておこう。
少し前、俺とリリの二人で蜂蜜の補充に向った。
そのとき、前回設置した蜂箱と、前回ウラールから持参し放出したミツバチをチェックしたところ、しっかりと住み着き蜜を溜め込んでいた。
もちろん、その蜂蜜を採取し味見をしてみる。
すると、オリジナルほどではないが、市販の魔力薬よりはマシな程度の効果が見られた。
味も十分旨い。
そこで、俺はさらに蜜箱を設置し、多くのミツバチを放出し本格的に養蜂業を始めることにした。
リリの棲家はかなりの広さがあるので、元からいた蜂を排する可能性はない。
まずは兵たちの携帯食として使い、余剰が出たら売り捌くつもりだ。
「味はどうですか?」
蜂蜜好きの熊さんの評価はどうだろう。
「うんめぇーよ! でも、前のヤツがもっとうんめぇなぁ。あれもなめてぇなあ。駄目かな?」
オリジナルを、好きなだけ与えたらまずいかもしれん。
すぐに舐め尽くしてしまいそうだ。
「あれは数に限りがあります。手柄を立てたときの褒美なら構いません。ですが、今回は契約金代わりとして、大瓶を差し上げましょう」
「本当かい! おねげぇだあ。金貨はいらねぇから蜂蜜をくれよー」
まじか……。
「ベアホフさま、程々にしてください!」
ははは、ベアホフがお連れのクマミミちゃんに諌められている。
金貨なしは流石につらいからな。
クマミミちゃんは賢明な判断だろう。
「ははは、では今回はサービスですよ。リリお出しして!」
「はーい!」
俺はオリジナルの蜂蜜が入った中瓶を渡した。
あとは褒美用だな。
ストック自体は大量にあるが、いざというときのために積み立てておかないといけないので、ホイホイと差し出すことはできないのだ。
ベアホフは、中瓶を受け取ると早速蓋を開け、ペロリだす。
「うんめぇー、これよこれー! おいらの求めてたものはこれだよー!」
とっても満足しているな。
さて、二人はこれでよしとして、次に行こう。
俺は、他の亜人たちに挨拶をするべく、鬼族と熊族の下を去った。