第百十五話 クリコフ・ヴィージンガー領攻略戦④
大和元年三月十六日
ヒルダ率いるザマー盗賊団と、実質アニータが率いる獣人部隊、約百五十人は夜明けと共にクリコフ城を出た。
それに遅れること三時間。
コンチンが率いる本隊も、朝食を済ませ進軍を始める。
その数は三百五十。
松永兵五十を留守に残し、代わりに、降伏してきたクリコフ兵百を隊列に加えた。
その新参百名を、内通者の騎士連中が上手くまとめている。
コンチンは彼らの忠誠を確かめるべく、積極的に活用するつもりでいる。
行軍すること三時間が経過した。
コンチン率いる松永軍は、ヴィージンガー領境へと到着した。
そして、丁度よく才蔵がドロンと姿を現した。
「ご報告申し上げます。先行部隊は現在ヴィージンガー領北部を順調に攻略中です。内通者の存在もあり、さしたる抵抗を受けず順調に進撃し、先程、主要村落であるグラースバッハを奪取しました」
その報告を受けて、コンチンは大きく首を縦に振った。
彼の想定以上のペースで攻略が進んでいるためだ。
「上手くアルバロ殿を活用しているようですね。ご苦労様です。またお願いします」
「ははっ」
才蔵は、再びドロンと消えた。
そして、数分後には大鷹族の若者がコンチンの下へと飛んできた。
彼は、ヴィージンガー軍とピアジンスキー軍の動きを偵察していた。
「はぁ、はぁ。ご報告します。ピアジンスキー軍千百は、秀雄様率いる本隊とにらみ合いを続けていました。しかし、先程そこからヴィージンガー軍二百五十が離脱をして、こちらへ向っています」
「ありがとう。よくやってくれました。あとはゆっくりと休みなさい」
コンチンは、肩を揺らしながら呼吸をする大鷹族の若者を労うと、一人思案に更ける。
そして、三分ほどで考えがまとまった。
彼は、ひとまず、ヴィジンガー領北半分の奪取に集中すると決めた。
自らが敵軍二百五十を相手してるあいだに、ヒルダやアルバロに仕事をしてもらう。
さすれば、労せずしてヴィジンガー領北部五千石を切り取ることができると判断した。
コンチンは、地図を眺め布陣に適当な場所を探す。
そして、近くの丘に陣取り敵を迎え撃つことにした。
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俺が率いる松永軍二千は、現在ピアジンスキー軍と対峙している。
先程ヴィージンガー衆と思われる一団が抜けたので、敵兵力は九百を切ったはずだ。
これはコンチンが順調に進軍していることを意味する。
ここで決戦をしかけるか、とも思ったが、ウルフからの報告を聞き事情が変わる。
その内容は以下のとおり。
ドン家からの援軍の兵力は約千。
近づくとバリスタの攻撃を受けるため、陣容までは分からなかったそうだ。
そして、ピアジンスキー軍に合流するのは二日後とのこと。
合流が二日後というのは、ドン家までの距離と、ドン家の兵種を加味すれば十分早い。
また、注目すべきは、援軍の数が思いのほか多いことだ。
ドン家も本気できたようだ。
せいぜい援軍の兵力は五百程度だと見込んでいたが、俺の見立てが甘かった。
ここは素直に睨み合いを続けよう。
コンチンがヴィージンガー領北部を占領するまでのらりくらりと過ごせばよい。
「ヒデオー、暇ならあそぼーよ!」
「妾も妾もなのじゃー」
リリとクラリスは俺が手持ち無沙汰なことを見抜いてか、遊びに付き合えとせがんできた。
「ああ、分かった分かった」
どうせすることもないので、付き合ってやろう。
何かあれば連絡が入るだろう。
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大和元年三月十八日
そのまま二日が経過した。
現在松永軍はセイニ砦群に籠もり、ピアジンスキー・ドン家連合軍千九百と対峙している。
彼らは二千の大軍が籠もる砦に対しては、積極的に攻めようとはしない。
それはそうだ、同数以下の兵力で攻城戦を仕掛ける馬鹿はいるはずがない。
昨夜、コンチン率いるヴィージンガー方面軍から連絡が入った。
二日前にこちらから離脱した、同軍二百五十を撃破したと。
そして、同領北部を制圧したヒルダ、アルバロらと合流し、ヴィージンガー領都を目指し進軍しているとも付け加えられていた。
「くくく、流石はコンチン。奴に精鋭を預ければ、同数以下の敵は相手にならんな」
俺は、作戦が見事に嵌り、いい笑顔を隠すことができなかった。
「ヒデオー、いい顔してるねー」
リリが、嬉しそうに俺の頭に乗ってきた。
クラリスは現在訓練中なのでここにはいない。
「それもそうさ。なあジュンケー」
俺は小姓として、側仕えをしている童に目を移す。
「はい! ここでじっとしているだけで、コンチンさんが頑張ってくれますから」
ジュンケーも分かっているようだ。
ここで、俺たちが敵を釘付けにしておけば、コンチンがヴィージンガー領を切り取ってくれるだろう。
コンチンを止めるのならば、敵軍千九百のうち最低七百は割かないと厳しいだろう。
もしそうしたらならば、目の前の敵は千二百になるので、兵力に勝る松永軍が打って出ればいいだけのこと。
まずは、敵の出方を窺うとしよう。
すべてはそれからだ。
一時間後、こちらに白旗を持った兵が現れた。
停戦交渉か……。
今回は十分戦果を上げた。
後にピアジンスキー家を取り込むことを考えたら、話を聞いても損は無いだろう。
受けるとするか。
さらに一時間後。
セイニ砦の大手門前で停戦交渉は行われる。
敵軍はダミアン=ピアジンスキー自ら乗り出してきた。
ならば松永側からは、俺が出るしかないだろう。
「あなたが松永殿か。私がダミアン=ピアジンスキーだ」
「ご足労感謝します。私が松永秀雄です」
まずは顔合わせを済ませる。
ダミアンの馬面に噴出しそうになったか、どうにかこらえた。
「では早速始めましょう。そちらが希望する条件をどうぞ」
俺とダミアンは、椅子に座るや否や交渉を開始する。
「うむ。我らは松永軍との即刻の停戦を求める。条件は、松永軍の我領土とヴィージンガー領からの撤退だ。クリコフ領に関しては目を瞑ろう」
ダミアンも分かっていると思うが、それは不可能だ。
「それは無理です。これで押し通すつもりなら、破談です。これから矛を交えましょう」
「待ってくれ。ではこれでどうだ。松永殿にはこのセイニ砦群を譲渡しよう」
無理無理。だってここはあんたらが放棄したんだから、今更譲渡とは意味がわからん。
「譲渡も何も、ここはもう松永が領土です。話になりません」
「だろうな……。ならばこれでどうだ。ルルラン砦群も譲渡し、ヴィージンガー領も現段階での松永家の権益を認めよう。ただし停戦期間は一年だ」
ルルラン砦群周辺は二千石程度。
それと引き換えに、一年の停戦は長すぎる。
余程松永家のことを、脅威に感じているのだろう。
ダミアンは、その間に戦力を立て直すつもりなのだろうが、こちらにとっては時間の浪費だ。
んん、待てよ。
考え方を変えれば、悪くないかもしれん。
そのあいだにホフマン家を廃して、ピアジンスキー家を取り囲むか。
それに停戦を締結するのは、建前上ピアジンスキー家のみ。
俺は、ドン家と停戦するなんて一言もいっていない。
ふむ、ホフマンを屠り、好きなタイミングでドン家とも一戦交え松永家の力を示す。
そして、ピアジンスキー家とドン家との連絡を絶てば、ダミアンも諦めて降伏するかもしれないな。
おおう、我ながらいい戦略ではないか。
強兵のピアジンスキーが眠っているあいだに、周囲の勢力を吸収し、停戦期間が終われば松永家は大きくなってました、ってか。
これだよ、これ。
いける、これはいけるぞ。
せっかくなら、確実にホフマン家とドン家をボコボコにするため、少し停戦期間を延ばそうか。
人質としてエミーリアを要求すれば、それと引き換えにいくらかは延びるだろう。
「ふむ、悪くはないが……、一年は長すぎる。ならばもう少し譲歩が欲しい。エミーリアを停戦期間中こちらで預かりたい。さすればその条件も飲みましょう」
さあ、どう出るダミアンよ。