第百十四話 クリコフ・ヴィージンガー領攻略戦③
二時間が経過した。
クリコフ軍の動きを探らせていた大鷹族の男が、コンチンの下へと急ぎ飛んできた。
「はぁ、はぁ、ご報告します。クリコフ軍が城を出ました。その数百五十。ほぼ全軍です」
大鷹族の男は、生真面目に全速力で飛んできたため、息も切れ切れである。
「ご苦労様。あとは同僚に任せて休んでなさい」
「はっ、はい」
コンチンは、大鷹族の男を労うと、一人してやったりとほくそ笑む。
クリコフ軍が、彼の思い通りに動いたからだ。
あとは、クリコフ騎兵を引き付けるだけ。
さすれば、味方が城を落としてくれると。
「皆さん聞いてください。想定どおり後方からクリコフ軍がやってきます。ここは適度に引き付けて相手をしましょう。策はありますので安心してください」
策とは寝返りのことだ。
末端の兵にまで、内通者がいることを知らせる指揮官はいない。
それが敵に漏れては、せっかくの苦労が台無しなる。
コンチンは全軍に命令すると、行軍速度を落とさせ、背後から襲来するクリコフ軍に備える。
さらに一時間三十分が経過した。
「きましたね」
コンチンの視界に、クリコフ軍の姿を納めることができた。
松永軍三百とクリコフ軍百五十は、街道上で対峙する。
騎馬の数は松永軍五十に対し、クリコフ軍も五十。
周囲に木々はない。
騎馬隊は、その機動力を思う存分に発揮できる。
まずは、数の上でも不利なクリコフ軍が、背後を取った勢いで松永軍に攻撃を加える。
しかし、これはコンチンの罠。
「反転せよ! 騎兵は敵騎兵の相手を! 才蔵は合図をしてください」
「ははっ!」
松永軍は、足並みを揃えてくるりと回り、クリコフ軍を受け止める。
数と質に勝る松永兵にとって、クリコフ軍の相手は造作もない。
そして、頃合いを見計らい、才蔵が火を焚き煙を上げる。
すると、クリコフ騎兵の一部が攻撃を止め、逆にクリコフ軍指揮官へと攻撃を開始した。
彼らは、味方歩兵を攻撃するのは忍びないと思い、大将へと標的を定めたのだ。
「裏切り者が出たぞー!」
「お味方裏切りー! 大将がやられたー」
才蔵ら忍衆が、一斉に声をあげ動揺を誘う。
「敵は寝返りが出て混乱している! いまだ、押し切るぞ!」
コンチンは、クリコフ軍が混乱したこのタイミングで攻勢に転じさせる。
これを切欠に、松永軍の一方的な展開となった。
程なくして松永騎馬隊が、対面のクリコフ騎兵を突破し後方に回りこみ、クリコフ軍を半包囲した。
「クリコフ兵に告げる。すでに勝負は決まった! 無駄な抵抗は止め降伏せよ。さもあらば命は保障する」
コンチンはここが潮時と思い、降伏を促した。
彼らには、後の戦力になってもらうので無駄に殺すことはないとの思いだ。
クリコフ兵は彼の申し入れに応じ、次々と武器を捨て投降した。
その結果、八十を超える敵兵が捕虜となった。
残りの七十人のうち逃げ出したのは六十人。
そこに敵将も含まれる。また十人は戦死した。
コンチンは内通者と顔を合わせると、彼らに労いの言葉をかけ隊列へと組み込んだ。
寝返りによりいとも簡単に敵を倒した松永軍は、クリコフ城へ向けて再び進軍を始める。
そして二時間後、クリコフ城へと到着した。
「すでにカタがついているようですね」
コンチンは揚げられた白旗を確認すると、そのまま入城する。
すると、ヒルダが出迎えてくれた。
「お初だね、あんたが軍師のコンチンさんかい。あたいがヒルダだよ、あんたのお陰で簡単に城を落とせた。礼を言うよ」
「あなたがヒルダさんですか。私がコンチンことコンスタンチンです。迅速に城を攻撃していただいたようで感謝します。ところで、アルバロ殿の姿が見当たらないようですか……」
彼は、何故アルバロの出迎えがないのか不思議に思った。
「ああ、あの猫族のおっさんなら、奥さんに説教食らってるよ」
「なるほど…、合点がいきました。では私が呼んできます。ヒルダさんは、そのあいだに皆さんを大広間に集めてください」
「あいよ、了解だ」
ヒルダは、頷くとすぐに動き出した。
そして、コンチンは、アロバロが折檻を受けている部屋へと足を運ぶ。
扉の前に着くと、すーっと深呼吸をし、ゆっくりとドアを開け隙間からそろりと侵入する。
「失礼します……」
部屋に入り、彼の目に飛び込んできたのは、正座をしながら拳骨を食らっているアルバロの姿だった。
その様子には、百獣の王の威厳など一欠けらの感じられない。
「あら、コンチンさん。ごめんなさい、お出迎えしなくて。この人を教育してたら、つい時間を忘れちゃったの」
「いえ、別に構いませんよ。ただ、これから軍議を行うのですが……、もうしばらくかかりますか……?」
彼は、アニータに対し教育を切り上げろとは言えなかった。
軍議を行う、と伝えるだけで精一杯だったのだ。
「ああっ、そうなんですか。でしたら、全く構いませんよ。ホラ、あんた! チャッチャと立つ! これから軍議だよ!」
「はっ、はい……」
アニータに急かされ、アルバロは安堵の面持ちでピシッと立ち上がる。
「では行きましょう。私に付いてきてください」
コンチンは、対照的な二人を引きつれ大広間へ向う。
到着すると、すでに三人以外は集まっていた。
彼は急ぎ足で、空けられていた上座に腰かける。
アルバロとアニータも同時に席に着いた。
「ヒルダさんご苦労様です。では軍議を始めましょう」
コンチンはヒルダに礼を述べると、机上に地図を広げる。
「皆さんの尽力により、無事クリコフ城を奪取し、同時に当主の身柄を押さえることができました」
「あたいは指示通りやっただけさ。大したことじゃないよ」
ヒルダは謙遜するものの、自信ありげな表情を作る。
「いえ、ヒルダさんは、統率を取りながらよくやってくれました」
と、アルバロを横目に見ながらコンチンは告げる。
アルバロは何か言いたげだが、アニータに睨まれ縮こまっていた。
「まあ、褒められて悪い気はしないね。秀雄様にも言っておいてくれよ」
「ええ、もちろんです」
「頼んだよ。……それで、これからの予定はどうなってるんだい? あたいらはまだまだいけるよ」
「予想はついているかと思いますが、我々の兵力はおよそ五百となりました。この勢いに乗じて、ヴィージンガー領へと攻め込みます」
サマー盗賊団に獣人部隊は、先程の城攻めにおいて死傷者を一人も出さなかった。
そのため、再進撃をする余力は十分ある。
さらに、コンチン率いる松永軍三百の被害も皆無に近い。
その上、投降したクリコフ兵を隊列に加えれば、兵力は五百近くにまで膨れ上がる。
また、クリコフ領境に土地を持つヴィージンガー騎士にも内通者は数名いるので、その点においても進軍するべき、とコンチンは考えた。
「じゃあ、明日に出発でいいんだね」
「ええ、今日は時間的に無理でしょう。明日に隊列を整え進軍しましょう。ただし時間も大事ですので、先鋒として、足のあるザマー盗賊団と獣人部隊を明朝に先行させましょう。ここには忍衆もつけます。おそらく敵軍の多くは、秀雄様率いる本隊へ向けて駆り出されているので守りは薄いはず。もしそうならば、遠慮なく切り取ってください」
「ああ、アタイに任せておくれよ!」
コンチンは、ヒルダに笑顔で頷き返すと、アニータに視線を送りアルバロについての念を押す。
「コンチン様、主人のことは私がしっかり監視します。それでは心もとないので、尻尾と私の腕を縄で繋げておきますね……。これなら、我を忘れて暴走する心配も無くなるはずです」
すると、アニータは申し訳なさそうに、アルバロ対策を伝えてきた。
当の本人は、アニータの隣でシュンとしたままだ。
「ははは……、そこまでしていただけるのならば、私からいうことはありません。ヒルダさんも含め、先鋒をお任せします」
コンチンも、アルバロが不憫と思った。
「では軍議は終了します。先鋒の方々は明日は早いので、お先にお休みください」
その言葉を最後に軍議はお開きとなる。
そして、各員は散り散りとなり明日進軍へと備えた。