第百十三話 クリコフ・ヴィージンガー領攻略戦②
大手門への攻撃にかまけていたアキモフ軍の背後に、ゴロフキン率いる数十名が攻撃を加える。
背中から奇襲を受けたアキモフ軍は、城壁からの一斉射撃も加わり、混乱に陥る。
個々の兵の質で劣り、ゴロフキンのような強者もいないアキモフ軍は、なすがままにされる。
ここからでも、ゴロフキンがアキモフ兵を蹂躙している姿がはっきりと分かる。
「大手門から兵が出てきたら、ボリスは死ぬな」
と呟いた矢先、俺の予想は的中し大手門が開放され、そこからピアジンスキー兵が斬りこんできた。
こうなっうたら、もうお終いだ。
アキモフ軍は前後から攻撃を喰らい、何がなんだか分からなくなっている。
ボリスさんお疲れさまでした。
と言いたいところだが、まだ逃げ出さずに戦っているところは評価すべきか。
元からアキモフ軍単体で、砦が落とせるなどとは思ってもいない。
この状況は予想内だ。
ボリスは、早々と逃げ出すと思ったが、まだギリギリで踏ん張っているのは意外だった。
可哀相なので、そろそろ主力を投入しよう。
肉壁ご苦労。
「バレス隊、ナターリャ隊は前へ!」
俺が神輿の上から軍配を振ると、バレスとナターリャがそれぞれ率いる計三百人が大手門へと向う。
敵もゴロフキンが出てきているんだ、こっちも精鋭を投入してもいいだろう。
バレス、セルゲイらを中心とした突撃隊は、恐慌するアキモフ兵に攻撃を加えているピアジンスキー兵に斬りかかる。
ゴロフキンには、セルゲイとニコライの二人が突撃し、その動きを止める。
その隙にバレスとヒョードルが、他の兵の処理にあたる。
同時にナターリャさんが、城壁の上から射撃を繰り返す弓兵に、氷の矢をぶつけて次々と始末をしている。
すると、十分も経たないうちに、ゴロフキンは砦内へと逃げ込んで行った。
もちろん追撃の手を緩めず、ここでゴロフキンの身柄を確保しよう。
そう思い、俺はここで鬼族ら新参の獣人部隊を投入し、追撃にあたらせた。
だが、ここは敵が一枚上手だった。
ゴロフキンは、アキモフ軍に一撃加えただけで満足し、砦を捨て早々に退散したのだ。
「援軍の時間稼ぎか、あのおっさんも上手くやるな」
この戦いで、ピアジンスキー軍の被害は二十程度。
これはそこそこの数だが、一方アキモフ軍にも八十を超す被害を与えている。
どちらが勝者かは判断しがたいが、砦はこちらが取っているので、引き分けにしておこう。
あとは周囲の砦群を奪取して今日は終わりだ。
そちらはレフに五百を預け攻略を任せているので、今日中には知らせが入るはずだ。
敵も引いたことだし、ボリスの様子でも見にいくか。
俺は、砦内で残兵を半泣きでまとめあげている、ボリスの下へと向う。
「ボリス殿! 一番槍見事だった。敵の攻撃を一身に引き付け、味方の攻撃のタイミングを作り出す。流石の一言だ」
つまり肉壁ありがとうさん、ということだ。
「いっ、いや当然のことをしたまでだ。……まだ先鋒をしなければならんのか? 結構な被害が出てると思うのだが」
ボリスはもう十分、忠誠は示したと思っているのだろうか。
これ以上先鋒を続けることには消極的だ。
「ええ、もちろんです。アキモフ軍は二百以上が健在でまだまだやれますよ、と言いたいところだが、私も鬼ではありません。ここからはこの砦に詰め、敵の様子を窺います。しばらくお休み下さい」
あくまで、ここは陽動。
ゴロフキンの様子だと、明日にでもピアジンスキー軍は集結しそうだ。
俺としてはもう一つ先の馬産地まで軍を進めたかったのだが、無理をすることはない。
「おお、それは助かる……」
ボリスは、先の戦闘でゴロフキンに散々にやられたことが脳裏に焼きついているのか、心底安心したような表情を浮かべた。
「ですが、今後も約束通りしっかり働いてもらいます。その点はお忘れなきように」
「わかった。松永殿が疑念を払拭されるよう、精一杯働かせてもらおう」
彼は神妙そうな面持ちで首肯した。
見た感じだと、心は入れ替えている気はする。
これがずっと続くようならば問題ないのだが……。
「うむ。ボリス殿の働き期待します」
俺は、彼の監視をしてる段蔵に目配せを入れてから、側から離れた。
それから砦内で一休止していると、レフからの連絡が入った。
無事に周囲の複数の小砦を落としたと。
よし、これで目標達成だ。
また、彼には、そのまま小砦群に詰めてもらうことにする。
そして、日も落ち夜を迎えた。
松永軍は、ここで一夜を過ごした。
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大和元年三月十六日
明けて翌朝、早速ウルフから報告が入る。
ピアジンスキー軍千百が、ここから二十キロメートル地点に集結していると。
予定より二百ほど少ない。
おそらく松永家の動きを警戒し、ルルラン砦から兵を移していないのだろう。
千百か……。
これにドン家の援軍が加わると。
現在コトブス三国同盟のシュトッカー家のカールたちがドン家に攻め込んでいるが、彼らの働きによって、ドン家の援軍は変わってくるな。
多くても六百程度だろう。
ならば敵は千七百となり、数の上ではほぼ互角。
しかの地の利は向こうにある。
ここは攻め込む素振りを見せつつ、いつでもセイニ砦へ入り込めるだけの距離は保っておこう。
そうすれば、敵も下手に動くことができなくなるはずだ。
安全第一で、コンチン待ちだ。
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大和元年三月十五日早朝
秀雄がピアジンスキー領に進軍した頃、コンチン率いる精鋭三百はクリコフ領へと進軍を開始していた。
少数精鋭で速度を重視しているため、行軍速度は時速七キロメートルと、一般的な行軍速度である時速五キロメートルに比べてもかなり早い。
クリコフ領境から、目的地であるクリコフ領都までは三十キロメートル弱、時間にして四時間程で到着する。
コンチンは、クリコフ軍の対応により作戦を変えるつもりでいた。
以下は、彼の考えである。
クリコフ軍が迎撃にきた場合。
そのときは内通者と呼応して、正面から打ち破るだけ。
兵数に勝り、敵に寝返りが出る、まず負けはない。
次に、クリコフ軍が籠城した場合。
したらば、松永軍はクリコフ領を素通りし、ヴィージンガー領へと攻め込む素振りを見せる。
クリコフ軍が城を出て追いかけてきたら、反転して相手をする。
その隙に、空になったクリコフ城をザマー盗賊団のヒルダとアルバロら獣人部隊に突かせれば、あっという間に落ちるはず。
一方、クリコフ軍が素通りを見過ごした場合は、そのまま守りの薄いヴィジンガー領に攻め込むだけだ。
クリコフ領の攻略はヒルダに任せればいい。
才蔵もいることなので、内通者と通じ内から撹乱すれば問題なく落とせるだろう。
このような作戦を胸に秘めながら、コンチンはクリコフ城へ向けて前進した。
そして、何事もなく四時間が経過した。
途中、クリコフ軍が迎撃にくることはなかった。
「失礼します」
コンチンはビクリとした。
いきなり背中に気配を感じたからだ。
恐る恐る、後ろを振り返ると才蔵がいた。
「才蔵さんですか。驚かせないでくださいよ。クリコフ軍の様子はどうですか」
「驚かせてすいません。今後は正面から姿を見せます。それでは、報告いたします。クリコフ軍は籠城中です。兵数は百五十程度、内通者は騎士五名。彼らの手勢を合わせれば、二十以上の兵が寝返ることになります。また忍衆五名が城に潜んでおります」
コンチンは、才蔵の報告を聞き思わず顔を綻ばせた。
「ふふふ、では前に話したように、我々は素通りします。それからはクリコフ軍を見つつ、外で隠れているザマー盗賊団と獣人部隊と連絡を取り攻撃をしてください」
「ははっ」
「以上です。健闘をお祈りします」
「ありがとうございます。では失礼します」
才蔵はドロンと消えた。
「では、私たちも行きましょう。全軍前進、クリコフ城は素通りしヴィージンガー城へと向うぞ!」
コンチンは、クリコフ軍が籠もっている城を横目に南へと軍を進めた。