第百十二話 クリコフ・ヴィージンガー領攻略戦①
さて、お次は軍議だ。
ボリスへの根回しも終わったことだし、それまで少し休むとしよう。
「ジュンケー、俺は少し休む。時間がきたら起こしてくれ」
「はい。おやすみなさい」
一時間後……。
「秀雄様、お時間ですよー」
瞼を開くとジュンケーが、俺の腕をさすっていた。
「今起きる……」
俺は、スクリと立ち上がり天幕を出る。
そして、軍議が行われる別の天幕へと移動し、中へと入る。
「お揃いのそうだな」
俺が声を掛けると全員が立ち上がり、礼で迎える。
俺は、上座にゆるりと腰を下ろす。
「さて、軍議を始めよう。今回はコンチンが別任務なので、司会は……俺がやる」
ジュンケーにさせるには、さすがに幼すぎるので自重した。
「此度の戦、我ら松永連合軍二千は、ピアジンスキー領北東部から侵入する」
これは、前回の追撃戦とは別の進路となる。
「理由は三つ。このルートは、ドン家と距離が離れているため、援軍の到着が遅くなること。背後に森があることで、騎馬の機動力を生かせる場所が限定されること。最後はこのルートには、馬産地に加え、ユニコーン・バイコーン牧場があることだ」
俺は、ピアジンスキー家の資金源があるこの地域に大軍を送り込むことで、嫌でも敵が迎撃せざるを得ないように仕向けた。
おそらく守りは固められるだろうが、コンチンの時間稼ぎには十分だ。
「これは妙案! 流石は殿だ。で、栄誉ある先陣は誰に命じるのですか」
バレスがいい感じで、前振りをしてくれた。
「むむ、そこが問題だ。我らは国力も増し二千を超す大軍となった。それにより此度の狭隘街道では、隊列も以前より長くするしかないい。気を配るのは横撃奇襲による分断だ。なので中軍は、俺やバレスで分厚くしたい。かといって先鋒を頼りない将に任せることはできない。ここは、我が友であるボリス殿に一番槍をお任せしたい。よいですな、ボリス殿?」
この辺りの街道レベルでは、一度に数千の大軍が陣形を組みながら行軍することは難しい。
もちろん、平地での行軍ならばそれも可能だが、限りなく平地が続くことなどありえない。
そのため、森や谷を抜ける場合は、長蛇の陣となるのは仕方ない。
というもっともな理由をつけて、ボリスにお願いしてやった。
「う……うむ。ここは我らアキモフ衆に任せるがよい。見事ピアジンスキー軍を破ってみせようぞ」
追い詰められたボリスは、先程の約束通りに引き受けた。
それを受けて、周囲にどよめきが起きる。
ボリスに先陣を申し付けた俺と、それをごねることなく受諾したボリスとの、両者に対してだろう。
「皆静まれ。ボリス殿は歴戦の戦士、俺は何も心配していない。彼ならやってくれるはずだ! 進軍開始は一時間後。何か質問のあるやつはいるか? 無ければ解散だ」
一分ほど待ったが、特に無さそうだ。
「では解散する。各自、持ち場に戻り、出立の用意をしておけ」
俺が、そう言い終えると、集まっていた将たちが、ボリスも含めて天幕から退出した。
そして、残ったのはバレス、ナターリャさん、レフ、セルゲイ、エゴール。
古参と嫁、俺が信頼を置いているメンバーだ。
エゴールとも姻戚関係になったので、一門扱いに昇格した。
これまでの彼の頑張りを見て、信頼に足ると判断したからだ。
「皆を残したのは、分かっていると思うがボリスについてだ」
俺は全員を見回す。
すると、ナターリャさんとバレスが口火を切る。
「やっぱり、訳ありなのねー。秀雄ちゃんのことだから、何かあると思ってたんだけどー、早く教えて頂戴よー」
「利にさといボリス殿が、あんなにあっさり先鋒を引き受けるとは不自然ですな……」
二人がこれまで、ボリスと長年付き合ってきたのだから、彼の性格は熟知してるはずだ。
それ以外の四人も、二人と同じ心境だろう。
「実は、ボリスはピアジンスキー家を初めとする、複数勢力と接触を繰り返していた」
皆の表情が歪む。
当然だろう。
「これは、松永殿に対する謀反ではないか! これだけの厚遇を受けておきながら、なんと恩知らずな!」
とは、エゴール。
自分より働いていないにもかかわらず、同等の恩恵を受けたボリスに思うところがあったのか、普段の冷静な表情を崩し怒りをあらわにした。
「エゴール殿がそういってくれると助かる。俺としても、ロマノフ家とアキモフ家は厚遇してきたつもりだ。しかし、ボリスはその思いを裏切った。まだ寝返りはしていないが、このままだといつ何が起きてもおかしくない」
「秀雄ちゃんのご恩を仇で返すなんて……、殺しましょう……」
ナターリャさんが怖い……。
みんなびくついてるじゃないか。
「まあまあナターリャさん、落ち着いてください。すでに、ボリスとは話しを付けたんですよ。松永家のために命を張って戦うか、それとも俺に命を刈り取られるかの二択でね。その結果、彼は喜んで先鋒を引き受けてくれたわけなんです」
「そうだったの……。やけに素直だったのはそういうことね。命拾いしたわね、あの風見鶏!」
「まっ、まあ、ボリスについて、事前にこんなことがあったと、信の置ける者たちには伝えて起きたかったんだ」
俺はナターリャさんを宥めながら、皆の顔を見渡す。
エゴールと顔が合ったときは、目配せしてやった。
俺の気持ちを汲んでくれたようで、彼も満更ではない表情だ。
「殿の考えは分かりました。わしも疑問が晴れましたわい」
「ボリスが不審な素振りを見せたら……、後ろから撃ち殺すから安心して頂戴!」
これで、彼らの疑念も払拭されただろう。
「では、ボリスについてはこれで終わりだ。皆も持ち場に戻り、進軍の用意をしてくれ」
『はっ!』
「分かったわー」
そう言うと、ナタ-リャさんも含め、皆納得した顔つきで天幕から出ていった。
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一時間後。
松永軍二千は、ピアジンスキー領へ向けて進軍を開始した。
まず狙うは、領境のセイニ砦群。
ここには、松永軍を警戒してセイニ砦を中心に、常時二百程度の兵が詰めている。
一方、ルルラン砦群にも二百程度の兵が詰めている。
旧バロシュ領が縦長なため、上手く敵守備兵を分散することができたのだ。
さて、このセイニ砦群の指揮官は、情報によるとゴロフキンとのこと。
ピアジンスキー四将は、ルルラン砦にエミーリアが配され、ダミアンとドラホは遊軍として領都ホルシャで待機している。
これはすべて、『埋伏の毒』からのタレコミだ。
もちろん、三太夫に確認させ証拠はとっている。
さて、敵軍が集結する前に、セイニ砦は奪ってしまおう。
二百程度の守備兵ならば、簡単だろう。
前回の追撃戦時より、兵も多く疲労もない。
負ける理由はない。
さあ、今は前進あるのみだ。
そして、二時間が経過した。
松永軍は、ピアジンスキー領内に侵入し、現在セイニ砦と目と鼻の先までの距離にいる。
攻撃準備は万端だ。
出番だボリス。
頑張り次第では援護はしてやろう。
「攻撃開始!」
俺は神輿の上に立ち、軍配を振るう。
ウラール統一記念に作られた特注品だ。
号令と共に、ボリス率いるアキモフ軍三百が、先頭に立ってセイニ砦の大手門へと攻め込む。
この砦の大手門は、周囲の地形を利用して、横矢を放てるよう意識した虎口配置となっている。
分かりやすく言えば、大手門に到達するまでに、矢の雨が降ってくるわけだ。
先陣であるボリスはこれを掻い潜り、受けきらなければならない。
アキモフ軍は、俺から見て砦の右側面を走り大手門へと向う。
無論、城壁から、アキモフ軍へ向けて矢が放たれる。
側面から放たれた矢に、アキモフ兵は対処することができず、次々と矢が突き刺さる。
早くも十人以上が脱落した。
もう少し頑張れと言いたいが、何もしない。
俺は、いい笑顔を浮かべながら神輿に乗って高みの見物だ。
可哀相なので、バレスとナターリャさんを後続させてはいるが、ギリギリまで助けない。
そして、大手門前に到着したときには、アキモフ軍は三十人ほどが手傷を負っていた。
しかし、まだアキモフ軍の悲劇は終わらない。
ボリスが大手門に攻撃を仕掛けると、大手門前方にある馬出に潜んでいたゴロフキンが、攻撃を仕掛けたのだ。