第百十話 出陣準備
大和元年二月二十七日
「秀雄さまぁ、はやく行きましょうよぉ」
俺はサーラに腕を引っ張られながら、マツナガグラードから出立する。
目的地は温泉なのだが、遊びに行くわけではない。
街道整備の成果を視察するため、領内行脚をするのだ。
身重の嫁たちは休養中で、チカは修行中、リリとクラリスも練習中ということで、今日はサーラと二人きりだ。
そのせいか、彼女もご機嫌だ。
「おう、待てって。そんなに急ぐと、すぐ着いちまうぞ」
「あっ、それはだめですぅ。秀雄様と色々お話したいですぉ。お馬さんには、ゆっくり行ってもらいましょう」
「そこは御者に任せるとしよう」
「はい!」
そう、今回は馬車で温泉街まで移動をする。
街道がそれなりに整ったことに加え、ピアジンスキー領産の良馬百頭を、返還交渉で入手したので、難路を馬車で進むことも可能になったのだ。
俺たちは、早速三頭引きの馬車へと乗り込む。
将来的には、ユニコーンやバイコーンに引かせれば最高だが、まだまだ先の話だ。
「では、出してくれ」
「かしこまりました」
俺は、御者へ指示を出す。
出発進行だ。
マツナガグラードを出てからは、しばらく険しい坂道はない。
少しずつ、標高が上がっていくといった感じだろうか。
ゴトン、コトン。
蹄鉄音に、車輪が地面にこすれる音が入れ混じる。
今のところ、乗り心地は合格点か。
改良の余地はあるにしても、まあ悪くはない。
今度、ドワーフにみてもらい、修正しよう。
「馬車って楽チンですねぇー」
サーラが車窓から顔を出しながら、話しかけてきた。
楽しそうでなによりだ。
「これまで歩いてばかりだったからな。たまには、こんなのもいいだろう」
「でも、これじゃあ太っちゃいそうなんで、やめておきますぅ。昨日をお腹ぷにぷにされちゃいましたしー」
サーラは、昨夜俺が腹の肉を揉んだことを気にしているようだ。
彼女には恩賞として、知行地の代わりに、蜂蜜やフルーツに菓子など贅沢三昧をさせた。
その結果、普請で体を使っているにも関わらず、肉付きがよくなったのだった。
昨日も夕食後に、蜂蜜をドバドバかけた菓子を食べていたのだから、太るのも無理はない。
そろそろ再び蜂蜜を補充に行くので、ストック的にはそれほど問題はないが。
「ははは、だがそれはそれで味がある。お前の腹枕というのも試してみたいな」
「そんなぁー。ひどいですぅ。絶対やせてみせますからねぇ!」
本気かどうかは分からないが、サーラはダイエットを開始するらしい。
これから温泉で豪華料理が出るというのに……、全く説得力がないわ。
さて、二人でイチャコラしているうちに、旧シチョフ領境の山道前に到着したので、馬車を乗り換える。
ここから、山道用の四頭引きの馬車で移動する。
馬も生き物なんで、大事に扱わないといけない。
それから、坂の途中でもう一回、坂を登りきってもう一回、計三回馬車を乗り換え、ようやく温泉街に到着した。
「ついたついた。これほど順調にこれるとは思わなんだ。サーラよくやったな!」
街道も、馬車が行き違えられるよう、十分拡張され、揺れが激しくないようしっかりと踏み固められている。
流石に全面石畳は、時間が掛かるので無理な注文だが、時間があればそれも可能だろう。
サーラはよく頑張ってくれた。
俺は、彼女を労い耳を撫でてやる。
「はぅ、あっ、ありがとうございますぅ」
相変わらずのいい反応だ。
さて、行くか。
俺は、もじもじしているサーラを引っ張り、いつものように組合長へと話をとおす。
そして、フェニックスの間に。
豪華な食事を堪能し、露天でムフフ。
そして、湯から上がりサーラからマッサージを受け極楽気分だ。
もう一度言っておく、これは視察である。
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大和元年三月二日
あれから俺たちは、温泉街を出立し、旧クレンコフ村を経由して、旧アキモフ領へと向った。
そして、交易路となる街道の状況を確認しながら、そこにサーラを残して領都へ帰った。
交易路は急ピッチで整備が進められている。
サーラも駆りだし、全力で行っているので、あと一ヶ月もすれば形になるはずだ。
よし、街道整備は概ね順調。
アキモフ領へ立つ寄ったついでに、銅山も見たが、そちらも徐々に産出量が増えているとのこと。
こちらも、結果は出ているな。
内政の進捗確認は、大体こんな感じだ。
一方、軍事に関しては、しばし平穏な時が続いた。
すでに、先の戦から四ヶ月近くが経過した。
その間、外交関係も進展がみられ、調略も成果がみられた。
そろそろ、行動を起こすべきだろう。
これから俺は、コンチンと例の如く作戦会議を行う。
「おう、待たせたな」
「いえいえ、先程きたばかりですよ」
会議室に入り、いつものように口を交わす。
「お前も分かってると思うが、そろそろ行動を開始すべきだ」
「ですね。機は熟したかと……」
コンチンは頷いた。
彼も同意見のようだ。
「だな。では予定どおりクリコフ家からだ」
「はい」
俺は、地図を広げ、進軍ルートをなぞりながら話を続ける。
「現在の動員兵力は、傘下の勢力を含めると二千は優に超える。その内、クリコフ側には精鋭三百を送ろう。そして、ピアジンスキー方面には二千の大軍を差しむけよう」
ピアジンスキー領には、アキモフ家を先陣として大軍を動かし、敵の目を向けさせる。
敵の目が大軍に向けられた隙に、三百の精鋭がクリコフ領を、さらにはヴィージンガー領を削り取る作戦だ。
「なるほど、これは大掛かりな陽動作戦ですね。だが妙案です。ピアジンスキー家の兵力は、松永家に比して一段劣ります。兵の質も騎馬隊以外は劣る。そんな我が軍に攻め込まれたら、目を向けないわけにはいきません」
現在のピアジンスキー連合の動員兵力は、守勢時でも千八百程度。
ホフマン家と不戦協定を結んでも、三百程度の押さえは必要だ。
ドン家とは、同盟を結んだので、兵を割く必要はなし。
また、クリコフ家はロマノフ家と接しているので、動員は不可能。
よって、松永家の主力に回せる兵力は、約千三百とみる。
「うむ、さらにドン家には、シュットッカー家のカールら三国同盟が、攻め込む素振りを見せる。無論守りが緩ければ、本気で攻めてもらう」
「さすれば、ドン家も援軍を回す余裕はなくなるでしょう。せいぜい数百人がいいとこでしょうか」
コトブス三国同盟の動員兵力は、ロデ家やチチュ地域への押さえを差し引くと、千くらいだ。
対してドン家の動員兵力は、傘下のブランシュ家も入れると、二千七百ほどだろうか。
ファイアージンガー家、ヴァンダイク家、ホフマン家への押さえが約九百とみる。
そして、三国同盟に宛てる兵力は、およそ千三百か。
とすると、ピアジンスキー家への援軍に回せるのは、五百程度だ。
つまり、敵軍は二千に満たないことになる。
松永軍が二千以上でピアジンスキー領内へ攻め入れば、数の上では互角以上。
俺たちは、すでに戦略上で優位に立っているのだ。
それに加え、『埋伏の毒』に、寝返り工作の成功。
敵にウルトラCが無い限り、逆転は難しいだろう。
「だな。数ヶ月に渡り、下準備をしてきた結果だな。もちろん国力自体が増えたことも大きいが」
「そうですね。亜人が加入したことで、兵の質と数も格段に上がりました。あとはやるだけです」
コンチンも自信ありげに頷く。
「うむ。では陣立てだ。クリコフ領へ方面の大将はどうするか。臨機応変に対応するため、経験豊富な人物が望ましい」
「うーん、ここはバレス様かナターリャ様、もしくは僭越ですが私、あとは秀雄様でしょうか」
それしかないか。
俺自ら精鋭部隊を率いたいが……、流石に二千を超す大軍に総大将不在はどうかと思う。
「ふむ。ここは適切な判断を下せるものが必要。統率力のみならず知力にも秀でている者が適任だ。コンチン、頼む」
バレスとナターリャさんでは、ヴィージンガー家まで攻め入る判断を任せるには不安が残る。
局地戦ならば、二人に任せるのだがな。
「わかりました。大役ですね」
「ああ、ここはお前しかいない」
「ご評価頂きまして感謝します。では、これから人選といきましょう」
続いて、陣立てへと移る。