第百九話 ザマーの女盗賊
大和元年二月十一日
俺は、昨日マツナガグラードを出立した。
そして、その日のうちにガチンスキー城へと到着する。
そこでエゴールのもてなしを受け、翌日クリコフ領境の森へと歩を進める。
連れはリリのみ。
スピード重視のメンバー設定だ。
ただし、上空にウルフを飛ばし、周囲の警戒は怠らない。
チカも連れていこうかと思ったが、三日前から、再び忍の里に修行にいったようだ。
彼女もシフト表の合間を縫っては、忍の里と、アルバロの妻であるアニータさんの下で鍛錬を重ねている。
そのお陰で、以前よりもさらに成長を遂げている。
あと数年もすれば獣化も普通にできるようになるかもしれない、とアニータさんが言っていた。
さて、チカの近況はそれくらいにして、そろそろザマー盗賊団との会合場所である、森へと到着した。
ここは、以前エゴールが木の間に縄を括り付け、クリコフ騎兵を追い返した場所だ。
んん、きたか。
気配に気付くと同時に、才蔵がドロンと姿を現した。
「殿、用意が整いました。案内いたします」
「頼む」
俺は才蔵に導かれ、森の中へと入る。
「あっ、あそこに誰かいるよー!」
リリが早くも遠目から気付いたようだ。
「んん、あれか……」
くっきりとは見えないが、一点不自然な部分があるな。
上手く森と同化している。
ウラディミーラのように固有魔法があるのだろうか、そうでなければ大したもんだ。
「はい、盗賊だけあり身を隠す術には、多少は長けているようです」
才蔵は、俺はこんなもんじゃない、とでもいいたそうだ。
俺はそのまま、盗賊が身を隠している場所へ近づく。
「おい、秀雄様がきたぞ、出てこい」
才蔵が一声放つと、ガサガサと音を立て草木の隙間から、女盗賊が姿を現した。
おほっ、ビキニアーマー!
それにナイスバディの赤髪ポニーテール。
顔つきは、垂れ目でおっとりした感じか。
何故、こんないい女が盗賊なんかやってるんだ?
「いわれなくても出るさ。あんたが松永秀雄かい。見たとこ、思ったよりも普通だね。だけど……雰囲気はある」
優しそうなお顔立ちとは裏腹に、結構正直者なのね。
だが、そのとおりなので、何も言い返すこともできない。
でも少し褒めてくれたから、許しちゃう。
「女! 言葉を慎め!」
才蔵が、主君をけなされ苛立つ。
まあまあ、そう怒るな。
せっかくのビキニアーマーちゃんだ。
ここはおおらかな気持ちで望もう。
「ふん、悪かったよ。で、あんたが松永秀雄なのかい?」
「秀雄様だ!」
才蔵がさらに苛立つ。
いいじゃないの、いいじゃないの。
折角のビキ――。
ふう、名乗るとするか。
「ああ、俺が松永秀雄だ。あなたの名は?」
「あたいは、ヒルデガルト=ザマー。ヒルダでいいよ」
「ふむ。盗賊なのに苗字持ちとは、どういうことだ?」
「別に大したことじゃあないよ。あたいの家が、元ホフマンの騎士ってだけさ」
なるほどね。
確か、ホフマンの圧政に対抗しているんだったよな。
「ほう。ならヒルダは、ホフマン家に立ち向かっていると」
知っているけど、一応礼儀として聞いておこう。
「ああ、あたいらザマー家は、ホフマン家に虐げられた者たちを受け入れてるんだ。その資金稼ぎに盗賊をしてるわけさ。もちろん縄張り内では農業もしているよ」
ふむ、半ば独立勢力みたいなもんか。
「だが、ホフマン家に逆らってよく生き残ってきたな。腐ってもホフマンだ、攻め込まれたら潰されちまうだろう?」
「まあね。戦える奴はあたいを含め結構いるし、根城は要塞化してるからさ。それに、ホフマンもピアジンスキー家にかまけてて、そこまで余裕がないんじゃないかい」
要塞化か、どんなもんか見てみたいな。
だが、今それは後回しだ。
「しかし、ピアンジスキー家は松永家に押され、ドン家と組んだ。そしてホフマン家とも不戦協定を結びそうだ。情勢は変わったな」
すると、ヒルダの表情が一変、厳しい顔つきとなる。
「ええ、もしあんたの言うとおりになったら、ホフマンにも余裕ができるかもしれないね。もしかしたら、攻め込まれるかもしれない。でも、力を合わせてなんとかするよ!」
と威勢よくいうものの、ヒルダの表情は曇っている。
「無理はするな。顔に出ているぞ。ここは松永家が力になろう。ヒルダもそれに期待して、わざわざここまで危険を押してきたのだろ?」
「そんなことはない! ……と、言いたいのだけど、松永殿……あんたの言うとおりさ。もしホフマン家に千を超す兵で攻められたら、跳ね返すことは難しい。だから亜人差別も無く、善政を敷くとの評判の秀雄殿に助力をお願いしにきたんだ」
ヒルダは、観念したように、素直に現在の心情を吐露した。
早くも、あんたから、松永殿、そして秀雄殿にランクアップ!
美人には優しくして損はないよね。
いかん……、嫁が妊娠中だからといって、軽率な行動は取らないと決めたばかりなのに……。
このビキニアーマーのせいだ。
そう、俺は悪くない。
「どうしたの? 様子が変だぞ}
俺がもんもんと葛藤していると、ヒルダが異変に気付き俺の顔を覗きこんできた。
当然のように、ビキニアーマーから挨拶をする谷間。
邪な気持ちが、再燃する。
「ヒデオー! いい加減にするのー!」
「うわ! おっ……おう」
俺の思いを察したのか、リリが耳元で叫び、覚醒へと導いてくれた。
「ゴホン、なんでもない。もちろん松永家はヒルダに協力するさ」
「ありがとう恩に着るよ」
「礼には及ばんよ。こちらにもメリットはあるんだ」
「メリットって……何さ?」
「実は松永家は、これからクリコフ家を切り取る算段を立てていたんだ。これにヒルダが手伝ってくれれば、進撃が楽になるってことさ」
「でも、あたいらは百の兵も出せない弱小だよ。期待しないほうが……」
「なぁに簡単だ。松永軍が戦っている隙に、クリコフ家の本拠地に攻め込んでくれればいい。こちらから戦力を提供するから、兵力の心配はするな、安心しろ」
まさか、ザマー盗賊団の根城に伏兵がいるとは、敵も思いもしないだろう。
夜に紛れ、獣人部隊を素早くザマー側に送ろう。
「なるほど、それなら任せてよ! 落ちぶれたけど、あたいも騎士の出。腕は鈍っちゃいないよ」
ヒルダは力瘤を作りアピールをする。
「おお、やってくれるか。そこで手柄を立てれば、加増もしてやろう。金もやる。これは、俺の直臣になればの話だがな」
決してビキニアーマーに惚れたわけじゃあない。
ザマー盗賊団という軍団に魅力を感じただけだ。
もちろん、ヒルダの能力を買っているのはいうまでもない。
「それは、あたいたちが秀雄殿に仕えろと?」
「ああ」
ヒルダは、考え込む。
そして、約一分が経過した。
「その提案、受けさせてもらうよ。さっきは普通とかいったが、よく見りゃイイ男じゃないの。これからよろしくね」
ヒルダは、色っぽい表情で、俺にコート下のビキニアーマーをチラつかせながら近づいてきた。
コイツ……できるな。
ふう……このままではまずい。
最近、間が空いているから、特にまずい。
「ああっ、こちらこそな。これは、褒美の先払いだ、受け取ってくれ。リリ、金貨と蜂蜜だ」
「オッケー!」
俺は、リリに金貨二千枚と少々の蜂蜜を出してもらい、ヒルダに手渡した。
「ええっ、こんなにもらっていいのかい……?」
ヒルダは、袋の中を確認すると、目が点になってしまった。
「ああ、好きに使ってくれ」
「あっ、ありがとうね。これはお礼になるか分からないけど、あたいの体でよければ、いつでも使っておくれよ。こんなみっともない体でよければだけど……」
なっ、なんていった!
ふう、落ち着け。今一度考えよう。
俺には嫁がいる。
でも三人は身重で、体が空いている。
相手は、ビキニアーアーマーのナイスバディ。
しかも、相手たってのお願いだ。
仕方ない、条件が揃いすぎたんだ。
「ああ、それはクリコフ家を落としたらな。礼は、そのときまでとっておこう」
丁度戦が終わる頃には、俺の気持ちも高ぶっているだろう。
そのときに、ビキニアーマーをひん剥いてやるとしよう。
「そうかい。じゃあそのときを楽しみししているさ、秀雄様!」
あんたから、最後は様付けにまでランクアップだ。
やったぜ。
権力をもつと、女を引き寄せる雰囲気でも出てくるのかしらん。
「ああ、楽しみにしていてくれ。定期的に連絡はする。合図を出せば忍びが駆けつけるようにする。何かあれば、遠慮なく呼んでくれ」
「ええ、分かった。じゃあまたね」
「ああ、またな」
俺は、ヒルダと別れ帰路へと就いた。