第百六話 亜人代表との会談②
さて、次は本命だ。
俺は、ドワーフ族の代表のヴィンセントさんへ視線を向ける。
「ヴィンセントさんには、私からお願いがあります」
「なんじゃ? 武器なら、いくらでも作ってやるぞい」
すでで酒をがぶがぶ飲んで、いい感じに酔っ払っているドワーフ族のおっさんは、にやりと笑いながら言葉を返した。
なかなかフランクな感じだな。
話し易そうな人でよかったわ。
「ご想像のとおり、ドワーフ族の方々には、松永家で使用する武器・防具の、製作・開発をお願いしたいのです。もちろん報酬は支払います。それ以外にも、領内の鉱山開発を手がけてくだされば、さらに助かります。どうでしょうか?」
ドワーフが加われば、様々な武器・防具を低コストで製作できるだろう。
それに武器開発や、旧クレンコフ領での鉱山開発も手伝ってくれればいうことは無い。
「うむ。最初に言ったように、酒と金さえくれれば、時間がある限りは協力するぞい。最近はミラとの戦もないため、商売あがったりだったんじゃ。松永殿の申し出は願ったり敵ったりよ」
ほほう、それは丁度いいな。
ならば、ついでに何人か松永領内に派遣してもらい、職人に技術を伝授させよう。
門外不出ならば仕方ないが、そうでなければ鍛冶師全体のレベルの底上げになるはずだ。
「それならば、ぜひお願いします。またできれば松永家が鍛冶師の教育役として、何人か登用したいのですが、お願いできますか?」
「いや、人族に技術を伝えることはできん。それは伝えたくないのではなく、伝えてもそれを実行することができないのじゃ。我々の技術には魔法の素養も必要になる。ドワーフ族に比して、人族は魔力に長けている者が少ない。我らの技術は人族に向いてないんじゃよ。だが、松永家に派遣するのは問題ないぞい。そいつらを鉱山開発に回してくれい」
そうか……、そんな理由があるのなら、残念だが仕方がないな。
魔力のある人族は、ほとんどが魔法士になる。
好き好んで鍛冶師になる奴などいない。
ただ人材を派遣してもらえれば、鉱山開発が進むな。
ヴィンセントさんには感謝せねばならん。
「ならば、諦めるより他はないですね。では、それ以外の面でのご協力をお願いします。細かな条件については、ノブユキと話してください」
「うむうむ、承知したぞ。のう松永殿、この酒はとても旨いの」
ヴィンセントは、空になった五本のワインやシャンパンの瓶を指差している。
三十分にして五本空けるとは、どんだけハイペースなんだと思うが、彼の感じだとおかわりを要求しているようだ。
高級酒だと知っているのか、控えめな態度をとっているところが、なんか微笑ましいな。
「まだまだおかわりはありますよ。みなさんもじゃんじゃん飲んでください! 料理も沢山あるんで、食べたりない方は遠慮なく申し出てくださいね!」
俺は、ビアンカにおかわりの酒を取りにいかせてから、ヴィンセントを含む全員に対し言葉をかけた。
「ほほー、松永殿はわかってるのー」
と、ヴィンセントが喜色満面になったかと思えば、
「本当か! まだまだ食わしてくれるってよ! 秀雄! おかわり持ってきてくれよ!」
と、犬狼族アントニオのテンションが一気に上がった。
そして、彼に続き、俺も俺もと各種族が手を上げてきた。
「どうぞ、どうぞ」
もちろん、断るはずもなく、すぐに追加の料理を運ぶようにと指示を出した。
そして、酒が樽ごと、料理が鍋ごと運搬されてきたら、各々が競うようにしてもっていった。
獣人の食欲はすごい。
これだけ食えば、狩猟だけじゃ食糧は賄えないな。
犬狼族などは、食い扶持減らしで外に出るくらいだから、食糧が有り余っている状況ではないのだろう。
羊・山羊族のような農耕系の種族の土地も、余剰が大量に出るほど肥沃ではなさそうだ。
ここは松永家が、安価で食糧を仕入れて回してやる必要があるな。
「すごいな……」
まだ昼過ぎだというのに……。
おかわりの酒がきてから、大盛り上がりになっている。
「めでたい、めでたい。さあ、松永殿も一杯やりなされ」
俺が外からぼーっと、その様子を眺めていたら、猫族のセシリオが気を利かせて、グラスワインを差し出してくれた。
「あっ、これはどうも」
俺はグラスを受け取り、彼とグラスを合わせてから、口を湿らせる。
「みんな、松永殿に期待しておるのじゃよ」
セシリオがそっと俺の隣に腰掛けると、おもむろに話し始めた。
「それは買いかぶりすぎでは?」
ここは、無難に控えめな返答だ。
彼の真意がまだ分からないからな。
「謙遜しなさるな。お分かりかと思うが、これまで亜人領域の周囲を取り巻く環境は厳しかったのじゃ。北はミラ公国、南はエロシン家やホフマン家。彼ら人族とは、細々と交易はあるものの、亜人差別が酷い。そして、西はステップに、東は大山脈が立ちはだかる。翼人族のおかげで、山の向こうに住むエルフら、他種族との交易はあるものの、それも限りがある。そこで、松永殿が瞬く間にウラールを統一し、我々を重用するとの申し出。期待しないほうがおかしいのじゃ」
セシリオのいうことは、もちろん俺としても分かってはいたが、当事者の口から出た言葉には重みがある。
俺は、これまで亜人領域がおかれていた不遇な状況を、再認識した。
また、彼の口からエルフという単語が出たので、ここでエルフについて触れておこう。
ナターリャさんから聞いた話によると、エルフは大山脈を隔てて東にある亜人領域に、集落を形成しているらしい。
その中に、さらにいくつかの氏族があり、ナターリャさんは一つの氏族の長の娘だそうな。
彼女がどんな事情でクレンコフ村に住み着いたのかは、わからない。
俺がエルフに関して知っている知識はこの程度だ。
一方、ダークエルフについでだが、彼らはここからはるか西方の、ローズ公国の南に位置する亜人領域に居るらしい。
サーラはスラムの生まれなので、そんなことは分からない。
これもナターリャさんに教えてもらったことだ。
いつ、どの場所で聞いたかは、察して欲しい。
エルフに関してはこの辺にして、俺はセシリオへと向き直る。
「やはり、そうでしたか。薄々は気付いていましたが……」
「ただ、これからは松永殿のお陰で、我らにも光明が見えてきたわい。松永家が南方諸国で一大勢力になれば、自然と我らも繁栄するのは自明の理。我らは全力で支援させてもらいますぞ!」
セシリオは、にこやかだが、眼光鋭く俺を見つめ、手を差し出してきた。
もちろん、俺もその手を握り返す。
よかった、彼らとは互いよい関係が築けそうだ。
「こちらこそよろしく頼みます」
セシリオは握る手に力を込めて頷いた。
そして、しばらく二人でちびちびとやっていたら、
「おーい、秀雄! お前も飲めぃ!」
と、横から酔っ払った、アントニオが俺の手を引っ張り宴会の輪の中へと引き込んだ。
仕方ない、付き合ってやるか。
「わかったって、飲もう飲もう」
俺は場の雰囲気に流されて、ワインを呷る。
そして、そのまま夜までぶっ通しで、手持ちの酒がなくなるまで宴会は続いた。
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翌朝。
俺は、二日酔いで痛む頭を抑えながら、これから帰還するという、各種族の代表たちを見送りに、アキモフ村の門口へと向う。
到着すると、すでに全員がぞろい踏みしていた。
アントニオやヴィンセントなどは、酒を樽ごと呷っていたのに、ケロリとしている。
まったく、うらやましい体質ですこと。
「では皆さん、また会いましょう。帰りの道中はお気をつけてお帰り下さい」
俺は、彼らに別れを告げると、手土産の品を渡す。
「こちらこそ、手厚い歓迎、痛く感激した。今後ともよろしくお願いしますぞ」
俺は、セシリオを始めとして、各種族の代表たちと挨拶を交わす。
「ではノブユキ、あとは頼む」
「はい。分かりました」
領境までの見送りはノブユキに任せる。
そして、彼らは、行きと同じくノブユキに先導されて、亜人領域へと帰って行った。