第十一話 お兄ちゃんになりました
「ここを左曲がるニャ、後はチカが案内するからついてくるのにゃ」
ステップを通り抜ける交易路から離れ、俺達は草の中に入る。
ただし丈の長い草が生い茂っているわけではなく、また所々には地肌も見えているので、草むらを掻き分けて前進するほどではない。
俺達は既にサリオンの町を通過しステップ地帯へと突入している。
現在交易路を半日南進したところだ。
このあたりは背丈の低い草木が所々に生えており、気候は乾燥している。
チカの話ではここから東に二日程進むと、彼女の生まれ育った村があるとのことだ。
辺りは特にこれといった目印もない。
俺一人ならば確実に遭難する自信がある。
よく迷わずに進めるなと思い、チカにその理由を聞いてみた。
すると大体わかるのにゃ、と曖昧な返事が返ってきただけだった。
おいおい、俺は人では見分けがつかないレベルで、目印の草木を記憶し、それと太陽の位置から方角を割り出すとかの、高度な技術を期待していたのだが……。
なんか怖くなってきたが、ここまで来た以上、チカを信じて付いて行くしなかいな。
一応保険の為に目印はメモし、最悪野垂れ死にだけはしないようにしておこう……。
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交易路を外れてから日暮れまで、チカの案内の下道なき道を歩き続けた。
歩き始めた時はチカの誘導に一抹の不安をもっていたのだが、彼女は所々で草木の匂いを確認しながら進んでいたので、山勘で進んではいないのと安心することができた。
道中は数回ゴブリンと兎系の魔獣に襲われただけで、ほぼ安全に進めた。
その襲撃も、俺とリリの出る幕もなく、ビアンカとチカの二人だけで簡単に退けることができた。
さすがは二人共獣人だけあって、武器を装備させればなかなかの戦闘力を誇る。
名誉のために言っておこう。
俺は二人が美少女という点だけに注目していたわけでは決してない。
獣人の特性を生かし、戦闘でも活躍してもらうという点も期待していたのだ。
決して、ラッキーこれで戦力アップだ、などとは思っていない。
そして予定通り草原地帯の水場で一晩過ごすべく、寝床と夕食の準備に取り掛かっているところである。
「それにしても雄大な景色だな。地平線の先まで真っ赤に染まってやがる」
俺は初めて大自然の凄さ目の当たりにして、柄にもなく感動してしまった。
「ほんとだー、あたしもこんな景色初めてみたよー」
「妾もなのじゃー」
リリとクラリスが作業の手を止めて、俺の側にやってきた。
二人共旅に出る機会なんて生まれてこの方なかったので、初めて見る光景に感動しているようだ。
一方、ビアンカは脇目も振らずに夕食の準備に腐心している。
チカはこの光景は見慣れているのか、一生懸命に寝床を作ってくれている。
そのまま二人に仕事をさせるのも気が引けたので、リリとクラリスは遊ばせておいて、俺もチカと共に寝床作りへと取りかかる。
そしてしばらくしてからビアンカ手製の夕食を食べ、時を潰してから寝床へ向う。
あらかじめ獣人二人には先に仮眠をとってもらい、夜番をしてもらうことにした。
彼女たちの五感は夜になっても衰えないからだ。
「済まないが夜番は頼んだぞ。俺は寝かせてもらうよ」
俺はビアンカとチカの二人に礼を言い、テントに入り休ませてもらう。
中へ入り、リリとクラリスを隣にして寝転がる。
しばらくして二人とも寝ついたと思ったが、突然クラリスが俺にくっ付いてきた。
俺はまだ甘えたい盛りなのだろうなと思い、クラリスの頭を撫でてやる。
「どうしたんだ」
「秀雄は優しいの……、妾といても危ないだけじゃのに一緒にいてくれるもん……」
さすがにクラリスも先日の刺客の件には気付いていたらしい。
可哀想に、今まで自分のせいで皆を危険にさらすと気を揉んでいたのだろう。
「子供がそんなこと気にすんな。俺がやりたいようにやっているだけさ」
本当は超絶金髪幼女を見捨てられなかっただけなのだがな。
けれどもここは格好良く言っておかねばなるまい。
「でも妾は何も秀雄に与えられるものが無いのじゃぞ……」
「別に恩賞目当てで助けたわけじゃないさ。ただそこまで言うのだったら……、将来カルドンヌを取り返したら俺にくれよ…………、なんてな」
俺は今の状況では到底不可能なことを、冗談めかしながら言う。
もう既にもらってます、などとは口が裂けても漏らさないから安心しろ。
するとクラリスは、
「そんなのお安い御用じゃ! 秀雄が居なければ、妾はもうこの世からいなかったのじゃからの。でもさすがに秀雄に全部あげるとに反対する者も出るじゃろうから、妾と結婚するのが条件じゃの!」
と少女らしい天真爛漫な笑顔で婚約を迫ってきた。
これは娘が将来はパパと結婚する、って言う感じだろうな。
「でもクラリスはまだ子供だから、結婚できないぞ」
俺がやんわりと否定すると、クラリスは別の手を考えてきたようだ。
「じゃあ秀雄が妾の兄さまになってくれればよいのじゃー! ……ダメかの?」
くはぁっ、幼女の上目遣い……、これは反則だろ。
仕方ない……、俺クラリスのお兄ちゃんになるよ。
おまえらごめんな。
俺は大学のその筋の友人に心の中で謝罪を入れた。
「俺の負けだ、クラリスの兄になるよ」
「ほんとう! じゃあこれから秀雄のこと、お兄ちゃんって呼んでいい?」
「ああ構わんよ」
「やったのじゃー! 妾の本当のお兄様はいたけど、母上が違うからってなかなか会わせて貰えなかったから……、秀雄がお兄ちゃんになってくれて嬉しいのじゃー」
クラリスはマットの上をくるくると転がりながら喜びを表現している。
お兄ちゃんという立場で、妹が可愛らしくはしゃぐ姿を見たら、何か今までとは違う景色に見えるのは気のせいに違いない。
しかし、とうとう俺もなってしまったのだな……、お兄ちゃんとやらに。
クラリスはしばらくコロコロしていたが長旅で疲れているのだろう、俺が寝かしつけたら、あっという間にすやすやと夢の中だ。
さあ、俺も明日に備えてとっとと寝るとしよう。
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翌朝。
俺達は簡単に朝食を済ませてから、再び歩みを進める。
ビアンカとチカは夜番をしてくれたにもかかわらず、眠たそうではなかったので一安心だ。
クラリスはあれから俺にべったりになっている。
緊張が切れたのだろう。
今も俺の背中に顔を埋めている。
昨日と同様にチカの先導に従って草の間を進む。
そろそろ昼食を取ろうと思っていたところで、ようやく草原地帯を東に抜けきったた。
その証拠に、俺の目に森が映ってきた。
「この森の中にチカの家があるのにゃ。もう少しだけがんばるのニャ!」
「おお、ようやく着きそうか。だが時間的にも昼だし森の中は何があるか分からんから、ここで腹ごしらえをしてから行こう」
「了解ニャ。夜はチカがご馳走するから楽しみにするのにゃ!」
「おう、楽しみにしてるぞ」
俺とチカが話しているうちに、後ろでは、ビアンカがせっせと昼食の準備を始めていた。
ビアンカは素晴らしいな。将来はイヌミミメイド長確定だ。
食事も終え森に入ると、そこはもうチカの庭といった感じだ。
「ここの木を右にゃ、そしたら小川に出るから、そこを上ればもう到着ニャ!」
チカは久しぶりに帰ってきた森で気分が高揚しているのだろう、案内にも力が入っている。
森の中は、始めに飛ばされた森に比べて気温が高いのが影響しているのだろうか、食べられそうな実をぶら下げている木も多く生えており、生き物の気配も数多く感じられる。
最初の森と比べても、格段にこちらの方が生気が感じられる。
これだけ自然の恵みが豊かならば、獣人達が暮らしていけると言うのも納得だ。
俺は周囲を観察しながらチカの後を追う。
するとすぐに小川へとぶつかった。
「秀雄! あそこに見えるのがチカの村にゃ」
チカは指差し、俺に嬉しそうに村の位置を教えてくれる。
やはり故郷に帰れるのが嬉しいのだろう。
「先に行って秀雄達のことを伝えてくるニャ!」
そう言うと、チカは俺達をほったらかしにして、村へと全力で駆け出して行った。
「さあ、俺達はゆっくり行くか」
さすがに猫族の全速力に付き合ってはいられない。
俺達はチカが村人に話を着ける時間を見計らって、ゆっくりと後を追った。