第百二話 ついでに、南方諸国全域も確認 エミーリアとの返還交渉(地図)
あれから、会議も終えて一人部屋へ戻る。
俺は、南方諸国の地域が記載された地図を開く。
これは、ギルドから仕入れたものなので、段蔵が記したような詳細な情報は書かれていない。
地域の位置関係を把握するだけだ。
ちなみにラスパーナ地方は、ウラール・ナヴァール・ドン・コトブス・チチュ・カラフクの六地域から形成されている。
さて、将来的に、クラリスのためにローザンヌ王国に遠征するとしよう。
その進軍ルートは四つある。
一つは、亜人領域を突っ切る。
二つは、交易路を通り、三公国とも戦う。
三つは、南から迂回する。
四つは、大山脈を越える。
俺は、三番目の案が最適だと思っていた。
しかしこの地図を見ると、その進路には教皇領がドドンとある。
おまけに、神聖騎士とか枢機卿なんかもついてくる。
つまり南から迂回する場合は、教会と雌雄を決せねばならない。
将来的に必要ならば、戦うつもりはある。
だが、今はその時ではない。
今は力を蓄える時だ。
となると、三番目の案でいくと、目的達成は時間が掛かりそうだ。
ならば、最初の亜人領域を跨ぐプランだ。
これだと、街道が整備されていないので、大軍を通すことができない。
またミラ公国を通過するため、戦闘が起きるのは必死だ。
下手したら、敵領内で孤立することもありうるので危険だ。
それに亜人領域を、戦争に巻き込んでしまう可能性もある。
……これも気が乗らんな。
また二番目の案は、ステップ地域の街道整備が必要な上に、国力的に南方諸国を統一せねば厳しいだろう。
四番目の案は即却下。
半分以上が凍死するはずだ。
俺は、ハンニバルのアルプス越えを知っているので、無謀なことはしない。
どれも簡単にはいかないな。
最低限、南方諸国において覇者と呼ばれる地位まで、上り詰めなければならないか。
ならば、なってやるさ。
クラリスのためでもあるが、なにより自分自身のためにな。
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さて、これからはすべきことがたくさんある。
まずは、ピアジンスキー家との捕虜返還についての交渉だ。
俺は今、待たせている使者の下へと向っている。
使者には、マツナガグラードまで足を運んでもらった。
こちらから動く必要は、全くないからな。
「よう使者殿。よくきたな」
ほう、こいつはもしやエミーリアか。
ショートカットに、くっきり二重、だがキリリとした表情。
なかなかいいな。
おっと、危ない。
つい悪い癖が出てしまった。
それにしても、ピアジンスキー家も彼女を送ってくるとは、本気のようだ。
身代金をふんだくれそうだな。
「こんにちは、松永殿。戦場以来ですね。このたびは交渉の席について下さり、感謝いたします」
エミーリアは胸元を押さえながら、礼をしてきた。
別に押さえなくてもいいのだぞ。
「礼には及ばん。それにしても、あなたの戦場での采配は見事だったな。よかったら当家に仕えないか? 五千石を用意するそ」
これはバレスの知行地と同じ石高になる。
「いいえ、私の家は何代もピアジンスキー家に仕えております。大恩ある主家を裏切るような真似はできません」
彼女はなびく素振りすら見せず、きっぱりと断ってきた。
ホイホイ付いてくるより、逆にこのほうが好感が持てる。
まあいい、じっくりと落としてやろう。
「そうか。ならば今回は諦める。今後の楽しみにしよう。それで、用件はなんだ」
前置きはこれくらいにして、本題に入ろう。
すると、エミーリアも真剣な顔つきになり口を開く。
「ダミアン様は、松永家に捕らえられた、バロシュ家とエロシン家の一族の返還を要求しています」
はい、知ってますよ。
「それで、対価は?」
エミーリアはすっと息を吸ってから、言葉を放つ。
「バロシュ家の一族が金貨二万枚、エロシン家の一族が金貨二万の、計金貨四万枚でいかがでしょう」
ほう、およそ両家の年収か。
言い換えれば、ピアジンスキー家の年収の四割ほどかな。
随分と奮発した。
無論、悪くない条件だ。
だがここで、ホイホイ飲むほど、俺は人間ができてはいない。
それに、ミラノは人質として預かるので、返還はできない。
ピアジンスキー側には、処刑すると伝えよう。
ならば、バシーリエも処刑するしかないか。
ミラノを処刑して、奴はしないのは不自然に映るだろう。
「あんたには悪いが、金には困っていないんでね。特にエロシン家に関しては、これまで色々とお世話になったので、けじめはきっちりと付けたいのだよ」
これでエミーリアは、どんな反応をするのだろう。
「ですが、当家も連合の盟主として引くわけにはいきません。それならば、これに加えて、ユニコーンとバイコーンを一騎ずつ贈呈いたします」
彼女は、涼しい顔で上乗せ提案してきた。
ユニコーンとバイコーンはアホライネン家や教会勢力に売り渡し、資金源としているはずだ。
おそらくその分を、こちらに回しているのかな。
ただ複数の騎馬を提供する、とは言わないので、そこはわきまえているようだ。
松永に良馬を与えたら、精強の騎馬隊が誕生するからな。
それに絶対数も不足している可能性もある。
「頑張ってくれているようだが、俺は返すなんて一言も告げていないぞ」
「……でしたら、どのような条件ならば飲んでくださるのでしょうか」
エミーリアは少し、眉を寄せてそう告げる。
怒らせちゃったかな。
ここは素直に条件を言うか。
「まず、バロシュ家当主ミラノの返還はできない。彼にはけじめを取ってもらう。だが、それ以外の一族ならば考えてもよい」
これは人質効果もあるが、ピアジンスキー家の求心力を弱めさせる、工作でもある。
ミラノを殺したことにすれば、従属家の不信感は強まる可能性が高い。
ピアジンスキー家は本気で交渉に臨まなかったと。
「そして、バシーリエに関しても同じだが、彼はまだ若い。斬るのは不憫だ。けどそんなの関係ねえ。エロシン家に恨みを持っている重臣は数多くいる。ここで生ぬるい対応をするわけにはいかん。ただ、女については考えてやらんでもない」
金も欲しいが、ミラノという人質も欲しい。
これが折衷案だ。
エロシン家に関しては、松永家との関係からして、男は斬るべきだろう。
「……そこをどうにか。ミラノ様とバシーリエ様を解放していただけないでしょうか。でないと面目が立ちません」
エミーリアは、必死に食い下がる。
だが断る。
「それは無理だ。これ以上の譲歩はできん。これが嫌なら交渉は決裂だ。本来ならば両家とも、一族の男に加え、女子供も処断しても構わないのだからな。金には困っていないのでな」
お金……凄く欲しいです。
だが、ここはあえてこの態度である。
「ならば……、松永殿の条件を飲みましょう。ただし先の条件に関しましては、変更させていただきます。金貨二万枚に変更です。もちろんユニコーンたとバイコーンもありません」
半分か……。
当主抜きだと、こんなもんだな。
妥当な価格だろう。
「妥当だな。それでよい、といいたいところなのだが、ここは金貨ではなく騎馬で代替して欲しい」
はっきりいって金より馬だ。
金貨二万枚ならば、供給が追いつけば、千以上の騎馬が買える。
軍馬の価格は、安いもので金貨五枚、高い物だと金貨百枚以上のケースもざらだ。
平均すると金貨十枚程度だ。
ピアジンスキー産の場合は質が高いので、最低金貨二十枚以上の値はつくだろう。
また、バイコーンになると金貨千百枚、ユニコーンならば金貨数千枚は優に超えるはずだ。
ユニコーンの角だけでも、かなりの価値があるはずだから当然だろう。
ここまでくると、父サンデーサイレンス×母エアグルーヴの幼駒レベルだな。
「それは……難しいです。金貨でどうにかなりませんか……。あと五千枚ならば上乗せします」
やはり騎馬は嫌らしい。
だがここは、引かんよ。
「金貨では、首を振ることはできかねる。ここは騎馬二百頭に金貨一万枚で手を打とうじゃないか」
ピアジンスキー家の騎馬が、一頭金貨三十枚だとすると、計一万六千枚の価値になる。
ただし二百頭を供給できる余裕があればだが。
とりあえず、騎馬の数に関しては吹っかけてみた。
「それはちょっと……。当家の騎馬は、その希少価値から、一頭当り金貨百枚以上の価値があります。良馬になればその倍です。ですので、譲れるのは五十が限界です。それと金貨一万枚でお願いします」
絶対嘘だ。
そんなに高いわけがない。
ただ五十頭を頂けるのはありがたい。
もう少し粘ろう。
「うーむ、それでは開きがありすぎる。せめて百五十頭だな」
「それでは、他家に回す分がなくなります。七十頭でいかがでしょう」
そろそろ年明けなので、二歳、三歳の幼駒も育つ頃だ。
エミーリアのことだから、馬不足と思わせて、油断させるつもりだろう。
「だめだせめて、百三十」
「百頭、これが最大限です。これ以上は本当に無理です」
ふむ……、いい数だな。
本当がどうかは分からんが、これで飲んでやるか。
「わかった。では、あなたが今夜食事に付き合ってくれるのなら、それで手を打とう」
『マツナガ』に招待して、仲良くなっておこう。
ついでに勧誘も忘れずにな。
「……わかりました。それで構いません」
「よし。これで決まりだ。明日にでも解放させるので、連れて帰ってくれ。今日は城に泊まるがいい」
「では、そうさせて頂きます」
「うむ。しばらく応接室で待っていてくれ。また顔を出す」
「はい」
俺は、彼女に手を振り部屋を出る。
そして、時間がきたら彼女を迎えにいき、『マツナガ』でもてなした。
これで、俺への印象が良くなるといいのだけれど。