第百一話 南方諸国北東部の情勢確認②
「おおっ、これはよく調べたな」
そこには、南方諸国北東部の各勢力の詳細がまとめられていた。
「ただ、ここに記載されている情報は、あくまで独自に収集したものです。そのため、今後修正が入るかもしれません」
それでも大したものだ。
僅か数ヶ月のあいだに、一人でここまで仕上げたのだから、文句を言えるはずもない。
「うむ、それは仕方ないな。話を続けてくれ」
「はい。この紙には、人口・石高・外交関係・亜人に対する態度・教会との関係の五項目を、各勢力にも記しました。また、それ以外のことは、備考として付け足しておきました」
むむむ、やはり中原に近づくにつれ国力が高まっていくな。
一人当りGDPもとい、一人当り石高も松永家の数割増しだ。
やはり辺境は厳しい。
一方、ピアジンスキー家の一人当たり石高にも、目を見張るものがある。
ピアジンスキー家一族は、人口数千の土豪から、ここまで勢力を拡大したのだから、かなり優秀なのだろう。
ただし、フローラを除くが。
先の話になるが、ダミアンは殺さないで、上手く取り込むことを考えておこう。
「なるほど、とても分かりやすい。では、隣国の情勢から話をしてくれ。その次に、他家の戦力分析だ」
「ははっ。まずはピアジンスキー連合です。彼らは松永家に敗れ、バロシュ領を失いました。そのため、すでにドン家に接近しております。おそらく近日中に正式に同盟関係になるでしょう。それ以外の、ホフマン家やシュトッカー家については、特に動きはありません。ただ、シュトッカー家は、当家との同盟に気があるようです」
シュトッカー家の交渉は、これからだ。
あちらも、その気があるなら交渉はしやすくなるな。
良い情報だな。
また、ホフマン家は、無干渉を貫くのだろうか。よくわからん。
この家は、少し様子を見るか。
それにしても、ダミアンは仕事が速い。
ピアジンスキー家とドン家と結ぶは規定路線だったが、まだ戦後間もないというのに、すでに同盟秒読みと予想外だ。
そして、ドン家は強い。
傘下に収めているブランシュ家を加えれば、石高は十万石近くに及ぶ。
兵も粒ぞろいだと聞いている。
ここは慎重にいかなければな。
「むむ……、続けてくれ」
段蔵は俺が考え込んだため、話すのを中断してくれていた。
「同盟を結ぶために、ピアジンスキー家からフローラとユニコーンが、質として送られる手はずになっていましたが、直前で継嗣へ変更されたそうです。その理由は分かりません。また、クリコフ家は、ピアジンスキー家に不信感を抱いています。国力に比して、援軍に借り出される兵の数が多いためです。さらに、戦での被害も多く、満足いく補償が得られていないようで不満をもっています」
クリコフ家の連中は、騎馬隊を含めてこれまで結構痛めつけたからな。
ピアジンスキー家も、松永軍が、鹵獲し殺したお陰で、さすがに騎馬を他家に回す余裕もないのだろうか。
ならば、返還交渉でお馬をふんだくってやるかな。
そろそろ幼駒がものになる時期なので、それが補充されれば、頭数はできるはずだ。
若駒をとりあげれば、クリコフ家へ回る分の減るので一石二鳥だ。
ドン家との同盟に話を移すと、跡継ぎを人質として送るとは、ダミアンも思い切ったことをする。
早々と交渉がまとまるわけだ。
流石にフローラとベルンハルトちゃんでは、力不足だったかな。
「ふふふ、そうか、クリコフ家が……。他には何かあるか?」
「それ以外には、森深くに、ユニコーンとバイコーンを繁殖している牧場を発見しました。確率は極僅かですが、良馬と掛け合わせることで、ユニコーンとバイコーンが生まれるそうです。それを南方に流し、資金源にしていると思われます」
まさかの繁殖。
トップブリーダーもびっくりだ。
これで、奴らに何匹もユニコーンとバイコーンがいる理由が解明したな。
「段蔵! 大手柄だ」
「ははっ、お褒め下さり感謝します。これで、ピアジンスキー家に関しては以上です。そして、ドン家やホフマン家につきましては、残念ながら、備考に記載した程度しか得られませんでした」
ふむふむ……、俺は近隣勢力の備考欄をチェックする。
ドン家は弓兵に秀でていて、バリスタ兵が多数か。
バリスタは初登場だな。
その他にも長弓隊とかも出てくるのだろうか。
ドン家と当たるときまでには、対策は立てておこう。
続いてホフマン家だが、当主が暗愚で宿老が支えていて、凋落気味と……。
同じような話を聞いた気がするな。
四国の荘園に逃げ込んだ人にそっくりじゃないか。
さしずめ宿老が土居さんで、ダミアンが蝙蝠さんかしら。
でも、松永家が鳥になって掻っ攫っていくぜ。
そして、対ピアジンスキー家用に配置された、ピピン家とポポフ家には、元Aランク冒険者が配置されている。
冒険者を登用したということは、ピピン家とポポフ家は、ホフマン家に忠誠心があるのかは疑問だ。
また、当主が愚鈍であるならば、家臣の中にも不平不満をもつ者がいるだろう。
ホフマン家は調略しがいがありそうだ。
「ふむ、なかなか使えそうな情報が書かれているな。上出来だ」
「ははっ」
あとはザマー盗賊団が気になるな。
備考には、ホフマンに歯向かう義賊とある。
亜人差別も無い。
一度接触するべきだろう。
もし、協力してくれれば大きい。
戦力を供給できれば、攻め込んだ隙に背後から突かせることも可能だ。
ふう、これで近隣勢力はよしとしよう。
次は国力の比較だ。
俺は、皆に見えるよう、木版に大きく描かれた地図に目を遣る。
そこにはすでに、先の全項目が記入されている。
アホライネン家とファイーアジンガー家は、嫌でも目に入るな。
前者が四十万石、後者が三十万石。
アホライネン家が石高では一枚上手か。
「むむむ、それにしてもファイアージンガー家とアホライネン家は、国力が突き抜けているな。両家は対立しているから助かっているが、もしどちらかに軍配が上がるとまずいな」
大国二つが潰しあっているお陰で、南方諸国北東部の均衡は保たれているはずだ。
どちらかが一方を飲み込めば、七十万石オーバーの大勢力の誕生である。
同盟国も付けたら、さらに石高は上がる。
となれば、南方諸国北東部で敵う勢力はなくなるだろう。
「秀雄様のおっしゃるとおりです。早急な対策が必要でしょう」
とはコンチンの発言だ。
さて、家臣団の中で、ここまでの話を理解できてる奴は何人いるだろう。
俺はコンチンに視線を送るついでに、全員を見回す。
ナターリャさんに、マルティナ、ノブユキも付いてきている、あとは……リリくらいか。
これは、エミーリアとダミアンを引き込まなければ、まずいかもしれん。
最終的には、上手く降伏を促したいものだ。
「だな、お前はとう考える?」
コンチンにの意見を聞いてみよう。
「まず第一は、二家が争っているうちに、ナヴァール全土を支配するべきかと思います。さすれば二家とも対等に渡りあえるでしょう。次は、現在の均衡状態を続けさせるために、ファイアージンガー家に肩入れしましょう。段蔵殿によると、ファイアージンガー家は劣勢なようです。シュトッカー家と結び、ボーデ家らを何らかの形で処理し、ファイアージンガー家までの進路を確保します。そして、きたる時に、援軍を差し向けてはいかがでしょうか」
同意見だな。
ファイアージンガー家とは、亜人への感情、教会との関係が松永家に近い。
亜人と教会でマトリクスを組んだら、点数が高そうだ。
そこと組んで、教会派のアホライネン家を牽制しよう。
「賛成だ。将来的にはそうしたい。だが、今はできるところから始めよう」
「ですね。まだ当家は、国力的にまだまだですからね。ここで浮かれている暇はありません」
「ああその通りだ」
他に特筆すべき勢力は……、むむむ、特にないな。
思想信条が違うので、同盟してくれそうなところは、限られているしな。
強いて言えば、大森林に迷宮があるくらいか。
機会があったら、観光がてらに入ってみよう。
「俺からは以上だ。何か意見のあるの者はいるか?」
特に反応は無い。
知力的に完全についていけるのは、俺とコンチンくらいのものだ。
無理もないだろう。
「では、会議は終了だ。段蔵はご苦労だった。お前とお銀に、一週間の休暇を与えるので、家族と温泉にでも行ってこい。今回の褒美として金貨千枚をやろう。好きに使え」
俺は情報の大切さは、痛いほど分かっているつもりなので、しっかり褒美は与える。
これほどの具体的な情報は、なかなか得られないからな。
「あっ、あり難き幸せ! この金で、さらなる優秀な忍びを育て、松永家にご奉公いたします」
「うむ、頼むぞ。では、下がってよろしい」
「ははっ」
段蔵は深く頭を下げてから、ドロンと消えた。