第九十九話 統一後の戦略③ 論功行賞(地図)
さて、翌朝。
「イタタ……」
俺は腰を押さえながら起き上がる。
もう慣れっこだ。
今日は朝から、昨日の話の続きがある。
俺は、軽く朝食を取り、会議室へと向う。
「おはようございます」
「おう」
昨日の今日なので、自然に話し始める。
「昨晩はお疲れ。エゴールに続いて、お前も結婚を決めたとはな。式は任せておけよ」
実は、昨夜二人で食事をしているとき、コンチンの結婚話をすることになった。
エゴールも結婚したので、ついでにお前も身を固めたらどうか、と勧めたのだ。
もちろん相手は茜だ。
忍の数も近いうちに増えるので、彼女の負担も減るからだ。
「まだ彼女には伝えていないのですから、黙っていてくださいよ」
「ああ、もちろんだ」
そして、酒の勢いも手伝い、思い切って結婚をすると決めたのだった。
エゴールとダブル結婚式なども考えたが、それでは見世物のようで、流石に不憫と思い、口には出さなかった。
まずはエゴールで、次にコンチンの順が無難だろう。
「それで、今日は昨日の続きだな。内政、外交、戦後処理ときて、次はピアジンスキー家の攻め方だな」
「ええ。秀雄様は何かお考えがあるようですね? バロシュ家の当主とは、なにやら話してしたようですが……」
コンチンも分かっていると思うが、一応話しておこう。
「まあな。今回の戦を受けて、連合内の結束に綻びが生じるはずだ。俺はそこを突こうと思う。ピアジンスキー家単体ならば、それほどでもないからな。手始めに、バロシュ一族からだ」
バロシュ家のミラノを除く一族は、『埋伏の毒』として、ピアジンスキー家に入り込ませることが決まっている。
昨晩タイミングよく、ピアジンスキー家から捕虜返還の使者が訪れたようだ。
丁度いい。その交渉で一族の者は、身代金と良馬を何頭か頂いた上で、解放してやる。
そして、定期的に忍を送り、敵の内情を知らせてもらおう。
「なるほど。当主の命を質に入れて、我々に協力を促すということですね」
「ああ、対外的にはミラノを斬ったことにして、秘密裏に軟禁してく。さすれば、ピアジンスキー家へ引き受けられた奴らも、松永家に従うしかないだろう」
「それは名案ですね。バロシュ家は連合内でも古参なので、ダミアンも無碍には扱えないでしょう」
俺も名案だと思う。
連合の弱点を上手いこと突けたのではないか。
「だな。それ以外にも、忍の数が増え次第、連合内で不満をもっていそうな者を探すとしよう。上手くいけば寝返ってくれるかもしれん」
これから本格的に、敵領内での諜報活動に乗り出すつもりだ。
知行地が百石程度の騎士にも、面倒くさがらずに声を掛けるつもりでいる。
塵も積もれば山となる、というからな。
「では、まずは調略から始めるということでよろしいですか」
「ああ。そして頃合いを見計らって攻め込むとしよう」
「承知しました」
コンチンも満足気な面持ちである。
松永は戦ばかりではないことを、見せ付けてやろう。
さてこれで、昨日の残りは片付いたな。
ではお開きとするか。
「では話はこれで、終わりだな。他に何かあるか?」
「はい、最後に私から、一つ提案があります」
とコンチンが申し出てきた。
「なんだ。言ってみろ」
「ウラール地域を統一しましたので、ここで元号を設定しませんか?」
「ほう」
元号か……。
ここ南方諸国では、教会が発表している暦はあるが、一般的には使われていない。
むしろ、他の有力諸侯は、独自で元号を制定しているほどだ。
「これから先のことを考えると、このタイミングが適切かと」
「言われてみればそうだな。だが教会から睨まれないだろうか。只でさえ、我々は亜人重用で問題視されているらしいからな」
南方諸国の亜人差別は、勢力ごとにより態度が異なる。
だが、中でも教会は、排斥の筆頭であるのは間違いないと分かった。
まだ彼らからの正式なコンタクトは無いが、非公式に領内の教会から嫌味は言われている。
「それはありますが、彼らの本拠地はここから遠く離れていますし、松永領への道中には、敵対勢力も存在します。そのため、大きな問題ないかと思います。せいぜい秘薬が送られてくる程度でしょう。それに亜人排斥を訴える彼らとは、これからも相容れることは難しいでしょう」
どの道、このまま行けば教会とは対立する。
今のうちから態度を明確にしたほうが、かえってよいかもしれん。
「そうだな……。松永が亜人融和のアイコンとなるのが最善か」
「さすれば我々の思想に同調する者も、自然と集まってくるでしょう」
そうなったら、戦力的にも充実を図ることができそうだ。
「よし! お前の案を受け入れよう。元号は大和とする」
「では、今年中に発布いたします」
「ああ、それでいこう」
これで、会議は終わりだ。
地域を統一したことで、本当にやるべきことが増えたな。
まあ、一つ一つこなすとしよう。
そして、俺とコンチンは部屋を出て昼食を共にとることにした。
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翌日、論功行賞である。
「では秀雄様、お願いします」
いつものようにコンチンに促され、昨日一生懸命書き上げた紙を手に取る。
それを見ながら、これまたいつものように口を開く。
「うむ。バレスは前へ」
「おう!」
バレスがトカドカと俺の下へくる。
「お前は数に勝る敵重装騎兵を受け止め、ピアジンスキー四将が一人、ドラホを返り討ちにした。その功がなければ我が軍は崩壊していただろう。よって戦功第一とし、カラフの町二千石を与えよう」
二千石という単語に、ざわめく。
これでバレスの知行地は五千石だ。
松永家の領地からみると、宿老クラスになったわけだ。
皆も、俺がしっかり家臣には報いる、ということが分かっただろう。
「有り難く頂戴します」
そして、バレスはドカドカと席に戻る。
これからも、若者たちの目標として頑張ってくれ。
「次はリリなのだが、領地を与えても意味が無いので飛ばそう。なので、戦功第二はエゴール殿に繰り上げる。前へ」
「承知した」
エゴールは随分と素直に、俺の下へと寄り一礼した。
「では沙汰を言い渡す。あなたは敵左翼の騎兵を翻弄し、実質的に無力化した。それにより中央突破までの時間を稼ぐことができた。よって戦功第三として五百石を与えよう。またマリアの輿入れを、ここで正式に決定する」
バレス以外の者で、突出した手柄を立てた者はいない。
こんなもんだろう。
「かっ、感謝いたす! 今後も松永殿の下で、貴家を支えると誓おう。また、五百石の土地は不要。我々は、この戦で、それほどの働きをしたとは思わん」
ほっほー。
『下』って言っちゃった。
ありがとうマリア。
ツツーイは今後も重用しよう。
それにエゴールも随分と殊勝になったものだ。
せめて金貨くらいは与えてやろう。
「それは心強い、まるで万騎の兵を得た気分だ。土地がいらんのならば、代わりに金貨五千枚を与える。辞退は許さん。また、式についてはこれから調整しよう。以上だ」
「承知した」
エゴールは、喜色満面の体で、席へと戻っていった。
マリアをもらえることが相当嬉しいのだろう。
こんな笑顔は初めて見たわ。
「では次は、バロシュ家の大将を捕らえたウラディミーラだ。あなたもエゴールと並び戦功第三とする。土地と金のどちらが望みだ?」
ウラディミーラは、すっ飛んできた。
近い、近いよ。
「私はお金がいいですわ! まずはチェルニー領の開発をして、民を豊かにさせなければいけません」
いい心がけだ。
また、俺に配慮もしてくれたのだろう。
五百石から得られる税収は、金貨約千六百枚。
金貨で支払うならば、三年分の税収が適当か。
「ではそうしよう。ウラディミーラには、金貨五千枚を与えよう。領地経営に生かしてくれ」
「はい。ありがとうございます」
これで戦功第三までは終わったか。
あとは、コンチンにお任せでいいな。
詳細は、近日地図を更新してもらい、確認しよう。
そして、最後はアキモフ家か……。
今回は百名しか送らずに、ボリスは不在。
約定どおり、国替えをしてよいものか。
この際、少し削ってやろうか。
だが、今は耐え時だ。
寝返られても困るので、ここは奴を調子に乗らせておこう。
次の戦は、アキモフ軍を先鋒という名の肉壁として扱う予定だ。
アキモフ兵には悪いが、主君の行いが悪すぎだ。
まあいい、あとで正式に国替えをすると使者を送るか。
これで戦後処理に関しては、一段落だ。
「コンチン、後は頼む」
「かしこまりました」
俺はドカッと椅子に腰を下ろし、茶をすすりながら論功行賞の様子を眺めた。