第九十八話 統一後の戦略②
「外交でいうと、亜人との交易もこれで本格的に乗り出せるな」
「はい、当家はアキモフ家より資金もつてもありますので、多種族と交易ができるでしょうね」
先も話したが、アキモフ領は松永家に編入されるので、直接貿易ができる。
「ああ、まずは亜人領の詳細が知りたい。ノブユキなら知っているだろう。彼は今空いているかな?」
「先ほど見かけましたので問題ないかと。今から呼んできましょう」
そして、待つこと五分ほど、コンチンがノブユキを連れて戻ってきた。
「ただ今戻りました」
「失礼します」
ノブユキはいきなり俺の下へと連れてこられて、緊張の色が隠せていない。
耳がペタッとなっている。
「ノブユキ、まあ座ってくれ」
俺は、彼の緊張を和らげてやろうと、笑顔で席に促してやる。
決していい笑顔ではない。
「は、はい」
ノブユキは、おずおずと着席した。
「そう畏まるな。罰を与えるわけではない。お前の呼んだのは、亜人の情報を教えてもらうためだ」
「ははあ、そういうことですか。私の知る範囲でよろしければ、幾らでもお伝えいたします」
彼は、理由を聞き納得した様子だ。
「それは心強いな。ではこれを見てくれないか」
俺はチャレスから頂いた、亜人領域における、種族ごとの縄張りが書かれた地図を広げた。
「お前には、ここに記載されている各種族の特徴について聞きたい」
亜人のことは亜人に聞けだ。
ノブユキならば、色々な情報は持っているだろう。
「わかりました。では、順に追っていきますね」
彼は地図に記載された部族を指し示しながら解説を始めた。
そして、三十分後。
一通りの説明が終了した。
要点だけまとめるとしよう。
一つは、各種族の関係について。
基本、亜人地域における種族間の対立はないといってよいだろう。
細かいところでは、多少の意見の食い違いはあるが、人族に侵略を受けた場合は、全種族が一丸となって戦う。
二つは、各種族の特徴について。
猫族・犬狼族・熊族・鰐族・鬼族の五種族は腕力に長けている。
彼らは戦闘でにおいては、前線で活躍する。
それ以外の種族は、羊・山羊族が酪農が盛んであり、兎族・鹿族・栗鼠族は農業が盛んである。
これらの種族は、余剰作物があればできる限り他種族に融通している。
狸族は、前にも触れたように軽工業が盛んだ。
そして、地精族は他種族へ武器・防具を供給している。
有翼族は、亜人領域内や、大山脈を隔てた地域に居る亜人との、連絡役になっている。
大体こんなところだな。
注目はなんといっても地精族だ。
すなわちドワーフであろう。
彼らの作る武器はとても魅力的だ。
もちろん、その他の種族とも積極的に交流を図っていきたい。
「まずは、チャレスに頼み、各種族の代表と一度会おう。犬狼族にはハビエルに頼むとしよう」
「それが無難ですね」
とりあえず、亜人交易に関してはこんなところか。
「では、ノブユキを亜人交易の責任者に任じる。尽力してくれ」
「ええっ!」
「お前しか適任者がいないんだ。これは逆に手柄をあげる機会と思え」
ノブユキは、いきなりの大役に面食らったようだが、次第にやる気に満ちた表情へと変わってきた。
「謹んでお受けします」
と頭を下げ、無事、大役を引き受けてくれた。
「うむ、よろしく頼む。では下がってよろしい」
「はっ」
そしてノブユキは、再び礼をしながら退出した。
「ふー、これでようやく外交のメドが立ったな」
俺は椅子にもたれながら、コンチンに言葉を飛ばす。
「いいえ、まだ三国同盟の件が残っております」
「あっ!」
そうだった。
やることが多すぎて、大事なことにもかかわらず忘れてしまった。
コンチンがしっかりしてくれいて、助かった。
これからは、事前に紙に書き込んでおこう。
「亜人交易のことで頭が一杯になっていた。忠告してくれて助かったよ」
「いえ、私も最近同じようなことがよくありますので」
コンチンもか……。
うーむ、内政官が欲しい。
来月に再び面接を開くことになっているので、ここで大量採用するしかないか。
少しでも使えそうなものならば、登用しよう。
スパイでなければ十分、と思わなければいけないか。
「そうか……。来月の面接で採用を増やすので、それで少しは楽になるだろう」
「多少の不出来には目を瞑るしかないですね」
「それしないな……」
そして、俺とコンチンは苦笑いを浮かべた。
「話を戻そう。三国同盟に関しては、これから本格的な交渉に入るつもりだ。亜人交易で購入した品を、コトブス地域を通して南へ売り捌く予定だからな。もちろん彼らが、戦略上でも重要な相手であることは間違えない」
「今回の戦の結果を受けて彼らも、動かざるえないでしょうね。これでピアジンスキー家がドン家と結ぶことは、ほぼ規定路線となりましたから」
コンチンの言うとおり、ピアジンスキー家はドン家に頭を下げてでも、同盟関係を申し出るだろう。
ならば、ドン家と敵対する三国同盟も同じように松永家と結ぶのは自然の運びである。
「だな。彼らとは領土が接しているので、直接会って話をつけるべきだろう。だが問題はそこまでの過程だな。三太夫では荷が重い。ここは弁の立つ者が適任だ」
となると俺かコンチン、またはエゴールあたりか。
マルティナあたりだと不安が残る。
「ここは私が使者として赴きましょう。さすれば相手も我々が本気だと分かるでしょう」
重臣であるコンチンを、他家の領土に送るのは気が進まないが、背に腹は代えられない。
「すまんな……。頼んだ」
俺は素直に彼に謝意を示した。
「いえ、松永家の一員として当然です。私は秀雄様に命を頂きましたので、この程度は朝飯前ですよ」
「そうか。ならばそういうことにしておこう。これで本当に外交については終わりだな」
コンチンは首肯した。
「少し休もう」
「わかりました」
俺とコンチンは、たまらず一息吐く。
結構頭を使ったのでな。
そして、十分程経過した。
続いては戦後処理だ。
このたびの戦で、奪取した土地は約一万三千石だ。
うち、アキモフ家に与える土地が約一万一千石。
当家に編入される領土は、旧バロシュ領の一部の二千石。
それに旧アキモフ領の約五千石が加わる。
なので、松永家は約七千石の領土が増え、石高は四万七千石強にまで増加する。
エゴールがコンチンに与えた旧ガチンスキー領も加えれば、四万八千石だ。
直轄地は五割程度に維持する方針なので、今回家臣に分配できるのは約五千石だ。
今回の戦では手柄を立てた者が多いのと、ウラール統一ということで、少し色をつけてやりたいので、結構ギリギリになるはずだ。
足りない分は、また金貨で補うしかないな。
「そろそろ再開しよう。次は領地分配だ。五千石を不満なく分け与えなければならん」
「今回は皆さんが、活躍しましたからね。頭が痛いですよ
「俺もだ。足りない分は金で解決しよう。では早速始めよう」
そして、数時間かけて、加増する土地と、加増させる者を決めた。
「ようやく、まとまったな」
すでに時刻は午後八時過ぎ。
今日はこれで終わりにしよう。
明日は、これからピアジンスキー連合を、どのように切り取るかの話し合いだな。
「ええ。ですがまだ、決めねばならないことが、残っております」
「今日はここまでだ。残りは明日にしよう。あと、折角なんでこれから飯でも食おうや」
「ええ、もちろんご一緒いたします」
それから俺は、コンチンを伴い『マツナガ』へ行き、そこで遅い夕食を取った。
少し酒も入ったことで、仕事以外の話で盛り上がり、帰宅したのは日付が変わる頃だった。
そして、部屋に入ると、そこにはスケスケの寝巻きを着た、マルティナとウラディミーラが待ち構えていた。
今日も彼女たちは、ローテーションをしっかり遵守しているのだな。
「ちょっと待っててくれ」
俺は蜂蜜水をぐいっと飲み気合を入れてから、疲れた体に鞭を打ち、彼女たちへと体を寄せた。