第九十七話 統一後の戦略①
「ふう……」
時計を見るとすでに正午を過ぎている。
床に就いたのが夜明け前なのだから、仕方がない。
今日はこのままベッドでゴロゴロしていたいのだが、そうもいくまい。
三時からコンチンと戦後処理と、今後の戦略について話し合う予定だからだ。
俺は立ち上がり、水を一杯飲む。
すると、俺が起床したことに気が付いたメイドがノックをしてきた。
おそらくビアンカだろう。
「いいぞ」
「おはようございます」
昨夜は嫁達を、まとめて相手したせいか、幾分表情がスッキリしている感じだ。
「ああ、おはよう」
俺が挨拶を返すと、早速彼女はいつものようにコーヒーを作ってくれた。
「どうぞ」
「おお、サンキュー」
ビアンカからカップを受け取り、眠気覚ましにコーヒーを一杯。
ズズズとすすり、一息吐く。
「ごちそうさま。今日も旨かったぞ」
「ありがとうございます」
礼を言ってカップを返すと、彼女も笑顔を返してくれた。
俺は、ビアンカの頭を撫でてから部屋を出て、食堂へ向かう。
途中でリリとクラリスもくっ付いてきたので、ビアンカも入れて四人で軽食を取る。
「今何時だ?」
「午後一時を回ったところです」
「まだ時間があるな」
「なら妾と一緒にくるのじゃ! 一緒に練習なのじゃ」
すかざずクラリスが俺の手を引っ張り、外へ連れ出そうとしてきた。
おいおい、飯食ったばっかなんだから、少しは休もうよ。
「わかったわかった、今行くから、引っ張るなって」
と言うものの、断るのは可哀相なので、ついつい甘やかしてしまう。
俺達は訓練所へと向う。
ただ、ビアンカはメイド長としての仕事があるので、ここで別れた。
そこでは、すでに数十名の松永兵が集まり、思い思いに技を磨いていた。
今日は特別に兵士らには休暇を与えたのだが、熱心なことだ、結構結構。
「みんな、ご苦労なのじゃー」
クラリスは笑顔を振りまきながら、訓練場へ入っていった。
すると、今まで真剣に鍛錬をしていた兵たちが、一斉に彼女のほうを向き、歓声を送る。
「クラリス様ー!」
「今日も可愛いですねー!」
「あなたの馬になりますよー!」
ったく、どうしようもない奴らだ。
前言撤回だ。
休みにも関わらず、こんなに多くが集まっていたのは……そういうことか。
特に最後の奴は捨て置けないな。
「お前ら、休日なのに熱心だなぁ」
俺はクラリスに遅れて訓練場へ入る。
もちろん、いい笑顔を作りながらだ。
「ひっ、秀雄様!」
一人の男が、俺に気づき声をあげる。
すると、クラリスを生暖かい目で見ていた男たちの態度が一変、すぐに整列し俺を出迎える。
ん、何人か顔色の悪い奴がいるが、気のせいかな。
「皆、休みの日からご苦労だな。俺のことは気にせず続けてくれ」
俺はとくに気にする素振りも見せずに振舞う。
ただ、いい笑顔は忘れずに。
『ははっ!』
そして兵たちは、再び訓練に戻った。
「お兄ちゃーん! こっちにくるのじゃー!」
クラリスが、早くこいと急かす。
「ああ、今行く」
俺は小走りに彼女の下へと向う。
「じゃあ、これからいつもの奴を始めるのじゃ! しっかり見るのじゃよ! リリも一緒にやるのじゃ!」
「もー、仕方ないなー」
クラリスは、木刀を掴み構える。
そして、リリのやれやれといった感じで、花魔法でお手製のトゲレイピアを作り出す。
「いくのじゃ! イチ、ニ、サン……」
「イーチ、ニー、サーン」
クラリスは素振りを始めた。
隣でリリも付き合ってやっている。
二十分後、二人は見事壱千回の素振りを終えた。
リリは、途中から風魔法でずるをしていたが。
「はぁ、はぁ、次は走るのじゃ!」
「がんばれー!」
彼女はそう言うと、木刀を置き、訓練場の周りを走り出す。
リリは、後をブーンと付けて応援している。
一時間後、二人は二十周回ったところで、ランニングを終えた。
訓練場が一周五百メートルはあるので、十キロメートルは走ったことになる。
クラリスも、随分と体力を付けたようだ。
「はぁー、はぁー、もう動けないのじゃー」
「はい、蜂蜜水だよー」
クラリスはリリが差し出した蜂蜜水を、ゴクゴクと飲み込んだ。
すると、その効用で一分後には、息も整ったようだ。
「つぎは筋トレだねー」
「了解じゃ」
そして、二十分間みっちり、腕立てや腹筋を行った。
「じゃあ、次は魔法の練習だねー!」
「うん! ようやくじゃのー!」
「じゃあ、いつものようにギュッてしててねー」
「わかったのじゃ!」
クラリスは目を瞑り、魔力を集中させる。
ふむ、なかなか良い感じで、魔力が成長しているな。
中級レベルにはまだまだだが、これならば近いうちにそのレベルまで到達するかもしれない。
「このまま一時間頑張ってねー」
「んー!」
クラリスは、集中を解くわけにはいかないので、くぐもった声で返答をする。
一時間か……、そろそろ会議が始まるな。
彼女には悪いが、ここを出るとしよう。
「二人とも、俺はこれから会議に向う。最後まで付き合えなくてすまんが、頑張ってくれよ」
「うん! ヒデオも頑張ってねー」
「んー!」
リリは笑顔で、クラリスもできる限りの笑顔で、送ってくれた。
さて、コンチンを待たせる前に向うか。
俺は、城へと入り、会議室へと足を運ぶ。
時刻は午後二時五十九分、よし、時間ギリギリに間に合ったな。
ガチャリと扉を開けると、やはり彼は先にいた。
「いつも遅くてすまんな」
「いえ、私も少し前に入ったところなので。今、茶を入れますね」
「ああ、悪いな」
そして、コンチンに茶を入れてもらい、一息入れて、会議を始める。
「さて今後についてだ。晴れて、ウラールを統一したといっても、やることが盛り沢山だな」
「ええ、領地も増えて、やることも右肩上がりですね」
「ああ、だが一つ一つ片付けて行くしかあるまい。まずは内政だ。街道整備は続けるとして、他に何か意見はあるか」
今のところ街道整備は順調だ。
サーラを優先的に駆り出すことで、効率が格段に跳ね上がっている。
来年の税収までは、領内の街道を一段階広げられそうだ。
あとは、特にすることはないな……。
紙の生産もそれなりに軌道に乗ってはいるが、まだまだこれからだ。
他には、特に思い浮かばないので、コンチンに聞いてみることにした。
「では一つ。今回の戦によりアキモフ領が編入されます。彼の地では、現在僅かですが銅を産出しております。産出量が少ないのは、埋蔵量が少ないわけではなく、人手不足に因るものです。ですので、アキモフ領において鉱山開発をする価値はあるかと思います」
そういえばアキモフ領では、ほんの少しだが、銅が取れるという話だったな。
埋蔵量も僅かだと思っていたが、そうではないのなら、やってみる価値はありそうだな。
「それは面白そうだ。ぜひやってみよう。それに、アキモフ領で銅が取れるのなら、旧クレンコフ領でも何か取れそうだがな……」
旧クレンコフ領の山地部は、ほぼ手付かずなので、探してみれば鉱脈はありそうだ。
だが、それを探し当てられるだけの人材が、いないのだが。
「その可能性はありますが、費用に対して効果が見込めるかは疑問ですね」
「一発当てられればでかそうだが、今の当家にはその余裕は無いな」
ただでさえ内政官が不足しているのだから、そこまで手は回せない。
ここはギルドの力を借りて、さらなる人材を登用してからにするか。
「ですね。当面はアキモフ領の銅山を開発するとしましょう」
「うむ、それで十分だ」
コンチンも頷いたので、内政はこんなところだな。
「続いては外交だ。俺はこのタイミングで、マリアをエゴールに嫁がせようと思う。ウラールを統一するまでの連戦で、彼は頑張ってくれたからな。そろそろよいだろう」
マリアは現在ツツーイ家の領地で暮らしている。
エゴールとの婚姻については、ツツーイにはすでに打診し、承諾してもらっているので問題ない。
マリアも何回かエゴールと話したところ、嫌な素振りを見せていないので大丈夫だろう。
「ふふ、あの兄が女性に惚れるとは、今でも信じられませんね。わざわざ陪臣の未亡人をもらうのですから、本気なんでしょう」
「お前の言うとおりだな。だがこれでロマノフ家とは強い絆で結ばれるだろう」
「いえいえ、すでにエゴールは秀雄様の寄子のつもりでしょう」
二人は無言で、いい笑顔を作る。
「とにかく輿入れの件をエゴールに打診しよう。式も挙げてやろう」
「分かりました。そのように手配します」
エゴールの件はこれでよし、次は亜人交易だな。