第十話 南進 クラリスへの刺客
「これからの行動なんだが、まずクラリスの安全とリリ達のことを考えた。ローザンヌから距離が離れ、かつ亜人差別の少ない地域と言う条件で振るいにかけたところ、南方の小国群に行くことにした。そこなら身の危険も減るだろうし、いろいろ働き口がありそうだからな」
翌朝、俺は全員に周辺の情勢を話した上で、これから南に行くことを告げた。
もちろん行動の方針は殆ど俺に丸投げ状態なので、反対意見も出るはずはなかった。
「しかし問題は、三公国と南方諸国との間に隔たるステップ地帯だ」
三公国と南方諸国との間には砂漠が中央にあり、その周辺に魔獣が生息する草原が広がっている。
その地域には整備されているとはいい難い交易路があるのみで、移動は命懸けになるらしい。
そのため、両者はおいそれと侵略しあう間柄にならずに、今日まで不可侵の関係が保たれてきたのである。
テーブルの上に広げた地図を広げ、皆にも分かりやすく解説を始める。
俺はミラ公国から南方諸国への唯一の交易路となる道を指差し、話を切り出す。
「これからこの道を南進し、南方諸国のラスパーナ地方へと進む。そこで冒険者としての活動をしながら、各勢力の情勢を見極めようと思う。みんな、何か言いたいことはあるかい」
俺は建設的な意見には、しっかりと耳を傾ける心構えでいる。
「あたしはヒデオの言うとおりでいいと思うよー」
「妾もヒデオの言うことは聞くって約束したのじゃ」
「私は秀雄様に付き従うのみです」
三人は異論なく俺に賛成してくれた。
ただチカが、はーいなのにゃと言いながら手を挙げた。
「なんだいチカ?」
「多分この近くにチカが暮らしていた村があると思うのニャ。たからついでに家族に挨拶済ませて、荷物も取りに行きたいのにゃ。秀雄ー、お願いニャ、寄り道していいかにゃ?」
チカは地図上の交易路から離れた森を指し示して、上目遣いでお願いしてくる。
距離的には片道数日程だろうか。
それにしても夢にまで見たネコミミ美少女のおねだりっ……、ふう、仕方ないな。
「ああ構わないぞ。チカのご両親もいきなり娘がいなくなって、さぞかし心配していることだろう。顔を見せてあげて安心してやりなさい。それに、もしチカが村に帰りたいのなら、俺から離れてもいいんだぞ」
ネコミミは捨て難いが、嫌々付き従われても胸糞悪いからな。
「そんにゃことないにゃ! 最初は帰りたいにゃーなんて思ってたけど、今はチカは秀雄と一緒に行くって決めたんニャもん!」
チカは捨てられた子猫のような目をして、俺の言葉を否定した。
ここまで懐かれたらしっかり面倒見てやらないと、男が廃るってもんよ。
「ああごめんよ、今日のご飯は魚にするから許しておくれ」
「ホント! やっぱり秀雄は優しいのにゃー」
チカは泣き面からコロッと一転し、嬉しそうに、その場でジャンプした。
猫っぽい気まぐれさは健在だな。
まあそこがチカの可愛い所でもあるが。
「ああ俺は身内には優しいからな。さて、ここはチカの意を汲んで、道すがらに猫族の村へ行くことにする。とりあえず今日はサリオンの町まで進むことにする。以上だ」
俺は話を切り上げ出立の準備を始めた。
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公都ミラリオンの南門をくぐってから、街道をひたすら南進する。
端から見ると何事も無く進んでいるように見えるが、俺とリリは、なにやら不穏な気配を感じていた。
「ヒデオー、なにか嫌な感じのニンゲンが後からついてくるのー」
リリが分かっているよね、と言わんばかりの顔つきで警告を促す。
「ああ、恐らく公都を出る時にすれ違った集団だろうな」
すれ違いざまに不躾な視線ぶつけてきた四人組が、後をつけてきている。
恐らく俺達の速度についてこれるだけあって、そこそこの実力はあるのだろう。
リリ曰くそれ程大きな魔力は感じられないらしいので、とっと排除することにした。
「おい、後ろの四人! さっきからこそこそと何が目的だ!」
「……」
俺は振り返り大声で話しかけるが返事はない。
「これから十秒以内に返答をしない場合、敵対行為とみなし攻撃する。十……九……、ちっ」
四人組は俺がカウントダウンを開始したら、すぐに散開して襲いかかってきた。
各個撃破は時間が掛かるため、ここはリリに任せよう。
「リリ! 奴らの動きを鈍らせろ!」
「うん! むーー、ピリピリ攻撃ー」
リリは前方広範囲に大量の微粒子を射出した。
俺の目の前は、あたかも霧がかったかのように視界が霞む。
これはリリの花魔法で、マヒ効果のある花粉を一気に射出する技だ。
数秒後、霞んだ視界のため目を凝らしながら四人の様子をうかがっていると、全員が膝をガクガクと震わせながら、うつ伏せに倒れこんでしまった。
何それ、動きを鈍らせるつもりだったのに、全滅させちゃった。
……この魔法凶悪すぎよ。
ただし魔力を大量に喰うため、三回しか撃てないそうだ。
それに魔力の高い者や、身体能力の高い魔獣には効きが鈍くなるらしい。
さらに風向きも考慮に入れないと自爆する恐れのあるので、いつでも使えるわけではない。
それでも凄い魔法には違いはないがな。
「リリよくやったぞ! 後は俺に任せな!」
リリさんには魔力を回復してもらおうと気遣い、俺はファイアーボールを連発して三人を丸焼きにした。
もちろん金の溶解温度より低い温度で魔法を使い、金貨を回収することは忘れていない。
マヒ花粉の霧が晴れてから、一人生き残しておいたリーダー格の男へと近づく。
男は意識はあるもののピクピクしている。
もちろん偽装の可能性もあるので、魔力を集中し不意打ちには備えておく。
「おい、なぜ俺達を襲撃した。答えれば見逃してやらんでもない」
「……」
男はしゃべる気がないようだ。
恐らく理由は奴隷目当てか、クラリスの追手だろう。
カマをかけて、ソルボンヌと呟いたら男の眼球がピクリと動いた。
あんた嘘つけない性格なんだな……。
「大体わかった。他に仲間はいるのか」
「……」
男は先ほどの反省を生かし、瞼を閉じ徹底抗戦だ。
「ならばこうするまでだ」
俺は男の小指を皮一枚残して切り落とした。
「ギャァーー」
男は痛みに弱いのだろう、簡単に悲鳴を上げた。
「これが最後通告だ。先の質問に答えなければ、すべての器官を切り落としてから殺す」
「いっ……言う…………」
男はマヒが残っているのか、たどたどしい口取りで肯定の意を示した。
「よし、もう一度問う。仲間はいるのか」
男は頷く。
「仲間は十人以上か」
無反応。
「仲間にお前より強い奴はいるか」
首を縦に振る。
「それは何人だ。一、二、」
指を二本立てた所で頷いた。
「最後にクラリスが目的か」
首肯した。
こいつの言っていることを盲目的に信じるつもりは毛頭ないが、一つの情報として考慮しておこう。
さあこいつとはおさらばだな。
「ご苦労様」
無慈悲にファイアーボールをお見舞いし、男を丸焼きにした。
「さあ行こうか」
俺はリリを除く三人に引かれてたら嫌だなと思いながら、笑顔を作りながら何事も無かったかのように出発を告げた。
しかし三人はいずれも口を揃えて、俺とリリを称える言葉を投げかけてくれた。
三人とも修羅場を経験して胆力も付いたのか、あまり堪えている様子も無いようだ。
とりあえず引かれてなくて一安心だな。
クラリスを狙う追手により予定外の時間を取られたが、それからは何事もなく、夕刻には目的地の町サリオンに到着し一晩を過ごした。
もちろんチカとの約束通り夕食は川魚料理を振舞ってやった。
そして明けて翌日、一行はステップ地帯への入口の宿場町まで歩を進め、そこで一晩過ごし気力を養ってから、危険を伴う交易路へと足を踏み入れた。