第七話 「殺人幽霊船」
「いや、まさか今日になって、こんな幽霊船の事件に絡むとは思っていませんでしたよ」
沖縄県警の浜野海人警部が、東京で私立探偵を営む榊原恵一にその写真を見せたのは、夏の終わりごろの話だった。今回、浜野は東京出張の際に、ある事件の意見を聞くために警察時代に面識があった榊原の事務所を訪れたのだった。
「これは凄惨ですね」
榊原は呻いた。写真には何かの漁船らしい船が写っているが、そこに血を流した何人もの男が写っているのだ。
「被害者は全部で七人。いずれも沖縄県下で勢力を伸ばしてきた新興暴力団の組員です。数日前、沖縄沖を航行中の観光船が、波間で流されているこの船を発見し、近づいたところ……」
「こんな現場を見つけてしまった」
榊原は後を続けた。
「連中、このごろ台湾マフィアとの麻薬取引で沖まで夜間に船を出すことが多くなっていました。うちとしても注意していたんですが、この有様です」
改めて写真を見ると、船にはサーチライトなど取引に使われると思しき物体が目に付く。
「容疑者は?」
「失踪している組員がいます。新山徹という下っ端で、どういうわけかこいつだけが見つかりません」
「被害者たちの死因は?」
「全員、鋭い物体で体を刺し貫かれていました。肺や、心臓なんかを貫通して、ほぼ即死です。その上、犯人はこの凶器をひねって傷を広げた形跡もあります。ただ、凶器は現場にありませんでした」
榊原は何か考え込んでいた。
「どうですかね。やっぱり新山が犯人でしょうか?」
「……私の意見でよければ、一つ推論を述べたいのですが」
不意に榊原が言った。
「おそらく、これは事故だと思いますよ」
「事故?」
思わぬ言葉に、浜野は戸惑った。
「新山を含めた八人は取引のため外洋に出ます。そこで、合図のためのサーチライトをつけていた。操舵はおそらく新山。他の七人は甲板にでもいたんでしょうね。そこで、悲劇が起きた。凶器が海の中から飛んできたんです」
「海の中から飛んできた?」
榊原は不意に本棚から図鑑を取り出した。
「こいつですよ」
そこには『ダツ』という細長い魚が載っていた。
「こいつは英名を『ニードルフィッシュ』と言いまして、その名の通り槍そのものです。その歯と顎は鋭く長く発達し、餌の魚の群れめがけて高速で突っ込んで魚を串刺しにし、夜間には光めがけて海面から飛び出し刃物そのものの威力で突き刺さるんです。おそらくですが、彼らはサーチライトをめがけて海上へ突っ込んできたこのダツの群れの襲撃を受けたのではないでしょうか。その威力たるや人間の体を貫通するほどですし、何より闇からの不意打ちです。避ける暇さえなかったでしょう。しかもたちの悪いことに、この魚は刺さった後体をひねる習性があるんです。操舵室にいて助かった新山はこれに気付き、慌てて全員から突き刺さったダツを引き抜いて海に捨てたがすでに手遅れ。呆然としているところに別のダツが飛んできて新山に突き刺さり、新山は海に落下した。そんなところではないかと思います」
榊原の推論が終わり、浜野は黙り込んだ。証拠はない。しかし、妙に説得力があった。
そして後日、新山の死体が沖縄の海岸に打ち上げられているのが見つかった。その胸には、一匹のダツが体の半分以上めり込ませながら刺し貫いていたのだという。