第六十三話 「こんな殺人鬼のいるような場所にいられるか!」
「キャーッ!」
二階から響く悲鳴を聞いて、俺は計画がうまくいった事を知った。悲鳴を聞いてこの山荘内にいる人間が一斉に二階の客室へ向かう中、俺は何食わぬ顔でその集団に付き従っていた。ある客室の前にこの山荘の従業員の女性が腰を抜かして倒れており、顔を真っ青にした彼女が震える手で室内を指さしているのが印象的だった。どこかのサラリーマンと思しきくたびれたスーツ姿の男性が覚悟を決めたように前に出て、俺たちも後に続いて室内を覗き込んだ。
「こ、これは……」
人のよさそうな山荘の主人が息を飲む。部屋の中には一人の女が血まみれになって倒れていた。それも当然の事であって、今から一時間くらい前に俺がこの手でこの女を滅多刺しにしたからだ。何を隠そう、この俺こそが今からこの人里離れた山奥の山荘で巻き起こるであろう殺人事件の犯人なのである。
俺がこの山荘で殺人事件を起こす事になった動機についてはここでは深く語らない。確かなのは、俺は標的となる三人の人間をこの山荘におびき出す事に成功し、完璧な密室トリックで一人目の標的を殺害する事に成功したという事実だけである。
実際、客たちは重苦しい表情で目の前の光景を見つめていた。特に、この後次の標的になる予定の二人に至っては他の客たちよりも顔色が真っ青になっており、どうやら殺される心当たりを思い出している真っ最中らしい。いい気味だ、ざまぁみろ、殺される恐怖をたっぷり味わうがいい。俺は表向き他の面々と同じ恐怖の仮面をかぶりながら、心の中ではそう思ってほくそえんでいた。一方、それ外の客は部屋が密室だったという事実にようやく気付き、果たしてどうやって彼女を殺したのかと深刻そうな顔で考え込んでいるようだった。
と、その時だった。
「ふざけるな! こ、こんな殺人鬼がいるような場所にいられるか! わしは逃げるぞ!」
そんなある意味お約束の言葉を叫んだのは、でっぷりとだらしなく太り、スケベそうな顔をした男……金成助兵衛というどこぞの会社の社長だった。何というか、こういうシチュエーションだと真っ先に殺されそうなタイプの人間ではあるが、実際の所、この男は別に俺の標的というわけではなく、本当にたまたまこの山荘に宿泊していただけの第三者である。だが、この山荘から脱出しようとするなら話は別だ。途中で警察の介入を許すわけにはいかず、もし本当に逃げ出すつもりなら、俺としては第三者であっても容赦するわけにはいかない。
とはいえ、そんなセリフを叫んだ金成に対する犯人であるところの俺の感想はただ一つに集約された。すなわち……
ふざけんな! 余計な事をするんじゃねぇ!
である。
何だか推理小説なんかだと、こういう閉ざされた山荘から強引に逃げ出そうとする奴は殺人鬼に真っ先に殺されるみたいなパターンがお約束になっているようだが、正直、犯人側の苦労も考えてほしいというものである。こちらとしても、そんな事をされたら他の殺人計画を全て一度中断して真っ先にそいつの殺害に動かなければならないし、場合によってはそのためだけに慣れもしない山登りを敢行しなくてはならなくなる。はっきり言って迷惑だ。死亡フラグだなんて言い出した奴は顔を洗って出直してきやがれと言いたくなる。というか、「ふざけるな」と叫びたいのはむしろこっちの方だ。
だからこそ、俺は金成の奴を全力で引き留める事にした。
「だ、駄目ですよ! そう言って逃げ出した人間が殺されるっていうのがこういう場合のお約束じゃないですか! それに、外は嵐ですし!」
これは本当である。実際、すっかり夜の闇に包まれた山荘の外では、すでに嵐の風雨の音が響き渡りつつあった。
と、先頭を切って部屋の様子を確認した例のサラリーマン風の男……確か名前は榊原恵一といったと思う……が俺の意見に賛同するように援護射撃をしてくれた。
「彼の言う通りですね。とにかく、一度落ち着きましょう。まずは警察に連絡です」
「そ、そうですね!」
榊原のその言葉に、山荘の主人が慌てて一階に駆けおりていく。が、俺に抜かりはない。当然警察に来てもらっては困るので、あらかじめ電話線を切断しておいたのだ。携帯電話も圏外の場所であるし、もはや外部に連絡する事は不可能である。案の定、しばらくして主人が血相を変えて戻ってくると、電話線が切断されていた事を一堂に告げた。
「そんな……では、わしらはこのまま殺人鬼と一緒に過ごさなくてはならんという事なのか! 冗談じゃないぞ!」
金成が喚くように叫ぶ。ひとまず、この後どうするかという話になったのだが、真っ先に意見をまくしたてたのは他ならぬ金成だった。
「どうするも何も決まっている! こうなった以上、誰も信用できるか! 自分の身は自分で守る他ないだろう! 違うかね!」
……何というか、ここまでテンプレートな事を言われるといっそ清々しく思えてくるが、とにかく金成は全員で一ヶ所にいるのではなく、それぞれが自室に立て籠もる事を強硬に主張した。俺としては正直一ヶ所に集まられた方がやりにくいのでその意見には賛成なのだが、驚いた事に、どう考えても間違っているとしか思えないその意見に賛成する客が何人もいるようだった。
もちろん、ちゃんとした判断をしている人間もちゃんといた。代表格は、あの榊原という男だった。
「こういう場合は一ヶ所に集まっておいた方が犯人としてもやりにくいはずです。相手は怪物ではなく所詮は人間。一人で全員を一気に皆殺しにできるような力はないはずです」
やけに犯罪者の心理に詳しかったので疑問に思ったが、話を聞いてみると、何とこの男は元刑事のプロの探偵らしい。よりによってこんな所に探偵がいるとはいよいよ本格的にミステリーのお約束めいてきたが、しかし所詮は多勢に無勢。多くの客の言葉に押されて、結局それぞれが朝まで自室に立て籠もる事になった。榊原という探偵は渋い表情を浮かべていたが、決まってしまった事は仕方がないと考えたのか、やむなく立て籠もる事を前提とした注意を行う。
「本気で立て籠もるというのならば、朝になるまで自室の鍵をかけて絶対に外に出ないように! 密室トリックが明らかになっていない現状、下手な動きは自殺行為になりかねませんからそのつもりで! あと、勝手に外に逃げだすというのも論外です! いいですね?」
最後の確認は特に金成に向けたようで、金成は明らかに不満そうな顔ながらも渋々頷いている。話がまとまったところで、客たちはそれぞれの部屋に戻り始める。多少ゴタゴタはしたが、今のところ計画の範囲内ではある。このまま乗り切れるかもしれない……愚かにもこの時俺はそんな事を考えていたのだった。
……だが、夜になると事態はすぐに俺にとって良くない方へと動き始めた。自室で次の殺人に備えた準備しながら何気なく窓から外を見ると、暗闇の中、山の中へ逃げようとする金成の姿を見つけてしまったのである。
「あのおっさん、舌の根の乾かぬ内に……」
俺としては歯ぎしりしたい気分である。が、当然ながらこのまま奴を逃すわけにはいかない。どれだけ面倒臭くても、こんな嵐の中、あの男を殺しに行かなければならないのである。
「はぁ……」
こんな状況なのに、俺は深いため息をつくと、すぐに山登りの装備を整えて厚手のレインコートを着込んだ上でこっそり薄暗い廊下に出て、あの男が出て行ったであろう裏口へ向かった。こんな格好で廊下をうろついているところを見られたら、その瞬間に俺は一発で容疑者扱いされてしまうだろうが、山を舐めるわけにはいかない。この状況下で装備もなしに山に入ったら俺の方が死んでしまうのは確実だ。そうなれば犯人死亡でそのままめでたく事件は解決である。大半の人間からすればハッピーエンドなのだろうが、俺からしてみればそれはただのバッドエンドでしかない。
あいつさえ余計な事をしなければ……俺は心の中で愚痴りながら裏口まで進み、誰もいない事を再度確認して山荘の外に飛び出した。外は相変わらずの嵐で、俺はレインコートのフードをかぶりながら、慎重に金成が進んだと思しき森の中へと分け入っていく。暗闇の中、一歩間違えたら遭難確実な状況の中で、俺は必死で奴を追いかけ続けた。途中、「俺、何やってんだろ?」と思わなかったかと言えば嘘になるが、とにかく俺は必死だったのだ。
それから一時間ほどして、ようやく俺は金成の後姿を視界にとらえた。少し開けた場所で、岩がいくつも点在する『ガレ場』と呼ばれる場所のようである。俺は汗を拭きながらガレ場を歩き続ける金成に気付かれないよう、岩場に身を隠しながら少しずつ金成に近づいて行った。金成は不安そうに周囲を見回しているが、時折鳴り響く雷鳴と振り続ける風雨のせいで俺の事には気付いていないようだ。このまま森に入られて見失うのも困るので、やるなら今しかなかった。
「恨むんなら、不用意に死亡フラグを口にした事と、自分の軽率な行動を恨むんだな」
そう呟きながら、俺はナイフを握りしめると金成の死角から飛び出し、そのまま金成目がけて突っ込んでいった。ここに至って金成はハッとした様子で俺の存在に気付いたようだがもう遅い。俺は自身の感情を押し殺しながら、一気に金成の体にはナイフを突き立てようとし……
次の瞬間、俺は腹部に鈍い衝撃を受けてそのまま吹っ飛び、金成から数メートル離れた場所に背中から叩きつけられていた。
俺は一瞬、何が起こったのか全くわからなかった。気付いたら俺はガレ場に仰向けに倒れていて、雨が降りしきる真っ暗な空を雨に濡れながら眺めていた。左脇腹がヒリヒリと痛む。そこで俺は、ようやく自分が脇腹に強烈なボディブローを受けて弾き飛ばされたという事実を実感するに至った。
しかし、そんな事を一体誰が? いや、該当する人物は一人しかいない。だが、俺はそれを肯定する事を恐れていた。普通の人間に、ナイフを持った殺人鬼に対してボディブローを決めて吹っ飛ばすなどできるはずがない。しかし、そいつはそれをやったのだ。そしてそいつは、今まさに俺の目の前に立っているはずである。
俺は上半身を起こして周囲を見渡し、その人物の姿を探した。そして、数メートル先に立つその姿を見た瞬間、俺は思わず驚愕の表情を浮かべていた。
「何……だと……」
何しろそこには、この天気の中で上着を脱ぎ棄てて傷だらけの筋肉モリモリの上半身を露出し、全身から強者のオーラとしか表現できない何かを発しながらマッスルポーズを決めている金成の姿があったからである。
「ふっふっふっふっ……誰かと思えば、貴様が犯人だったとはなぁ。わざわざこんな所までわしを殺しに来るとは、テンプレ通りとはこの事だ。だが、冥途の土産に一つ言っておいてやろう」
そんな、山荘でのあの「いかにも次の被害者です!」的な態度は何だったんだと言いたくなるほど自信に満ち溢れたセリフを吐きながら、金成は不敵な笑みを浮かべつつ、鳴り響く雷光をバックに指をポキポキ言わせながらさらにこう豪語する。
「いつから、死亡フラグを言った奴があっさり殺されると錯覚していた!?」
何でお前がそのセリフを知ってるんだよ! と、叫びたくなる中、金成はニヤリと笑いながら容赦なく俺に襲い掛かってきた。
「死ねや、雑魚がァァァァァァッ!」
「う、ウオォォォォォォッ!」
かくして暗闇の雷光鳴り響く山の中、何か物語のジャンルを全力で間違えているとしか思えない一騎打ちが始まってしまったのだった……。
「ヌオォォォォォォォォォッ!」
「アアァァァァァァァァァッ!」
嵐吹き荒れる闇夜の山中に鋭い気勢が響き渡る。一方は俺で、もう一方は血走った目をしながら何かもうヤバい表情で突っ込んでくる金成である。
「あぁ、昔の血が騒ぐぞぉ!」
「何なんだよ、昔の血って!」と叫びたいのはやまやまだが、そんな事を言っている余裕は俺にはない。端的に言って、この男は滅茶苦茶強かった。太った体(といっても贅肉ではなく筋肉で、だが)に似合わぬ華麗な身のこなしで俺を翻弄しつつ、的確にその拳を俺の体に叩き込んでいく。俺はナイフこそ持ってはいるが、もう何発も拳を入れられ、蹴り倒され、地面に叩きつけられてと、完全にフルボッコな状態だった。見る人が見たら、どう見ても殺人鬼は金成の方で、俺は哀れな被害者としか思えなかっただろう。
「どうした! この程度かぁっ! もっとわしを楽しませろやァァァァッ!」
もはや俺を叩きのめす事に快感を覚えてしまっているらしく、すでにその表情は一般人がやってはいけないくらい恍惚としたものになりつつあった。何というか、当初の目的をすっかり忘れている気もするが、とにかく、俺としては何とかこの状況から脱しなくてはならない。だがその間にも、俺はガレ場から文字通りの崖っぷちへと追い詰められつつあった。
「フッフッフ……そろそろ終わりのようだなぁ。改めて冥途の土産によく覚えておけい。このわし……金成助兵衛の名前をなぁ!」
かっこよく見えて実はかなりかっこ悪いセリフを吐きながら、金成は崖際に追い詰められた俺目がけて突っ込んできた。俺は腹を決め、一か八かの賭けに出る事にした。
「う、ウオォォォォォォッ!」
俺は絶叫しながらナイフを金成目がけて投げ捨てると、そのまま一瞬のスキをついて金成の懐に飛び込んだ。そして次の瞬間、突っ込んでくる相手の勢いをそのまま利用する形で一本背負いを決め、相手を崖目がけて放り投げたのである。
「お、オオオオオォォォォォォォォッ!」
金成は野太い絶叫と憤怒の表情を残し、そのまま薄暗い崖下目がけて落下していった。それを見届けると、俺はその場にへたり込み、雷鳴の中で雨に打たれながら虚ろに崖下を眺め続けていた。
「はぁ、はぁ……畜生が!」
肩で息をしながら俺は思わず毒づいていた。人は見かけによらないとはよくいうものだが、見かけによらなすぎるにもほどがあるだろう。あるいは能ある鷹は爪を隠す……いや、能ある鷹がバズーカ―を隠し持っていたというべきか。とにかく、何もかもが想定を超えたイレギュラーぶりだった。
何にしても、すぐにでも山荘に帰らなければならない。今の俺は全身怪我だらけで疲労困憊であり、こうなっては次の犯行なんて論外もいい所である。今はただ、殺人計画の遂行よりも山荘のフカフカのベッドでこの疲れを癒したいと、そんな殺人犯にあるまじき事を本気で思ってしまったのだった……。
「あぁ、お帰りなさい。随分お疲れのようですね」
それから一時間後、全身ボロボロになって山荘へ帰還した俺を、残った連中が玄関に集合して白けた目で出迎えてくれた。
「まぁ、今更こんな事を聞くのも馬鹿馬鹿しいのですが……その格好はどうしたんですか?」
客の中から代表して、あの榊原とかいう探偵が努めて冷静にそんな質問をしてきた。もっとも、それは当然の疑問だと思う。俺だって同じ立場なら同じような質問をするだろうし、そして俺はそれに対する答えを持っていないのだ。
「えーっと、いや、その……」
俺は言葉に詰まるしかなかった。何しろ俺の格好たるや、着ている服は全身ズタズタで体のあちこちにあざがあり、髪もぼさぼさで所々切り傷で出血もしており、おまけに手には血まみれのナイフ(ほとんどは俺の血だが)が握られているという有様なのである。これで怪しまれなかったら、むしろ怪しまなかった奴の方が異常である。
「さ、散歩してたらクマに襲われましてね! いやぁ、なかなかに手ごわい相手でしたよ!」
「ほう、それは災難でしたね」
「まったくです! ハハハハハ……」
滅茶苦茶苦しい言い訳なのは重々理解している。大体、今は一月ではないか。こんな時期にクマがこの辺をうろついているわけがないのに、俺は何を言っているんだと自分で自分を殴りたくなる。
「いや、私としては、いつ殺人鬼に襲われるかわからないこの状況で、雷雨の中で夜中に呑気に森へ散歩に行ったあなたの豪胆さの方が恐ろしいと思うわけですがね」
「……」
……まぁ、どう考えても不自然なのは自分でもよくわかっていた。他の連中の視線も痛い。皆が皆、物凄く怖い顔で俺の事を見つめている。
「ところで、つかぬ事を聞きますが、金成さんがどこに行ったのかご存知ですか?」
「い、いえ……」
「そうですか……。まぁ、あの人なら滅多な事では大丈夫でしょう。何しろ私が聞いた限り、大学時代にカポエラの全国大会で優勝し、卒業後に自衛隊に入隊。自衛隊退役後に海外に渡ってフランス外人部隊に参加し、帰国後に特例で警視庁警備部機動隊に採用されて数々の事件に関わり、退職後に商事会社を設立して巨万の富を得たという立志伝中の人物ですからね。もっとも、最近ちょっと運動不足で太っていたようですし、女性関係にだらしがなかったのは玉に瑕でしたが」
「……」
一体どんな人生で、そんでもって何でそんな化け物がこんな山荘にいるんだよ! と、俺は思わず叫びたくなった。あの典型的な成金社長にしか見えない男の人生がそんなハードモードだったとは思いもしなかった。人は見かけによらないというか……正直、殺人鬼よりもそっちの方が怖くないか!? バランスブレイカーもいい所じゃないか! そりゃ、それだけの実力があれば一人で森を脱出しようとするはずだよ! あと、あれは断じてカポエラなんぞではないと断言できるぞ!
というかこの探偵、全部わかった上で俺の事をいたぶっていないだろうか? だとしたらこいつの性格もかなり悪いと言わざるを得ない。この山荘にまともな人間は誰もいないのだろうか?
「ところで、御存じないとは思いますが、この状況下でお二人がいなくなったので山荘内は大騒ぎになりましてね。『新たな犯行か!』という話になって、申し訳ありませんがそれぞれのお部屋を調べさせてもらいました」
「……」
「驚きましたよ。あなたの部屋に残されていた荷物から、ナイフだの毒薬だのロープだの……まぁ、色々見つかったものですからね。しかも見つかったナイフの一本には、大量の血痕が付着していました。もちろんここでは正式な検査はできませんが、あれは恐らく最初の殺人で使用された凶器でしょうね」
「……」
「さて、何か言いたい事はありますか? 話くらいは聞いてあげますよ」
榊原がそんな事を言う。そして俺は思った。こんなの……どう言い訳しろっていうんだよ!
「えーっと、その……例えば、ですよ。例えば、真犯人が俺に罪を着せるために、俺の留守中に俺の荷物に凶器を入れておいたとか……」
「なるほど、そうですか。しかし、そうなるとおかしいですね。私の目に狂いがなければ、部屋で見つけたナイフとあなたが今まさに持っているそのナイフ……両方とも同じ種類のものに見えるのですが」
「……」
返す言葉がなかった。
「ま、とにかく、第一の事件でどういうトリックを使ったのかはまだわかりきっていませんが、ひとまずあなたを拘束させてもらった上で、この山荘の地下にあるワイン貯蔵庫にでも監禁させてもらいましょうか。それで殺人が起こらなくなれば万々歳ですし、その間に第一の事件のトリックも明らかにできるでしょう。もしそれでも殺人が続くようなら……まぁ、その時はその時で考えましょうか」
そう言いながらも、榊原は俺が犯人だとほぼ確信しているようで、それは他の連中も同様だった。こういう場合、その犯人と疑われて監禁された人間が殺害されて事件が続くというのがミステリーのお約束とも言えるが、今回ばかりはそのお約束が起こる事はないだろう。何しろ、その監禁される人間……すなわち俺は間違いなく犯人であり、当たり前ながら監禁された人間が新たな殺人を起こすなど不可能だからだ。何というか、金成一人のせいで計画全てが滅茶苦茶になってしまった感覚である。
と、そんな榊原の視線がふと空を向く。嵐は去り、山の向こうから朝日が昇り始めていた。
「あぁ、どうやらそろそろ朝のようですね。……ところで、つかぬ事を聞きますが、あなた、金成さんの生死をちゃんと確認しましたか?」
「?」
「いや、私が事件前に彼から直接話を聞いた限り、あの人、相当タフみたいなので。何でも、外人部隊時代にアフリカの紛争地帯のジャングルで約一ヶ月生き延びた経験があるそうです。多分、よっぽど確実な殺し方をしない限りは助かると思う次第なのですがね」
その榊原の言葉に、「まさか」と思いつつ、俺は虚ろな表情で上空を見上げた。
そこには県警のヘリコプターが朝日をバックにこちらに向かって飛んできており、その中から無事に救助されたと思しき全身傷だらけの金成が、上半身をタオルでくるまれながら、物凄くいい笑顔でこちらに向かってサムズアップをしている姿が見えたのである。その姿は凱旋してきた英雄そのものであり、そんな外見と名前なのに、まるでこの男が今回の事件の主人公のように思えるくらいだった。
その光景に客たちの黄色い歓声が響く。そんな中、呆然としている俺の背中に、榊原が少し同情気味に手を置いて、こちらもこちらで物凄く優しい顔を向けてきた。
「どうやら、監禁する必要すらないようですね。さて、最後に何か言いたい事はありますか?」
正直、かなり複雑な気分だったが、事がここに至れば、俺としてはこう言うしかなかった。
「……何で、あれで生きてるんだよ」
ミステリーのテンプレ的に真っ先に死にそうな人間かと思ったら、その実態は「死にそう」どころか殺しても死なない類の人間だったという罠だったようである。館物のミステリーで死亡フラグを全力でへし折りにかかったらこういう事になるのかなぁと思ったりしたが、俺にとってはもはやどうでもいい話だった……。




