第五十九話 「果たし状」
『果たし状 九嶋陽平 今夜午後七時、愛美子さんを賭けて決闘を申し込む 長谷一郎』
都立立山高校二年の九嶋陽平は下駄箱に入っていた手紙を見て困惑していた。だがそれも一瞬の事で、すぐに自分が決闘という名のタイマンを申し込まれた事を理解していた。
なぜ、一介の平凡な男子高校生に過ぎない九嶋にこんな果たし状が叩きつけられるような事態になってしまったのか。事の発端は、正直非常にうらやましい事ではあるが、最近になって九嶋に彼女ができた事だった。
相手は水原愛美子という女の子で、吹奏楽部の部長であると同時に立山高校の現生徒会副会長を務め、物凄くベタでラノベなんかでありがちな話だが『立山高校のアイドル』とまで呼ばれている美少女だった(ちなみに生徒会長の方も女子生徒だが、そっちは美人ではあるもののかわいいというより『女傑』みたいな性格で、『アイドルって感じじゃない』というのが大方の見解であるらしい)。実際、学校内にもファンは多いのだが、そんな彼女が一体どんな風の吹き回しなのか一週間くらい前になって突然九嶋に告白。もちろん入学以来彼女にあこがれていた九嶋が断る理由もなく、晴れてカップル成立となり、九嶋はしばらくの間仲のいい友人たちから『リア充爆発しろ!』『っていうか、何てギャルゲの主人公』などといじり倒される事になってしまった。
が、残念ながら誰もがこのカップル成立を祝福してくれるわけではなかった。当然ながらこれを快く思わない人間もおり、その中でも特に猛反発をしていたのが、中学時代から彼女に猛アタックを続け、現在は他の高校で生徒会長をしているという長谷一郎という男子生徒だった。彼はこう言っては何だが甘いマスクの女性受けするタイプのイケメンで、それでいながら空手部の主将であるという、それこそ『お前どこのギャルゲのライバルキャラだよ!』『あまりにもギャルゲのライバルキャラとして適役すぎる』と言いたくなるようなスペックの持ち主だった。彼は愛美子が九嶋と恋仲になった事をどうしても許せなかったようで、今もなおしつこく食い下がっているという話は愛美子から何度か聞いて知っていた。
とにかく、その結果こうして長谷から果たし状が届けられる事になってしまったわけである。一体どうやって他校の生徒会長である長谷が九嶋の下駄箱に果たし状を届けたのかという疑問はあったりしたが、この際そんな事はどうでもよろしい。とにかく九嶋としては、こうして愛美子を目的にタイマンを申し込まれたとなれば、相手がたとえ空手の経験者であったとしても黙って引く事などできないと燃え上っていた。もっとも、普段彼はそんな活発な性格ではないので、より正確に言えば舞い上がっていた、とでもいうべきなのかもしれないが。
とにかく、そんなわけで九嶋がいざ決闘場所へ向かおうと覚悟を決めて果たし状を握りしめた……その時だった。
「えっと、こんな所でさっきから何をしてるの?」
突然後ろからそんな声をかけられ、九嶋は飛び上がるほど驚いた。振り返ると、そこにはよく見知ったクラスメイトの少女と、その少女に付き添っている様子のサラリーマン風のスーツ姿の男性が不思議そうにこちらを見つめていた。
「ふ、深町さん?」
「はい、深町さんです。って、そんな事より、陽平君こそこんな所で固まって何してるの? 」
「あ、いや、その……」
と、その少女……ミス研部長の深町瑞穂の背後にいたサラリーマン風の男が目ざとく九嶋の手にある手紙を見つけた。
「その手紙は何だね?」
「え、えーっと……深町さん、こっちの人は?」
「誰って、私の先生。ミス研の名誉顧問、って言ったらいいかな?」
「極めて不本意だがね。……私立探偵の榊原です」
「あ、もしかしてあのミス研の事件を解決したっていう……」
かつてこの学校のミス研で発生した大量殺人事件……表向きは警察が解決した事になっているが、少なくとも瑞穂の同級生辺りはそれを解決したのが一介の私立探偵で、現ミス研部長の瑞穂が個人的にその探偵に弟子入りしている事は噂程度には聞いていた。
「まぁ、その話はいい。今日はいきなり瑞穂ちゃんに呼ばれて何事かと思って来てみたら、まさか学校の先生に依頼をされるなんてね……」
「いやぁ、中谷先生が困っていたみたいだったから先生を紹介しただけですよ。やっぱり、こういうところでミス研も先生からの株を上げておきたいですし」
中谷というのはこの学校の数学教師である。どうやら、瑞穂の紹介で何かを榊原に依頼したらしく、それで今日はわざわざ学校まで来ていたようだった。
「まぁ、そんな事はいい。それより、その手紙は?」
「あ、はい、それが……」
すっかり気勢をくじかれた形の九嶋は、成り行きで果たし状を二人に差し出していた。二人はそれを受け取ると、興味深げに読み取る。
「果たし状って……何か、随分古風だよね」
「うん、まぁ……僕もそう思うけど……」
「っていうか、愛美子も大変だよね。というか、罪作り? まぁ、確かにあの子はかわいいけど」
瑞穂が同情気味に言う。その言葉に九嶋は少し驚いたように尋ねた。
「深町さんって、水原さんと知り合いなんですか?」
「うん、友達だよ。愛美子が九嶋君に告白してOKをもらったって聞いた時は、私も含めた友人一同があの子の家に集まって盛大に『告白成功おめでとうパーティー』をしたくらいだから。いやぁ、あの日は騒ぎに騒いだなぁ」
「へ、へぇ……」
まさかそんな事をしていたとは知らなかった。
「ちなみに参加メンバーは?」
「えーっと、私と女子バスケ部のさつきに、文芸部の美穂でしょ。それと女子陸上部の麻衣に、心理研の駒子ちゃんと、あとはオカルト研の……」
「も、もういい」
瑞穂も含めて、見事にそれぞれの部活の女子部長たちばかりである。女子グループのネットワークが少し怖くなった九嶋だった。
と、それまで黙って果たし状を読んでいた榊原が不意に尋ねた。
「それで、九嶋君、だったかな? 君はこれからどうするつもりだね?」
「どうするって……どうしましょう?」
さっきまでは気持ちが燃え上がって決闘する気満々だったのだが、正直今はどうしたらいいのかわからない有様だった。というか、普通に考えて平凡な男子高校生の自分が空手部の主将に勝てるわけがないではないか。一体さっきまでの自分は何をヒートアップしていたんだろう。正直、そっちの方が恥ずかしい話である。
「その、さっきまでは色々盛り上がって受けて立つつもりだったんですが……冷静になってみたら絶対に勝てるわけないし、どうしたらいいのかわからなくなりました」
「じゃあ、無視したらいいんじゃない?」
瑞穂が意見を述べるが、九嶋としてはそれも考え所だった。
「うーん、無視したら後が怖いかな。『何で無視したんだ!』って乗り込んでくるか、あるいは無視したから負けだって言われるか……でも、行ったら行ったで面倒な事になりそうだし……」
と、そこで九嶋は目の前にいる『名探偵』に助けを求めた。
「探偵さんはどうしたらいいと思いますか? 探偵さんに聞く事じゃないかもしれませんけど……」
「まぁ、そうだな。確かにこれは探偵と言うより弁護士の仕事になるとは思うが……」
そう言いつつも、榊原ははっきりとこう言った。
「ひとまず、私としては行かない事を勧めるね。どういう決闘なのかは知らないが、探偵として、殴り合いになるかもしれない話を黙って見過ごすわけにもいかない」
「そ、そうですか。でも、それはそれで……」
そう言ってためらいを見せる九嶋に、榊原は軽くため息をついた。
「……やむを得ないか。こうして関わった以上、放っておくわけにもいかない。やれる事だけはやろう」
「な……何をするつもりですか?」
心配そうにする九嶋に、榊原は冷静に答える。
「心配しなくてもいい。ただ、探偵として……元刑事としてすべき事をするだけだ」
「……それが不安なんですけどねぇ。先生のやり方は普通じゃないから」
瑞穂がジト目で榊原を見やるが、榊原はどこ吹く風で携帯でどこぞに連絡を取り始めたのだった……。
その夜、果たし状の送り主……長谷一郎は、約束の場所である公園で腕組みをしながら待っていた。格好は学校の制服で、表情はパッと見た限りと静かに見える。だが、その目は激しく燃え上がっていた。もちろん本当に炎上していたわけではなく(もしそうなら別の意味で大事件である)、嫉妬の炎で猛り狂っていたのである
「おのれ九嶋陽平……彼女にふさわしいのは俺だ。今ここで決着をつけてやる!」
長谷は甘いマスクに憎悪を浮かべ、一人いきり立っていた。まぁ、誰もいない公園でそんな事をしていたら客観的に見るとただの変質者なのだが、本人は全く気にしていないようだ。
とにかく、そんな感じで彼は自身の恋敵を待ち続けていた。そして、やがて公園の時計が約束の午後七時を告げる。その瞬間、公園の入口から誰かが入って来る気配がした。
「来たか……」
長谷は腕組みを解くと、そっと目を閉じてその時が来るのを待つ。そして、気配が長谷の前に着た瞬間、カッと目を開けて叫んだ。
「来たな、九嶋! 勝負だ!」
その視線の先……
そこには、頭にネクタイをまいて缶ビールと何かの包みを手にフラフラとうごめく、どこぞの酔っぱらったサラリーマンの姿があった……。
「ウィ~、あんちゃん、こんな時間に何をしてるんだい?」
「……違う! あんたじゃない!」
人違いを隠すように長谷は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「何だよ、別に怒鳴らなくったっていいじゃないか、ヒック」
「あんたに付き合っている暇はない! さっさと家に帰れ!」
「ヒック、わかったよ……ったく、これだから最近の若い奴は……」
そうぶつくさ言いながらサラリーマンは去って行った。後には長谷と冷たい風だけが残される。
「くそっ、落ち着け。これはたぶん宮本武蔵の真似なんだ。あいつ、わざと遅れて俺の気持ちを乱すつもりだな。その手にはのらないぞ」
そう言って長谷は気持ちを落ち着ける。それから少しして、またしても公園の入口に別の気配がした。今度はかっこつけて目を閉じるような事もせず、ただ相手が自身の目の前に現れるのを待つ。
そして、やがて長谷の目の前にそれは姿を見せる。
それは一頭の人面犬だった。
「畜生! また外れか! あいつ、まさか単に遅刻しているだけじゃないだろうな!」
「兄ちゃん、怒ると体に悪いぜ」
「うるさい! 関係ないなら放っておいてくれ! 今は忙しいんだ!」
「つれないなぁ。わかったよ。体には気をつけな」
そう言うと、人面犬はあっさりとその場を去って行った。
「全く、関係ない奴ばかり来やがる。大体なんで人面犬が……」
そこまで言って、長谷は物凄い勢いで顔を上げた。
「人面犬!?」
すでに視界の先には何もない。ただ暗い公園の風景が広がっているだけである。
「は、はははは。俺、疲れてるんだな。疲れてるから、変な幻覚なんか見るんだ。幻覚……あれは幻覚……」
長谷はそう自分に言い聞かせて無理やり納得させ、今の事は忘れる事にした。
「それより、九嶋だ。もしかして、電車が遅れてるのか? 人身事故でもあったのか? だったとしても、遅延証明書を見せなかったら俺は納得しないぞ!」
電車の遅延を心配する決闘なんて見たくないが、まぁ、現代だとそういう事もあるんだろう。と、またしても公園の入口に気配がした。とりあえず、今度はちゃんと人のようである。そして、その人物は迷うことなくこちらへ近づき、そして暗闇の向こうからその姿を見せた。
「あぁ、いたいた。すぐ見つかって助かったよ」
それは、スーツを着た三十代半ばと思しき男だった。ただ、さっきの酔っ払いと違ってその表情は真剣であり、明らかに何か雰囲気が違う。長谷はその正体を確かめようとしたが、今度は長谷が何かを言う前に男の方から話しかけてきた。
「君が長谷一郎君だね?」
「……そうだけど、あんたは誰なんだ?」
「失礼、こういう者だけどね」
そう言って男は警察手帳を示す。そこには『警視庁刑事部捜査一課警部補 新庄勉』の名前が見えた。
「警察……」
「正直、こんなくだらない話で捜査一課の私が出動というのもおかしな話だが、警部や榊原さんの指示なら仕方がない。さっさと終わらせようか」
「あの……何で刑事が?」
正直、意味がわからなかった。が、新庄は少し真剣な表情で告げた。
「これに見覚えは?」
そう言って、新庄はビニール袋に入った一枚の紙を示した。そこには、長谷が九嶋に出した果たし状そのものだった。
「そ、それは……」
「馬鹿正直に自分の名前を書いている上に、筆跡鑑定をした結果、君の筆跡と一致した。それと、紙のあちこちから君の指紋が検出されている。君が出したもので間違いないね?」
長谷が何か言う前に、新庄は畳みかけるように言う。筆跡鑑定に指紋検査と本格的な話が出てきて、「あいつ警察にちくったのか!」と叫ぼうとした長谷は絶句してしまった。何か話がおかしな方向へ向かおうとしている……そう思えて仕方がなかった。
「さて、待っているところ悪いが、このまま一緒に来てもらおうか」
「な、何で!」
「何でも何も、これを出したんだろう。話を聞かせてもらうぞ」
「手紙を出しただけで何で警察が出てくるのかって聞いてるんです!」
長谷の必死の反論に、しかし新庄は全く動じずに答えた。
「手紙を出しただけ、ね。問題は、これがただの手紙じゃなくて『果たし状』だという点だ。しかも、冗談なんかじゃなくて本気の果たし状だ。そうなると警察として放っておくわけにもいかないんだよ」
「ぼ、僕はまだ何もしていませんよ! 何もしていないのに捕まるなんてそんな馬鹿な事が……」
「だから、この『果たし状』で決闘を申し込んだじゃないか」
「意味がわかりません!」
何か話がかみ合っていない。もうすっかり九嶋の事など忘れて混乱状態の長谷に対し、新庄は長谷を睨みながら何か別の書類……まさかの逮捕状を突き付けて鋭く叫んだ。
「長谷一郎! 君には『決闘罪』第一条違反の容疑がかかっている! おとなしく同行してもらおうか!」
「け……『決闘罪』?」
聞いた事もない罪状を言われて長谷はポカンとしていたが、結局そのまま新庄に連れていかれてしまったのだった……。
……後日、品川にある榊原の事務所内で、榊原は事の次第について瑞穂に説明していた。
「意外に知られていない話だが、日本で決闘は立派な犯罪だ。実際に決闘した場合はもちろん、決闘を申し込んだりそれを受けたりした時点で充分に処罰対象になる。罰則は決闘の申し込みと受諾で六カ月以上二年以下の懲役、実際にやった場合は二年以上五年以下の懲役だ。さらに言えば、立会人や場所の提供者も一ヶ月以上一年以下の懲役になる」
「い、意外に重いんですね。……っていうか、そんな事まで想定してるなんて、日本の刑法はどうなっているんですか!」
瑞穂は目を白黒させながらそんな事を叫ぶが、榊原の言葉は予想外のものだった。
「驚いたところ悪いが、決闘罪は刑法犯罪じゃない。爆発物取締法や銃刀法のように個別に定められた専門法だ」
「決闘を裁くためだけにわざわざ法律を作ったんですか!」
「あぁ。正式な名称は『決闘罪二関スル件』。全六条で、制定は一八八九年だ」
「一八八九年っていったら……明治時代じゃないですか!」
わかりやすく言えば、大日本帝国憲法が公布されたのと同い年といえばわかるだろうか。伊藤博文とか大隈重信辺りが日本の政治を主導していた時代である。
「何でも当時明治も半ばになったのに決闘をする連中が増えたらしくてね。せっかく憲法も公布して近代国家になったのにこれはまずいという事になったらしく、わざわざ決闘に関する法律を制定する事になったそうだ」
「はぁ……政治家も大変ですね」
瑞穂としてはそう言うしかない。
「ところがせっかく法律を作ったはいいものの、どうも直後にブームが去ったらしくって決闘をする人間がほとんどいなくなってしまってね。あまりに使わなさ過ぎて政府もそんな法律を作った事をすっかり忘れてしまって、そのまま大正・昭和・平成と、憲法や各種法律が変わっても適用も廃止もされないまま効力有効の状態で残り続けてしまった。ある意味『法律業界の生きた化石』として有名な代物だ」
「……適用機会がないなら素直に廃止しましょうよ! っていうか、忘れ去られていたって何なんですか!」
瑞穂は頭を抱えてツッコミを入れる。榊原はそれを面白そうに眺めながら話を続けた。
「しかし、だ。そんな決闘罪だが、二〇〇〇年代に入ってくらいになって警察が『タイマンも一種の決闘だからこの法律が適用できる!』と判断したらしく、未成年者や暴走族のタイマン取り締まり及び予防を目的としてこの法律が制定から一〇〇年越しに適用されるようになってしまった。聞いた話だと、何だかんだで年間三〇人くらいがこの法律を根拠に捕まっているそうだ」
「そりゃ、こんな法律があるなんて普通の未成年者は知りませんよ……」
瑞穂は完全に呆れた様子で言う。ちなみに「法律を知らなかったから違法じゃない!」という言い訳は現代刑事法では通用しない。一般的に法律は官報に掲載された時点で国民に周知されたと判断されるためだが、この法律が公布されたのが明治時代である事を考えると、若干卑怯な気がするのも致し方がないのかもしれない。
「実際、誰も知らない事を逆手にとって不意打ちで適用するケースが多いらしい。この法律の特筆すべき点は、実際に決闘をして殴り合わなくても、決闘を申し込んだだけで警察の取り締まり対象になる可能性がある……つまりタイマンの予防につながる事だ。もっとも、申し込み段階で警察が介入する事例はほとんどないがね」
「まあ、そりゃそうでしょうけど……」
そう言いながら、瑞穂はフゥとため息をついた。
「で、今回先生はこの決闘罪を利用した、と」
「そうなるな。果たし状なんか出した時点で決闘罪における決闘の申し込みは成立するし、おまけに間抜けな事に問題の果たし状は手書きだった。ご丁寧にも自分から筆跡を明らかにしているわけで、この果たし状だけでも物的証拠としては充分だ。裁判所もかなりあっさりと逮捕状を出したようだよ」
そりゃ果たし状を筆跡鑑定に出されるなんて想像できる人間は普通いない。正直、この件についてはやり過ぎのような気がしなくもないし、ここまで来ると相手が物凄くかわいそうに思えてきた。
「何にせよ、九嶋君が決闘に応じる前に対処できてよかったよ。もし決闘に応じていたら、残念だが九嶋君もこの罪状で警察に告発しなければならないところだった」
「怖っ!」
要するに、一歩間違えれば九嶋も犯罪者に成り下がっていたかもしれないという事だ。本当に間一髪の話である。
「新庄に聞いたら本人は恐縮しきっていたようだがね。警察や検察としても起訴するほどではないという判断らしく、こってりと油を搾った上で不起訴処分にして釈放される見通しだ。本人もここまで大事になるとは思っていなかったようで、短絡的な事をした事を涙ながらに反省しているらしい」
「まぁ、普通はそういう反応でしょうね」
「ただ……新庄の話だと『人面犬を見た』とか意味不明な事を言っているらしく、当面カウンセリングを受ける事になるかもしれないという事だ。もっとも、そのくらいは仕方がないかもしれないが」
「人面犬……そんなものを見るほど嫉妬で狂っていたんですね」
瑞穂はやや呆れた風に言う。と、ここで榊原は逆に瑞穂に質問した。
「で、肝心の九嶋君たちはどうなったね?」
「別にどうもなっていませんよ。ちょっと後ろめたそうな顔はしていましたけど、今日も愛美子と九嶋君は仲睦まじかったです」
「ならばよかった」
そして榊原は告げる。
「とりあえず今回の教訓は……決闘を申し込まれても絶対に受けてはいけない、という事かな」
「……二十一世紀にわざわざ言うべき教訓じゃないと思います」
瑞穂の突っ込みに、榊原はただただ微笑むだけだった……。




