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第四十話 「榊原、恋愛ゲームをする」

「悪いね、こんな雑用手伝ってもらっちゃって」

「いいんです。ちょうど暇だったですし、ゲーム研の部室の掃除なんて面白そうですから」

 この日、立山高校ミス研二年にして同会部長でもある深町瑞穂は、再建された新部室棟のミス研の部室の隣で活動しているゲーム研部長の三年生・尾西翔也おにししょうやから部室の掃除を手伝ってくれるように頼まれていた。何でも他のゲーム研のメンバーが謎の風邪の大流行でそろいもそろって欠席してしまっているらしく、人手不足で悲鳴を上げていた尾西が隣のミス研の部室に駆け込んできたのである。日頃からお隣さんとして付き合いもある部活だけあって瑞穂としても放っておけず、何より面白そうという事もあってこうして手伝っている次第だった。

「でも、さすがゲーム研だけあって色んなゲームがありますね。随分レトロなゲームもあるみたいですし……」

「まぁ、歴代の先輩たちが集めてきたコレクションだからね。多分、卒業までの三年間をフルに使っても全部できないくらいの量はあるんだろうけど、雑多に放り込んであるから何がどこにあるのかもわからなくなっていて……。それで、一度整理した方がいいって事になったんだ」

「へぇ……」

 瑞穂がそう言って適当な箱を開ける。と、そこに聞き覚えのあるタイトルのパッケージがあった。

『ドキッとメモリーズ』

「これって……十五年くらい前にはやった恋愛趣味レーションゲームですか?」

「あぁ、懐かしいのが出てきたね。まぁ、有名だから名前くらいは知っているかな」

 尾西はそう言ってそのゲームを取り出した。

「『ドキメモリー』の名前で有名なミナコの恋愛趣味レーションゲームだよ。昔こう言うのが好きな先輩がいたらしくて、結構こういうのもあったりするんだ」

「私も名前だけは聞いた事がありますけど、どんなゲームなんですか?」

「僕も数回だけやっただけだけど、主人公を操作してたくさんいるヒロインの中から一人、卒業の日に愛の告白を受けられるように奮闘するってゲームだよ。ヒロインは全部で六人。僕は攻略できたのは二人だけだけど、そのパッケージに描かれている女の子は特に攻略難易度が高くて、僕も攻略に失敗した」

「……先輩ってこういうゲームをやる趣味があったんですね」

 その言葉に尾西は慌てる。

「いやいや、僕は純粋にゲーム攻略を目的に色々なゲームをやっているだけだ。二次元の女の子にはまる趣味はない!」

「どうですかねぇ……。まぁ、いいですけど」

 そう言いながらソフトを戻そうとした瑞穂だったが、不意に何か思いついたようにその手を止めた。

「あの、先輩。これ、借りたいって言ったら貸してもらえるんですか?」

「え?」

 思わぬ言葉に尾西は振り返る。

「そりゃ、別に貸すくらいならいいけど……。まさか、君がやるのか?」

「違います! そうじゃなくて、やらせてみたら面白そうな人がいたなぁって思って」

 その言葉に、尾西は思わず昨年出会った彼女の「師匠」の顔を思い出していたのだった。


「で、これは何だね?」

 その日の夕方、目の前で満面の笑顔を浮かべている瑞穂に対し、品川の榊原探偵事務所の主・榊原恵一は渋面を浮かべていた。

「『ドキッとメモリーズ』っていう恋愛趣味レーションゲームです」

「それは見ればわかる。で、問題は、何でそのゲームソフトとゲーム機本体がこの場にあるのかという事だ」

「問題も何も、私が持ってきたからです」

「何の目的で?」

「いやぁ、せっかくだから先生がこれをやったらどうなるのかなぁって思って」

 瑞穂がニッコリ笑いながら言うと、榊原は頭を抱えながらささやかな反論をした。

「何で私が恋愛ゲームをやらないといけないんだ!」

「単純に、面白いかなぁって思って」

「私が恋愛絡みの話が苦手なのは君も知っているだろう」

「はい。でも、そう言いながら恋愛絡みの殺人事件を容赦なく解いていく先生も知っています。ぜひ、その技術を恋愛ゲームで発揮してください。どうせ仕事がなくて暇なんですよね」

「まぁ……それは否定しないが……」

 否定できないのが何とも哀しい話である。

「じゃあ、早速やってみましょう! えーっとこのコードを……」

「おい、私はまだやるとは……」

 榊原が抗議するが、瑞穂はその間にも嬉々として事務所備え付けのブラウン管テレビにコードを接続していく。そしてあっさりスイッチを入れると、出てきた主人公設定画面でプレイヤー名を「けいいち」にした上で、コントローラーをサッと榊原に渡した。

「はい、じゃ、後はよろしくお願いします」

「いやいや、やるにしたところで何をどうしたらいいのか……」

 そんな事を言っているうちにオープニングが始まっていく。どうやら主人公は高校に入学したばかりの男子高校生という設定らしく、しばらく進んでいくと幼馴染だという女の子と校門の前で会うイベントが出現した。

『あ、けいいち君。もしよかったら、一緒に帰らない?』

 相手の女の子……フルネームは『藤木里美ふじきさとみ』というらしいが……の質問に対して、いきなり選択肢が出る。


A、そうだね、一緒に帰ろうか

B、ごめん、今日はちょっと用事があって

C、御免、拙者、所用があるが故に……

D、失せろ、このアマ!


「えっと……どれを選んだらいいんだね?」

「いや、それは先生が考えないと。というか、AとBはともかく、あと二つの選択肢はひどいですね」

「勧めた君がそれを言うかね」

「まぁ、それはともかく、先生だったらどの選択肢を選びますか?」

「……そうだな……」

 もう榊原はゲームをする事には諦めたのか少し真剣に考え始めたが、やがて選んだ選択肢はなぜかBだった。

『ごめん。今日はちょっと用事があって』

『そう……じゃあ、また明日ね』

 そのまま里美は帰ってしまう。

「えっと、何でBなんですか? C、Dは論外にしても、順当にいったら普通はAを選ぶと思うんですけど」

 瑞穂が尋ねると、榊原は肩をすくめて答えた。

「よく考えてみなさい。いくら幼馴染とはいえ、入学直後のこの段階で知り合いの異性に声をかけてくるというのはいささか不自然だ。入学直後というのは新しい人間関係を構築する重要な時期であって、主人公の存在が後でばれるにしても、とりあえずは同性の友達を作ろうとする事が多いはず。しかも知り合いであるなら、あえて入学初日に声をかけずともすでにある程度の人間関係は構築できているわけだから優先順位は低いはずだ。にもかかわらず、彼女は主人公に一緒に帰ろうと言ってきた。そこには何か理由があるはずだ。ただ、この状況でそれが何かわからないから、ひとまずここは様子見のためにこの選択肢を選んだ。この後の反応で、彼女の状況については推察していくつもりだ」

「えー……」

 それは恋愛ゲームではなく推理アドベンチャーゲームの思考ではないだろうかと思ったが、榊原がそういう人間だという事は瑞穂自身よくわかっていたし、むしろそういう反応を期待してこのゲームをやらせているので、遠慮がちにこう反論するだけにとどめた。

「あの……そういう人間関係なんかよりも主人公の方が大切だった、とは考えないんですか?」

 それに対する榊原の解答はシンプルだった。

「そんな事をしたら多分今後三年間の学校の人間関係が色々ギクシャクすると思うがね。恋愛ゲーム的にそれはマイナスだろう」

「……そうですか」

 そう言ってから、瑞穂は榊原にこう告げた。

「えっと、このゲームゲーム研から三日間の猶予で借りていますから、三日後までにどこかのエンディングには到着しておいてくださいね」

「……依頼がなくても、私も忙しいのだがね」

「はいはい」

 瑞穂はそう言って軽くあしらうと、そのまま事務所を出て行ったのだった。


「……で、本当にあの探偵さんに『ドキメモリー』を貸したんだ」

「はい。どんな結末に到着しているのか楽しみです」

 そして三日後、瑞穂は尾西と一緒に事務所の前に来ていた。

「ちなみに、私は最初の一緒に帰るかどうかの選択肢しか見ていないんですが、あの時CとかDの選択肢を選んだらどうなるんですか?」

「えーっと……Cは確かそのまま時代劇ルートに突入するはず」

「じ、時代劇ルートって?」

「主人公が帰宅途中にタイムスリップして、江戸時代の女の子たちを攻略していくってルートだよ」

「それ、誰得なルートなんですか?」

「知らないけど、当時かなり需要があったらしい」

「……じゃあDは?」

「主人公に冷たくされた里美がヤンデレ化して包丁片手に主人公の自宅前をうろつくようになる」

「怖っ! っていうか、ひどっ!」

 とにかく、榊原がどのヒロインを攻略したのか非常に気になるところである。二人はそのまま事務所へと入っていった。

「先生いますかぁ?」

 事務所に入ると、榊原は正面のデスクで何か書類を書いているところだった。

「あぁ、瑞穂ちゃんか。すまんね、今依頼の報告書を書いているところでね。えっと、そっちは確か……」

「ゲーム研の尾西です。その……ゲームを返してもらいに来ました」

「ゲーム……あぁ、あれか」

 榊原はそう言ってチラリとテレビに接続されているゲーム機を見やった。

「先生、結局誰を攻略したんですか?」

「それなんだがね……一応、空いている時間にやりはしたんだが、どうも変なルートに突入してしまったらしくどうしたものかといったん進行をストップさせておいたんだ。せっかく尾西君が来たのなら、どうしたらいいのかアドバイスをもらいたい」

「変なルート、ですか?」

 尾西が首をひねる。

「まぁ、見てくれ」

 榊原はそう言って一度ペンを置くと、ゲームの電源を入れた。セーブデータを読み込み、そして次の瞬間出てきた画面に、瑞穂と尾西は唖然とした。

『誰が……誰が田井原さんを殺したの!』

 目の前に飛び込んできたのはそんな物騒なテキストだった。画面には攻略対象と思しき女の子たちが、いずれも他のルートでは絶対に見られないような深刻そうな表情で立っている。瑞穂は一瞬それが恋愛ゲームだという事を忘れそうになった。

「せ、先生! 一体何が起こったんですか!」

「私にもわからん。ただ、私の考えに従って選択肢を選び、よくわからないから適当にパラメーターなりをいじっていたら、いきなり田井原という女の子が殺されてしまって、他の女の子たちが一斉に推理合戦を始めて……」

「田井原って、それ一番攻略が簡単なヒロインですよ。僕もこれをやった時に最初に攻略しましたけど、文芸部所属の小柄な読書好きタイプの子だったのを覚えています」

 尾西が呆然とした表情でそうコメントする。一方、画面では主人公が言葉を発していた。

『みんな落ち着いて! 犯人はもうわかっている! 僕の推理を聞いてほしい』

「何か、主人公が凄くかっこよくなっていませんか?」

「知らん。いつの間にかそうなっていた」

 と、そこで主人公がこんな事をほざき始めた。

『じゃあ、里美さん。さっき一緒に捜査した結果をみんなに報告してほしい』

『うん、任せて、けいいち君!』

 そう言って、真剣な表情で画面に出てきたのは、最初に出てきた幼馴染ポジションのヒロイン・藤木里美ではないか。

「えっと、これ、何がどうなっているんですか?」

「さぁ……。何か、田井原という子が殺された後で色々会話イベントがあって、出てきた選択肢に答えていったら、いつの間にかこの子が主人公の助手になってしまった。この直前まで二人で一緒に捜査していたところだ」

「まさかのヒロインがワトソンポジションですか! どこをどうやったらこんなルートになっちゃうんですか!」

 予想の斜め上を行く展開に瑞穂は開いた口が塞がらない。一方、尾西は想定外のルートの出現に驚きを隠せないでいた。

「そんな……結構やりこんだのに、こんなルートがあるなんて知らなかった。っていうか、攻略本にもこんなルートがあるなんて書いていなかったぞ」

「先輩、あんな事を言っておきながら、やっぱり結構やりこんでいたんですね」

 瑞穂が尾西の言葉の矛盾を指摘するが、今はそれどころではないようだった。思わぬ隠しルートの出現に、尾西自身、早く先を見たくて仕方がない様子だ。そうこうしているうちに、ヒロイン改めワトソンになってしまった里美が事件の事を報告していく。

『三日前、この一階の空き教室で田井原初音たいはらはつねさんが何者かに殺害されるという事件が発生したわ。死因は首を絞められたことによる絞殺で、凶器は彼女の制服のリボン。そこの窓際にある手すりにリボンをひっかけて首吊り状態で亡くなっていたの。でも、司法解剖で索状痕……つまり首を絞められた跡が二本ある事がわかって、さらに遺体に動かした痕跡があった事から、警察はこれを自殺に偽装した殺人だと判断したわ。それで田井原さんと面識があって、なおかつアリバイがなかった、私も含めたここにいる六人が疑われているの』

 ここにいる六人とは、主人公、里美の他に、残るヒロイン四人の事である。ちなみに名前はそれぞれ美術部の姉崎比奈あねざきひな、料理部の神本千咲かみもとちさき、水泳部の片平浅葱かたひらあさぎ、卓球部の愛本麻絵あいもとまえというらしい。尾西によると、本来それぞれの攻略ルートは『独創的な絵を描くが故に他人に理解されず、部内で孤立していた姉崎を支える』『料理がそれほど得意ではないのに料理部に所属してパティシエになるという自分の夢を目指している千咲を応援する』『部員一名で廃部寸前の水泳部を盛り立てようとしている片平を手伝う』『怪我をした事で選手生命が危うくなりふさぎ込む愛本を励ましていく』というようなものになるらしいが、今やそんな甘酸っぱい展開など影も形もなくなっていた。

『死亡推定時刻は午後三時半から午後四時までの三十分間。三時半に授業が終わった直後に田井原さんは教室を出て、その三十分後にこの空き教室を使いに来た文化祭実行委員会の人たちが田井原さんの遺体を見つけているわ。つまり、犯行はこの三十分間に限定されるって事ね。そして、その時間にアリバイがなかったのが、今この教室にいる六人というわけ。その辺のアリバイの話については、さっき姉崎さん、神本さん、片平さん、愛本さんの順番に詳しく話を聞いたわけなんだけど……犯人は間違いなくこの中にいるわ』

「……あの、これって恋愛ゲームでしたよね? 何でこんな本格推理ゲームっぽくなっちゃっているんですか?」

「私が知るわけがないだろう。文句はゲーム会社に言ってくれ」

 そんな不毛な事を言っている間にもゲームは進んでいく。

『それでみんなに一通りの話を聞いた後で、私とけいいち君は現場となったこの教室をもう一度調べたわ。そしたら、部屋の隅でこんなものを見つけたの』

 そのセリフが終わった瞬間、画面にはなぜか一本のボールペンと思しき絵が浮かび上がってきた。どうやら、これが現場に落ちていた遺留品という事らしい。

『これは、教育委員会が文化部の活動を支援するためにこの学校の文化部に配布した記念品のボールペンよね。発見当時、部屋には初音さんの鞄の中の荷物が散乱していたから初音さんのものの可能性もあるけど、実際の所はわからないわ』

 一方、そんな会話を聞きながら瑞穂はさらに呆れた表情を浮かべていた。

「……殺人事件って事は警察が捜査しているはずですよね。なのに、証拠が残っているっていうのはどうなんでしょうか? 開発者は現実の警察や捜査についてちゃんと勉強していないんですかね?」

「いやいや深町さん、恋愛ゲームの開発者がそんな事を調べている方が驚きだと思うよ」

 瑞穂の独り言に尾西が突っ込む。と、画面の中では主人公が里美の言葉を引き継いでいた。

『ありがとう、里美さん。さて、僕はこのボールペンの事を知った瞬間、この事件の犯人が誰なのかはっきりわかったんだ。そして、それはここにいるメンバーの中にいるんだよ』

『だ、誰! 犯人は誰なのよ!』

 四人の中で姉崎が代表してどこか恐怖に引きつった表情で問いかける。それに対して、主人公はこう言った。

『じゃあ、単刀直入に言うよ。田井原初音さんを殺した犯人は……』

 その瞬間、おなじみの選択肢が出現する。


A、姉崎比奈

B、神本千咲

C、片平浅葱

D、愛本麻絵

E、藤木里美

F、けいいち

G、田井原初音


「ど、どれなんですか! 犯人は誰なんですか!」

 瑞穂が緊張した様子で尋ねた。すっかりゲームにのめり込んでいるが、そうなるのもわからなくはない。一方、それに対して榊原は淡々としている。

「まぁ、所詮はゲームだ。現実の事件と違って、そこまで考える話でもないだろう」

「考える話でもないって……犯人がわかっているって事ですか?」

「そうなる。論理的に考えてそれ以外考えられないから、おそらく間違いないと思うがね」

「こんなに少ない情報から、一体どんな論理を組み立てたっていうんですか!」

 榊原はどう説明したものかという風に少し何かを考えた後、ゲームの手を止めた上で改めて瑞穂たちに解説を始めた。

「そうだな……まず、事件の状況から気になったのは、被害者が彼女自身の身に着けていたリボンで殺害されていたという点だ」

「リボン、ですか?」

「そうだ。具体的には、殺人などという大層な事をしようとしているにもかかわらず、肝心の凶器が被害者の持ち物というのは犯人側にしてみればリスクが高すぎる話だと思った。実際にやれば、犯行をする前に奪う段階で抵抗される可能性が高いし、奪ったところで殺害が成功する確率が大きく下がってしまう。もしこれが計画犯罪で私が犯人だったとすれば、そんな不確定要素の多い凶器ではなく自分で用意した凶器を使うだろうね。ところが、それにもかかわらず犯人はあえて被害者のリボンという不確定要素の多い凶器を使った。その理由を考えてみた場合、可能性としては二種類が考えられる」

「二種類の可能性?」

「一つはこの犯行が計画的なものではなく衝動的な犯行だったという場合。だが、死亡推定時刻の三十分の間に自殺偽造工作までしているその手際は衝動的な犯行とは言い難く、今回は衝動的な犯行ではないと判断しても問題はないだろう。そして、もう一つの可能性は、計画的な犯行だったにもかかわらず、犯人側が凶器を現場に持ち込む事ができなかったという場合だ」

「持ち込めなかったって……」

「学校内の殺人である事から考えて、犯人は返り血のリスクを避けるために絞殺という手段を選んだと考えられるが、刃物などと違って絞殺という事になればロープや紐が一本あれば充分に犯行が可能という事にもつながる。にもかかわらず、犯人はそうした凶器を使わずにリスクのある被害者のリボンを使用した。その理由は何なのか。色々考えてみたが、可能性としては犯人がそうした紐やロープを一本たりとも現場に持ち込めない状態だったと考えるしかない」

「で、でも、それってどんな状況なんですか? 紐なんて、ポケットにでも押し込んでおけば気付かれずに持ち込む事ができるはずなんじゃ」

 尾西が戸惑った風に聞くが、榊原はすました表情で言葉を続ける。

「だから、それさえできなかった人間が犯人という事だ。そして、それに当てはまる人間が、さっきの容疑者の中に少なくとも一人だけ存在する」

「……ちょっと待ってください。それってまさか……」

 瑞穂が何かに気付いたようだ。

「そう。この中で犯人に該当するのは……」

 直後、榊原はある選択肢を選択した。その瞬間、主人公が大声で犯人を指名する。

『犯人は……片平浅葱さん、君だ!』

『え、わ、私……?』

 画面の中で、指名された片平が青ざめた表情で口を押えていた。それを見ながら、榊原が開設を続行する。

「彼女は水泳部だ。という事は部活中の格好は当然水着という事になり、その格好では凶器を隠して被害者の前に立つ事はできない。だからこそ彼女は凶器を現場に持ち込む事ができず、わざわざ被害者のリボンを使って絞殺する必要性に迫られたんだろう」

「ま、待ってください!」

 尾西が思わず突っ込みを入れる。

「僕が言うのもなんですけど、あまりに突飛すぎる推理じゃないですか?」

「どこが突飛なのかね?」

「だって犯行現場は校舎の空き教室ですよ! いくら部活だからと言って、水着を着た女子生徒がそんな場所に出向いたら絶対に目立ちますって! 恋愛ゲームだからってそんなサービスみたいな展開があるわけが……」

「私がいつ『遺体の発見された空き教室が犯行現場だ』などと言ったかね?」

 唐突な榊原の言葉に、尾西は呆けた表情を浮かべた。

「え……」

「さっき藤木里美も言っていたが、遺体は動かされていたんだ。それに、授業終了後の被害者の動向に関してはゲーム内で一切わかっていない。ならば、別に犯行現場が空き教室でなかったとしても何の問題もないはずだ」

「じゃあ、本当の犯行現場って……」

 瑞穂が尋ねると、榊原はあっさり答えた。

「片平浅葱が水着姿でも違和感のない場所……簡単に言えば校内のプールか備え付けの更衣室といったところだろうな」

「ほ、他の部員にばれないんですか!」

「ばれるも何も、ゲーム内の展開を見ていた限り、この片平浅葱という少女は『部員一人で廃部寸前の水泳部』の所属なんだろう。だったら、プールであれ更衣室であれ、そこにいるのは彼女一人という事になるはずだ」

 そう言えば、先程尾西から聞いた話だと、彼女はそういう境遇のヒロインだったはずだ。どうやらこのとんでもルートでもその設定だけは変わっていなかったらしい。

「おそらく被害者は、片平に呼び出されて授業終了後プールに向かい、そこですでに水着姿になっていた片平に出会ったんだろう。片平が水着姿だったのは、何も持っていない事を暗に示して被害者に警戒させないためと、万が一にも制服に痕跡を残させないようにするため。水着なら何か痕跡が残ってもすぐに水で洗い流せるからな。そして、片平は隙を見て被害者を彼女のリボンで絞殺し、遺体を例の空き教室に運び込んだ」

「運び込むって……だから水着でそんな事をしたら……」

「運び込むときには別に水着でなくても構わない。水着の上から体操服でも着て、遺体は段ボールにでも詰めて荷物を運ぶ手押し車か何かで運べば、放課後の雑多な雰囲気の中では特に怪しまれる事はない。幸い被害者は小柄だったようだから段ボールに詰める事は充分に可能だし、見つかった現場は一階だから手押し車でも問題ないはずだ。あとは空き教室で自殺の偽造をした上で被害者の所持品を教室にばらまき、さもこの場所で事件があったかのように見せればいい。万が一自殺でない事がばれても現場が空き教室だという事になれば、水着で部活をしていた彼女はその姿故に教室に行く事ができないと考えられ、容疑者から外れる事ができるかもしれないという思惑はあったんだろう」

 そう言いつつも、榊原はため息をつく。

「もっとも、この程度の工作は現実の事件だったら即座にばれるだろうがね。遺体が動かされているとわかった時点で発見現場以外の場所で被害者が殺害された事を考えないほど警察も馬鹿じゃない。まぁ、その辺はさすがにゲームだから仕方がないといったところだろうが……」

 思った以上に筋の通った推理に、尾西は何も言えない。代わりに瑞穂が質問する。

「じゃあ、空き教室で見つかったっていうボールペンは何なんですか?」

「そんなもの、警察の捜査が終わった後で犯人が現場に置いたものだろう。さっき瑞穂ちゃんが言ったように、警察が現場検証をした後の現場から素人探偵二人が探した程度で新しい証拠が出てくるとは思えない。となれば、警察が現場検証を終えてから主人公たちが調べ直すまでの間に誰かが自分の罪を他人に擦り付けるためにあれを置いたと考えるのが妥当だ」

「あ、じゃあ、さっき私が言っていた違和感って、ゲームスタッフの怠慢じゃなくって、ちゃんと計算された上での話だったんですね」

 瑞穂は心の中でゲーム開発者たちに謝っておいた。

「そういう事だ。そしてここからが問題だが、この行動ができるのは主人公たちが教室を調べる事をあらかじめ知っていた人間に限られる。この直前に主人公たちがやったという四人へのアリバイ確認の席で全員にこの話はしていたから一見すると誰でも置けるように思えるが……実際はそうはいかない。なぜだかわかるかね?」

 急に逆質問されて、瑞穂は慌てて少し考えると、慎重に答えた。

「ええっと……そもそもこのボールペンって教育委員会からこの学校の文化部の生徒だけに配布された物なんですよね。つまり、犯人はこのボールペンを現場に置く事で文化部の生徒に罪を着せようとしていた事になります。という事は、文化部所属の姉崎さんや神本さんがこれ置いたとは考えられません。そんな事をしたら逆に自分に疑いが向くだけですから、犯人の意図に反します」

 榊原は黙って先を促す。

「これで残り二人ですけど、さっきの話を聞いていたら主人公たちが教室を調べたのは四人のアリバイ調べが終わった直後で、そのアリバイ調べは姉崎、神本、片平、愛本の順番でした。教室を調べると言ったのもこの時で、という事は最後にアリバイ調べを受けた愛本には教室にボールペンを置きに行く時間的な余裕がありません。だから、彼女は犯人じゃない。残っているのは……運動部かつアリバイ調べの後にボールペンを置く時間的余裕がある片平浅葱だけです」

「そういう事だ」

 榊原が深く頷く。どうやら正解らしく、瑞穂はホッとした表情を浮かべた。

「つまり今回の場合、他人に罪を擦り付けるためにわざわざ置いたボールペンが、逆に犯人を特定する決定的な証拠になってしまっているというわけだ。皮肉な話だがね。さて……説明も一通り済んだし、そろそろゲームを進めようか」

 そう言って、榊原がボタンを押していくと、画面の中の主人公は今まさに榊原が言ったのと寸分たがわぬ推理を片平に対して展開し始めた。そして、最後にボールペンの矛盾を突き付けられると、最後まで抵抗していた片平もついに観念したのかがくりと肩を落として崩れ落ちてしまった。

『そうよ……私が……私が田井原さんを殺したのよ!』

 もはや恋愛ゲームだという事を完全に放り捨てたようなセリフだが、ここまで来たらそんな事を突っ込むのも馬鹿馬鹿しいので、瑞穂と尾西は黙ってストーリー展開を追っていく。すると主人公がこんな問いを発した。

『なぜ田井原さんを殺したんだい?』

『それは……あの子が私の飼っていたミーちゃんを轢き逃げしたからよ!』

「えぇぇー!?」

 前言撤回、瑞穂は思わずそうツッコミを入れてしまっていた。ちなみに、ミーちゃんとは他のルートで片平が自宅で買っている猫の名前であり、ぶっちゃけそんな理由で人を殺すなんて何を考えているんだと瑞穂は小一時間ほど問い詰めたい気持ちになった。この辺、瑞穂もかなり榊原の影響を受けつつあるようである。

 そして、それは他の面々も同じ考えのようだった。

「事件はそれなりに考え込んであるのに、この動機は……。いや、確かに推理に動機の解明は必要なかったがね……それにしたって、他になかったのか」

 榊原も思わず眉をひそめている。こういうのに慣れている尾西でさえ呆然とした表情をしているほどだ。だが、その間にもこの何とも言えない動機の告白は続いていく。

『ミーちゃんは二週間前に自転車に轢かれて死んだわ! 私が見つけたときにはボロボロになって道端に打ち捨てられていたの。あの子は私が小さい頃からの一番の友達……妹も同然だったのよ! なのに自転車で轢き殺して、しかもその後手当もしないで放りっぱなしにしていくなんて許せるわけがないじゃない! だから、私ミーちゃんを殺した奴を絶対に許せないと思ったわ。そしたら一週間くらいした後……雑談の中で、田井原さんが猫を自転車で轢いたって話をしたの! 場所から考えて、どう考えてもミーちゃんの事だったわ! しかも、田井原さんはそれを反省するどころか「気味が悪くなって逃げた」なんて言ったのよ! 許せるわけがないじゃないのよ!』

 そう言うと、片平が床に突っ伏して号泣し、主人公たちが沈痛な面持ちでそれを見下ろしている一枚絵が悲壮なBGMと共に表示された。

「……何か、こんな動機なのに、聞いていて悲しくなってきました」

「とはいえ、猫を轢き逃げして計画殺人に走るというのはどう考えてもやり過ぎだ。現実的に考えれば、裁判では極刑が下されるはずなんだがね……」

 瑞穂の感想に対し、榊原は身もふたもない事を言う。

 何はともあれ、かくして事件は終わった。いつの間に呼んだのかやって来た警察に片平は連行され、他の面々もその場を去っていく。そして、後には主人公と正ヒロインなのにワトソン役になってしまった藤木里美だけが残った。

『事件は終わったね。これで、この急増コンビも解散かな』

 冗談交じりに言う主人公に対し、しかし藤木はなぜか思いつめた表情を浮かべていた。そして、急に少しもじもじしながらこんな事を言い始めた。

『あ、あの! けいいち君! その……これからも、ずっと一緒にコンビを組んでもらえないかな?』

『え?』

『私……これからもけいいち君と一緒にいたいの。迷惑……かな?』

 藤木は上目遣いにうるんだ目でこっちを見てくる。思わぬ展開に、尾西が目を見張った。

「こ、これは……まさか、このルートでも彼女とのフラグが立つのか!」

 そんな事を言っているうちに、主人公のセリフとして最後の選択肢が出現する。


A、わかった、これからずっと一緒にいよう。

B、僕の心を盗んだ君は、ずっと逮捕しておかないとね。

C、所詮これはつり橋効果なのさ、ベイベー。

D、そこまで僕に惚れたのかい、子猫ちゃん。

E、このまま二人で海岸までランデブーしようぜ!

F、コンビ……そうだ、コンビニに行こう!

G、迷惑です(キリッ!)。

H、そんなことより、今度の数学のテストの話をしよう。

I、謹んでお断り申し上げたく存じ上げます。

J、……君は何を言っているんだい?


「無駄に多い!」

 瑞穂と尾西は思わず叫んでいた。そして、明らかにひどい選択肢が多すぎる。これは一体どうなっているんだと、瑞穂は製作者に一言文句を言いたくなった。

「って、そんな事より、どれを選ぶんですか先生!」

「この選択肢だったら、無難にAが一番いいと思うんだけど」

 尾西が真剣な表情でそんな事を言う。だが、榊原はなぜか首を振った。

「そうだね……私だったらこれを選ぶかね」

 そう言って選んだ選択肢は……

『……君は何を言っているんだい?』

 一番選んではいけないと思われる、まさかのJだった。

「な、何でですか!」

「人が一人死んでいるのにこういうハッピーエンドの展開というのは個人的には違和感を覚える。この状況でそんな事を言ってくる彼女に対して私の思った考えに近かった選択肢を選んだまでだ」

「いや、確かに先生の性格ならそう思うかもしれませんけど……」

 それはそれとしてもここまで来ておいてこれはないだろうと、瑞穂がなおも抗議をしようとしていた……まさにその時だった。

『そんな事を言わなくても、僕たちはもう立派なパートナーじゃないか』

 続けて出てきたセリフに、全員の視線が画面にくぎ付けになった。瞬間、藤木の顔が明るくなる。

『それじゃあ……』

『あぁ、これからもよろしく』

『う……うん!』

 そして画面に浮かぶ藤木の晴れやかな笑顔。まさかの大正解である。

「……凄いですね、先生」

「いや、こればかりは私も想像できなかった」

「ですよねー」

 そんな事を言っているうちに何の演出なのか二人の影がシルエットになり、そのまま互いの顔を近づけて口づけをして……。

 直後、画面は暗転し、そのままスタッフロールに突入した。

「とりあえず、これでクリアという事でいいのかね? じゃあ、私は仕事があるから後は頼むよ」

 そう言ってコントローラーを置いて欠伸をする榊原に対し、瑞穂と尾西はただただ呆然としてゲーム画面を眺めるしかなかったのである……。


 それから数日後、尾西が瑞穂のいるミス研部室に訪れてきてその後の事を報告してくれた。

「あの後、部員総出であのゲームを徹底的にやりこんだんだけど、どれだけやってもあの『探偵ルート』とでも言うべき隠しルートは出てこなかった。どう選択肢を選んでも恋愛ゲームのシナリオ以外なくて、里美の攻略ルートもあんな変則的なものじゃなくてちゃんとした正規攻略ルートがあった。というか、ネットの攻略サイトを見てもそんなルートの存在なんてどこにも書かれていないんだ!」

「そうなんですか」

「だからどうしても知りたい! 一体、あの探偵さんはどこをどうやってあのルートを出現させたんだ? ここまでくると、もうパラメーターを何か特定の数字にして特定の選択肢を選んだ場合しか出現しないルートとしか思えないんだけど、それをすべて試そうと思ったらどれだけ時間があっても足りない!」

 必死な表情で尋ねる尾西だったが、瑞穂は首を振る。

「私も気になって聞いたんですけど、どの選択肢を選んでどんなパラメーターにしたかなんていちいち覚えていないって言われちゃいました。多分、あのルートは先生だからこそ出現したルートで、普通のやり方で再現するのは難しいと思います」

「そう……か」

 尾西はがっかりしたように俯いた。そんな尾西を見ながら、瑞穂は思わず呟いていた。

「それにしても……恋愛ゲームでさえ自分の世界に引きずり込んじゃうなんて、何と言うか先生らしいというか、末恐ろしいというか……まぁ、だからこそ私は先生の事を尊敬しているわけだけど」

 また別のゲームをやらせてみるのも面白いかな、などと瑞穂は考えたりしていたのだった。

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