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第三十六話 「説教強盗」

 どこぞの田舎町にある小さなコンビニ。深夜一時頃、周囲には田んぼしかなく、都会では見られないほどやたらと広い駐車場を構えるそのコンビニの控室で、店長が黒いコートを着た一人の男に拳銃を突き付けられていた。

「ひ、ひぃ……」

「わめくな。死にたくなかったら声を上げるんじゃない」

 その男……高坂啓介たかさかけいすけは静かな口調で店長にそう言った。店長は真っ青な顔で首を大きく縦に振る。つい五分前、ぶらりとこのコンビニに入ってきた高坂は応対した店長に突然拳銃を突き付け、そのまま控室まで追い詰めていたのだった。

 高坂は指名手配中の連続強盗犯だった。主に人通りが少なくなる都心の深夜のコンビニを中心に犯行を重ね続けていたのだが、最近になって警視庁側も本腰を入れ始め、そこでほとぼりを覚ますために一度東京を離れていたのだった。そして、こうして町の名前を出されても知らない人が多いと思われる地方のど田舎へやって来ると、そこのコンビニで新たな犯行に手を染めようとしていたのである。

 こう言っては何だが、防犯設備の多い都会のコンビニに比べると、この辺のコンビニの警備体制は高坂にとってぬるすぎると言っても過言ではないものだった。店内の防犯カメラはあらかじめネットワークに侵入して電源を切ってある。今の所、高坂の予定通りではあった。高坂は相手に銃を突きつけたまま、手慣れた様子で店長に猿ぐつわをしてさらに全身をロープでぐるぐる巻きにする。

「おとなしくしていろ。金さえもらえれば、あんたに危害を加えるつもりはない」

 店長は呻き声を上げるが、何を言っているのかよくわからない。高坂は肩をすくめると、改めて売上金の入った金庫へ向かおうとした。

 だが、その時、高坂にとってのイレギュラーが起こった。不意に入口の自動ドアが開く音がしたと思うと、誰かが店内に入ってきたのである。

「チッ!」

 高坂は軽くそう舌打ちをした。こんな時間にこんなど田舎のコンビニにやって来る人間がいるとは思っていなかったのだ。もちろん万が一の事もあるので犯行前に数日かけてこのコンビニの観察はしていたが、その期間にこの時間には誰も来なかったので今日になって決行に移した次第である。だからこそ、よりによって今日この時に客が来たのは高坂にとっては不運以外の何物でもなかった。

 とはいえ、そこは連続してコンビニ強盗を成し遂げてきた高坂であり、万が一そうなった際の備えはしてあった。高坂が黙ってその場で着ていたコートを脱ぐと、その下には何とこのコンビニの店員の制服があったのである。店員のふりをして客に応対しなるだけ早く帰ってもらう……。それが高坂の作戦だった。こう見えて、強盗になる前はコンビニでアルバイトをしていた事もあるのである。

 店長が猿ぐつわのまま目を見開いて驚いている中、高坂は堂々とした歩みで控室からレジカウンターに出た。見ると、入口の辺りでブルゾンを着た禿げ頭の中年男性が神経質そうに店内を見回している。高坂は持っていた拳銃をさりげなくポケットに拳銃を入れて営業スマイルを浮かべながらカウンターに立った。

「いらっしゃいませ!」

 そう声をかけられて、男はビクリと肩を震わせ、おどおどしながら店内をうろつく。今まさにコンビニ強盗をしている真っ最中の高坂が言うのも何だが、はっきり言ってどこか不審な客だった。買い物目的にしては商品棚を見る事もなく、なぜかその視線はカウンターの高坂に向いている。

 と、男は何かを覚悟したかのように、手近にあった雑誌を手に取ってカウンターの方へと向かってきた。それはコンビニに陳列するには少々過激すぎる表紙のエロ雑誌であり、高坂は顔を引きつらせながらも表向きにこやかに応対する。

「こちらでよろしいですか?」

「あ、あぁ」

 男は小さく頷く。高坂は警戒しながらもエロ雑誌を手に取り、バーコードを読み取ろうとした。と、その時だった。

「う、動くな!」

 突然男が絶叫し、懐から一本の包丁を取り出して高坂に突き付けた。その目は血走っており、包丁が小刻みに震えているのがわかる。高坂はやむなく表向き驚いている風に叫んだ。

「な、何ですか!」

「黙れ! 死にたくなかったら金をよこせ! 早くしろ!」

 どうやら、向こうもコンビニ強盗のようである。だが、どう見てもそれは明らかに素人そのものの犯行だった。よりによってこんな時にこんなど田舎のコンビニに来なくてもと自分の事を棚上げしながら思いつつ、高坂はひとまずおとなしく金を渡して帰ってもらおうとした。

「わかりました! 待ってください!」

 そう言いながら、レジから一万円札を何枚か出そうとする。が、なぜか相手はそれに対していきなり激高した。

「れ、レジだけじゃない! 金庫の金もよこせ!」

 そう言われて高坂はムカッときた。レジだけならまだしも、金庫の金まで渡したら自分の取り分がなくなってしまうではないか。素人丸出しのやり方といい、高坂の我慢も限界に近づいていた。

「それはできません! レジのお金だけで勘弁を……」

「何だと! 俺に逆らうのかぁ! じゃあ、死ねぇっ!」

 男は逆上すると、包丁を高坂に突き刺そうとした。だがその瞬間、緊張でがくがくふるえている相手に対し、高坂は逆に無言のまま素早く拳銃を突き付けたのである。

「……は?」

 その瞬間、相手の思考回路が吹っ飛んだようだった。が、高坂からすればそんな事を言っている場合ではない。高坂は営業スマイルをかなぐり捨てて、逆にドスの利いた声で鋭く叫んだ。

「動くな! 死にたくなかったら包丁を捨てやがれ!」

「え、は、はいぃぃぃっ!」

 その言葉に、男は裏返った声を出しながらあっさりと包丁を投げ捨て、そのまま万歳するように両手をホールドアップした。その光景を見ながら、高坂は同じコンビニ強盗としてなぜか少し情けなくなってしまったのだった……。


 かくして、コンビニの控室にまた一人全身をロープで拘束された男が追加される事となってしまった。

「ったく、コンビニ強盗中にコンビニ強盗がやって来るなんて、どうなってるんだ」

 思わずそう愚痴りながら、高坂は思わず禿げ男に怒鳴り散らす。

「大体なぁ、コンビニ襲うならもっとちゃんと気合を入れてやりやがれ! 何だ、さっきのあれは! コンビニ強盗をなめるんじゃない! コンビニっていうのはあんな行き当たりばったりのやり方で何とかなるような場所じゃないんだぞ! レジならともかく金庫を狙うならもっと綿密に計画を練らなきゃダメじゃないか! それに色々と短絡的過ぎだ! 言う事聞かないから即殺すって、お前、その後どうするつもりだったんだ!」

「は、はぁ……」

 まさかコンビニ強盗に来て犯行のやり方のまずさを説教される事になるとはこの禿げ男も思っていなかっただろう。

「大体、何でコンビニ強盗なんかやったんだ?」

「えっと、その……酒代がなくなっちゃって……」

「馬鹿かてめぇ! そんな下らない理由でコンビニ襲うんじゃねぇよ!」

 全くもって正論だが、お前にだけは言われたくないという天の声がどこからか聞こえてくる。が、高坂は気のせいだと無視して鼻息を鳴らした。

「くそっ、余計なところで時間を無駄にした。さっさと済まさないと……」

 高坂がそう呟いた、まさにその直後、再び自動ドアの開く音がした。思わず控室の三人は顔を見合わせ、高坂はどこか虚ろな視線を向けた。

「……何で今日に限ってこんな時間のこんな田舎のコンビニに次々と客がやって来るんだよ……俺の運が悪いのか……」

 とはいえ、無視するわけにはいかない。高坂はため息をつきながらブルゾンの男に猿ぐつわをして、再び店員として店内に出た。が、そこにいた人間を見て思わず気が遠くなりそうになった。

「ギャハハハハッ! ブルーチームやつらの顔見たかよ!」

「兄貴、最高っす! いかしてるっす! どこまでもついていくっす!」

 そこにいたのは、本人たち曰く「いかした」格好をしている、見るからに暴走族と思しき格好をした二人組の少年だった。都会育ちの高坂から見ればはっきり言って「時代錯誤でダサい」としか言えない格好なのだが、本人たちは全く気にしていないらしい。というか、今の時代に「ギャハハハハッ」なんて笑う人間を高坂は初めて見た気がした。どうも井の中の蛙的な田舎の暴走族のようである。

 そんな事を思いながらも、高坂は顔を引きつらせながらレジの前に立った。今はとにかく、彼らに一刻も早く帰ってもらう他ない。だが、高坂の願いに反して、二人は何やらギャアギャア喚きながら店内を物色し続ける。しばらくすると、かごにどっさりとビールやらつまみやらなんやらを入れてレジにやってきたが、高坂は我慢しながらそれらのバーコードを読み取っていった。

「一二五六八円になります」

 だが、それに対してこの暴走族二人組やニヤニヤ笑いながらこう言った。

「わりぃな、兄ちゃん。俺ら、こんだけしかねぇんだよ」

 そう言いながら、千円札を一枚だけ置く。

「……仰っている意味がわからないのですが」

「頭わりぃなぁ。だから、これで済ませろって言ってるんだよ」

 高坂は少し顔を引きつらせながら反論した。

「そう言われましても、お金は払っていただきませんと……」

「だから、払ってるじゃねぇか。ありがとよ、まけてもらって」

 彼らは下品な笑みを浮かべながら嘲るように宣告する。せっかくだからこのままなすがままにして帰ってもらってもいいのだが、高坂の堪忍袋の緒もいい加減限界に近づいていた。そもそも、こんな田舎の不良になめられるというのも高坂にとっては我慢ならない話である。

「ふざけないでください。ちゃんと払うものを払ってください」

「……おい、いい度胸してるじゃねぁか。俺らに逆らおうっていうのか?」

 そう言うと、さっき兄貴と呼ばれていた方が彼なりに凄みながら高坂の胸ぐらをつかみあげる。

「こんなちんけな店の店員のくせに生意気なんだよ! いい加減に、痛い目みねぇとわからねぇのか、あぁん!」

 そう言って兄貴が店員を殴ろうと片手で胸ぐらをつかんだまま拳を振り上げようとしたその時だった。高坂は黙って隠し持っていた拳銃の銃口を兄貴の額に突き付けた。

「……いい加減にするのはお前だよ、この馬鹿野郎!」

 その瞬間、相手は何が起きたのかわからず、ポカンとした様子で固まってしまった。まさか、格下に見ていた店員がそんな武器を出してくるとは思わなかったのだろう。手下の方もどうしたらいいのかわからず、下劣な笑いを引っ込めてあんぐりと口を開けている。そんな二人に対し、思わず高坂は一喝していた。

「さっさとこの手を放しやがれ、このガキどもが! 死にてぇのか!」

「は、はいぃぃっ!」

 少年たちはそのまま先程の男同様に両手をホールドアップしたのだった……。


「ったく、若いくせに酒なんか飲んで、こんな田舎のコンビニで威張りくさってんじゃねぇよ! 肝臓壊したらどうするんだ!」

 新たに控室に放り込まれたロープで拘束された二人組に対し、高坂は拳銃を突き付けながら至極まっとうな事を怒鳴り散らしていた。

「そもそも、店員脅して金をまけさせるなんてしみったれた事を堂々とやるんじゃない! お前らはかっこいいと思っているかもしれないが、世間的に言えばみっともない事この上ない! 東京でやったら通報される前に笑われるのがオチだぞ!」

「ご、ごめんなさい! もうしません! だから殺さないでください!」

 二人組はさっきの不遜な態度はどこへやら、ただ顔を真っ青にして体をぶるぶると震わせているだけである。高坂は深いため息をついた。

「まったく……何で俺がこんな田舎のガキどもに説教しなきゃならねぇんだ」

 そう言って深いため息をついたまさにその瞬間……またしても表から自動ドアの開く音がした。もう高坂としてはやけくそだった。

「あぁ、畜生! もうこうなったらとことん付き合ってやらぁ!」

 そう言って高坂は拳銃をポケットにしまうと、再度店員としてレジへと向かった。いくらなんでもこれ以上客に銃を突き付けて監禁するような事態は起こるまいと思いながらも、なぜか嫌な予感がして来て何とも不安な気持ちになる。

「頼むぞ、今度こそまともな客が来てくれよ」

 そう呟きながらレジの方に出た次の瞬間……

「あの人を出しなさいよ!」

 ……高坂の希望は一瞬にしてもろくも崩れ去った。そこには、なぜか両手で大きなナタを握りしめて全身を震わせながらも血走った表情でこっちを睨みつけている中年女性が立っていたのである。高坂としては「もういい加減にしてくれ!」という気分だったが、ここまできたらもう行けるところまで行くしかない。

「お、落ち着いてください! あの人とはいったい?」

「ごまかさないで! この店の店長よ! 私はあの人の妻なのよ!」

 何とまぁ、やって来たのはあのコンビニ店長の妻だった。ただ、態度が明らかに尋常ではない。とにかく、高坂としては誤魔化すしかない。

「て、店長は今シフトを外れていまして……」

「嘘つかないで! あの人がこの時間にシフトを入れているのは確認済みなのよ! 隠すんだったら痛い目を見るわよ!」

「ま、待ってください! 何があったんですか!」

「何があった、ですって!」

 女性は鬼の形相で叫んだ。

「あの人、私というものがありながら、最近都会から来た若い娘と浮気していたのよ! 許せるがわけないでしょう!」

「はぁ……」

 そう言いながら、高坂は心の中で「てめぇ、奥さんいながら何やってんだよ!」と奥の部屋で簀巻きになっている店長に心の中で呪いの言葉を吐いていた。だが、女性はさらにナタを震わせながらエキサイトしていく。

「あんたじゃ話にならないわ! その裏の控室にいるんでしょ! そこどきなさい!」

「ちょ、勝手にカウンターに入らないで!」

「口答えするんじゃないわよ! 死にたいの!」

 ナタを振りかざしながら女性は強引にカウンターに侵入し、そのまま奥の控室へ突入しようとする。高坂としてはもう限界だった。どの道、奥を覗かれたら終わってしまうのである。

「それはこっちのセリフだ!」

 そう叫びながら高坂は拳銃を取り出して控室の方へ夢中になっている彼女の頭に拳銃を押し付けた。彼女は一瞬何が起こったのかわからないようだったが、やがて状況を理解したのか、急に体を震わせ始めた。

「え、は、あなた、何、それ、どうして……」

「ナタを捨てろ。そして控室に入れ。逆らうと撃つ!」

 不本意ながら、もうすっかり手慣れたものだった。


「いい加減にしろよてめぇら! 何で次から次へと俺の邪魔をしやがるんだ!」

 高坂は女性を縛り上げて控室に転がすと、目の前にいる面々に怒りの声をぶちまけていた。ぶつけられる方としてはたまったものではないが、自分たちも人の事は言えないので何も言えずに押し黙っている。

「おい、店長! 何で奥さんいるのに浮気しやがったんだ!」

「そ、そんなの私の勝手じゃないか」

「勝手じゃねぇよ! 既婚者が浮気しちゃ駄目な事くらい当たり前だろうが! そんでもって俺を巻き込むな!」

 そう叫びながら、続いて女性に怒鳴りつける。

「そしてあんた! いくら旦那が浮気していたからって、ナタで武装してコンビニに突入したら駄目じゃないか! 旦那を成敗する前に、あんたが警察に捕まって牢屋行きになっちまうだろうよ! 少しは常識で考えろ!」

「は、はぁ……」

 思わぬ出来事に気持ちが落ち着いて冷静な思考が戻って来たのか、彼女は少し俯いて絞り出すように答えた。だが、その言葉の裏に「あんたに言われたくない!」という言葉が含まれていたのは秘密である。

 それはともかく、高坂は大きく舌打ちをした。

「とにかく! 俺はさっさと金庫の中身を奪ってここからとんずらする。お前らこのままおとなしく……」

 ……そこまで言ったところで、またしても自動ドアの音が聞こえた。高坂は一瞬何か言おうと口を開きかけたが、やがて諦めたらしく肩を落とすと、

「……声を出すなよ」

 とだけ言ってそのままレジへと戻っていった。今度こそ変な客ではありませんようにと心の底から神に祈りながらのカウンター復帰だったが、そんな中店内にいたのは……。

「先生、ごめんなさい。ちょっと気分が悪くて……」

「構わんよ。多分疲れだろう。一度お手洗いに行ってきなさい、私は夜食でも買っておくから」

 そこには、セーラー服を着た女子高生と、四十歳くらいのスーツ姿の男性の二人組がいた。何ともアンバランスな組み合わせだが、少なくとも今までの面々に比べればはるかにましな人間に見えた。

「あ、すみません。少しトイレを貸してもらえませんか?」

 男の言葉に、高坂はハッとして答える。

「あ、ああ、どうぞ」

「構わんそうだ。行っておいで」

「じゃあ、すみません」

 そう言うと、女子高生の方が奥にあるトイレに入っていった。その間、男の方は店内を歩いてサンドイッチやお茶などをかごに入れていき、やがてレジの方へとやって来た。高坂はなるだけ不審に思われないように会計を進めていく。

「二一六八円です」

 その言葉に、男は財布を取り出してしばらく何かを考えていたが、やがてため息をついて三〇〇〇円を出した。

「すみません、小銭がなくて」

「はぁ、ありがとうございます」

 高坂はとりあえずそう言うと、お釣りを男に渡した。これで会計は終了だが、連れの少女が戻っていない事もあって、どうやらそのままここで待つ様子である。

「彼女が戻るまでここにいても?」

「えぇ、結構です」

 高坂としてはそう言わざるを得ない。どうしたものかと思っていると、男は高坂に話を振ってきた。

「こんな田舎のコンビニだと、深夜じゃ客もほとんどいないんじゃないですか?」

 いやいや、千客万来だよ! と、思わず言いそうになったが、何とかそれを耐えて無理やりの笑みを浮かべて言葉を返す。

「そうですね、まぁ、ここだけの話こっちは楽でいいですけど」

「こっちは仕事でこの辺まで来たんですけどね。まぁ、それも終わって帰る途中に軽食でも買おうかと思ったんですが、コンビニがどこにもなくて苦労しました。本当に助かりましたよ」

「はぁ……」

「あぁ、そうだ。せっかくだから聞いておきたい事があるんですが……この辺に旅館かホテルはありませんかね。もう遅いので、今日はそこに泊まろうとでも思っているのですが」

 その言葉に高坂はドキッとした。道案内……コンビニの店員であるならそれなりにある事であるが、当然ながら彼はこの辺の地理に詳しくない。しかし、客として至極当然の要求である以上、先程までのように銃で脅してというわけにもいかない。高坂は必死に考えて何とか言葉をひねり出した。

「えっと……私も最近この辺に引っ越してきたばかりで、詳しい事はわからないのですが……」

「あぁ、そうだったんですか。以前はどちらに?」

「東京です。色々あってこんな場所に引っ込む事になりましたけど」

「そうですか。しかしまぁ、こんな田舎でも物騒な事は起こるんですねぇ」

 その言葉に、高坂は自分の事を言われたのかと一瞬顔色が蒼くなった。

「な、ど、どういう事ですか?」

「ん? あれ、知らなかったんですか? 聞いた話ですが、昨日この集落の外れにあるどこかの会社の保養所で殺人事件があったみたいなんですよ。新聞の第一面にも大きく書いてありましたよ。まぁ、今日になって犯人が捕まって解決はしたらしいですが……いやはや、田舎も油断ができませんね」

「へ、へぇ……」

 そんな事件が近くで起こっていただなんて全く知らなかった。何もない田舎を選んだつもりが、自分も含めて犯罪が起こりまくっているではないか。この集落は一体どうなっているんだと、高坂は自分の事を棚に上げて思わず叫びそうになった。

 というか、殺人事件が起こっているという事は、警察関係者がこの辺をうろついているという事ではないか。これはもう一刻も早くこの場から立ち去らねばならない。だが、目の前の男はそんな高坂の事を知ってか知らずかのんびりと話を続ける。

「しかしまぁ、おかげでこっちもひどい目に遭いましたがね。このすぐ近くにある馬込まごめの交差点で警邏中の警官から職務質問を受けましてね。何でも、こんな時間に女子高生と二人で車に乗っているのが怪しいとか言われたんですが、誤解を解くのにかなり時間を使ってしまいましたよ。まぁ、事件が起きたばかりでピリピリしているのはわかりますが、こっちはとんだ災難ですよ」

「それは……災難でしたね」

 高坂としてはそう言う他ない。と、ここでようやくトイレのドアが開いて先程の少女が戻ってきた。

「先生、待たせてごめんなさい」

「構わないよ。じゃ、行こうか」

 そう言うと、二人はそのまま店を出て、表に停めてあったレンタカーらしき車に乗り込んでこの場を去っていった。高坂はほっと息を吐いて思わずへたり込みそうになるが、何とか気持ちに鞭打って気合を入れる。とにかく、こうなったらこれ以上の邪魔が入る前にここから立ち去る事が第一である。

「くそっ! これ以上邪魔されてたまるか!」

 高坂はそう叫びながら控室に飛び込むと、もう床に転がっている連中は完全に無視してお目当ての金庫の傍へ行き、持ち込んでいたボストンバッグに金庫の金を片っ端から突っ込み始めた。その作業に十分程度かかったが、幸いもうコンビニに入ってくる客はいないようだった。

「よし、お前ら、このまま動くんじゃねぇぞ。交代の店員が来るのは朝の六時。だからその時間になったら無事に見つけてもらえるさ」

 多少……というかかなり予定は狂っていたが、あらかじめかなり余裕を持って計画を立ててあったので、この程度の誤差はまだ何とか許容範囲だった。もっとも、計画的には許容範囲でも高坂の精神的にはすでに許容範囲外だったわけであるが。

「せっかくだから逃げる前に一言言っておく。……お前ら、空気ぐらい読みやがれ!」

 高坂の説教に控室の面々は返す言葉もなく俯いてしまう。それでスカッとした高坂は、この馬鹿げた犯行ももうすぐ終わるとホッとしながら控室からレジに出て、そのまま正面入り口から駐車場に出た瞬間……


「そこまでだ」


 そこで、厳しい表情で立っていた先程のスーツの男と、その男の後ろから銃を構えてこちらに突き付けている警官隊の包囲網の歓迎を受ける事になってしまったのだった……。

「なっ……」

 思わず銃を取り出そうとするが、複数の警官が狙いをつけているためうかつに動く事さえできない。そうこうしているうちに、スーツの男の隣に立って居た刑事らしい男が鋭く叫んだ。

「動くな! 手に持っているバッグを地面に置いて手を上げろ!」

 こうなっては万事休すだった。高坂は唇を噛み締めながらバッグを地面に置き、そのまま両手を高く上げた。即座に警官数名が高坂の近くに駆け寄り、身柄を拘束すると同時にポケットから持っていた銃を押収する。さらに刑事がバッグの中を確認して目をひそめた。

「随分派手に盗んだものだな。こんな田舎でコンビニ強盗とは、いい度胸してるな」

 と、警官の一人が刑事に報告に来る。

「控室にいた人質全員を救助しました」

「ご苦労」

 その言葉通り、しばらくして裏口から先程の面々が憔悴しきった表情で出てくる。それを見て、高坂は思わず恨み言を履いていた。

「なぜだ……なぜばれたんだ!」

 その言葉に、なぜか刑事は苦笑気味に答えた。

「まぁ、何と言うか……ついてなかったな。よりにもよって、この人に目をつけられるなんて」

 そう言われて、後ろに控えていた先程のスーツの男が小さく頭を下げる。

「東京で私立探偵をしています、榊原と言います。先程はどうも」

「た、探偵?」

「えぇ。ここの県警の依頼で、昨日起こった保養所での殺人事件の調査をしていました。何とかそれも解決してレンタカーで帰っている途中だったんですが、その途中で寄ったコンビニの様子がどうもおかしかったのでね。ちょっと探りを入れて、警察にも来てもらったというわけです」

「い、いつから俺が偽物だと」

 その問いに対し、榊原は首を振りながら答えた。

「何というか定番のセリフですが……このコンビニの駐車場に車を入れた時点ですよ」

「な、何でそんな……」

「その前に確認ですが、これだけ手慣れた手口からして、あなたは初犯ではありませんね?」

 その問いに対し、高坂は黙りこくる。事実上、それが答えだった。

「いいでしょう。その上で、ですが……初犯ではなかったとして、田舎のコンビニを襲うのはおそらくこれが初めてですね。多分、今までは東京辺りのコンビニを襲っていたと考えるのですが、どうでしょうか?」

「ど、どうして……」

 どうしてそんな事がわかるんだと思わず言いかけて口をつぐむ。が、榊原は苦笑気味に答えた。

「まぁ、それがあなたにとっての盲点だったと思いますが、このコンビニに来ておかしいと思った事があったんです。何しろ、駐車場にはたくさん車やバイクが停まっているのに、外から店内を見たら客が誰もいないという状態だったわけですからね」

「え……あっ!」

 言われて高坂はその盲点に気付いた。次々やって来る予定外の客たちを控室に押し込んだまでは良かったものの、彼らがここまでやって来た手段……つまり、駐車場の車やバイクを処理する事をすっかり忘れていたのである。

「こんな周囲に何もない田舎の深夜のコンビニですから、ドライバーが車やバイクだけここの駐車場に置いて店以外のどこかに行くなんて事は考えにくい。なのに、店の中には誰もいなくて、それどころか店員の姿も見えない。私でなくてもこれはおかしいと思うでしょう。多分、都会のコンビニにはこういう駐車場がほとんどなかったし、客も車で来店する事が少なかったから田舎のコンビニ特有のこの矛盾点に気付いていなかったんだと思いますが」

 その通りだった。都会と違って公共交通機関の発達していない田舎は必然的に車社会になり、従ってコンビニの買い物一つにも当たり前のように自動車やバイクが使われる。なので、田舎にあるコンビニには都会と違って広大な駐車場を備える必要があるのだ。下調べでその事実は知っていた高坂も、相次ぐハプニングですっかり人質たちの交通手段の事を忘れてしまっていたのである。これでは怪しんでくれと言っているようなものではないか。

「でもまぁ、それだけで店内で何が起こっているのかまではわかりませんからね。ひとまず停車してある車のナンバー照会をそこの刑事さんに電話で依頼した上で、店内に入って確認してみる事にしたわけです。瑞穂ちゃんにはわざとトイレに行ってもらって、私があなたを強盗だと判断したらトイレから警察に追加報告するように指示を出していました。外からかけさせてもよかったんですが、それだと話を長引かせる事ができないと思いましてね。トイレだったら、待つという名目で色々と話す事ができますから」

 そう言われて榊原の後ろを見ると、トイレに行っていたセーラー服の少女……瑞穂が得意げにブイサインをしていた。

「そんな……どうやってトイレに指示を……」

「そんなもの、入る前に互いの携帯電話を通話状態にしておけばいいだけの話です。で、私があなたを強盗と判断したらポケットに入れていた携帯の通話口を叩く事で知らせ、その瞬間に瑞穂ちゃんは電話を切って改めてトイレから警察にかける、という筋書です。まぁ、実際に話してみたらあなたが色々ボロを出していましたしね」

「ボロって……」

 榊原は呆れたようにため息をつきながら言う・

「例えば、少なくとも本物の店員なら昨日起こった殺人事件の話を知らないって事はないでしょう。何しろ店内に置いてある新聞の第一面に事件の事がでかでかと書かれてあったはずですから。店員なら新聞のセッティングはしているはずですし、それ以降も店内清掃やら売れ残りの処分やらで何度も見る機会があるはず。少なくとも全く知らないというのはあり得ないでしょうね」

「あ……ああ……」

「それに、あなたは誤魔化していましたが、店員なのにこの辺りの地理に詳しくないようでしたしね。いくら引っ越してきたばかりでも、ここはほとんど何もない田舎です。少なくとも、おそらくは一、二件しかない宿泊施設を知らないというのはいささか理解に苦しみます。まぁ、道順がわからないだけという可能性は否定できませんが、この場合は『こういう宿泊施設はあるが道順はわからない』という答えになるはずで、あなたみたいに『宿泊施設があるかどうかもわからない』と答えるというのはコンビニの店員として、そしてこの辺に住んでいる人間としてはおかしな話です」

「……」

「ついでに言うと、店内の至る所で商品の補充ができていませんでした。多分、私以前に買い物に来た客を人質にした際にその人質が買った品物の補充をしていなかったからだとは思いますが、いささか不用意でしたね。一ヶ所ならともかく、それが複数となればさすがに怪しく思いますし、そもそも棚から商品が落ちているところもありました。それを直していないのは軽率でしたね」

 高坂の頭に、かご一杯に商品を詰め込んでいたあの不良二人組の顔が浮かぶ。思わず歯ぎしりしている中で、榊原はとどめを刺しにかかってきた。

「決定的だったのはその後の私との会話ですね。あの時、私はこの近くにある馬込交差点で警官から職務質問をしたという話をしましたが、それに対してあなたは特に何の反応も示しませんでした。これがあなたに対する疑惑が確証に変わった瞬間です」

「し、示さなかったら駄目なのかよ!」

「駄目でしょう。何しろ、この近くに馬込などという名前の交差点は存在しないんですからね」

「は?」

 高坂はポカンとした表情を浮かべる。

「言った通り、色々おかしい点はあったもののあと一押し根拠がほしいと思いましたのでね。試しに偽の地名を織り交ぜてカマをかけてみる事にしたんです。口では『最近この辺に引っ込んできた』と言っているあなたの話が本当なら、宿泊施設ならともかく、少なくともこの近所の交差点の名前くらいは知っていないとおかしいですから。結果、あなたは私が口にした架空の交差点の名前に一切反応しなかった。この時点で、あなたが偽物の店員だという事は確定したんです。ちなみに、この近くにある交差点の名前として正しいのは馬込ではなく馬沢まざわです」

 そう言って、榊原は高坂を鋭く睨んだ。

「まぁ、そういうわけで、明らかにあなたが偽の店員だという事はわかりましたのでね。その手口から見て常習犯だと思いましたので、今、あなたの身元を警察に照会してもらっているところです」

「身元って……」

「あなたにもらったお釣りの硬貨についた指紋を警察に解析してもらっているところです。もう結果が出ている頃ですが……」

 と、ここで傍らの刑事が部下からの報告を受け取ったようだった。

「あんたの身元が割れたよ。高坂啓介……東京都内で随分暴れていたみたいだな。そんな大物をうちで逮捕できるとは、光栄だよ」

「……畜生!」

 ここまで徹底的に暴かれてしまっては、もはやそう吐き捨てる事しか高坂にはできなかった。結局、最後の最後まで予期せぬ来客たちに苦しめられるわけになってしまったわけで、高坂としてはもう天を呪うしかできる事はなかった。

「じゃあ、行こうか。続きは取調室だ」

 そう言って、刑事は高坂をパトカーに連行しようとする。と、その時だった。突然、助けられた人質たちが高坂の下に駆け寄ってきたのである。

「な、何だよ」

 いきなりの事に高坂がそう言うと、彼らはなぜか一様に頭を下げて感謝し始めた。

「怖い思いはしたが……あんたに一喝されて目が覚めたよ! ありがとう! 私はもう二度と浮気なんかしない! 女房を大切にすると誓うよ!」

「あなた……ごめんなさい! 自分が馬鹿な事をしようとしていたのが今よくわかったわ! 強盗さん、止めてくれてありがとう!」

「俺もだ! コンビニ強盗がこんなにリスクの高いものだったなんて知らなかった! 俺、これから真面目に生きるよ!」

「あんたを見て、こんな田舎でくすぶってる俺が馬鹿馬鹿しくなったぜ! これからはこんな下らねぇことはしねぇで、もっと高みを目指す! 気づかせてくれてありがとうございまッス!」

「兄貴、カッコイイッス!」

 ……どのセリフが誰のものなのかは読者の皆様のご想像にお任せするが、高坂としてはやけっぱち気味にこう言うしかなかった。

「あぁ、そうかよ! よかったな、畜生め!」

 そのまま、人質たちに感謝の一礼をされる中、高坂は忌々しそうな表情でそのまま連行されていった。そして、後に残された榊原と瑞穂は、こうコメントしたのだった。

「……一体、コンビニの中で何があったんですか?」

「さぁね……さすがの私も、そこまではわからんよ。まぁ、人生、色々なめぐりあわせってものがあるんだろうね」

 田舎の夜空は、どこまでも澄み渡っていた……。

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