第三十五話 「第139回立山高校部活動部長会議」
都立立山高校二年の新橋沖也は頭を抱えていた。彼が今いるのは立山高校の大会議室。そこで行われている会議は、かなり険悪なものになっていた。参加者の何人かが互いに互いを睨みつけており、両者一歩も引かない様相を見せているのである。
「まったく……何でこんな事に」
ここで行われているのはこの立山高校に存在する数々の部活やサークルの部長たちが一堂に集まって行われる部長会議だった。主に部活動間の問題に対する話し合いや、予算の分配、学校側への要望などを決定する部活動の最高意思決定機関であり、男子テニス部の部長である新橋はこの部長会議の議長に就任していた。
だが、今日の会議は最初から険悪な様相を見せていた。というのも、会議が開かれた原因というのが、他校とのトラブル絡みの事だったからである。そして、その槍玉に挙げられているのが、サッカー部部長の玉島敦也という二年生だった。
「……もう一回だけ状況を確認するぞ」
と、さっきから玉島を睨みつけていたハンドボール部部長で同じく二年生の柴野智勝が怒気を押し殺した声で追及を始めた。
「あんたたちサッカー部はこの前の日曜日に小篠高校との練習試合を行って大差で敗北。しかし、相手に反則があったと納得せずに乱闘寸前になって、先生たちに取り押さえられた」
「……あぁ、そこまではその通りだよ。それは否定しねぇ」
玉島はうんざりしたように肯定する。柴野は眉間に筋を浮かばせながら追及を続ける。
「で、そこで納得できずに帰宅途中の小篠高校サッカー部員を襲って怪我を負わせた……と。何考えているんだ、馬鹿野郎!」
「だから、それは俺らじゃねぇって!」
元々サッカー部とハンド部は校庭の使用スペースをめぐってあまり仲が良くない部活である。それだけに、この事態にハンド部のサッカー部に対する追及は苛烈を極めていた。
「あのなぁ! 小篠高校から医療診断書付きで正式に抗議が来てるんだぞ! 向こうはうちのユニホームを着た奴らに襲われたって言ってるんだ!」
そう言いながら、柴野は手元に配布されている小篠高校からの抗議文に手を叩きつけた。そこにはこう書かれていた。
『先日、練習試合を終えて帰宅中の我が校のサッカー部員二名が、帰宅途中にいきなり襲われて殴る蹴るの暴行を受け、全治一週間の怪我を負う事となりました。彼らは「帰宅中にいきなり後ろから蹴りつけられ、そのまま路上に蹲ると同時に相手が誰かもわからないまま殴る蹴るの暴行を受けた。その後、犯人がその場を去るときに、立山高校サッカー部のユニホームを着ているのを見た」と証言しています。同封した医療診断書に明記された通り、両名は全身を打撲し、特に膝を大怪我していてサッカーの存続にもかかわる状態です。この件について、我が校は貴校の行動に対し強い遺憾の意を表明し、正式な謝罪を要求する次第です』
だが、これに対しても玉島は態度を崩す事がない。
「知らねぇよ! 少なくともうちの部員がやったんじゃねぇ!」
「お前なぁ!」
と、そこで柴野の横に座っていた新聞部部長で三年の矢島亜樹が、激高する柴野を手で制して発言を求めた。ちなみに大会の終わった体育会系の部活の大半は三年生が引退して二年生が部長になっているが、文化系の部活や小規模サークルは引退が秋頃までと長いため、未だに三年生が部長をしている部が多い。新聞部もそうした部の一つだった。
「事実かどうかはともかくとして、実際に抗議が来ている以上捨てておけないのも事実よ。正式に謝罪するか、もしやっていないんだったらそれを証明して反論するしか、相手を納得させる事はできないわ」
「けど先輩、謝罪したらやったって認めた事になります。それを認めたら、少なくともサッカー部は無期限の活動停止、最悪の場合は部そのものが廃止になります」
後を受けたのは女子陸上部部長の二年生、福浦麻衣だった。隣の女子バスケ部部長である二年の磯川さつきも頷く。
「一番簡単なのは真実がどうであれ謝っちゃう事だと思うんだよね。サッカー部は潰れるかもしれないけど、逆に言えばそれでけりがつくんだし」
「よくねぇよ! やってもいない事で部を潰されてたまるか!」
玉島が憤る。さつきはため息をつきながら首を振った。
「わかってるって。でも正直なところ、学校側はそれで幕引きをしたいと思ってるんじゃないかな」
「僕もそう思う。実際、よく乱闘を起こすサッカー部の評判はあんまり先生にはよくないみたいだし、これを機に潰したいと思っている先生も多いと思うよ」
これはゲーム研究会部長の三年生、尾西翔也の言葉である。
「そんなこと言われたってよ……」
「だからこそ、こうして学校側の処分が下る前に部長会議で結論を出す機会をもらったんじゃないか。だから……互いにいがみ合うのはやめて、頼むから対策を考えてくれよ!」
新橋はそう言って机を叩いた。それを聞いて、並み居る部長たちは気まずそうに顔を見合わせる。
「いやぁ……だって正直、これってもう詰んでるような気がするのよね」
「磯川! お前、さっきから俺に恨みでもあるのかよ!」
「事実を言ってるだけじゃない! 普段から乱闘ばっかやってるからこんな事になるんじゃないの!」
「何だと、この……」
「いい加減にしろ!」
新橋はそう叫んで疲れたように椅子に座りこんでしまった。そして、隣に座っている少女の方を見やる。
「……西ノ森さんの意見は?」
「え、私、ですか?」
発言を求められ、議長席の横に座っていた文芸部部長の二年生、西ノ森美穂はビクリと体を震わせた。文芸部は色々あって現在部員数が美穂一人という小規模な部であるが、全ての部活の中で一番歴史が長い事もあって慣例的に部長会議では発言力が強く、『何かあったら文芸部長に泣きつけ、そして何があっても文芸部長には逆らうな』というのが歴代議長の伝達事項だったりする。とはいえ、現部長の美穂はそこまで積極的に発言する性格ではなく、もっぱら議長の補佐役……会議が暴走した時の歯止め役というポジションを確立しつつあった。
「えっと、その……玉島さん、サッカー部は本当にやっていないんですか?」
「当たり前だろ! 試合の乱闘はともかく、闇討ちなんて卑怯な事はしねぇよ!」
「だ、だったら……さっき矢島先輩が言ったみたいに、もう、その闇討ちの真相を暴くしかないんじゃ……」
消え入るような美穂の発言に、誰もが顔を見合わせた。
「いや、そりゃそれが一番いいんだろうけどよ。それができないから困ってるんじゃないか」
柴野が胡散臭そうに言う。それに対し、さつきがのんびりした声でさっきから一言も喋っていないある人物に声をかけた。
「できない、ねぇ。……瑞穂。いい加減に少しは話に参加したら?」
その言葉に、会議の末席でぼんやりと話を聞いていたミステリー研究会部長の二年生、深町瑞穂は小さく首を振りながら顔を上げた。
「さつき……変なところで私に振らないでよ」
そう返事する彼女に対し、他の部長たちはざわめきを発していた。瑞穂が部長を務めるミステリー研究会は、昨年前代未聞の同時多発殺人事件の舞台となり、多くの犠牲者と逮捕者を出した部活である。当然学校側はミス研を廃止しようとしたが、唯一部に残った当時一年の瑞穂が猛反発し、新歓活動の禁止と今年度誰も部員が入部しなかったら即廃部という厳しい条件で存続が認められていた。正直、新橋も四月でミス研は消滅すると思っていたのだが、何がどうなったのかこんな状況なのに新入部員がミス研に入部し、結果的にミス研は学校側の苦々しい表情と裏腹に存続を認められていた。
まぁ、そんな経緯があるので部長会議でも発言を避けられる傾向が強く、義務的に会議にこそ出席しているものの、誰かに話を振られるまでは一番隅の方で話を聞いている事が多いという存在だった。ちなみに、さつきと美穂は彼女とは同じクラスの親友同士である。
「この際だ。深町さん、あなたはこの件に関してどう思っているんだ?」
「まぁ、考えくらいはあるけど……『殺人部』の私が意見を言ってもいいの?」
瑞穂が少し皮肉を込めて聞く。実際、裏でミス研の事をそう呼んでいる生徒もいるため、さつきと美穂を除く他の部長たちは後ろめたそうな表情を浮かべる。が、新橋としてはもはやわらをもつかむ思いだった。
「構わないから、何か考えがあるなら言ってくれ! これ以上堂々巡りするのはうんざりだ!」
瑞穂は深いため息をつくと、こう言った。
「じゃあ言うけど……多分、謝るだけ無駄だと思う」
「無駄?」
「うん。だって、これって小篠高校側の自作自演……というか犯人の擦り付けだと思うから」
……直後、会議室が一気に静まり返った。代表して新橋が尋ねる。
「えっと……何で、そんな事がわかるんだ?」
「何でって言われても……これを読んだらすぐにわかったんだけど」
瑞穂は会議に先立って配られていた小篠高校からの抗議文書を示しながら言った。その言葉に、他の部長たちは慌てて抗議文を読み直す。
「これのどこを読んだら自作自演だなんてわかるんだ?」
柴野の問いに、瑞穂は解説を始めた。
「そもそもこの抗議文、ほとんどが怪我をしたサッカー部員の自己申告ばっかりで、客観的な証拠が全くないのよね。これじゃあ、ほとんど根拠のない言い掛かりじゃない。現場からうちのサッカー部員の靴跡とか指紋が見つかったとかならまだ説得力があるんだけど、それもないんじゃ私は納得できないかなぁ」
「ええっと……」
そもそもこんな抗議文に「靴跡や指紋を調べた」なんて書いてあったら、それはそれでドン引きである。
「だから、ユニホームを見たとかそういう証拠もない一方的な言い掛かりはこの際無視しても大丈夫。問題になるのは、『被害者が負った怪我は本当にサッカー部のせいなのか』っていうこの一点だけ。それをひっくり返せれば、相手の主張は本当の意味でただの言い掛かりって反論できると思うんだけど」
「そりゃ、まぁ、そうだけど……できるのか?」
「うん。だって、この証言おかしいから」
そう言って、瑞穂は付属で送られてきた医療診断書を手に取った。
「診断書を見たら、被害に遭った二人の怪我は全身の打撲になっていて、特に膝の部分の負傷が大きいって書かれてるの。抗議文にも同じ事が書かれているけど、多分、この膝の怪我が最初に蹴られた時の怪我で、後の怪我はその後蹲った後に受けた傷だと考えるのが普通だよね」
「まぁ、そうだな」
「でも、抗議文の証言だと二人とも後ろから蹴られた事になってるのよね」
「え?」
新橋は思わず抗議文を見やった。確かに、抗議文には「いきなり後ろから蹴られた」という事になっていた。
「でも、だからどうしたんだよ」
柴野が不満そうに言うのに対し、瑞穂は首を振りながら答えた。
「あのねぇ、後ろから蹴られたんだったら怪我をするのは膝裏とか足の裏面。膝そのものを怪我するのは、前から蹴られた時だけじゃない」
「え……あっ!」
新橋は思わずそんな声を上げていた。言われてみれば確かにそうだが、抗議されたという事そのものに目が行き過ぎていてそんな矛盾に全く気が付いていなかったのである。
「待ってくれ。確かにこれは矛盾だけど、それで相手が引き下がるとは思えない。事実が前から攻撃されたとしても、『記憶違いだった』とか『記録が混乱していた』言われたら終わりじゃないか? それに、前からだろうと後ろからだろうと、誰かが彼らを襲ったのは間違いないわけで、それがうちのサッカー部員だと言われてしまったら……」
と、尾西がそんな反論する。が、瑞穂はそれに対してすぐに反論した。
「尾西先輩、だったら何でこの被害者たちは犯人の顔の事について一言も言っていないんですか?」
「え?」
「今までは後ろから襲われたと言っていたから、最後にユニホームだけを見たという証言が成立していたんです。でも、前から襲われて膝を蹴られたんだったら、当然犯人の顔を見ていないとおかしいですよね。そして見ていたんだったら、抗議文で指摘しないのは不自然です」
「それは……確かにおかしいね」
尾西が考え込むような顔をする。代わりに柴野が答える。
「彼らが犯人の顔を知らなかったとか……」
「直前に試合して、乱闘寸前にまでなった相手の顔を知らなかったなんて、あり得ないと思うけど」
「……だよなぁ」
瑞穂の駄目出しに、柴野は腕を組んで考え込む。
「じゃあ、何で向こうは顔を見たって言わなかったんだろう?」
新橋が問うと、瑞穂はこう答えた。
「客観的な証拠から考えて、犯人が被害者の前から膝を蹴って、被害者が犯人の顔を見ていたのは間違いないはず。それなのにそれを言わないで、ユニホームを見たとか曖昧な証言でごまかしているって事は……変に具体的な事を言って、突っ込まれるのを防ぐためって事じゃないかな」
「突っ込まれるって?」
「具体的な人相を言って犯人を一個人に特定しちゃったら、その相手にもしアリバイがあったら嘘って事が一発でばれるから。相手は試合の後にうちのサッカー部員がそれぞれどういう行動をしたかなんて知らないはずだし。でも、うちのサッカー部の誰かって事にしておけば、全員にアリバイがあるなんて事はまず起こらないだろうから、嘘って事を疑われずに済むってわけ。一人でも疑わしい人間がいたら、こっちがそれを完全に否定するのは難しいって向こうも計算してると思う。いわゆる『悪魔の証明』にこっちを引きずりこもうとしてるって考えた方がいいかもしれない」
「おい、それって……」
だんだん話がきな臭くなってきた事に新橋は慌てるが、瑞穂は断定気味にこう言った。
「医療診断書が出てるって事は、向こうが誰かに襲われて怪我をしたっていうのは本当なんだと思うけど、その犯人はうちのサッカー部の人間じゃないっていうのが私の結論。だけど、相手はそれをわかっていた上で、なぜかは知らないけどその犯人の罪をうちのサッカー部に擦り付けようとしてる。大怪我した被害者が嘘をついているなんて普通の人は思わないしね。自作自演っていうのはそういう意味」
「まじかよ……」
玉島が青ざめた表情で呻いた。
「だとしたら、謝るのはむしろ相手の思うつぼね。深町さん、何か対抗策はないの?」
新聞部の亜樹が尋ねると、瑞穂は少し考えた後でこう言った。
「一番いいのはその被害者たちと直接会って、今までの証拠から犯人が被害者たちの前に立っていたって事を説明した上で、犯人の顔について詳しく聞くというやり方だと思います。これだけ明確な証拠があったら正面から蹴られた事実を否定するのは難しいですし、それで犯人の顔がわからないって言ったら相手の証言が曖昧で根拠がない言い掛かりである事をこっちが証明できたことになります。そして、こっちの選手のアリバイを向こうがわかっていないからには、その場で咄嗟に特定個人の選手に罪を着せる事は向こうには絶対できないはずです。さっき言ったみたいに、万が一指名した選手にアリバイがあったら嘘って事が一発でばれてしまいますから」
だが、そこで柴野が渋い表情で意見を述べる。
「だけどよ、例えば向こうが開き直って『犯人は覆面をかぶっていた』とか言い始めたらどうするんだ?」
もっともな意見だった。だが、瑞穂はニッコリ笑って返答する。
「むしろそれならこっちにとっては好都合なのよね。もし犯人が覆面をしていたんなら、顔を隠しているのに犯人を特定できるユニホームを着ていたっていうおかしな話になっちゃうから。正体を隠したい犯人が正体を特定できるものを着ているなんて本末転倒でしょ。なのにそんな事をしているって事は、もう犯人はわざとユニホームを着てその主に罪を着せようとしているって事になるし、そこから顔がわからない事を軸にしてうちが無関係だって話に充分持って行けると思うけど」
確かに説明されてみればそういう事になってしまう。一つの嘘がばれた事で、連鎖的に無理が出てしまっているのがわかる話だった。だが、柴野はさらにこう問いかけた。
「じゃあ、相手がさらに開き直って、一か八かでうちの適当な選手の名前を言って、そいつにたまたまアリバイがなかったらどうするんだ? 玉島、確か調べたら、アリバイがない奴は部の半分くらいはいたんだよな」
「あ、あぁ」
だか、この心配に対する瑞穂の答えはシンプルだった。
「そう言われた時は、何喰わない顔で『そいつにはアリバイがある』って言ったらいいと思う」
「嘘をつくのか?」
「お互い様だし、どっちかといえば反応を見るのが目的かな。本当に相手の言った選手が犯人だったら、アリバイがあるってこっちが言っても絶対に意見を変えずに反論してくるはず。でも、さっき言ったみたいに嘘だったら、アリバイを確認する手段が向こうにない以上、こっちが何食わぬ顔でアリバイがあるって言い張ったら、『記憶違いだった』とか言ってすぐに意見を変えて別の人間を指摘してくると思う。嘘をついている人間は、嘘をごり押しするより嘘がばれる事を防ぐ方を重視するから」
「な、なるほど」
柴野としてはもうそう言う他ないようだった。だが、新橋の表情は険しいままだ。
「だけど、根本的な問題がある。そもそも、相手が会ってくれない可能性の方が高いって事だ。被害者を俺らに会わせたくないって言われたら、こっちはそれに従うしかない。そうなったらさっきの作戦も無駄になる」
「というか、もし本当に深町さんの推理通りなら、ボロを出させないためにも絶対に会わす事はないでしょうね」
亜樹がそう言い添える。一方、瑞穂もそれは考えていたようで、すぐに別の対策を提示した。
「だったら残る対処法は、本当に彼らを襲った真犯人をこっちで探すしかないと思います」
「それは……それができたら確かに一番いいんだけど」
そんな事ができるのか、と新橋は疑わしげに瑞穂を見やった。一方、瑞穂は何か考えがあるようだった。
「ま、やり方次第じゃないかな」
今や部長たちの目は、全員瑞穂に集中していたのだった……。
「いやぁ、瑞穂も色々考えるよねぇ」
数日後、二年生の教室でさつきがしみじみとした口調でそんな事を言っていた。今は昼休みで、瑞穂、さつき、美穂の三人で昼ご飯を食べているところである。
「そうかな? 私はできる事をやっただけだけど」
「瑞穂……あんた本当に、あの探偵さんの影響を物凄く受けてると思うよ」
さつきは大きくため息をつき、瑞穂も自覚はしているのか苦笑いを浮かべていた。
あの後、まず瑞穂は二人が襲われたという現場を特定するところから始めた。事件が試合の直後、被害者たちの帰宅途中に起こったという事から小篠高校と最寄り駅の間の通学路のどこかだと見当をつけ、その上で部長会議のメンバー総出で周辺の住宅に事件当日に救急車が来なかったかと聞き込みをしたのである。あれだけの怪我なら間違いなく救急車を呼んでいるはずというのが瑞穂の考えで、案の定、少し調べただけで彼らがどこで襲われたのかは簡単に特定できた。
その上で、今度は新聞やネットを使って最近その周辺で他にも事件が起こっていないかを調べる事にした。もし、怪我を負わせたのが第三者によるものだとすればあまりにも手慣れており、他にも同じような事件を起こしているのではないかというのが瑞穂の推論である。その結果、この辺を根城にしている近隣の工業高校の不良グループの存在が浮かび上がってきたのだった。
漫画や小説ならここで武道系の部活の面々がその不良グループのアジトにでも乗り込んでいって相手をコテンパンにして話を聞き出すというところになってくるのだろうが、生憎、現実の一般的高校生である瑞穂たちにそんな事はできるはずもないし、第一そんな事をしたら自分たちが暴力行為もいとわない集団である事を相手にわざわざ証明してあげるようなものである。そこで、ここまでわかった時点で再度部長会議が開かれ、対処を悩む部長たちに対し瑞穂はある問題を解決する必要性を提示した。すなわち、実際の犯人がこの不良グループだったとして、今回の抗議文騒動に彼らは関与しているのかという問題である。
考えられる可能性は、小篠高校の被害者たちがたまたま不良グループに襲われた事を利用してサッカー部を潰すためにこちらに難癖を吹っかけている場合と、元々サッカー部を潰したいと思っていた不良グループが主犯格となって小篠高校の被害者たちを脅すなりしてこちらに難癖を吹っかけている場合の二つである。後者なら事件は不良グループが完全な主犯格であるが、前者なら不良グループは今回の一件を全く知らない事になる。どちらが真相かで対応は変わってくるため会議は白熱したが、瑞穂はこの問題については前者の可能性が高いと指摘した。理由は、こんなまどろっこしい事をする以上、相手側にはそれ相応の動機がなければならないはずで、乱闘直前まで行って立山高校サッカー部に恨みを抱いている小篠高校サッカー部ならまだしも、不良側に立山高校のサッカー部を潰そうとする動機など存在しないはずだというものだった。実際、その不良グループと立山高校の間には何の接点もなく、大体サッカー部を潰すならわざわざ他校の選手を襲わずとも直接こっちを襲えばいいはずで、部長会議でも瑞穂の考えに多くの支持が集まった。
この考えが正しければ、不良グループに小篠高校の被害者たちをかばうような理由は存在しない事になる。つまり、小篠高校の被害者たちがやっているこの虚偽抗議行為で自分たちに不利益が発生すれば、比較的簡単に口を割る可能性が高いという事だ。
そこで瑞穂が提案し、部長会議が実行したのは、小篠高校ではなくその不良グループのメンバーが通っている工業高校へ「小篠高校のサッカー部員を立山高校のサッカー部員が襲ったと抗議を受けたが、この件に関してそちらの生徒が行った暴力行為である可能性がある。至急事実関係をはっきりさせる事を要請する」と通告する事だった。当然工業高校側としては半信半疑だろうが、事実がどうであれ事実関係をはっきりさせるために暴力行為を働いたとされている不良グループに話を聞くしかない。これが小篠高校側の関係者だったらこんな抗議は断固否定しただろうが、不良グループには別に小篠高校をかばうような事情は存在しない。どころか、むしろ彼らの行為のせいで教師らに尋問される事になってしまった事に怒りを覚えたらしく、比較的あっさりと「自分たちが小篠高校のサッカー部員を襲った」と認めてしまったのである。この証言は記録され、立山高校側の要請でその証言書を含む謝罪文が立山高校と小篠高校の双方に送付される事となった。
ここまで来れば後は簡単である。実際に犯人の証言つきの公式な謝罪文書が発行されてしまった以上、小篠高校もこれを無視するわけにはいかない。というより、この謝罪文一枚で、逆にあの抗議文そのものが不当な言い掛かりであった事が白日の下にさらされてしまったのである。これを受けて小篠高校側は「あれは被害者たちの見間違えだった」とすぐに証言を切り替え、そのまま立山高校側と和解する方針を見せた。立山高校側としても言い掛かりである事がはっきりした今となってはこれ以上争うつもりは毛頭なく、双方の代表同士の交渉でこの件は手打ちとなる事が決まったのである。
「まぁ、何にしてもこれで一件落着って事で」
瑞穂の言葉に、美穂が感心したように言う。
「でも、凄いです。うちもそうですけど、結果的に向こうの高校にもダメージを与えずに穏便に終わらせたんですから」
「まぁね。っていうか、多分先生ならもっと容赦ない手段を採ったと思うし、この程度でそこまではしたくなかったから」
「容赦ない手段って?」
さつきが興味津々に聞く。
「例えば……診断書の膝の傷跡とうちのサッカー部員全員の靴跡を照合して一致する人間がいない事を証明するとか、刑事系の法律の知識を駆使して強引に小篠高校の被害者たちとの面会を取り付けて、その面会中に徹底的に相手を追及して再起不能に追い込むとか、あるいは……」
「ごめん、もういい」
さつきは思わず瑞穂にストップをかけた。何だかんだ言って瑞穂も物騒である。
「ま、何にしても今回の件で少しはミス研に対する見方も変わったんじゃないかな? 少なくとも議長の新橋君はすごく感心してたみたいだし、私はそれが嬉しいよ」
「……個人的にはこれからも部長会議の厄介ごとに巻き込まれそうで嫌なんだけどなぁ」
「いや、それあんたが言うか。普段から探偵さんにくっついて厄介ごとに首を突っ込み続けているくせに」
さつきの突っ込みに対し、瑞穂は素知らぬ顔で昼食を食べ続けていたのであった。




