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第二話 「史上最悪の花見というもの」

「先生、これなんですか?」

 品川の裏街の古びたビルの二階。今まで数々の事件を解決してきた名探偵・榊原恵一が事務所を構える場所であるが、そこの事務員の大学生・深町瑞穂が机の上に置きっぱなしになっていた手紙を榊原に渡した。

「ん? ああ、花見のお誘いだよ。気が進まないんだけどね」

 榊原はうんざりしたように答えた。

「えーっと……『警視庁合同大花見大会』?」

「警視庁の連中が大いに羽目を外す花見大会だ。OBにも誘いがかかる。何より主催者が警視総監だから断れなくてね」

「でも、警察主催ならそんなに荒れないんじゃ……」

「だったらどれだけ良いことか」

 榊原はため息をついていた。


 同じころ、台東区の日本屋敷。日本最大の暴力団・神岡組の幹部が緊張の面持ちで正面を見つめていた。そこには神岡組組長・神岡権兵衛かみおかごんべえが孫娘の神岡理沙かみおかりさとともに座っている。

「さて、いよいよ決行の日が近づいている。全員、覚悟はできているな?」

 重々しい権兵衛の声に、幹部たちは深く頷く。一瞬の沈黙。その直後、幹部たちは立ち上がると、力強く権兵衛に告げた。

「年に一度の『神岡組大花見大会』。必ず成功させて見せましょう!」

 幹部たちの意気込みを見て、権兵衛は満足そうに頷いた。その横で、理沙が呆れた表情をしている。

「暴力団が総力を挙げて花見の準備をするなんて、世も末ですね……」


 次の日、人々でにぎわう上野公園。

「乾杯!」

 どこかの大学のサークルと思しき団体が、その一角で盛大に花見をやっていた。新歓活動中らしく、初々しい顔も見える。

「いやぁ、今年はいい場所が取れたねぇ」

「こんな良い場所なのに、誰も場所取りしてなかったんっすよ。ラッキーでした」

 先輩の言葉に、場所取りをしていた後輩が頭をかく。

 だが、彼らは知らなかった。この場所がどのような場所なのかを。


 それから一時間後、大学生たちの花見も佳境を迎えていた。

「今日は最高だ!」

 サークルの部長が叫び、全員が拍手をする。

 と、その時突然どこからともなく車のエンジン音が聞こえた。

「何だ?」

 全員が訝しげな表情をする。と、反対側からサイレンが響き渡った、それも一つや二つではない。

「な、何なんだよ」

 大学生たちが不安そうな表情をする。と、エンジン音がしたほうから何台もの黒塗りの高級車が次々侵入し、停車した車から黒服の、どう見てもヤクザとしか思えない人相の男たちが何百人と降りてくるではないか。

「組長、こちらです」

 と、一番高級そうな車から眼光鋭い和服の老人が、同じく和服を着込んだ少女と一緒に降りてきた。言うまでもなく、権兵衛と理沙である。

「ほう、今年は先客がおるのか」

「すぐに追い出しますか?」

 男たちが大学生を睨みつける。大学生たちは震え上がった。

「もう遅いみたいですよ」

 理沙が告げる。と、同時に反対側から大量のパトカーが姿を見せ、こちらも何百人と言う刑事や警官たちが降りてきた。中には機動隊員の姿も見える。一般人らしい人間もいるが、彼らも一様に目つきが鋭い。大学生たちは肝をつぶした。

「総監! こちらです!」

 警官たちが敬礼する中、警視総監がゆっくり中央に歩み寄った。後ろには副総監や刑事部長もいる。

「今年も神岡組と同じ場所か?」

「そのようです」

 その瞬間、警視総監と神岡権兵衛が互いを睨んだ。

「わかっているでしょうが、毎年通り、暴力沙汰はなしです。ならば我々も目をつぶりましょう」

「当然じゃな。今日は楽しい花見じゃ。無粋なことはせんよ」

 二人は笑ったが、目が笑っていない。後ろの組員や警官たちも表情は微笑んでいるが、目は憎憎しげに相手を見ている。

 その後、互いの陣営は大学生たちのシートを挟んでそれぞれ自分たちのシートを敷き、それぞれ盛大に花見を始めた。だが、その最中、勢いに任せて互いに対する日ごろの鬱憤が叫ばれ続ける。

「神岡組なんかくたばりやがれ!」

「警察なんかくそ喰らえだ!」

 こんな調子の罵詈雑言が飛び交いながら、表向きは和やかに花見が進行していく。間に挟まれた大学生たちはほとんど瀕死の状態であったが、両陣営とも気にする人間は皆無であった。


 例年、これだけの数の人間が収容できる場所がここしかないので、この二つの陣営は必然的にここで向かい合わせに花見をすることとなる。で、いつもこんな調子で花見が進んでいくので、とても他の方々が花見できるわけもなく、いつしかここで花見をする人間はいなくなったのだという。


「うちの大学のサークルで、新入生が誰も入らなかったところがあるんです。見学に行った新入生が全員げっそりして、『桜なんか二度と見たくない』って言っているんです。どんな新歓活動したんですかね?」

「さぁねぇ」

 花見の翌日、前日の花見でくたくたになった榊原は、事務所のソファに横たわりながら瑞穂の問いに面倒そうに答えた。

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