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第十五話 「究極のサプライズ」

「さ、これで準備は完了ね」

 ある家の一室で、立山高校ミス研部長の深町瑞穂は満足そうに頷きながら、テーブルに飾られたケーキを眺めていた。部屋の中には他にも彼女と同年代の少女たちがせっせと何かを準備している。

「でも、瑞穂さん。いいんですか、こんなに飾り付けても……」

 瑞穂の同級生で立山高校文芸部部長の西ノ森美穂が遠慮がちに言う。と、近くで作業していた瑞穂の友人……桜森学園水泳部所属の笠原由衣が苦笑気味に言う。

「大丈夫よ。ちゃんとお母さんから許可はもらってあるし、後片付けさえしっかりすれば問題ないって。それより、国松さん、そっちはどうなの?」

 由衣の言葉に、こんな時でも制服姿の少女……桜森学園剣道部のエースである国松香は部屋の隅に積まれた大量のプレゼントの前で微笑みながら言葉を発した。

「こちらは問題ありません。全員分のプレゼントがそろっています」

「いや、まぁ、そうなんだろうけど……それ、どうなのよ」

 由衣の突っ込みに、瑞穂と美穂はプレゼントの一角を見やる。そこには何やらリボンを結ばれた一本の細長い物体……端的に言えば「木刀」が積まれていた。それを持ってきた張本人である香は涼しい表情で言う。

「護身用として使ってもらえればと思いまして」

「そ、そう……」

 堂々とそう言われたら由衣も納得するしかない。一方、瑞穂は腕時計を確認して全員に呼びかける。

「さ、そろそろさつきが帰ってくる頃だし、スタンバイしておこう!」

 瑞穂の言葉に全員頷くと、それぞれがクラッカーを手に持って電気を消し、それぞれ隠れられそうな場所に身を潜めた。

 まぁ、今までの描写で彼女たちが何をしようとしているのか概ねわかったとは思うが、これはいわゆるサプライズ誕生日パーティーというやつである。瑞穂の友人……立山高校女子バスケ部所属の磯川さつきが今日誕生日だという話を聞いて、共通の友人である美穂とさつきの中学時代の友人である香、そして香の同級生で瑞穂の中学時代の親友である由衣を巻き込んだ彼女の誕生日パーティーをしようという話になったのだった。で、彼女の母親に許可をもらって家に入れてもらい(ちなみにその母親は仕事で現在家にいない)、こうしてパーティーの準備をしていたところだった。

「いい? さつきがこのリビングのドアを開けて部屋に入ってきた瞬間に、彼女に向けてクラッカーを鳴らして全員で『お誕生日おめでとう!』だからね」

「ねぇ、瑞穂。ここまで用意しておいてなんだけど、さつきは間違いなくこの時間に帰ってくるの?」

「バスケ部のメンバーに聞いたから間違いないよ」

 そんな事を小声で話していた時だった。不意に玄関のドアに鍵が差し込まれる音がした。

「来た!」

 全員が暗闇の中でクラッカーを構える。そうこうしているうちに玄関のドアが開く音がして、足跡がゆっくりリビングに向かって歩いてくる。そして、リビングのドアが開き、電気がつけられた瞬間、瑞穂たちが物陰から飛び出してクラッカーの紐を引きながら一斉に叫んだ。

「さつき、お誕生日おめでとう!」

 直後、クラッカーの破裂音が部屋に響き渡った。


 さて、視点は変わってこちらはさつきサイド。立山高校女子バスケ部所属の磯川さつきは、自分の腕時計を時折見ながら帰路を急いでいた。

「まったく、何でこんなに練習時間が延びるのよ!」

 さつきはそう言いながら家への道を急ぐ。本来ならもう三十分ほど早く練習が終わるはずが、なぜか今日は顧問の虫の居所が悪かったせいか練習時間が大幅に延長され、部員たちの悲鳴が響き渡る中でいつもにもまして厳しい練習が展開されたのだった。まぁ、別にそれだけなら構わないのだが、さつきには一刻も早く家に帰って母親に代わって夕飯を作らなければならないという仕事があるのである。そんなわけで、さつきは自分の通学路を必死に走っていた。

 やがて、目の前にT字路が見えてくる。そこを左折してすぐの場所がさつきの家である。さつきは躊躇することなくその曲がり角をいつもの通りに曲がり……そしてその場で驚愕のあまり立ち止まって絶句してしまった。


 なぜなら、彼女の家の前には何台ものパトカーが停車し、しかめ面をした刑事や警官たちがじっと彼女を待ち受けていたからである。


「えっと……あの……」

 あまりに自分の常識を超えた光景に言葉を失ってしまったさつきの前に、一人のスーツ姿の男がゆっくりと姿を見せた。

「失礼、自分は品川署の者です。磯川さつきさんですね?」

「は、はい。あの、一体何が……」

「実は、あなたの家から通報があったんです。それで、あなたを待っていたんですが……」

「通報?」

 わけがわからず玄関の方を見る。と、中から何人もの刑事に押さえつけられて一人の男が出てくるところだった。もちろん、さつきが知っている顔ではない。が、何があったのかその体はボコボコにされていて、本人は何かよくわからない事をブツブツと虚ろな表情で呟き続けている。

 そんな謎の男がパトカーに乗せられたのと同時に、家の中からさつきの見知った顔……瑞穂、美穂、由衣、香の四人が出てきた。なぜか香はリボン付きの木刀を肩に担いでいる。

「あの、みんな、何があったの? というか、何で私の家にいるの?」

「まぁ、色々あって……」

 瑞穂はそう言うと、さつきと間違えて思いっきりクラッカーの集中砲火を浴びせてしまった不法侵入者の方を見ながら口ごもった。その後に続くように由衣が遠い目をして言う。

「いやぁ、凄かったよ……。相手が不審者だってわかった瞬間、香が間髪入れずにプレゼントに持ってきた木刀を手に取って突撃してね。その後は何というか……ここでは言葉にできないようなほぼ一方的な虐殺というか……さすがは全中剣道三連覇に今年のインターハイ剣道全国一位の猛者……容赦ないね」

「いえいえ。誰もいないと思って入ってきたところにいきなりクラッカーを浴びせられて、向こうも放心状態だったみたいですし」

 香が微笑みながら答える。

「でも、結局あの人は何だったんでしょうか?」

 美穂の疑問に真剣な表情で答えたのはさっきの刑事だった。

「奴は指名手配中のストーカーです。全国各地で連続三件のストーカー殺人事件を引き起こし、警視庁が全国指名手配していました。奴の手口は標的の家に忍び込み、帰宅したところを襲撃、殺害するというものです」

「つまり、今回の標的はさつきだったというわけですか」

 さつきの顔が蒼くなる。予想外に危険人物だったという話に、その場の誰もが言葉を失った。というか、こんなギャグ話にそんなシリアス設定を持ち込んでくるなと誰もが言いたそうな感じである。

 だが、それに対して刑事たちは全員が全員なぜか拳を握りしめている。

「奴は我々警視庁が長年追い続けてきた宿敵です。ようやく……ようやく、我々の努力が報われた! ありがとう、そしてありがとう!」

 刑事が何度も頭を下げる。後ろに控える刑事たちの中には感極まって嬉し泣きをしている奴までいる。

「って……それはいいんだけど、何で私の家に瑞穂がいるのよ! その説明ができていないんだけど!」

「えーっと、それは……」

 瑞穂は一瞬考えたが、不意に何かを思いついたらしく刑事に耳打ちした。それに対して刑事は一瞬怪訝な表情をしたが、

「いいでしょう。犯人を捕まえてくれたお礼です。お付き合いしましょう」

 と、何やら快諾してしまった。そして、何が何だかわからずに呆然とするさつきを尻目に、瑞穂たちとその場にいた刑事と警官たちは、一斉に叫んだ。

「磯川さん、お誕生日おめでとう!」

 その瞬間、さつきは瑞穂たちがなぜ自分の自宅にいたのかを完全に理解し、そしてその直後に鋭い目つきの刑事たちが住宅街に響き渡るほどの大声で誕生日の際に歌われるあの有名な歌を熱唱し始めるに至って、さつきの意識は現実逃避をするかのように遠くへと霞んでいってしまったのであった……。


「という事があったんですよ」

 事件から数日後、品川の榊原探偵事務所で瑞穂は事の顛末を榊原に報告していた。普段は榊原の話に瑞穂が呆れるという光景が多いのだが、今回ばかりは榊原が開いた口が塞がらないと言わんばかりの表情をしている。

「……それはもはやサプライズというより、単なるトラウマの誕生日じゃないのか?」

「えぇ。実際、意識を取り戻したさつきは一連の話をすっかり忘れていました。で、その後は普通に部屋でパーティーをしたんです」

「記憶に残したくないほどだったのか……」

「後でもう一度何があったのか話そうとしたら、その度にいきなり思考停止になってしまうみたいでした。というわけで、さつきの前ではこれ以上この話題は蒸し返さない事にしたんです」

「完全にトラウマになっているじゃないか!」

 思わず突っ込む榊原に対して、瑞穂はどこか遠い目でこう締めくくった。

「まぁ、とにかく、サプライズも程々にって事で……」

「いや、何をいい話風に終わらせようとしているんだ!」

 榊原の突っ込みが、事務所に空しく響き渡った。

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