第十二話 「崖 テイク2」
端役女優・中空明代は旅館の部屋の中でいよいよ覚悟を決めていた。薄暗い部屋の明かりが、端正な顔に浮かぶ悲哀に満ちた表情をあらわにする。
彼女は殺人犯だった。ここは映画の取材で訪れた海沿いの旅館。この旅館の温泉で、彼女は長年自分に対して肉体関係を迫っていた映画の助監督を殺害していた。周到に計画した殺人トリック。絶対に誰にもばれないはずだった。
だが、旅館にたまたま滞在していた榊原とかいう私立探偵の存在がすべてを狂わせた。榊原は綿密に現場を調べ上げ、そしてついにトリックの糸口をつかまれてしまったのだ。こうなったらばれるのも時間の問題である。おそらくすぐにでも榊原がやって来るだろう。
ならば、せめて自分が主役になる事をあこがれ続けた二時間サスペンスドラマのラストシーンのように終わりたい。明代はそう考えていた。二時間サスペンスドラマと言えば何といっても崖の上でのクライマックスである。幸いここは海に近い旅館。少し探せばその手の崖はいくらでもあるだろう。そこで榊原を待ち、すべてに決着をつけるのだ。
どのみち捕まるのは目に見えている。だが、二時間サスペンスドラマのヒロインとして捕まるならこれ以上の幸せはない。ばれた事は不本意だが、それでも明代にとってはそれで満足だった。
と、そこへ部屋の外から足音が近づく。どうやらそのときがきたようだ。明代は含み笑いを浮かべながら振り返る。
「さて……そろそろ行きましょうか……崖で待っているわ、探偵さん」
そう呟くと、明代はおもむろに部屋の窓を開け、そのまま部屋を飛び出すとどこかにあるはずの崖を目指して砂浜を歩き始めた。
そこは、千葉県房総半島の九十九里浜といった。
『……次のニュースです。千葉県旭市近くの九十九里浜の旅館で発生した殺人事件に関し、千葉県警は当日旅館から行方不明になっていた中空明代容疑者を旅館から数キロ南下した九十九里浜の砂浜で発見し、その場で緊急逮捕しました。逮捕当時、中空容疑者は砂浜で脱水症状により行き倒れており、「崖は……崖はどこなのよぉ……」と意味不明なうわごとを呟いていたという事です。現場に居合わせた宿泊客の榊原恵一さんは「無事逃げられたのに何であんな砂浜を当てもなくさまよっていたのか意味がわからない。大体、典型的な砂浜海岸の九十九里浜に崖がほとんどない事くらいわかるだろうに」とやや呆れながらコメントしています。なお、中空容疑者は搬送先の警察病院で警察から厳しく追及され、ベッドの上で憔悴しきった状態ながらも号泣しながらすべての罪を認めたという事です。では、次のニュース……』




