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第十話 「とあるサバゲーマニアの悲劇」

 反町宏太そりまちひろたは忍び笑いを浮かべながら道を歩いていた。その懐には大金をはたいて手に入れたBBガンがしまわれている。重量感という感触といい本物そっくりで、仲間の間で評判になるのは間違いなかった。

 彼はいわゆるサバゲーマニアである。部屋の中にもモデルガンがひしめいており、週末になると近くの公園や河原で仲間たちとサバゲーをやるのが習慣だった。そんな彼が、かねてからの念願だった最新鋭のBBガンを手に入れたのである。今日はそのお披露目であった。

「これで週末のゲームは俺の勝ちだな。見てろ、この間のお返しを……」

 そうブツブツ独り言を言いながら目の前の角を曲がろうとした時だった。

 突然、角の向こうから誰かが飛び出してきて、反町と思いっきりぶつかってしまった。

「ぎゃ!」

「いてぇ!」

 互いに悲鳴を上げてその場に倒れこむ。が、相手は何かをつかんですぐに立ち上がると、

「馬鹿野郎! 危ないだろ!」

 と叫んで、そのまま走り去っていった。その場には反町一人が残される。

「危ないって……飛び出してきたのはそっちだろ」

 そう言いながら反町は男が走って行った方を睨む。ぶつかった衝撃で地面に落としたBBガンを再び懐にしまい、いざ歩き出そうとすると、向こうから何人もの男たちが怖い表情でこちらに走ってきた。

「今、ここを男が通らなかったか!」

 先頭の男が反町に聞く。その剣幕に反町は咄嗟に声も出せず、今男が去って行った方向を指さす。

「おい、あっちに行ったぞ!」

「逃がすな!」

 男たちは怖い表情を崩さないまま物凄い勢いで走り去っていった。どうやら、さっきの男を追いかけているらしい。

「……借金取りかな?」

 その追いかける男たちの鬼気迫る表情に反町は思わずそう呟いていたが、自分には関係ないとばかりに気を取り直して目的地へ向かって歩き出したのだった。


「へぇ、それが最新式のBBガンか!」

「すげぇ、俺にも見せてくれよ!」

 集合場所の公園にやってくると、サバゲー仲間たちが目を輝かせて食いついてきた。反町が優越感に浸っていると、そのうちの一人がこう尋ねる。

「なぁ、もう試し撃ちはしたのか?」

「まだだ。みんなの前でやろうと思ってな」

 その言葉に、仲間たちの歓声が響く。

「じゃあ、さっそくやってくれよ!」

「待て待て、まずは標的を決めないとな……」

 そう言うと、反町は周囲を見渡す。こうして見ると、手ごろな標的というものはそうないものである。

「おい、あれなんかどうだ?」

 と、仲間の一人があるものを指さした。そこには、ベンチの上で寝ている猫が一匹いた。

「あいつはこの辺の野良猫のボスだ。ちょっと脅かすくらいはいいだろう」

「いや、だけどさすがに猫に当てるのは罪悪感が……」

「だから猫の近くに外して驚かせるんだよ。それなら文句ないだろ」

 確かにそれなら問題はないかもしれない。反町はそう考えると、

「わかったよ」

 と言って銃口をその猫の方に向けた。猫の隣には散歩中らしき老人がうたた寝をしているが、外しさえしなければ問題はないはずである。

「じゃ、やるぞ」

 そう言うと、反町は狙いを定めた。


 同じ頃、そこから数百メートル離れた繁華街では、先程反町にぶつかった男を、追いかけていた怖い表情の男たちが取り囲んでいた。

「無駄な抵抗はやめろ! お前は完全に包囲されている!」

 追いかけていた男たちの先頭にいた男……警視庁捜査一課の榊原恵一警部補が逃げていた男に叫んだ。逃げていた男はつい先程近くの銀行を襲撃した銀行強盗犯で、彼らはそれを追いかける刑事だったのである。

「うるせぇ! これが目に入らねぇのか!」

 逃げていた男……銀行強盗は血走った表情で手に持っている拳銃を近くにいた女性に突きつける。刑事たちは物陰に隠れながら、それぞれが拳銃を取り出して犯人を威嚇し続けている。

「至急、至急! 犯人は繁華街に路上において女性を人質にしている! 応援をよこしてくれ!」

 刑事の一人が無線で連絡し、現場は騒然とした空気に包まれていた。

「おい、榊原。俺が回り込む。こっちでやつを引き付けておいてくれないか?」

 榊原の隣に控える同じ捜査一課の橋本隆一警部補が小さく榊原に耳打ちした。

「自信はあるか?」

「もちろんだ」

「……わかった。無茶はするなよ」

 その言葉を合図に、橋本が物陰に隠れながら犯人の裏へと回る。一方、榊原はそれに気がつかせないように必死に犯人への呼びかけを続けた。

「こんな事をしても罪が重くなるだけだ! 今ならまだ間に合う! 少し話し合いをしようじゃないか!」

「黙れ! 俺はもうおしまいなんだ!」

 その間に、橋本は犯人に気づかれないようにその背後へと回った。目標まであと数メートル。橋本はもちろん、その場にいる刑事たち全員に緊張が走る。

 ところが、その時近くのポリバケツの上に寝ていた猫が急に飛び起き、その拍子にポリバケツが倒れてしまった。その物音に犯人が振り返り、今まさに自分に近づこうとしている橋本に気が付く。

「てめぇ!」

 犯人はそう叫ぶと瞬時にその銃口を橋本に向けた。橋本も銃を構えようとするが間に合わない。全員の顔が青くなった。

「やめろ!」

 榊原が思わず叫んだが、犯人は止まらなかった。

「死ねぇ!」

 橋本が万事休すとばかりに思わず目を閉じる中、犯人の銃の引き金が引かれ……


 パンという何とも間の抜けた音ともに、プラスチックの弾が橋本の額に当たった。

「へ?」

 その場が一瞬凍りつく。刑事たちも、撃った犯人自身もなぜか固まってしまった。撃たれた橋本はというと、弾が当たった額を軽くさすりながら顔をしかめている。

「BB弾、だな……」

 橋本がそう感想を漏らした瞬間だった。

「確保だ!」

 硬直からいち早く回復した榊原がそう叫び、犯人が呆然とする中、我を取り戻した刑事たちが一斉に飛びかかっていった。


「畜生! やっぱりあんな胡散臭い武器商人なんか信用するんじゃなかった!」

 そう絶叫しながら、何十人もの刑事たちに抑え込まれた犯人がパトカーに押し込まれて連行されていく。後には呆れた表情の榊原と橋本が残った。

「しかし、まさかBBガンだったとは……。本人の態度からして本物だと思っていたんだがな」

「正直、俺ももう駄目かと思ったが、馬鹿な犯人で助かった」

 二人は押収された拳銃……もとい、BBガンをビニール袋に入れながらそんな雑談を交わしていた。

「さて、ひと段落したところで俺らも帰るか」

 橋本がそう言った時だった。再び無線が鳴り響いた。

『至急、至急。近隣の公園にて殺人未遂事件発生の通報あり。捜査員は現場に急行せよ。繰り返す……』

 二人は顔を見合わせる。

「殺人未遂事件……」

「俺らに休みはないのか」

「文句を言っている暇はない。行くぞ!」

 そのまま、二人はパトカーに乗り込むと、新たな現場に向かった。


 次のような記事が新聞の三面記事の片隅に掲載されたのは、その翌日の事である。

『昨日、東京墨田区の××公園にて発砲事件があり、警察は銃を所持していた男性を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。逮捕されたのは都内の大学に通う反町宏太容疑者(二十)。警察の発表によると、反町容疑者は不法所持していた拳銃で公園のベンチで寝ていた六十八歳の男性に向かって発砲し、殺害しようとした疑いがもたれている。弾は外れ、男性に怪我はないとの事。調べに対し反町容疑者は「本物の銃だなんて嘘だ! あれはBBガンだったはずだ! 狙ったのも猫だし!」と容疑を否認しており、警察は余罪がないかを慎重に調べている』

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