迷宮レベル8 冒険者パーティ
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ガザス王国に所属する迷宮都市『エディシス』。王国南部に位置するその都市は、周囲を迷宮に囲まれる形に町が出来ており、その名の通り都市では迷宮を中心に経済が回っている。
この都市が出来たのは、年季のあるその他の迷宮都市とは違い比較的最近になってから発展した都市だ。
そのため『エディシス』の周りにある迷宮は基本的にどれも低レベルで、一番高い迷宮でCランク迷宮が一つだけ。
それらの理由から『エディシス』にいる冒険者はFランクからDランクがほとんどで、Cランク冒険者に関しては僅か3人しかいない。
そんな迷宮都市エディシスから徒歩で約二時間のところに位置するEランク迷宮がある。都市からそのEランク迷宮まで行く場合、そこまでの道のりはそう厳しくはない。
まず都市から出るための申請書を提出し、三十分ほど草原を歩くと森に突き当たる。そしてその森を一時間半歩くとそのEランク迷宮に辿り着く。
しかしこの森は非常に広範囲に渡って広がっており、生半可な知識では町に戻ることすら叶わない。町の冒険者からは『迷いの森』と呼ばれている。
もちろん正式な道案内人や正確な地図さえあればこの森に入っても平気だろう。それに交易などの道はちゃんと整備してあって、そこさえ通れば森を抜けるのは容易い。
この世界は広く、王国内だけでもこの森よりも広大な森は掃いて捨てるほどある。
しかしその内のどれにも『迷いの森』のように名前が付いているわけではない。それにこの森で遭難するものは一年でもごく僅かだ。ではなぜこのような名前が付いたのか。それはこの森が以前に迷宮であったから。
Bランク迷宮『迷いの森』。その名前が公認のものとして使われていたのはエディシスがまだ存在していない約十年程前まで遡る。
当時王国はある国と非常に危険な状況にあった。まるで一発触発。いつ戦争が起きても不思議ではなかったほど。
そのため王国は城の防衛や兵器使用のための魔力が必要になり、国は冒険者達に迷宮核の確保を依頼した。その依頼は緊急かつ強制であり、国の命としてランクを無視しての迷宮核の確保が許された。
確保が許されたといっても、国から指定され迷宮だけであるのだが。
そしてその指定された迷宮の一つがBランク迷宮『迷いの森』だ。
『迷いの森』の特性として異常なほど迷いやすい。森の各部分が不規則に動くためだ。その理由からCランクからAランクの冒険者の攻略は不可能に近いとされていたのと同時に、誰もがその迷宮の攻略を目標に掲げていた。
しかしその迷宮の攻略を達成したのは誰でもない、SSランク冒険者だという事実は、長年その迷宮の攻略に命を賭けていた者達に大きな衝撃を与えたのだがそれはまた別の話。
そして迷宮核を奪われたBランク迷宮『迷いの森』は崩壊し、ただの森となった。
しかしその話は有名で、それが今でもこの森が『迷いの森』と呼ばれる由縁である。
そんな曰く付きの森の、Eランク迷宮に向かうまでの中間地点に五人組の男女が歩いていた。
「なあエイク、あの二人が死んだって噂だけどさ、ホントだと思うか?」
金髪で身長百八十ほどの男が黒髪のオールバックの男に話しかける。金髪の男は腰にはバスターソードを、エイクと呼ばれた黒髪の男は盾を背中に背負い腰にはやや細身の剣を鞘に入れてさしており、装着してある防具はチェインメイルでやや薄汚れてはいるがしっかりと整備がしてあるのが分かる。
「……どうだかな。あの二人――ゴードンとジェイクがただのEランク迷宮で死ぬなんて思えないが」
「でも迷宮内じゃどんなに強くても油断した者から死んでいくって教官言ってたじゃない。あの二人って結構自信過剰だったし、死んだっておかしくはないんじゃないの?」
二人の会話に割り込んできたのは赤髪の可愛らしい少女。名はアイシャ。青のローブを身に纏い、加工された魔石が埋め込まれた杖を手に持っている。
「だけどよ、自信過剰だからって油断してるとは限らないぜ」
「そう? 自分に自信がある人ってすごい油断してるイメージなんだけどなぁ」
「ま、それに関してはバルスターの言う通りだな。ジェットにシェルム、お前達はどう思う?」
エイクは金髪の男――バルスターの話に賛成したあと、黒髪の好青年と白のローブ纏った美しい女性に意見を求める。
黒髪の青年は細剣を腰に下げ、女性の首には太陽をモデルにした銀色のネックレスをつけている。
「そうですね。自分はあの二人は迷宮で命を落としたのだと思います」
「何故だ?」
「勘です」
「……シェルム。それで、お前はどう思う」
「んー、悩みますね。迷宮の可能性が高そうですけど盗賊などに襲われたなどの可能性も捨てきれませんし」
「……確かにそうだな」
森を歩くこの五人組の男女はFランク冒険者だ 。リーダーは先頭を歩くエイク。エイクは戦闘の際前衛と指揮を担当する。だがエイクが指揮を取れない状況に陥った場合に備えての副リーダーには中衛を担当するバルスターが就いている。
そしてアイシャは魔術師のため後衛、ジェットは前衛のサポート、シェルムは治癒術師なので後衛を担当している。
ちなみに治癒術師とは、治癒の魔法を専門とする魔術師のことだ。
この五人組は今年冒険者養成所を卒業した同期だ。冒険者になるためにはこの施設に入らなければならず、ここを卒業出来ない者には冒険者の資格は手に入らず冒険者ギルドに登録する事ができない。
この五人は歳は離れている者もいるが、全員養成所からの付き合いで、冒険者ギルドにパーティー『風の軌跡』として登録している。
先程から彼らが話題にしている二人――ゴードンとジェイクと呼ばれていた冒険者だが、この二人は養成所での成績や依頼の達成率、迷宮での稼ぎから、稀にみる逸材と呼ばれるほどだった。
だがつい三日前、この二人は『迷いの森』にあるEランク迷宮に向かい、消息を絶った。
逸材と呼ばれていただけあり、その情報は二人を知る者達に大きな衝撃を与えた。
また、その二人が死亡した理由は未だ不明である。
五人組パーティー『風の軌跡』がその調子で歩を進めているとエイクが動きを止めた。
「おい」
「ん? どうしたエイク?」
「あれは……なんだ?」
「あれと言いますと、あの洞窟ですか?」
「ああ、そうだ」
エイクが見つけたのは洞窟の入り口。確かに珍しいが、特にこれといった異常はない。
しかし何がおかしいのかエイクはその洞窟を凝視している。
「うそ! もしかして、あれ迷宮!?」
「迷宮だと!? この辺での新生迷宮が確認されたって情報は聞いてねぇぞ! ってことは……!」
「なっ、新生迷宮ですか!?」
「落ち着いて下さい。まだそうだと決まったわけではありませんよ」
突然の新生迷宮の発見に慌てるバルスターとジェット。だがシェルムは二人を落ち着かせる。
「シェルムの云う通りだ。二人には見えないから仕方ないが……あの迷宮は少し変なんだ」
「変、ですか?」
「ああ、あんなに魔力が少ない迷宮なんて見たことがない」
「魔力が少ないだと? 新生迷宮なんだから当たり前じゃないのか?」
「私は新生迷宮を見たことないけど、あの迷宮は普通の迷宮と比べて魔力が少なすぎるの」
「わかんねぇな。新生迷宮ってのは生まれたてってことだ。つまりそれでいいんじゃねぇのか?」
「んー、それはそうなんだけど……」
「こう思ってくれ。例えば普通の迷宮の魔力がドラゴンだとすると、あの迷宮の魔力はゴブリン並みだ」
「……ちと分かりにくいが、変なのは理解した」
「自分もです」
「まあ、こればっかりは見えないとな」
二人に目の前の迷宮の特異性を説明するエイク。しかし言葉では理解したと云っている二人だが実際納得はしていないのは明らかだ。
「例えばですが、あの迷宮の魔力は強い魔物程度しかないんです。それは新生迷宮であるとしてもおかしいとしか……」
「なるほど」
「分かりやすいですね」
「説明が下手で悪かったな……」
「で――結局どうすんだ? 行くのか? 報告するのか?」
そう。それである。どんなにおかしい部分を指摘されたところで結局問題になってくるのはそこなのだ。
新生迷宮を見つけた冒険者はその迷宮をギルドに報告すること出来る。ギルドに新生迷宮に関する報告をした場合、ギルドは信頼する別の者にその迷宮を早急に攻略させようとする。迷宮核を確保するためだ。確保した迷宮核は利益の七割がギルドのもの、二割が指定された冒険者のものに。そして残りの一割が報告者の利益となる。
つまり新生迷宮は冒険者にとって発見するだけで利益が出る、いわゆる宝の山なのだ。
そこでその宝の山――新生と思われる迷宮を見つけたこの幸運な冒険者達の選択肢は二つだ。
ギルドに迷宮を報告をし手堅く利益を取るか。
自分達で迷宮を攻略し大きな利益を取るか。
この二つだ。
「どうするか、か。これは俺の意見としてだが、一度迷宮に潜って行けそうならそのまま攻略して無理そうなら戻って報告する。これでどうだろう? もしも一人でも嫌な奴がいるなら言ってくれて構わない」
僅かな沈黙。一人一人がこの迷宮に挑むリスクと成功した時の利益を計算しているのだ。
そして、その沈黙を破ったのはやはりというべきか、バルスターだった。
「俺は賛成だ。みすみす大金を逃す訳にはいかねぇ」
「自分も賛成です」
まず見えない二人は真っ先に賛成する。
「……私も、賛成ね。怪しいのは確かだけど別に魔力が強力とかっていうわけじゃないんだし」
「私も賛成です。ただもしも危険だと分かったらすぐに引き返しましょう」
「……よし。決まったな。取り敢えず油断はするな。慎重に進め。俺達はパーティーでこそ真価を発揮する。とにかく連携を大切にするんだ。いいな?」
その問いに四人は一斉に頷く。こうなれば行くしかないだろう。賽は投げられたのだ。
そうしてエイクは不安になる自らを押さえ出発した。
「はぁあああぁああああ!」
垂直に突き出された細剣――レイピアが飛び掛かる狼を貫いた。
慣性の法則により狼はレイピアの根本まで突き刺さる。
黒毛の狼は全身がまるで煤のような黒毛に覆われた狼だ。
その狼の名はブラッドウルフ。迷宮に出る魔物の中で最も弱い種である。
ジェットはブラッドウルフからレイピアを引き抜くと後ろの仲間の方に振り向く。
「どうですか? 他に魔物の気配は?」
「いや、大丈夫だ。問題ない。それにこの程度の魔物ならあと数体纏めて来ようが大丈夫だろう」
魔物がいるかの確認をし終わると五人は進みだした。ここまで約二時間ほど探索をしているが一向に上の階層に辿り着けない。
「まさに迷宮ね。ここまで広いなんて」
「もしかしたらこの迷宮の魔力が少ないのはこの広さが関係あるんでしょうか?」
「自分は見えないのでよく分かりませんが、恐らくそうなのでは? これだけの迷宮ですし」
「ま、魔物も大したことはねぇし。やっぱ探索で正解だな」
「おい、ジェット。前方から魔物の気配がする。気を付けろ」
「――! ……了解です」
ジェットを含め全員が前方を警戒する。すると徐々に輪郭が見えてくる。
輪郭から、その形はゴブリンに似ているがその大きさはゴブリンよりも一回りも大きい。
その魔物がランプの光の範囲内に入ってくると同時にその正体が判明する。
「やはり……ホブゴブリンですか。今までで一番強い魔物ですね」
ゴブリンと同じ、いや、ゴブリン以上に醜いその顔はまるで人間の顔を火で炙ったかのようだ。
茶色い皮膚は酷く汚れていて口から飛び出る鋭いキバには驚異を感じる。
ジェットがいったようにこの魔物の名はホブコブリン。迷宮に出現する魔物最も弱い魔物であるブラッドウルフとゴブリンの上位に位置する魔物である。
「とはいっても所詮は底辺に位置する魔物。一体だけなら驚異はない」
レイピアを構えるジェットと盾と細身の剣を構えるエイク。
驚異はないと云いながらも決して油断は見せない。
「いくぞ!」
盾を持ちながらも一気にホブコブリンに迫るエイク。
それに応じる形でホブコブリンもエイクに迫る。そして拳と盾。激突間近で――
「――なんてな」
ニヤリと、笑う。
その瞬間エイクは衝撃が横にいくように地面を勢いよく蹴った。
「ギ、ガ!?」
それに虚をつかれたのはホブコブリンだ。
盾にぶつかるはずの拳は空を切った。
ボブコブリンの拳が外れたところでエイクはまた戻るように地面を勢いよく蹴る。
ホブコブリンを壁と盾で押し潰す。
「ギ、ギィイイイイ」
完全にフェイントにかかり今にも押し潰されそうになるホブコブリンだがそれを驚異的な筋肉で押し返す。
「っ、ちくしょうがっ!」
押し返されたエイクは壁に激突する。
そこに追い討ちとばかりにホブコブリンは追撃をかける。
「こっちだ化け物!」
しかしそれはジェットの突き出したレイピアにより失敗する。
「グ、ギィイイイィ」
突き出されたレイピアを紙一重で避けるとホブコブリンは考えてか距離を取るため離れる。
が、瞬間――
「くらえ。氷の一撃!!」
――ホブコブリンの体が四散し弾け飛んだ。
「ふぅ……。終わりました。動けますか?」
「ああ、ありがとう。しかし、すまないな。まさかあれを弾き返されるとは思わなかった」
シェルムにより治癒魔法をかけられたエイクは先程の戦闘を振り返る。
「心配するな。問題ねぇよ。少し冷や汗もんだったけどな」
「そろそろ休憩にしない? お腹も空いてきたし」
「だな。少し休憩にしよう」
五人は迷宮を探索していた時に見つけた広場に、休憩のため一旦引き返す事にした。